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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:05「牙の王:後編」
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05-14



「ほら、コレじゃ」


 フィリエプの爺さんに引っ張られるがままに(オレ)がたどり着いた先は、鼻を突く血と臓物の臭いに加えて、何度も嗅いだことのある獣臭が充満した……まるで戦場のようになった路地裏だった。

 こうして内部の様子を見て分かったことではあるが、この一角は、先ほどのような街の住人たちが騒いでいる場所からは少し離れたところで……己と同じく帝都で徴兵された連中は、どうやらこの草原の盾(パル・ダ・スルァ)の住人たちから若干隔離されているらしい。

 尤も、それは差別とか言われる代物ではなく……兵士なんて若くて凶暴な野郎ばかりの集まりなのだから、そうして隔離されるのは当然の処置ではあるが。


「……凄まじい、な」


 そのとてつもない臭いが漂う路地裏を目の当たりにした己の口からは、自然とそんな呟きが零れていた。

 実際、牙獣の死体数体が皮を剥がれ肉を削がれ、腑分けられて骨まで砕かれている様は、他に表現のしようがなく……敢えて他に例えようにも、己の貧困な語彙では「まるで地獄のようだ」とか「戦場跡に似ている」くらいしか思い浮かばない。

 近くには井戸と焚火の跡と……そして料理を試みたのだろうナイフと鍋とが幾つから転がっていて、爺さんは血と臓物の臭いに負けない獣臭を放つ『コレ』を食べようと色々と努力したらしき形跡が窺える。

 尤も……周囲にいる爺さんと徴兵された連中が眉を顰めていたのを見る限り、彼が同胞の食糧事情を慮って頑張った爺さんの試みは、あまり彼らにも受け入れられていないようであるが。


「で、喰えたのか?」


「さっぱりじゃ。

 肉は臭くて硬くて不味いしの。

 生では流石に寄生虫が怖くて食えぬし、かと言って熱を通せば腐敗臭がする始末じゃ」


 好奇心だけで口にした己の問いに、爺さんは肩を竦めながらそう答える。

 基本、肉を喰らう獣は臭いが酷くて不味いと聞いた記憶はあるのだが……フィリエプの言葉が正しいならば、この牙獣という生物は文字通り煮ても焼いても食えない連中のようである。


「それよりも、コレじゃ。

 コイツを見てくれ」


 尤も、爺さんは己に自分の成果を自慢したい訳ではないらしく……そこら辺りに転がっていた肉や鍋までもを蹴飛ばしながら近づき、近くで腑分けられていた大きめの牙獣の死体の腹の前でしゃがみ込み……

 その臓物を引っ掻き出すと、中から一つの臓器を切り取って己の眼前へと差し出す。


「何だこりゃ?

 ……臓物、肝臓か」


 フィリエプの爺さんが差し出してきた品を見た己は、すぐさまそう呟く。

 実際、剣術を修める上で解剖学は避けられない分野であり……一応、己も剣術仲間の伝手を辿って検死の現場に立ち会ったこともあり、瞬時にその臓器に当たりをつけることが出来たのだ。

 実際のところ、獣の臓器と人とそれとは若干違うのだが……流石に肝臓くらいは分かる。


「そうじゃ、まぁ見ておれ。

 これを、こうして……」


 その肝臓に対し、爺さんは近くに転がってあった鉄の串を手に取ると、焚火跡に転がってある、未だに燻っている炭へとその串を突っ込み……十秒ほど経った後に、赤く焼けた鉄の串をその肝臓へと突き刺す。

 じゅっという嫌な音が響いたかと思うと……


「~~~っ、何だこりゃっ?」


 突如、その肝臓から数匹ほど、ミミズのような大きさの真っ白な寄生虫が湧き出したかと思うと、肝臓から飛び出して地べたでのたうち回り続ける。

 己の記憶を辿る限り、アニサキスという魚の寄生虫に近いように思えるが……それでもこれほど大きく、これほど元気の良い寄生虫なんて見たことがない。


「全ての牙獣にコイツが?」


「いや、この大きなヤツ……恐らくは群れのリーダー格の二匹だけじゃ。

 肝臓から胃、脳にまで入り込んでおる。

 ほれ、脳の中もこの有様じゃ」


 己の問いに爺さんはそう呟くと、近くの大きな牙獣の頭蓋を取り外し……どうやら既に頭蓋骨を割っていたらしく、その死体から脳みそを抉り出す。

 そして、その脳をナイフで切り取ると……脳みその内部からまたしても数匹、身体を切り取られた寄生虫がうねうねと飛び出してくる始末である。


「これじゃ、喰えないじゃろう?

 儂も、どうしたものかと……」


「……いや、待て、爺さん。

 コイツは、もしかすると……」


 そんな脳みそを片手に爺さんは溜息を吐き出していたものの……己は顎に手を当て、不意に閃いた『ある仮説』について考え始める。

 それは確証どころか何の証拠もない、ただの荒唐無稽な思い付きにも等しい代物だったが……


(……本当に、荒唐無稽か?)


 己は、突如閃いた……この国の神官(セリカ)連中ならば『(アー)のお告げ』とも言い出すだろう思い付きを検討し始める。

 実際問題、何の根拠もない、ただの思い付きなのは間違いない。

 だけど……牙獣と何度も戦ったことで、動きの癖というか群れの習性のようなものを実感したその経験と、人では喰えないほど不味い肉に、この寄生虫の存在……そして、あの円卓で聞いた滅んだとある一族の話。

 ついでに言うと……足元で未だにのたうち回っている寄生虫から感じられる、ほんのわずかな、猿の王を目の当たりにした時と同じような、吐き気を催すような不快感。

 それらが何故か、一本の線で繋がったのだ。


「それを証明するには……

 爺さん、それを寄越せっ!」


「おわっ、喰うのか?

 急に、どうしたっ?

 腹が減っておるのかっ?」


 自分の中の仮説を証明するためとは言え、あまり褒められた方法ではないのを理解した上で、己は他に手段を思いつかないと諦め……爺さんの手からその脳みそを奪い取ると、すぐさま立ち上がって走り始める。


「待てっ、ジョン、生は止すのじゃっ!

 幾ら若くてもそんな無茶は……」


 見事に的外れなことを叫んでいるフィリエプの爺さんを完全に放置した己は、脳みそを素手で握ったまま石畳の街路を走ると……未だに騒ぎが続いている、ガイレウが連れて行かれた街の中心部へと真っ直ぐに向かう。

 

「殺せっ!

 そんな恥知らずなんざ、縛り首だっ!」


「いやっ、串刺しにして連中の餌にしてやれっ!」


「違う、こんなヤツこそ、罪を浄化するために火あぶりにすべきだっ!」


 そこでは、私刑が大詰めを迎えていた。

 広場のど真ん中の石柱に括り付けられている、全身殴られた痕だらけになった哀れなあの男こそが先ほど聞いた未亡人を犯したとかいう強姦魔であり、三十人ほどのはいるだろう周囲の連中は完全に目が血走っていてあの男が死ぬまでこの騒ぎが収まることはないと思われる。

 それを知っているのだろう、ガイレウは特にこの騒ぎを鎮めようともせず……むしろ自らの手で強姦魔を処刑することで、周囲の連中が私刑を始めるのを防ごうとしているようだった。

 事実、武器が全く似合わないガイレウの細い手には剣が握らていて……それは今にも強姦魔の首を落しそうなほど、大きく振りかぶられている。


「……待てっ!」


 その光景を見て数秒の猶予もないと理解した己は、周囲の状況も考えず、思わずそう大声をあげていた。

 次の瞬間……当然のようにその場にいた全員の殺意混じりの怒気が、真っ直ぐに己へと向けられたのだった。


2020/06/22 20:38投稿時


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