5.魔力合わせの結果
「それでは結局、お母さまがお父さまと魔力合わせをして、当初の予定通りに、おふたりで大魔術をされたということなのね?」
「アリィ……そうではないんだ……実は違うんだ……そして、それこそがソラの出生の秘密なんだよ……」
「どういうことなの、お父さま?」
大人達の表情が硬い。皆、目を伏せて口元を引き結んでいる。
しばらくして、マドリガーレの質問にアルマンド叔父がようやく答えをくれた。
「兄上が義母殿の葬式を終えてこちらに帰国してきた後から、わたしとフォーナ、わたしと兄上、ともに魔力合わせを必死で頑張ったが……とうとう星の月までに魔力合わせを終えることができなかった。そこで我らは考えた……薬の知識をこの国で一番に持っているセリオの協力なしにはできなかったことだが……我らは……わたしと兄上とフォーナの三人は、三者で魔力合わせをしたんだ……魔力が合い切らない部分は魔術発動が無効になる、ならば、魔力の底上げをすれば良い、わたしとフォーナで魔力が合わなかった部分を、わたしと兄上の魔力を合わせた部分で補えば良い……そう思って、星の月に入ってからは、三人で魔力合わせをしたんだ……」
驚きで声を出せないパストラーレとアリアとマドリガーレ。
だがしかし、俺には何がそんなに大変なことなのか、今ひとつよく分かっていなかった。
「父さん、俺、よく分かんない。三人で魔力合わせするのって、そんなに大変なことなの?」
「そうだな……こちらで生まれ育った訳ではない奏楽には理解するのが難しいことだろうな。通常、子供をふたり産んだ妻の魔力は最大値で夫に近付く。だがそれでもまったくの同じという訳ではない。それは兄弟でも同じだ。同じ両親から生まれれば魔力はとてもよく似るが、これもまったく同じという訳ではない。兄弟の顔は似るが、そっくりではないというのと似た原理かも知れないね。とにかく魔力の性質は他人よりは似ているが、兄弟でも夫婦でも、同じものではあり得ないんだ。そこを魔力合わせで可能な限り近付ける。薬品の力も借りて魔力交換をする。しかもその薬品も魔法長官の魔力を利用して作ってあるので、アルの魔力を溶け込ませた薬を、フォーナもわたしも飲んだということだ。そこまでは分かるかい?」
「うん」
「そうまでしても固有の魔力の塊が体のどこかに残ってしまい、細部まで同じになることはない。そこでどうするかと言うと、大魔術施行ひと月前くらいになると、今度は副長官の魔力を利用して薬を作る。それを魔法長官が飲んで魔力交換をするんだ。それで魔法長官の方から、副長官の魔力に近付くようにさせるという訳さ。だからあの問題の年は、フォーナとわたしの魔力を基にした薬をセリオが作ってくれて、アルはその二種類を飲んで、フォーナと私の魔力に近付けたって訳さ。それを何度か繰り返したので……最終的に、三人で協力して大魔術を行うのに支障がないくらいには魔力合わせは整ったんだ。それで異例なことだが、我らは三人で大魔術を行った。大魔術施行直前は、アルとフォーナとわたし、三人の魔力が極々近付いたということだ」
「うん」
「だが本来ならば、女性は夫以外の男の魔力に近付くことはないはずだし、男性は元々女性の魔力に染まることはない。夫婦で魔法長官と魔法副長官を務める場合に限り、夫が妻の魔力に近付く、それ以外はあり得ないはずだ。ところがこの時ばかりは、わたしはアルとフォーナの魔力も取り込んでしまっていた。そして大魔術を無事終えることができた。初めての任務、しかも特殊な状況、困難な状態から逆転しての大成功……わたしは開放感のあまり、日本に帰ってすぐに蘭々と行為を行ってしまった。完全なる油断だった。わたしにきちんとした性行為などできるはずがないと思い込んでいた。子供ができるなど思いもしなかった……三人で魔力合わせをした直後に子供ができてしまうなんて、考えてもみなかったんだ……」
** ** **
私――蘭々は、あの日。
そう、ご馳走を作って夫の帰宅を待ちわびていた。
大ニュースを知ったら夫がどんなに喜ぶだろうと、そればかりを想像して顔が緩んでいた。
まさかあんなに青ざめた夫を見ることになろうとは、思ってもみなかったのだ。
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『おかえりなさい、あなた』
『あれ、今日はなんだか凄いご馳走だな。何か良いことがあったのかい?』
『ええ、そうよ。ものすごく重大なニュースなの!』
『それはそれは。楽しみだね。教えてくれるかい、愛しい奥さん?』
『ええ、もちろんよ! 実は私……うふふ、子供ができました!』
『……え?』
『分からない? このお腹に、あなたの赤ちゃんがいるのよ! 凄いでしょ?』
『そ、それは……本当のことかい?』
『ええ、そうよ! 今日、婦人科に行ってきたの。検査薬で陽性が出たから多分そうだとは思っていたけど、婦人科でも認めてもらって、本当に妊婦だという証明をしてもらえたのよ! 私、お母さんよ! あなたはお父さんになるのよ! ほら、ものすごく重大なニュースでしょう?』
『…………』
『……? どうしたの、レーヴォ? 嬉しくないの?』
『い、いや、嬉しくないなんてこと、あるはずないじゃないか! そうじゃないけど……し、信じられなくて……ちょっと動揺しちゃって……』
『ねぇ、あなた、どうしてそんなに顔がこわばっているの? 子供ができたら困るの……? もしかして、できちゃいけなかった……?』
『そ、そんなことないっ! まさか自分に子供ができるなんて思わなかったから、こんなに幸せなことはないと思っているよ! ただ……きみに言ってなかったことがふたつある……ひとつはどうしても言えない、弟と、弟の妻、ふたりとした約束で秘密のことだから、それは彼らの許可がないと話せないことだ……。そしてもうひとつ。ずっと隠していたし、話す必要もないことだと思っていたことだが……実は、故郷のコントラルト国から、決して子供を作るなと誓約させられているんだ。故郷から、子供を産む許可が出るかどうかが分からないというのが現状だ……』
『許可……もらわないと、私、この子を産めないの……?』
『許可を得ようと頑張るよ。きみとの結婚だって大反対されたけど、わたしはあの時、見事勝ち取ったんだ。今回だって絶対に勝ち取ってみせる。だからきみは心配しないで、どうか身体を大事にして欲しい。わたし達の子を守って、必ず元気な子を産んでくれ。さっきはすまない。取り乱してしまったよ。もう迷わない。きっときみと、わたし達の子を守ってみせる。だから頑張って子供を産んでくれ、蘭々』
『……はい』
それでも私は、夫が必死に、不安を心の底に押し込めているのに気が付いていた。
いいえ、それは不安と言うよりも、恐怖に近いものだった。
私にできるだけそれを見せないようにと、カラ元気を出していたように見えた。
でも私は、そのことを指摘したりはしなかった。
口にしたことで、彼が抱えているその恐怖の内容を知るのが怖かったのだ。
“許可を得る”という彼の言葉を信じたいと思った。
信じて笑顔でいればきっと何もかも上手くいって、この子を産むことができる、と。
だから私は何も気づかない振りをして、幸せな妊婦生活を始めたの。
父はあの日、自室でこっそり私達の会話を聞いていたのだろう、ぎくしゃくしていたレチタティーヴォを見て不安そうな顔をしていたが、私が明るい笑顔でご馳走を勧めると、戸惑いながらも箸をつけ始めた。
そして逆に、私を不安にさせないようにと気遣い始めてくれたのだ。
だからうちの中は、いつも幸せな家庭だった。
ごめんなさい、レチタティーヴォ。
あなたが不安な気持ちをさらけ出せるのは、家ではなかったわね。
本来ならば仕事の愚痴や疲れを癒すのが家であるべきなのに、私はあなたの癒しではなくなってしまった。
私の前で常に演技をするよう強いてしまった。
私はそれを、今でも悔いている。
でも、私、どうしてもこのお腹の子を産みたかったの。
奏楽、あなたが生まれてきてくれて良かった。
奏楽、あなたを愛している。
だから私は、あなたのために何でもしようと思ったの。
** ** **
俺は父親の説明を聞いて、それでもよく分からなかった。みんながなぜこんなに青ざめているのか。きっとこちらの生まれではないから、根本的な常識が足りていないのだろう。
「父さん、ごめん、やっぱりよく分からない……みんなの様子を見たら何か重大なことを聞いたというのは分かるんだけど、その重大さが分かんないんだ。これが俺の出生の秘密と言われても、さっぱりだよ」
「……そうか。どこを説明したら良いのか……奏楽、こちらで生まれてきた子は、父親の魔力の性質を受け継ぎ、母親の魔力量の影響を受けるというのは聞いているか?」
「うん」
「つまり本来なら、母親の魔力の性質は子供に引き継がれないのだ。けれども例外がある。それが魔法長官と副長官が夫婦で、そして魔力合わせをした直後の妊娠だ。夫が妻の魔力を薬の力と魔力交換で取り入れているので、父親の魔力の中に母親の魔力の性質が入り混じった状態だから、魔力合わせ直後に魔法長官夫婦が妊娠すると、生まれた子供は母親の魔力の性質も受け継ぐことになる。そのため類稀な素晴らしい才能を持って生まれてくることが多いんだ。そのような訳で、国の発展のためにと魔法長官と副長官は、夫婦で務めることが国から推奨されている。こうして魔力量を全体的に上げていき、国力を高めたいということなんだ。そんな訳でアルとフォーナが魔法長官と副長官に就任して以降に生まれたスーゾは、とても良い才能を持っている。ただ年齢的にアルの引退時期を考えたら、彼はまだ幼くて魔法長官候補になりづらかった。しかも年齢的にちょうど良い年周りに奏楽がいる。スーゾがもし魔法長官になりたいと思っているようだったら可哀想だったが、幸いなことに彼は特にそれを希望していないようだ……まぁ、話がスーゾに逸れてしまったが、とにかく魔法長官と副長官が大魔術を行った後に生まれた子は、ふたりの魔力の性質と魔力量を引き継ぐ。つまりこのふたりと一緒に魔力合わせをしてしまったわたしは、当時、三人分の魔力の性質と魔力量をこの身に宿してしまっていたんだ」
「そっか……それで母さんが妊娠したから、俺は三人分の魔力の性質と魔力量を持っているという訳だね」
「そう。しかもアルは当時、若者世代で一番の実力者。だからこそ魔法長官に選ばれたのだけどね。そしてわたしは、本来ならば副長官になるはずだったほどの魔力の持ち主。それだけの魔力量を持ったふたりが魔力合わせをして、生まれた子が大きな魔力を持たない訳が無い。しかもそこにもうひとりの力が加わるんだ……例がない、どんな子が生まれるか分からない、もしかしたらとんでもない神童が生まれてしまうかも知れない、いや逆に互いの良い部分を打ち消し合って凡庸な者が生まれてくるかも知れない、いや、でも……と、セリオを含め、我ら四人は毎日のように集まって相談し合った。しかし所詮は推測でしかない。蘭々に仮で魔法長官室の事務の職に就いてもらって、わたしと一緒にゲートを越えてこちらに来てもらい、セリオに診てもらったけれど、お腹の子供が順調に育っているということしか分からない。それに加えて元老院の許可も得なければならない……あれもこれも、どうしたら良いのか……あの頃、我らは本当に頭を抱えていたんだよ」
「そうなんだ……それでも俺が生まれたってことは、その不安を乗り越えたってことだし、元老院からの許可ももらえたってことだよね」
「まぁ、結果的にはそうなったけれど。やっぱり元老院では猛反対にあったよ。『人でないモノが生まれてきたらどうするんだ』とね」
「人でないモノ?」
「異世界婚だからね。外見的には同じように見えるけれど、こちらの人が内包している魔力というものがある限り、中身は恐らく違うだろうと言われた。つまり化け物が生まれたらどうする気だ、ということだね」
「ば、化け物!?」
「そうだ。けれども日本での定期健診でもこちらでの検診も、どちらも順調としか言われないのだ。科学的な検査で分からず、魔力的検査でも異常が見つからないのだから、化け物なんて生まれるはずが無い。だからそこを押して元老院に許可を求めた。結婚当初は子供を作らないことが異世界婚と移住の条件だったけれど、当時は日本との関係がどうなるか分からない時代だったからね。だが日本とゲートが繋がって十年。その頃にはもう既に、日本という国が信頼できる相手であり、今後も親しく付き合っていかれる貴重な隣人であり友人であるということが、コントラルト国も分かっていたから、今ならもう子供ができても許可が出ると思ってたんだ……甘かったよ。あんなに反対されるとは思ってもみなかった。元老院でやはり強固に反対したのは、予想通りテンペストーゾ様だった。決して産んではならぬ、絶対に堕胎せよ、とまで言われ、強い言葉で責められた……」
才能ある三人の、魔力の質と量を受け継いで生まれてきたソラ。
本人にとっては「だから何?」程度のことですが。
そしてここでも立ちはだかるテンペストーゾ。
レーヴォの結婚に反対し、子供を産むのも反対する。
元老院議長である彼の思惑は、なんでしょうか。
次回更新は10月19日(金)です。




