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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:05「牙の王:後編」
94/130

05-18


 ガイレウに案内された家は、老夫婦でも住んでいたのか小奇麗ながらも生活感が染み付いたような家で……移動に戦闘などそれなりに身体を酷使していた(オレ)は、家の間取りを確認した後、何処からも奇襲を受けない安全な場所で愛刀を抱いたまま眠っていたのだが……


(……ん?

 ()、か?)


 そんな眠りの最中でも、人が家に入ってきた気配を感じた瞬間、己は静かに目を覚まし……音を出さないよう静かに愛刀の鯉口を切る。

 この有様の草原の盾(パル・ダ・スルァ)で野盗の類が出て来るとは思わないが、火事場泥棒や空き巣くらいなら何処にでも出て来ると思ったからだ。

 正直、個人的にはそっち側の()の方が嬉しかったのだが、生憎とその心配はただの杞憂でしかなく……


「ジョンさま、ジョン=ドゥさま。

 起きていますか?」


 美味しそうな匂いを漂わせ、物音を立ててながら己にそう呼びかけて来たのは小さな少女……ガイレウのヤツの異母妹だった。


「ああ。

 えっと……」


「カナリーですわ。

 カナリエテ=パル・ダ・スルァ。

 これでも、この都市のしはいしゃであり、山羊角の長ですのよ」


 他に気配もないのを確認しつつ、己は頷くことで少女に起きている旨を伝えたのだが……名前を覚えていなかったことを悟られ、そう大仰に名乗られてしまう。

 尤も、その名乗り自体は意味が分かっているというよりは言われた通りにしている気配が強く……そして、幸いにしてカナリーと名乗った少女は自分の名を覚えられていなかったことを気にした様子もなく。

 カナリエテ=パル・ダ・スルァという名の少女は顔色一つ変えないまま手元の鍋らしきモノから木の椀へとスープを注ぎ、こちらへと手渡してきた。

 

「済まない。

 ありがたく頂くとする」


「いいえ。

 妻としてはとうぜんのことですので……。

 尤もこれは、フィリエプとかいう、兄さんのお知り合いのお爺さんが作られたものですけど」


 受け取ったスープの中身はどうやら具だくさんの塩スープであり、正体不明の肉と豆が大量に放り込まれている。


(……大丈夫、なんだろうな?)


 フィリエプ爺さんの料理の腕は間違いなく信頼に値するものの……ひと眠りする前に牙獣を捌いていたことが記憶に新しい己は、少し食べるのを躊躇ってしまう。

 そんな間にも、少女は自分の分らしきスープを近くに置き……次に腰に括り付けていた袋からちょいと不格好なヌグァを手渡してくる。


「ああ、有難い」


「いえ、こちらは私が作ったものですので。

 これでも料理は得意なのです」


 軽く頷いて受け取る己に対し、カナリーは胸を張って自慢気にそう自己紹介をしてくるものの……その様子があからさまに子供がよくやる仕草だったために、己は軽く笑みを浮かべてしまう。

 差し出されたヌグァが少し不格好だったことも、子供なりに手伝いを頑張ったという感じで微笑ましい。


「さて、喰うとするか。

 カナリーも、此処で?」


「はい、ジョンさま。

 兄さんは、『夫婦なら共に食べるのが当然』なんて言って、私をおいだしたのです。

 ひどいと思いませんかっ?」


 己の問いに、カナリーはそう憤慨した様子を見せ……どうやらガイレウのヤツは本気で異母妹を使った政略結婚によって己を取り込むことで、この草原の盾(パル・ダ・スルァ)を救う計画を実現させるつもりのようだ。

 尤も、十歳に届くか届かないかである当の本人はこのようにまだまだ異母兄に甘えたい年頃のようで、ことの重大さを理解していないようだったが。

 そんな異母兄への愚痴を聞きながら、己は添えられていた木の匙を使って恐る恐るスープを口に入れ……


「……相変わらず美味いな、フィリエプの爺さん。

 いい仕事しやがる」


 思わずそんな呟きを零していた。

 化学調味料もないこの国で、手軽にここまで深い味を出すのは文字通り職人芸としか言えないだろう。


「兄さんがお勧めするくらいですから、とうぜんですわ。

 私も、あのてぎわの良さにはびっくりいたしましたし」


 隣で同じ食事を口にするカナリーにしても、この料理は絶品……とまでは言えなくとも、非常に良質な食糧であることに違いはなかったらしく、一心不乱にスープを口にし続けている。

 そんな至福の時間はそう長く続く訳もなく、己たちはお互いに空の皿を眺めて溜息を一つ吐き出すと……お互いぽつんと残された不格好なヌグァのみを、もそもそと作業的に口の中へと放り込む。

 その後、カナリーが皿を洗うのを何となく眺めていた己だったが……手伝いを申し出ても台所は女の戦場だと追い出された……正直、テレビも電気もないこの国では、夜中にやることなんて何もない。

 こうも暇だと訓練に剣を振るいたい衝動が湧き上がってくるのだが……明日は恐らく決戦が待ち構えていて、体力は出来るだけ温存するべきだろう。


「……寝るか」


 だからこそ己がそう決断を下したのは、ある意味では当然のこととも言えるだろう。

 ……だけど。


「あ、はい」


 皿洗いを終えたばかりのカナリーが、その呟きに反応して俯きながら蚊の羽音のような声でそう告げるのは正直、予想外にも程がある。

 しかも料理を持ってきていた……どういう手段を使ったのかは分からないが、鍋を突っ込んでいた袋から、毛布らしきものを二枚も取り出したのを見る限り、そうすることを最初から狙っていたかのように思える。


「待て。

 待て待て待て。

 もしかして、カナリー、お前は……」


 そんな少女の様子を見た己は嫌な予感に突き動かされるかのように、その疑問を口にしようとしていた。


「えっと。

 はい、兄さんから、泊まっていくようにと」


 とは言え、少女が特に躊躇う様子も見せず、そう頷いてしまったことで、己の懸念は現実のものとなってしまう。


(ガイレウのヤツめ……)


 彼らの置かれた状況を聞く限りでは、己を通じて神殿とのパイプを求める以上、政略結婚という手法を取ること自体は分からなくはない。

 だが、しかし……それはあくまでも手法として理解出来るというだけで、その対象が自分となることに納得できるということと同義ではないのだ。


「お前は、良いのか?

 その……」


「何故、ですか?

 家長が結婚を決めるのはとうぜんのことです。

 もちろん、私のばあい、私の方が長なのですけれど、兄さんの人を見る目はしんらいできますし」


 何とか翻意をさせようと躊躇いがちに訊ねた己の問いに返ってきたのは、己の暮らしていた現代とは完全に異なる、この国での結婚観だった。


(……そんな時代も、あったらしい、な)


 勿論、己の生まれ過ごした日本でもこの手の風習があったのはそれほど昔の話ではなく「そういう時代もあった」と聞かされる程度の昔でしかないのだから、別にこの国の結婚制度がおかしいとは言い切れない。

 それでも……現代日本で暮らしていた己としては、やはり違和感が残るのは否めないが。


「……自分で、決めたりはしないのか?」


「何故、ですか?

 結婚は一生のものなのだから、まだ若い自分で決めるより、じんせいけいけん豊富な家長が決める方が、まともな人を選べるよと、近所の奥さま方からきいておりますけれど?」


 現代日本の価値観で訊ねた己の問いは、カナリーが首を傾げながら告げたその言葉であっさりと二の句を封じられてしまう。

 現実問題……己の持つ愛刀「村柾」を選んだ時も、自分自身の好みを告げただけで、後は鍛冶師が選んでくれたものだ。

 勿論、多少の手直しはその後でサービスしてくれたが……言ってしまえばそれと同じ。

 自分の直感や好みも大事だが、一生のことなのだからしっかりと自分より詳しい人に知識を伝授してもらうのは当然とも言える。

 それに決定権が家長にあるとは言え……本人に拒否権がない訳でもないのだろう。

 

(気軽にくっついた別れたと出来ない分、そっちがマシなのかね?)


 剣術バカの己としては、結婚なんて縁遠い代物であり……むしろ闇賭博なんざに脚を突っ込んだ時点でまともに死ねるとは思っておらず、端っから選択肢にすら入ってなかったのだが。

 それでも、人を見る目ってのは確かに大事で……学生の頃、くっついた別れた騙された浮気されたと散々女子連中が騒いでいるのを聞いたことがあり。

 この国では結婚相手を自分で選べない分、そんなアホなのに引っかからない……その確率が低くなるのだろう。

 ……多分。


(ま、そんな己を結婚相手に選ぶ時点で、ガイレウのヤツの人を見る目は疑わしいが)


 取りあえず、説得は難しいと考えた己は溜息を大きく吐き出し……全てを諦めて寝ることにした。


「……寝る」


「……は、はい。

 どうぞ、末永く大事にしてください。

 天井のシミを数えてたら終わると聞いております」


 近くで自称妻がそんなことを言っていたものの……こんな子供ではそういう対象にすらならないし。

 そもそも、明日は牙の王との決戦となり、地獄のような戦いとなるのが明白なのだ。

 性欲の発散で使う僅かな体力すら惜しむことになるだろう。


「楽しみだ。

 ああ、本当に楽しみだ」


 己はそう小さく呟くと……目を閉じて身体の力を抜いた。

 幸いにして近くに気配があったにもかかわらず、己の意識はすぐさま闇の中に吸い込まれていくこととなったのだった。



2020/06/27 08:28投稿時


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