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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:01「屍の王:前編」
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01-07


 英霊の七騎士が一人……シェイエ=ハルツハルナスの突きに肝を冷やした(オレ)は、突きが届かないギリギリの間合いを保ち、右へ右へとすり足で動いて相手の隙を伺いながらも、先ほどこの男が放った言葉の意味を考えていた。


(……生身で凌ぐなど、か)


 要するに「生身でない」なら防ぐ手段がある、ということだろう。

 それがコイツら英霊同士のことを指すのか、鎧や盾で防いだヤツがいるのかまでは分からないが。


「……ま、無いものねだりしても始まらないな」


 とは言え、己は不死と呼ばれる英霊の七騎士ではなく、盾や鎧すら着込んでいない。

 である以上……取るべき手段など、知れている。

 己は正眼に構えると、右手に握ったままの愛刀『村柾』の柄を僅かに持ち上げ、切っ先をまっすぐ相手の咽喉元へと向ける。

 要するに……突きの構えを取ったのだ。

 相手が最も得意とする技で真正面からぶち当たるという……先ほどの大上段と同じく、最も愚かであり得ない選択肢を、格上の敵と相対する土壇場で選ぶ愚行。

 だが、この窮地を乗り越えることにこそ、己の求める境地があるという確信が……己にこの最悪の選択肢を取らせるのだ。


『はははっ、まさに真の(バル)戦士(ダヌグ)よ。

 ここで、そうするかっ!』


 己の取った、恐らくは自殺行為の類と言われる行動を見て、シェイエという名の騎士は心底楽しそうに笑うと……腰を僅かに落とし、全身に力を込める。

 下半身のバネを一気に乗せることで、突きの速度を先ほどよりも更に上げようという、防御どころか放った後すら考えていないのが分かる、必殺の構え。

 普通の剣士が相手なら、これほど軌道もタイミングも丸分かりの刺突なんざ物の数ではないだろうが……今、己の眼前に立っているのが、あの人智を超越した突きを放つ化け物である。

 である以上、一瞬でも気を抜けば……いや、後手に回っただけでも確実に命を奪われるに違いない。


(迎え撃つなんて甘い考えは捨てろ。

 ……こちらから出て潰さないと、確実に命を奪われる)

 

 さっきよりも凄まじい一撃が来る予感に、己は僅かに咽喉を鳴らすと……自ら前へ踏み込み、瞬き一つ分のタイミグを間違えるだけで命が失われるという大博打に、この命を張る覚悟を決め……

 恐怖と緊張によってガチガチに固まった各部の筋肉を意思によって無理やり動かし……膝の力ををふっと抜く(・・)

 それだけで己の身体は滑るように前へと運ばれ、眼前の騎士の射程圏内へと入り込んでいた。


『……あ?』


 全力で飛び込んでくるだろう己が、不意に「脱力して近づいてきた」という予想を裏切る事態を前に、槍を構え全身に力を込めていた騎士は、その力みの分だけ身体の動きが僅かに遅れることとなる。

 師匠から習っていた古武術系の動きだったが……その手の動きに慣れていないこちらの国の連中には効果覿面だったらしい。


『おおおおおっ!』


「らああああっ!」


 そして、その瞬きほどの間に、槍と刀との間合い差を詰め切った己が、最速で愛刀『村柾』の切っ先を突き出すのと、騎士が渾身の突きを放つのはほぼ同時……いや、己の方が初動は一瞬だけ早かったと記憶している。

 ……だけど。


「ぐっ、ぁああああっ?」


 次の瞬間、左の肩口に生まれた衝撃によって己は吹っ飛び、全身を地面へと叩き付けられた瞬間、左肩に生まれた灼熱に思わず悲鳴を上げていた。


(肩を、ぶち抜かれたっ!)


 恐らくは骨まで達しているだろう、焼けるような感覚が肩の奥の内側から脊髄を走り……その灼熱と連動するように尻の穴まで響くシャレにならない傷の痛みに、己は泣き叫びたい気持ちをぐっと堪えながら、土と血だらけになった身体を必死に動かし、何とか起き上がることに成功する。

 幸いにしてと言うか剣士の本能でと言うか、吹っ飛ばされて肩を貫かれても愛刀「村柾」だけは手放していなかった己は、肩を貫かれた所為で動かない左手を意識から外しつつ、残った右手一本でそれを構えると前方へと向き直り……

 激痛に浮かんだ涙を瞬きで追いやったその視界の向こう……眼前に立った短槍の騎士のその咽喉に、縦長の大きな穴が穿たれていることにようやく気付く。

 その穴は、さっきまでは存在していなかった筈の傷跡で……つまりソレは、己の放った突きが相手に届いていたという証拠でもあった。


「……勝った、のか」


 その致命傷だろう傷を見た己の口からは、呆然とそんな呟きだけが零れ出ていた。

 正直な話……勝ったという実感がない。

 不意を打って武器の差を縮め、しかも一瞬早く突きを放つという絶対的なアドバンテージを得ていながら、それでもなお届かなかったと思ったのだが……どうやら肩をぶち抜かれている間に、己の放った切っ先がほんの僅か……恐らくは一寸半程度だけ届いていた、のだろう。


(……勝った。

 と、言えるのか、コレは……)


 心臓が鼓動を打つ度に延髄にまで響くような肩の痛みに歯を食いしばりながらも、己はようやく掴んだその勝利に納得のいかない気持ちを抱えていた。

 あのシェイエとかいう騎士が己の肩をぶち抜いたのは、「私がコヤツの四肢を切り裂き、御言葉が耳に届くように致しましょう」と屍の王に宣言していたからに過ぎない。

 さっきの戦闘が単純な殺し合いだったなら……今頃は一瞬早くヤツの短槍によって咽喉を貫かれた己は、地に伏して敗北を喫していたことだろう。

 つまり、この騎士は自分で放った言葉で自分を縛ったことで、致命傷を受け……己は、そのハンデがあったからこそ勝利を拾っただけに過ぎなかった。


(……いやっ、まだだっ!)


 己が今戦っているのは、不死と言われる英霊の七騎士が一人。

 相討ちで咽喉をぶち抜いたくらいでは、己の勝利とは言えやしないっ!

 何よりも、己自身があんな終わり方は……不意を打ち、先手を打ってハンデまでついてようやく勝利を拾ったような終わり方に納得がいっていないのだ。

 出血で力が抜けていくのを実感しながらも、激痛に思考も身体操作も無茶苦茶に乱れるのを自覚しながらも、己は愛刀「村柾」を構え直し……


「さぁ、もう一度……やり、合おうぜ、シェイエ=ハルツハルナス。

 今度は、相討ちなんざで終わらせねぇぜ」


『それでこそ、真の(バル)戦士(ダヌグ)よ。

 実に見事であった。

 よくぞ、英霊の七騎士と謳われしこのシェイエ=ハルツハルナスを討ち取ったものよ』


 己が愛刀『村柾』を構えるのを待っていたかのように、咽喉をぶち抜かれたというのに眼前で隙なく短槍を構えたままの騎士は静かにそんな賞賛を口にすると……

 そのまま、その両手に握り続けていた槍を取り落す。


『陛下、申し訳ありませぬ。

 ……私は此処で終わりのようです。

 御身をお守りすること、叶わず……』


 咽喉を貫かれたシェイエという名の騎士がそれでも流暢に言葉を発するのを、傍観者として聞き流していた己は、気付けば首を傾げていた。


(……変だな?)


 それは、咽喉を貫かれたのに声が出ること、ではない。

 不死である筈の英霊の七騎士が、たかが咽喉を貫かれただけでまるで「これから死にゆくような」会話を交わしていることが、だ。

 あの老兵が嘘を吐いたのか、噂が噂を呼んで尾ひれがつきまくったのか。

 それとも……何か別の、不死である英霊の七騎士を殺す術があるのか。

 肩口に走る激痛の所為で考えをまとめられないままの己の前で、騎士と先帝とやらは言葉を交わし続ける。


『その忠節、大義であったぞ……シェイエ=ハルツハルナスよ。

 先に神の園(アー・エリンカウ)で待っているが良い』


『……有り難き、幸せ』


 先帝の言葉で安心したのか、感謝を告げるその一言が短槍の騎士の最期の一言となり……不死である筈の英霊の七騎士の一人は、静かにその身体を塩へと化しながらゆっくりとその場に崩れ落ちる。


「……不死と、聞いたが?」


 自分で解き明かせないなら、相手に聞けば良い。

 不死の英霊が死ぬという思ってもいない事態を前に理解が追い付かなかった己は、あまり返答を期待せず、思うがままにそう口にしたのだが。

 己の放ったその問いに答えたのは、意外にも屍の王その人だった。


『ああ、余の七騎士の望みは「正々堂々とした一騎討ちの末に敗れること」である。

 それ以外の敗北では死なぬよ』


 隠すつもりもない……と言うよりも、敗北をこそ望んでいるのかもしれないその言葉に、己は少しだけ口の端を歪めてみせる。

 たとえ自身が不利になろうとも、自らの信念を貫く。

 そういう生き方を選ぶことは……いや、そういう生き方しか選べない馬鹿を、己はよく知っているのだから。


「じゃあ、次に滅ぼされたいのは、誰だ?

 今なら三割引きで……正々堂々とした敗北をくれてやるぜ」

 

 左肩の激痛に耐えながら、それでも更なる戦いを望む己はそんな挑発混じりの言葉を口にする。

 至ったばかりの新たな境地は未だ己の中に根付かず、極めるべき頂きは未だに霞んでみることさえ叶わず……だからこそ己は、更なる戦いを欲していたのだ。

 肩の激痛は未だに後頭部まで響くように痛み、身体中は傷だらけ……出血の所為か徐々に力が入らなくなっているというのに……

 恐怖という名の感情は必死にこの場からの逃亡を訴え、激痛という名のアラームは早急に戦いを放棄することを祈り、第六感という名の判断力は全てを捨て置いてでも逃げろと命じ続けているというのに……

 それでも……


(無理だな、これは……)


 先ほどから感じ続けている境地へと近づいている感覚……自分自身が強くなっている、巧くなっている感覚に、己は逃げるという選択肢を選べずにいた。

 そもそも……十数年もの間、ひたすら剣を振り続け、何とか形になった実感も束の間、自らの限界を悟っても諦め切れずに剣を振り続け……それでもこの数年は幾ら鍛え上げようとも何の進歩もない、成長を感じることさえない、ただ疲労と苦痛だけの日々が続いていたのだ。

 それが、土壇場に自分を追い込むだけでこんなにも成長の兆しを感じ取れるのだ。


(こんなにも素晴らしい時間を……辞められる、筈がない)


 己は身体中から湧き上がる歓喜に唇の端を吊り上げながら、身体の全てが発している命の危機を自らの意志で握りつぶしたのだった。

2017/09/07 19:55更新時


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