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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:05「牙の王:後編」
96/130

05-20


「……さて、と」


 愛刀「村柾」を手にした(オレ)は、迫って来る敵の気配……と言うほど可愛らしいものではなく、三千の群れが一斉に襲ってくる地響きのような音を聞きながら、拒馬槍に囲まれた広場へと歩みを進める。

 そこは直径十五メートルほどの空き地となっていて……円形と正方形の違いはあるものの、剣道の試合スペースと似た感じの大きさとなっている。


(流石はガイレウ。

 ……いい仕事をする)

 

 偶然の一致なのか、それともあの痩身の指揮官が考え抜いてこのサイズにしたのかは分からないが……この戦場は己にとって都合が良い大きさではある。

 そしてこの広場への入り口となる城壁は確かに崩れているものの、そこには拒馬槍が並べ立てられていて、ジグザグに走らなければ己のところへは辿りつけないように工夫されている。

 城壁上には弓兵が並んで矢衾となり、己を狙うために一直線に向かってきた牙獣が城壁で詰まったところを狙い撃つ。

 更に言うと、己を囲う拒馬槍の外側には槍や弓を構えた兵士が大勢詰めかけていて……正直、己への援護としては過剰過ぎだろう。


「……まぁ、己はその程度ってことか」


 己があの草原を埋め尽くす牙獣の群れをたった一人で斬り殺せる剣力を持ち得ていない以上、こうして過保護なほどに助けられるのは当然で……己は理想と現実との乖離に溜息を一つ吐き出す。

 そうしている間にも、牙獣の群れは真っ直ぐに己の方へと向かってきていて……城壁の上から眺めれば、草原の盾(パル・ダ・スルァ)を喰らい尽くそうとする津波にも見えるだろう。


「来たぞっ!

 射れ、射れぇえええええっ!」


「狙う必要はないっ!

 撃てば当たるっ!」


 牙獣が射程圏内へと入ったのだろう、城壁上からはそんな叫びが聞こえて来たところで、己は愛刀「村柾」を抜き放つと……鞘を邪魔にならないように拒馬槍の向こう側へと放り投げる。

 小次郎破れたりの逸話を知っている身としては、鞘を投げ捨てるのは不吉極まりないのだが……この戦いは恐らく「鞘の重量」などという些細な違いが生死を別つほどの激戦になる。

 そんな予感があるのだ。


「……さぁ、死合いの始まりだっ!」


 己はそう叫ぶと共に、最初の一匹……拒馬槍の狭間から飛び出してきた一匹の噛みつきを足捌きだけで避けると、逆さ袈裟の一撃を牙獣の腹へと叩き込む。

 牙獣は巨大な顎をした、鱗の生えた六本脚の獣ではあるが……これだけ何度も何度も斬り殺していれば、背や顔面に比べて腹の鱗が柔いことくらいは嫌でも覚えてしまう。

 その経験通り、己の放った刃はあっさりと牙獣の腹を切り裂き……腹腔と共に臓腑を断たれた獣は血と臓物を撒き散らしながらも勢いを殺さず、拒馬槍の近くまで転がっていく。


「今だ、トドメをっ!」


「この不浄の(ダウゼ)(ジァ)のクソ風情がっ!」


 そうして己が斬りつけた牙獣は、拒馬槍の背後にいた兵士たちによって槍で突き刺されて息絶えることとなったようなのだが……生憎と、己はそちらに視線を向ける余裕なんて欠片もない。

 何しろ……


「三つ目っ!」


 その間にも、己の右手を狙って飛びかかってきたもう一匹の咽喉を斬り裂いた直後に、次の足を狙ってきた一匹を横薙ぎの一撃で眼球二つを切り裂いていたのだから。

 しかも、そうして斬り捨てた二匹がどうなっているのかを見届ける暇もなく、またしても三匹ほどがこちらへと向かってきているのが目に入る。


「……コイツは、最高だ……」


 その三匹が憎悪に目を血走らせたまま一直線に己へと向かってくる姿に、己はそう笑う。

 笑いながらも戦闘の一匹の頭蓋へと切っ先三寸だけを叩き込み、直後に返す刀で二匹目の左側三本脚を叩き斬り、足へと喰らいつこうとした一匹を蹴り上げ、直後に横薙ぎの一撃で腹腔を断ち切る。

 そうして蹴りを放ったことで多少崩れた体勢を戻そうとしたところで……またしても二匹ほどが迫って来ているのが目に入る。


(息をつく間もない、なっ!)


 一度に襲い掛かってくることがないから、楽だと思っていたが……どうやらそれほど容易く勝てる相手ではないらしい。

 僅かに視線を向ければ、城壁の上の弓兵は延々と矢を放ち続けているが、それでも三千という数の暴力を食い止めるには至っていない。

 救いは牙の王が己への……いや、(アー)への憎悪に目が眩んでいる所為で、戦術も策も一切を捨てて、真っ直ぐに己へと向かってきていること、だろう。

 知性を用いて、周囲から磨り潰すような戦い方を仕掛けられたなら、またしても為す術なく牙獣の餌にされたに違いない。


「……だけど、なっ!」


 またしても己は切っ先三寸だけを牙獣の頸部へと叩き込むと、その瀕死となった一匹を蹴飛ばして次に襲い掛かって来ていた一匹へと叩き付ける。

 その二匹はもつれながら拒馬槍へとぶつかり、近くにいた兵士たちの槍の餌食となっている。

 そうしてようやく途切れた敵の波に、大きく息を吐き出すと……愛刀を大きく振るうことで血ぶりをする。

 直後にいつもの癖で額を袖で拭おうとし……まだ汗一つ流れていない事実に気付くと、己はまた一つ大きな溜息を吐いていた。


(……十分、余裕があるな。

 まだ『達人の領域』にも至っていない)


 それどころか、なるべく動きを最小にすることで体力を温存し、更には愛刀のダメージを考えて切っ先三寸のみで斬りつけるなどという……所謂「後先を考えた」戦い方を組み立てるほど余裕がある有様だった。


「ガイレウめ。

 ……頑張り過ぎだ」


 事実、真正面から激情のままに襲い掛かってくる牙獣は城壁で詰まり、隘路となっているこの場所へたどり着くのは一度に三匹が精々。

 しかも、矢を受けた個体がバランスを崩してしまい、拒馬槍を超えられず……木の杭に引っかかった数匹は横合いからの槍によって貫かれ、己の一刀一足の間合いにまで辿り着けない有様なのだ。

 手隙になった己が愛刀を背に載せたまま牙獣が来るのを待っている間にも、こちらへと跳び込もうとした牙獣三匹が拒馬槍の間から突き出された槍によって二匹も屠られてしまった結果、こちらへはたったの一匹だけが飛び込んできて……


「おいでませ、とっ!」


 それを待ち構えていた己は、真正面から一匹だけ真っ直ぐに飛びかかってきた牙獣へと、大上段からの斬り下しを叩きむべくいつも通りに振りかぶり……


(……しまっ?)


 直後、その牙獣は虚空でその身を捩ると……無防備な腹部を己の真正面へと晒すという、生物では絶対にあり得ない『完全なる自殺行為』を仕出かしたのだ。

 だが、その自殺行為は牙獣の個体として見た場合の話であり……

 己の放った刃に中空で腹を叩き斬られたその牙獣は、そのまま血と臓物とを派手に周囲へと巻き散らし……それは己の顔面へと降り注ぐこととなる。


「くっ、小賢しい真似をっ!」


 完全に油断していた己は、返り血をまともに浴びてしまい……己の視界はその返り血によって完全に閉ざされることとなってしまったのだった。


2020/06/29 20:38投稿時


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