05-16
「……ぅお、が、ぐがっ、ぎぎぎぎげぐ」
己の眼前で縛られたままの、寄生虫だらけの牙獣の脳みそを食わせた強姦魔はいきなり痙攣を始め……泡を吹き始めたその口からは、延々と言語ですらない呻きを延々と吐き出していた。
その様子はまるで薬物中毒患者の禁断症状の様相にも見えて……明らかに先ほど食べさせた寄生虫だらけの牙獣の脳みそによるものだと断言出来る。
「……おい、ジョン。
コイツに何を喰わしたんだ?」
これから処刑しようとしたヤツであっても、原因不明の痙攣を始められると流石に不安になるのだろうか?
この強姦魔を処刑しようとしていた筈の集団は今や完全に血の気を失っていて……彼らを代表する形でガイレウがそう問いかけてくる。
「牙獣の脳みそをちょいと、な。
恐らく、実験は成功だと思うんだが……」
己は痙攣を続ける男から目を離すことなく、そして愛刀からも手を離すことなく、そう答える。
事実、何が起こるかなんて己には全く予想出来ず……だからこそ何が起こっても良いように身構えていたのだ。
そうして……体感で三分ほど男は痙攣を続けていただろうか。
不意に身体の動きが止まったかと思うと、明らかに正気を失ったかのような血走った目でこちらをまっすぐに睨み付けてきた。
「あ、え、う、ひ、人の……」
血走った目をした、顔中痣と腫れだらけのその強姦魔は……いや、数秒前まで強姦魔だった男は、何やら口を動かして声にならない声を吐き続けたかと思うと、周囲を睨み付けながらゆっくり息を吸い込み……
「人の、発声器官ヲ、扱うのは、久々ダが……
発音、ヲ、間違えテ、いないかナ?」
そう、人の言葉を口にする。
さっきまでの強姦魔と明らかに違うその男の雰囲気に、自らの仮説が正しかったことを確信した己は、静かに溜息を吐き出すと……『ソイツ』目掛けて話しかける。
「やぁ、気分はどうだ、牙の王」
「ハ、ははははは。
最悪二近いと言っテおこうか、神兵」
殺意の欠片もない己の問いかけに、『ソイツ』は……いや、牙の王は憎悪を滲ませた笑いを演じながら、そう言葉を返す。
「おい、ジョンっ!
一体、どうしたんだ、コイツはっ!
何が……何が起こっている?」
「囀るナよ、真っ先に裏切ったクソったレの山羊角……酷く痩せたナ。
いや、面影があル……アヤツの息子か。
……まさか、ヤツの餓鬼がここまで大きくなるほど、歳月ガ流れたのカ」
現状を全く把握していないガイレウの叫びに、牙の王に取り憑かれた男はそう吐き捨て……何故か急に追憶に浸るような呟きを零し始める。
「……まさか。
牙獣を嗾けて来ているのは、やはり滅んだ牙の一族の誰かなのかっ!
だが、牙獣を操る術などなかった筈っ!」
その台詞だけでガイレウは眼前の相手がどういう存在かにたどり着いたらしく、手にしているその剣を斬るために使わず、鈍器として殴り掛かりそうな剣幕でそう叫ぶ。
とは言え……今己が欲しいのはそういう過去の怨恨なんかじゃない。
今度は己が手を横に挙げることでガイレウの問いを断ち切り……牙の王の眼前へと立つ。
「……貴様の目的は?」
「決まっテいるだロうっ!
我ラ一族を滅ビに導いた者ノ、全ての死、ダ!
特に帝都ハ……あの王子だケはこの牙で、屠っテやるっ!」
己の問いに、牙の王は吐き捨てるかのようにそう叫ぶ。
その言葉にあるのはただひたすらの怨恨と殺意のみであり……怨嗟の内容から察するに恐らくはあの猿の王と同じく、帝国に滅ぼされた恨みからこうなってしまったのだろう。
「その『力』は、やはり異界の神とやらに?」
「そこまデ知っているなラ、話は早い。
戦に敗レた我の四肢を奪い……我が眼前デ三人いた妻は嬲ラれっ、十四人の子全て殺さレた我をっ!
あのクソったれの連中は……不浄の獣の王子はっ!
そのまま我ヲっ、殺すこともナくっ、放置しタのだっ!
死を望ムっ、我が嘆キが心地良いトなっ!」
血を吐くように……いや、事実血を吐きながら、牙の王はそう叫ぶ。
吐き出す憎悪が大き過ぎて……そして操らている身体の感覚がソレに耐えられないのだろう。
牙の王の激情に任せ、限界まで酷使した声帯は壊され、既に血を吐いているにもかかわらず……それでもこの神聖帝国を滅ぼそうとする六王の一角は声を押さえようとすらしない。
「そしてっ、死に瀕した我が怨嗟の声ヲっ。
不浄の獣共が崇める神とやらハ放置しタがっ!
あノ異界の神はっ、聞き遂げテくれたっ!」
縄に縛られたままの牙の王は、そんな不自由なら身体を強引に動かしながら……そして、動かないのに無理矢理に動かした所為で身体のあちこちから砕ける音を響かせながら、そんな歓喜の声を上げる。
「あの野郎共……そんな真似をしやがったのか。
だが、オレたちは……っ」
「あのクソ共に下っタ貴様ラも同罪ダ、山羊角の長ヨ。
貴様ラも、不浄の獣どもモ、共に牙獣の餌となり、糞となる」
この一連の騒動の発端を知ったガイレウはそう否定しようとするものの……憎悪に染まり尽くした牙の王にそんな言葉なんて通じる訳もない。
ただ全ての死を願い笑うばかりで……正直、言葉は通じていても意思の疎通は出来たとしても、戦略的な交渉が進むことはないだろう。
それを理解した己は今後の戦いを有利にするため……いや、勝利した後に懸念を残さないようにするうために一計を講じることとした。
天賜などという手品に逃げてしまった己は、弱くて無力で未だ剣の道も半ばの雑魚でしかなく……そんな弱い己が勝利を掴むためには、どんな手段だろうと実行に移す、言わば「みっともなく足掻く姿を曝け出す」必要があり……だからこそ己は、そのための楔を打ち込むことにしたのだ。
「それはてめぇもだろう?
クソ野郎」
「……なん、だト?」
そうなると理解した上で己は挑発的にそう言い放ち……自尊心が高いらしき牙の王は己の挑発にあっさりと引っかかって、己へと血走った視線を向けてくる。
たったのそれだけで己も皮膚を撫でるような不快感が走り……神が植え付けただろう感覚に、己自身も踊らされているのを実感する。
だがそれでも、都市全てを殺し尽くそうとしているコイツを放置することなど出来やしないし……何よりも己自身、生と死の狭間で愛刀を思う存分振るえるこの機会を見逃せる筈がない。
「要するに異界の神とやらの力で、てめぇは寄生虫に成り下がった。
ソレをどうやって牙獣に植え付けた?
貴様の身を食わせたんだろう?」
……それはただの推測だった。
だが、事実……当の本人が手足を奪われたと宣言し、そしてコイツが牙獣を操る手段は寄生虫によるモノだと分かっている。
そう考えると、牙獣たちに寄生虫を植え付ける手段を、手足を持たない牙の王が持ち合わせている筈がないなんてすぐに思い当たる。
つまり……自らの身を牙獣に喰わせることで、コイツは牙獣という自在になる力を手に入れたのだ。
「きさ、マっ!
貴様如キ、神の飼い犬風情ガっ!
我が最後ノ復讐ヲっ、嗤うカっ!」
そして、案の定、異界の神が渡した力に頼る寄生虫呼ばわりをし、牙獣に喰われてクソに成り下がったと揶揄する己の挑発に、自尊心が高いらしき牙の王はあっさりと激昂したものの……己の言葉を否定しようとはしなかった。
だからこそ、それは真実であり……フィリエプの爺さんが掻っ捌いた牙獣の臓腑に巣食った寄生虫を見た時に閃いた己の勘は、実は見事に的を射ていたらしい。
「つまりが貴様も己たちと同じく、獣のクソだろう。
いや、クソにもなれないからクソ以下か。
クソ以下の身でありながら、人間らしく恨み言なんてほざくなよ、カス」
そんな牙の王に向けて、己は挑発を続ける。
個人的にあまりこういう死人に鞭打つような真似は好きではないのだが……この作業自体は絶対に必要なのだから。
「貴様ぁアああああああああああっ!
貴様だケはっ!
くそったレな神の、ひり出したクソであル貴様だけはっ!
絶対に貴様ハ、この牙で喰らい尽くスっ!
二度と生き返らヌよう、そのハラワタを食い尽くしてくレるっ!」
己の挑発によって完全に我を失った牙の王は、そう吼え憎悪を撒き散らしながら身体を必死に動かそうと暴れ回る。
とは言え、こうして身体中を縛られた状態では、幾ら寄生虫によって動かしているだけの……痛覚や怪我を考慮せずに済む身体であっても、何かが出来る筈もない。
「……ガイレウ。
このクソを焼き払え。
開戦の、狼煙代わりだ」
それを理解している己は、呆然と様子を見ることしか出来なくなっていたガイレウへとそう言い放つ。
牙の王を価値のないゴミ扱いすることで、挑発をより完全なモノへとするために。
「……っ、あ、ああ。
お前ら、用意は出来ていたな。
とっとと火を用意しろっ!」
ガイレウがそれを理解していたかどうかは分からない。
だが、幸いにして牙の王が取り憑いた元の身体は未亡人を強姦するようなクズであり、特に躊躇うようなモノではなかったのが良かったのだろう。
ガイレウの指示を聞いただけで、やはり呆然としていた周囲の連中はすぐさま動き始め……牙の王の身体の周囲に、薪と油とが放り投げられる。
「貴様っ、貴様っ、貴様ぁああああああああああっ!
貴様ハっ、貴様だケはっ、我が牙デ喰い殺してくレるぁあああああああああああああっ!」
そうして炎に包まれた牙の王の身体は、そんな怨嗟の声を延々と上げ続けるが……己はそちらに視線を向けることすらしなかったのだった。
2020/06/25 21:08投稿時
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