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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:05「牙の王:後編」
99/130

05-23


 確かに(オレ)は牙の王が操る最後の牙獣をこの手で打ち滅ぼした。

 とは言え、逆さ袈裟を無理矢理横薙ぎに軌道を変更して放ち、そのバランスを崩した状態から膝蹴りを敢行……その上で強引に一回転した挙句、渾身の力を込めて横薙ぎの一撃を振るった己の体勢は、もう取り返しのつかないところまで崩れていた。

 ついでに言えば、敵を全て殺し尽くした油断もあったのだろう。

 己はそのまま屠った牙獣の死骸と共に重力に引かれて横倒しに崩れ……受け身を取る余裕もなく大地へと叩き付けられる。


「……ぐっ、く、そっ」


 その衝撃に己はそう呻き、身体を起こそうとするものの……四肢に全く力が入らない。

 今回の戦闘はかなり余裕を持って立ち回っていた感覚があったのだが、どうやらそれはただの勘違いでしかなく……連戦に次ぐ連戦によって、己の身体は限界寸前まで追い込まれていたらしい。

 

(最後の一勝負、やっぱ無茶だったな)


 渾身の一撃を放った次の瞬間からの逆さ袈裟……しかも強引に振り切ったあの一撃が身体に残されていた最後の体力を使い切ってしまったらしい。

 食い千切られるのを防ぐためとは言え、牙獣の歯目掛けて膝蹴りを放った所為で、右足は皮膚どころか骨まで傷が達しており、見るも無残な血まみれ……恐らく膝の皿は砕けている上に、直後の強引な軌道変更や横薙ぎなどで腰と右手首までもを痛めたようだ。


(だが、勝っ……いや、生き延びた)


 地の利と人の和を用い、天賜(アー・レクトネリヒ)なんて下らない手品に助けられる形になってしまった以上、勝利したと胸を張ることは出来ないが……それでも己は何とか生き延びている。

 それはつまり、こんな哀れで惨めな敗残兵そのものの様相を晒していたとしても、己はまた一歩剣の頂きに近づいた、ということに違いない。


「……さて、と」


 とは言え、こうしていつまでも倒れていても仕方ない。

 右膝は早急に止血しないと出血死しかねない……そう考えた己は動こうとしない身体を鞭打って、何とか上体を起こす。

 直後に周囲を見渡した己は、城壁の周囲に牙獣の死体が殆ど(・・)存在しない(・・・・・)状況に違和感を覚え……すぐさまその原因に気付く。


(……ああ、そう言えば。

 あの矢(・・・)で射抜かれたら、死体すら残らないんだったな)


 恐らく矢に込められた(アー)(ソルタ)とやらが牙の王本体(・・)にダメージを与え……そして、異界の神の力に染められた連中はその生命どころか屍を晒すことすら許されず、塩の塊へと化して砕け散っていく。

 それが、この神聖帝国に暮らしながら(アー)に背いた者の末路というヤツらしい。

 だからこそ、己の周囲に散らばっている死体と言えば、先ほど己が斬り殺した十数体の死体のみ。

 フィリエプの爺さんが料理したアレもそうだったが……どうも本体が死んだところで体内に巣食っている牙の王本体は生き延びているのだろう。


(……つまりっ!)


 己がその結論に至るのと、己の皮膚が凄まじい不快感に粟立つのと、眼前の死体に異変が生じたのと……一体どれが早かっただろう?

 ソレに気付いた己はほぼ反射的に右手を伸ばし、すぐ側に転がっていた愛刀の柄を掴むものの……先ほど痛めた手首に走る激痛で、コンマ一秒以下の硬直が生まれてしまう。

 直後、眼前にあった死体の傷口……横一文字に六割ほど断たれた咽喉の斬撃痕から、蛇のような大きさの白い生き物が這い出してきたかと思うと、その寄生虫は身体から蜘蛛の脚のような尖端が尖った脚を四本ほど己へと突き出して来たのだ。

 それは一匹だけではなく、近くに転がっていた……先ほど斬り殺した四つの死体全てから湧き出しており。


「~~~っ、ぐぅぅっ!」


 蜘蛛状の脚が突き出されるその一撃は、一本一本はそれほど早いものでもなければ鋭くもなかったものの……腰を落した体勢のままの己が、しかもこのボロボロの身体で、同時に十六本も放たれたそれらを避けられる訳がない。


「……牙の、王っ!」


 そんな有様でも何とか急所だけは守りきった己だったが……既に右腕には四本、両肩に三本、両脚で五本、脇腹には三本を喰らってしまう。

 生前……一度目の人生を終えるときに受けた、銃弾を喰らったときのような激痛と灼熱に、己は歯を食いしばることで悲鳴を上げるのを我慢するのが精いっぱいで、とても反撃するどころじゃない。


「その、通りだ」

(アー)(ハルセルフ)

「この戦いは、我の負けだ」

「先ほど咽喉を断たれた時は、流石の我も死を覚悟した」


 それを察しているのだろう。

 以前見た寄生虫よりも遥かに肥大化し、更に頭部に人面疽のようなものを浮かべたそれら寄生虫の本体である牙の王は、四体の顔から同時に声を発しながら、そう嗤う。


「貴様は、この我を相手によくやった」

「万を超える我が手勢に一歩も引かず」

「死を目前に迎えた我に、異界の神がまたしても与えてくれた」

「この奥の手を使っても、まだ、致命傷を避けるとは」


 牙の王は口先だけでそう己を褒めてはいるものの……その顔から、その口調から伝わってくる憎悪と殺意が隠せる筈もない。

 だからこそ己は何とか愛刀を振るう術を……いや、この状況から脱する術を探そうとしているが、蜘蛛状の脚に貫かれた右腕は力が入らず、脚も同様に力を込めることすら叶わない。

 唯一無事なのは左腕だが、先ほどから全力で最も激痛を与えてくる脚……脇腹に深く突き刺さった一本を抜こうと試みているが、肩を貫かれている上にこの不自由な体勢では力が入る訳もなく、引き抜くどころか動かすことすら叶わない。


「もはや我が生き延びる術はない」

「負けは、認めよう」

「だが、しかし(アー)(ハルセルフ)たる貴様だけはっ!」

「この命に代えてもっ!」


 牙の王はそう吼えるものの、己に対してそれ以上の加害を加えてこようとはせず、己の身体に突き刺さったままの蜘蛛状の脚に力を込めるばかりで……恐らく、コイツも先ほどの一撃が限界ギリギリの、最後の一撃だったのだ。

 そんなギリギリの状況の中、己は歯を食いしばりながら覚悟を決め、今も激痛を加えて来ている脇腹に突き刺さったままの脚から左手を外すと、腰紐に括り付けていた鏢を引き抜き……


「生憎とっ、線虫と心中する趣味は、ないんでなっ!」


 肩から上が動かないため手首の力だけを使い、眼前で勝ち誇っていた牙の王の顔面へとソレを投げつける。

 完全に油断していたのだろう牙の王は避ける動作すら見せず……そして己の放った鏢は狙い過たず、牙の王の眉間へと突き立っていた。


「~~~~っ、貴様っ、貴様っ、貴様ぁっ!」

「この状況で、何故諦めぬっ!」

「満身創痍で動くことも出来ずっ、絶望的なこの状況でっ!」


 自らの分身を殺された牙の王三体が同時にそう叫ぶものの……一匹を屠ったお蔭で力が緩み、何とか身体を動かす程度の余裕が出来た今の己には、それに構ってやる余裕はない。


「己も、往生際が、悪いんでなっ!」


 己は衝動的にそう叫ぶと、右側に居た一匹の……牙の王を模っている人面瘦に、手も足も出ない現状を打破するべく、喰らいついた。

 肥大化しているとは言え、少し大きめの蛇程度の大きさしか持たない寄生虫の頭部に出来た顔面だ。

 己の噛みつきであっさりと顔を食い千切ることが出来る……その程度の大きさしかない。


「……ぺっ。

 最悪の味だっ、畜生っ!」


 口に広がる薄塩味と、腐葉土とドクダミを混ぜたような臭いと、妙にねっとりとした汁の感触と、厚手の牛タンのような歯応えに、己は噛み切ったソレをすぐさま吐き出す。

 そうして最悪の後味を残しつつも、二匹目を屠ったお蔭で拘束が緩んだのを確認した己は、唯一無事な左手を振るって残り二匹の寄生虫を引き剥がすと……ボロボロの身体で何とか立ち上がり、愛刀「村柾」を構える。

 正直、それは正中線すら保てず、愛刀を保持するだけの握力はなく、踏み込むための脚はズタズタ、肩も腕も傷だらけで腰まで痛めていて、普段の三割の斬撃を一度放てるかどうか……それでも最後は刀を振るって命を落としたいという、そんな意地だけで立ち上がっただけの状態だった。

 ……だけど。


「……我の負けだ」

「トドメを、刺すが良い真の(バル)戦士(ダヌグ)よ」


 その時は既に、牙の王は勝利を諦め、ただそう項垂れるばかりとなっていた。

 いや、勝利を諦めるどころか……先ほどまで周囲の全てを殺し尽くさんとするような憎悪と殺意すらも消え失せている。


「四肢を奪われても、まだ戦い続ける」

「あの時、我は……我には、出来なかった」


 既に牙の王たる寄生虫は己の身体を穿った蜘蛛状の脚すら保てず、大地でただ渇いていくだけの……自分だけでは生きることすら叶わない、脆弱なその姿を晒すばかりとなっていた。


「異界の神に頼り、この身を獣の餌とした我が……」

「まさか、(アー)(ハルセルフ)に戦意で劣るとは」


 いや、脆弱だと断言できるのは、単に精神的な要因だろう。

 あれだけ殺意に猛っていた牙の王は、過去の敗北と己の無力さを懺悔するだけの……ただの敗残兵と化していたのだ。


「さぁ、真の(バル)戦士(ダヌグ)よ。

 我を屠るが良い」

「貴様のような男に討たれるのなら、本望というものだ」


 だからこそ己は最期の最期で戦士たろうとする牙の王を、二度愛刀を振るってその命脈を断ち斬ると、目を閉じ……静かに黙祷を捧げたのだった。



2020/07/03 20:32投稿時


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