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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:05「牙の王:後編」
97/130

05-21


「ぅ、ぉおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 牙獣の返り血により視界を奪われた(オレ)は、身体の奥底から湧き上がってくる「見えない」という恐怖に抗うためにそう吼える。

 吼えながらも、怯えながらも……身体は自然と動いていた。

 知らず知らずの内に「達人の領域」に入っていた己の身体は、己の理想の通りに動き……視力を奪われる素前、視界の片隅に映っていた牙獣の位置と速度から、己の身体に喰らいつこうとするタイミングを直感的に把握し、感覚が計ったタイミングで予想される軌道上に愛刀「村柾」の切っ先を置く(・・)


(っ、次は……)


 愛刀から感じる、鱗と肉を切り裂く会心の手応えに己は内心で喝采を上げたくなるものの……生憎と今はそれどころじゃない。

 皮膚をなぞるような不快感と、皮膚の内部を突き刺すような殺意が……己の右前方から別の牙獣が襲い掛かってきていると告げている。

 ソレは、恐らく『勘』としか呼べない感覚だったのだろう。

 だけど己は迷うことなくその感覚に従い、愛刀を振り上げながらも後ろに愛刀の長さと同じ分だけ跳び……気配が通り過ぎるタイミングで愛刀を大上段から振り下す。

 愛刀から伝わってくる手応えは、牙獣の鱗を切り裂き脛骨の骨と骨との間を見事に通って行った……見えないなりに凡そで狙った筈の切っ先が、完全に思った通りの軌道を描いたことに、刃を放った己自身が驚きを隠せない。

 ……とは言え、そのことに驚いている余裕すら、この状況では存在しやしない。

 次は、左側から飛び込んできた牙獣が、突如反転して尻尾を叩きつけてくる……不意に浮かんだそのイメージに従い、尻尾の軌道上から身を逸らして刃を逆さ袈裟に斬り上げる。

 直後、右後ろ下方から死体が動き出して左足へと喰らいつこうとするイメージが浮かび、己は身体を軸ごと反時計回りに回転させ、その顎の軌道上から左足をズラすと、斬り上げたばかりの愛刀を直下へと叩き付ける。

 

(……見えないけど、分かるっ!

 コレが、心眼ってヤツかっ!)


 また達人に一歩近づいた実感に、己は内心で喜色混じりにそう叫ぶものの……実際のところ、己が現在進行形で用いている『心眼』は、世間一般で言うところの『達人が使う心眼』そのものじゃない(・・・・)

 この国に来る前の己でも殺気を感じ取るくらいの……人間として「ちょっと感覚が鋭い」くらいの領域には至っていた記憶はあるが、流石に眼を使わずに敵を「視る」ような常軌を逸した真似なんて出来ていなかった。

 それが今になって急に出来始めたのは、死地で己が成長したから……ではない。


(補助輪付きの自転車みたいなものだからな)


 ただの殺気なら、ここまで上手く反応出来なかったことだろう。

 己の周囲を囲んでいるのがただの牙獣なら、視力を奪われたてしまえば、殺気に反応して何とか回避する程度が限界であり……今のように、ここまで上手く対応出来なかったに違いない。

 だが、この牙獣たちは牙の王の眷属……異界の神の力を受けて化け物と化した、言わば神の(アー)使徒(ハルセルフ)たる己の天敵だ。

 その所為でさっきから己の皮膚が、ビリビリとこの連中の存在を教えてくれていて……それが連中が放つ殺気と混じり、目で見ずとも相手の攻撃が分かるという状況を作り出してくれていた。

 そんなことを取りとめなく考えている間にも、右前から、真正面の下方から、左上から、右下からと次々に襲い掛かってくる牙獣の軌道上に、己は愛刀の切っ先を置き(・・)続ける。

 相手の突進力を利用し、相手の頸椎の狭間や筋肉の間の重要血管を『通す』ようにすれば……愛刀は抵抗にぶつかることもなく己の思い通りに走り続ける。


「す、すげぇ……化け物だ」


「アレ、目が見えてない、よな?」


「何で、見えなくて、あんな真似が出来るんだよ。

 ……人間じゃねぇ」


 次々と牙獣を屠っている間にも、周囲からはそんな声が聞こえて来ていたが……己は「見えずとも戦える」ことに心を完全に奪われていて、市民兵たちが漏らすそれらの声は耳に入って来るものの、その言葉の意味を理解するまでには至らない。

 ただ殺気と不快感が教えてくれる敵の動きに合わせるように、ただただ刃を走らせるだけの時間が過ぎ……

 凡そ二十くらいの牙獣を討った辺りだろうか。

 不意に周囲を覆う殺気が消え……一息吐いた己はようやく顔中に散っていた返り血を袖で拭い、ようやく視界を確保する。


「何……だと?」


 だが、数分ぶりくらいに見た眼前の光景は……己にとっては信じ難い代物だった。

 いや……信じたくない代物だと言っても構わない。


「射れ、射れぇええええええっ!

 この機を逃すなぁああああああああっ!」


「はははっ!

 当たるだけで燃え上がって塩になるぜ、このクソ共っ!」


「この矢なら、一撃で殺せるっ!

 あの牙獣共に勝てるっ!」


 ようやく視力を取り戻した己の眼前では……さっきまで楽しく舞っていた筈の牙獣たちが城壁の上から一方的に射殺されていた。

 本来ならば矢など鱗に弾かれるか、もしくは刺さったところで牙獣の強靭な生命力の前では足止め程度にしかならず……事実、この城塞都市草原の盾(パル・ダ・スルァ)は為す術なく陥落寸前だったのだ。

 事実、ほんの数分前までの戦いであっても牙獣は矢を受けたまま己へと喰らいついて来たし、矢の効果と言えば、拒馬槍に矢が引っかかって転ぶ間抜けな牙獣が居た……その程度の効果しか認められなかったのだ。

 そんな役立たずとは言わずとも決定打とはなり得なかった筈の矢が、牙獣をあっさりと蹴散らすことが可能となったのは……己の所為、だった。

 己が何も考えずに(アー)(ソルタ)を注ぎ込んで『複製』した矢は……牙の王の眷属たちにとっては致命的な猛毒だったらしい。

 昨晩の内に配られていた手持ちの矢を使い果たし、数十分前に己が『複製』した矢がようやく城壁の上の弓兵たちへと配られ使われ始めたことで……どうやら戦況が一気に傾いたらしい。


「手を抜くなっ!

 ここで勝負を決めるぞっ!」


「応っ!

 言われるまでもないっ!」


「ああっ、コイツらは親父の仇だっ!

 一匹たりとも逃がすものかっ!」


 そして、勝機が見えたことで城壁の上の兵士たちは勢いを取り戻したらしく……己が呆然と眺める前で、完全に保身も忘れて城壁から身を乗り出し、弓を射り続けている。

 そんな中、ようやく拒馬槍を超えて己の許へと辿り着こうとしていた一匹の牙獣が、城壁上からの矢が一発背に突き刺さった瞬間……特に致命傷となる筈もない、矢尻の先が刺さった程度の傷だった筈なのに、全身が青白い炎に包まれたかと思うと塩の塊へと化して散っていく。

 己が(アー)(ソルタ)によって『複製』した矢は、それほどまでに牙獣にとっては猛毒で……ついでに言えば、数瞬前までは矢など鬱陶しい障害物程度の認識だったこともあり、牙獣たちは矢をさほど警戒しておらず、城壁上から放たれた(アー)(ソルタ)により創られた矢によって次から次へと射ち滅ぼされる。


「……何、なんだよ、それは……」


 そんな猛毒の矢が放たれているというのに、牙の王の憎悪に引きずられるように牙獣たちは矢を警戒することもなく、ただ真っ直ぐに己を目指して突っ込んで来て……そして、一方的に矢に射られ、さっきまでの脅威が嘘のように、あっさりとその数を減らしていく。

 そのあり得ない事態に流石の牙の王も怯んでいるのか……己に向ける憎悪は先ほどの迫力は消え失せ、保身を考えなかったその突進に躊躇いが生まれ始めている。

 だからこそ己へと牙を突き立てようとする牙獣は城壁と拒馬槍と矢によって阻まれ、己が愛刀を振るう機会すらも奪われてしまったのが現状という訳だ。


「くそったれっ!

 勝てるからって……認められるか、こんなのっ!」


 その完全に優勢と化し、己が愛刀を振るう危機すらなくなった現在の戦場に苛立ち、そう叫んだ己は愛刀の柄を握りしめると……戦術的優位である城壁と拒馬槍によって造られたこの隘路から激情のままに飛び出し、敵の牙が容易に届き得る城壁の外側へと身を躍らせたのだった。


2020/06/30 21:15投稿時


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