05-17
「で、そろそろ聞かせてくれるんだろうな?」
「……あ?」
牙の王に取り憑かれた強姦魔を焼き尽くし、ついでにフィリエプ爺さんに牙獣は喰えたモノじゃないというのを説明し終え……先ほど火刑を行った場所から少し離れた人気のない路地裏へと辿り着いた己を待っていたのは、何故か付いてきたガイレウのそんな詰問だった。
特に心当たりのなかった己は、しばらく考え込み……ようやく思いついた心当たりを口にする。
「ああ、そうだな。
牙の王に取り憑かれたあの男は、強姦魔ではなく英雄として葬ってくれ。
牙の王の正体を暴くのに尽力した、ってな」
「違う、そうじゃない」
半ば騙すような形で焼き殺してしまった男への懺悔にも等しい……幾ら処刑を待つばかりの重犯罪者であれ、騙した形になったのは紛れもない事実で……そんな呟きを零した己に対し、ガイレウは首を左右に振りながら否定の言葉を口にする。
「何故、牙の王をあんなに挑発したんだ?
幾ら言葉が通じないにしろ、もう少しやりようってのものが……」
「……ああ、分かっている。
分かっていた上で、アレしかなかったんだ」
同族……と言うか、同じ草原に暮らす民としてか、ガイレウは自分たちを苦境に追いやった元凶である筈の牙の王に対しても何処か同情的なところがあり……ほぼ愚痴に近い口調ではあるが、己に向けてそんな苦言を零していた。
だが、己としても言い分はある。
「お前……もし、牙獣が一匹だけでも逃げ出したとしたら。
お前らだけで、解決できるか?」
「……確かに、な」
流石にガイレウは優秀らしく……己が発した一言で全ての事情を理解し、すぐさま城壁の向こう側を睨み付けたかと思うと、頷いて己の言葉を肯定してみせる。
この様子では、己が理解していた牙の王の本当の脅威についても理解したのだろう。
尤も、ソレは剣術バカの己が分かる程度のことであって……己如きが「牙の王の脅威」なんて偉そうに語ったところで、それほど難しいことではないのだが。
(牙の王は寄生虫という形の存在であり、喰われた相手に寄生する形で殖え続ける)
それは先ほどの会話の中で、牙の王自身が強姦魔の身体を借りて対話したことからも明らかであり……そして、牙獣の群れの中において「何割かの個体だけが己に対して憎悪を見せていた」ことからも、寄生された牙獣が群れを操るという形で、牙の王はあれだけの数の牙獣の軍勢を操っていたのだと推測される。
(だからこそ、今日の夕暮れ前……連中が共食いしていたのは飢餓に耐えかねた訳ではなく、牙の王が操れる「寄生された個体」を増やすためだったと考えるべきだろう)
要するに、明日からは「狼に率いられた羊の群れ」が相手ではなく……全てが意思統一された、「人の知性を持つ狼」との戦いになる、という訳だ。
ガイレウもそれを理解しているらしく……先ほど城壁の向こう側を睨み付けたのは、その脅威を実感しているからに違いない。
そして……コイツは、己が牙の王を挑発した理由をも察している。
(現実問題、牙の王に逃げに徹されたなら……誰だろうとまず勝てない)
相手は、野生生物の腹の中に巣食う異能を持ってるのだ。
野生の動物でしかない牙獣を全て狩り尽くすなんて、どれだけの人手と労力を要するか……考えるだけでも気が遠くなる。
しかも、この国はまだ国土全域に支配が行き届くどころか、前人未到の地域も多々あるような……未だ発展途上の国なのだ。
もし全力で牙の王に逃げられた場合、この草原の盾に常駐する全ての兵士の力をもってしても、追い切れないに違いない。
それを理解しているからこそ、己は自分の流儀から離れているのを自覚しつつも牙の王を必要以上にこき下ろして挑発し……ガイレウもそれを理解したからこそ、もう何も言う必要がないとばかりに口を閉ざしているのだ。
「……で、勝てるのか?」
「分からん。
が、まぁ、昨日と同じ戦術を試してみるつもりだ」
相手の恐ろしさを理解しているのだろうガイレウの問いに、己は肩を竦めながらそう軽く言葉を返し……その返答を耳にしたこの城塞都市の指揮を担っている痩身の男は、不謹慎だと感じたのか眉を吊り上げる。
だが実際のところ、己は絶対に勝てる相手となんて戦おうとは思ってないし、そんな戦いは望んでもいない。
己が欲するのは勝敗の分からないギリギリの死闘で……その極限状態でのみ、通常の鍛練では限界に達してしまった己の剣技が研ぎ澄まされると信じているから、だ。
(……ああ、楽しみだ)
人の頭脳を持った野獣の群れ。
しかも単一の意思によって動く軍団でもある。
それと相対する恐ろしさは、恐らく己の想像を遥かに超えていて……屍の王や炎の王、猿の王と戦ったときよりも追い詰められるに違いない。
挙句、今回は天賜抜きという真っ向勝負。
持てる全てを出し切らなくては、勝利どころか数秒間生き残ることすらも不可能だろう。
そんな内心が表情に出ていたのだろうか?
「……それが、お前の戦う理由、か」
「ああ、己の目的はコレだけだ」
ガイレウが何処となく呆れたような表情でそう呟き……愛刀の鯉口を切ってその刃を眺めながら、己はそう答える。
愛刀には刃毀れ一つなく、軽く手入れをしただけにしては完璧な状態に戻っていて……どうやら半自動的に天賜が働いているらしい。
その事実に己は軽く舌打ちするものの……そのまま愛刀を鞘へと納めることとした。
望まぬ形で神の奇跡が贈られている事実が少々気に入らないにしても、補給や手入れなんて余計なことを考えず、ただ剣技にのみ集中できるのだ。
ある意味では己の望みが叶ったとも言える。
「……分かった。
オレはそれをフォローする形で兵士に指示を出す。
ジョン、お前が最前線に立ってくれ。
お前は攻撃の要であり、囮でもある。
それで、構わないんだよな?」
「ああ。
分かってるじゃないか、戦友」
そんな己の様子をどう受け取ったのか、痩身の戦友は己に向けて戦術とも言えない無茶苦茶な作戦を告げ……まさに希望通りだったその提案に、己は笑って頷く。
牙の王の全ての怨嗟を己が受け止める。
地の利と人の和というフォローはあれど……それは間違いなく絶望的な戦場に違いない。
「ははっ、流石に分かるさ。
ジョン、お前は……この状況の草原の盾に舞い戻ってきたんだからな」
己の笑いを聞いたガイレウは、己たちのいる路地裏から大通りを目を細めて眺め、そう呟く。
その視線の先には、怪我人と女子供老人という非戦闘員ばかりで……陥落寸前の籠城中の都市というのはこうなるという見本市のような光景がある。
「……そんな馬鹿なんてそうはいない。
軍の命令で何も知らずに来てしまった本当の馬鹿。
両親や女を見捨てられない馬鹿。
土地や財産を捨てられない馬鹿。
ここで名を上げて、出世ようとする腕自慢の馬鹿。
親しい誰かに死なれ、ここを死地と決めた自殺願望の馬鹿。
あとは……戦いそのものが目的の救いようのない馬鹿、くらいか」
ガイレウの言葉は的確だった。
それほどまでに、この草原の盾は限界寸前で……そんな場所を訪れた自分自身のことを皮肉ってしまうほど、救いようがない有様で。
その言葉を聞いた、文字通り「戦いそのものが目的の救いようのない馬鹿」である己は、つい笑いを零してしまう。
「ああ、そうだろうな」
「後で、飯を届ける。
この家はもう空き家になってる……明日の戦いに備え、ゆっくり眠ってくれ」
そんな己の解答に、かける言葉すら失ったのか……ガイレウはそう言うと、近くの小さな民家のドアを開けると、そう言葉を残して戻っていった。
恐らくは、明日の戦い……恐らくは大激戦となるだろう戦闘に備えるべく、作戦や補給の指示を出しに行ったに違いない。
「……なら、有難く借りるとするか」
補給物資など何一つ要らず、作戦を練る必要すらなく、指揮する部下すらいない、ただ愛刀を振るうだけで済む己としては特にするべきこともなく……己はそう呟くと、ガイレウが告げた家へと上がり込むことにしたのだった。
2020/06/26 21:15投稿時
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