05-13
「我ら草原の民は貴方様に絶対の忠誠を誓いますっ!」
「我らは神兵様に従います。
どうか、この窮地から我らを御救い下さいっ!」
そこから先の円卓の連中は、まさに手のひらがひっくり返ったような騒ぎで……何を告げてもそう呟くばかりで、逆の意味で話にならなくなり。
己としては、単純に手勢を少し貸してくれと伝え……指揮権は全てガイレウのヤツに放り投げることとなった。
何しろ、己はこの通り剣を振り回すことは得意でも、多勢を率いる兵法は一通り齧った程度でしかない。
餅は餅屋という通り、こういうのは出来る人間に任せておくのが一番だろう。
「流石は義兄弟。
食糧問題も解決したし、奇跡一つで指揮系統まで分捕れた」
「……それ、まだ続けるつもりか?」
円卓が置かれていた指令室を出た痩身のガイレウが満面の笑顔で呟くその様子に、己は横合いからそうぼやく。
正直に言って、自分の結婚なんてどうでも構わないので、政略結婚の駒にされたことなんてそう気にするほどのこともないのだが……それでも出来るだけ面倒事は遠ざけたい。
尤も、当の本人であるカナリーがさっきから妙にやる気を見せ始めており、廊下に散らばった己が神の奇跡で生み出した玉蜀黍の粒を一粒も漏らさぬようにと回収を指揮していたが。
ちなみに、神の奇跡で【複製】した玉蜀黍の粒は、節制すればこの都市に残された住民が丸三日は食えるほどの量になったらしい。
だから厳密には食糧問題が解決したとは言えないのだが……それでも現在、援軍の当てもない籠城中の草原の盾内部に「ほぼ無限に湧き出す食糧庫がある」という時点で、安心感は全く違う。
少なくとも「あの手品」を目の当たりにした人たちは、さほど事態は変わっていなくとも己がいる限り食糧不足にはならないと錯覚し……その不安から解消されたに違いない。
「で、どうする?
城壁を使って真っ当に戦うか、引きこんで各個撃破するか、それとも……」
「……面倒なことは任せる。
己はただ愛刀を振るいたいだけだ」
己のぼやきが聞こえたのか、それともからかい飽きたのか……ようやくまともに戻ったガイレウに対し、己は愛刀の鍔を鳴らしながらそう言葉を返す。
事実、己の目的なんてそれだけしかない。
少しでも考えれば「無限の食糧庫」とも言える己を最前線に出すのは間違えているのだろうが……愛刀を振るわない安全な場所に安置されるなんて己には耐えられない。
兵法を理解し、己の持つ天賜有効性を知った上で、己の価値観をも知っているガイレウは頭をがしがしと掻き毟り……唸る。
「あ~、くそっ。
フォローできるように、混戦は避けて……城壁を上手く使うか」
「まぁ、頑張れ」
ちょっと前まで玉蜀黍の粒で溢れていた廊下を歩きながら、ぶつぶつとそう呟くガイレウに対し、己は適当にそんな相槌を打つ。
現実問題、己としてはコイツの戦闘力は兎も角、戦術眼や知識、人格は信頼に値すると見ているのだから、任せる以外に他はない。
そうして己たちが屋敷を出て街道へと出てきた頃、何やら殺気立った叫びが一つ向こうの十字路辺りから聞こえてくる。
「……次は何だ?」
「分からん。
分からんが……ろくなことじゃなさそうだな」
悲鳴よりも怒号が多い以上、敵襲ではないと理解した己は反射的に添えていた愛刀から手を離すと、隣の戦友へとそう尋ねてみる。
尤も、博識で戦術眼を持ち合わせている痩身の男であっても全知全能である筈もなく、ただそう首を傾げるばかりだった。
幾ら知らぬこととは言え、これから向かう先で起こっている騒ぎである以上、無視する訳にもいかなかった己たちは、並び立ってその騒ぎへと歩みを進める。
「吊るせっ!
こんなクズ、生かす価値などありゃしねぇええええええええっ!」
「槍で刺すかっ!
剣で斬るかっ!
火あぶりでも構いやしねぇえええええっ!」
そうして己たちが見たモノは……私刑が行われている現場だった。
縄で縛られた血まみれの男に向けて、大勢の民衆が槍や剣を手に殺気立っているのだ。
放っておけば、あと五分もあればなます切りどころか人肉のなめろうが作られそうなほど、周囲は殺意立ち激情に突き動かされそうである。
「何の騒ぎだっ、コレはっ!」
己が周囲を見渡している間にも、流石に看過できなかったのかガイレウがそう大声で叫び……殺気立った連中の中へと堂々と踏み込むと、首謀者らしき男の胸ぐらを掴んで問い質していた。
(……なるほど、な)
その男から聞き出した話をまとめると、要するに戦時中の混乱に乗じた強姦魔を斬り殺そうとしていただけの話らしい。
少しだけ普通と違うのは、被害に遭ったのはこの戦いで夫を亡くした未亡人であり……その私刑を執行しようとしるのはその義理の弟だったというところだろう。
「だから、彼女は死んだ兄の嫁……つまり、俺の妻になる予定の女性だっ!
斬り刻む大義は俺にあるっ!」
「まだ相続はしてないだろうっ!
と言うか、こんな大騒ぎにする必要があるのかっ!」
首謀者の男はそう叫び……ガイレウのヤツはその断罪行為ではなく騒ぎそのものを咎め立てているようで、兄の嫁が弟の妻になる件に関しては特に異議を唱えていない。
(何とか婚だっけか。
地球でも、騎馬民族にあったような……)
長子が死亡した時、弟が財産と共に妻も相続する、だったか……そんな結婚の形が地球のどこかでも昔にあったと言われていたが、どうやらこの辺りもその風習が現在進行形で残されているらしい。
この手の己が与り知らない風習の違いと接すると、己は確実に異国の出身者であって、この国にしてみれば異邦者でしかない……そんな微かな疎外感を覚えてしまうのは仕方のないことだろう。
尤も……剣術しか知らない己にとって、そんな風習など無縁のものでしかないが。
そもそも文化の違いからの疎外感で怯むようなお上品な脳みそを持ち合わせていたのなら、生まれ育った日本から離れ、アメリカの地下で行われていた賭け試合に身を投じるほどの剣術バカでいられる訳もない。
「……ま、頑張ってくれ」
己は私刑を押さえようと声を荒げ始めたガイレウにそう小さく呟くと……その場をとっとと離れることにする。
罪人の斬首を手伝えと言われれば誰よりも上手く首を断つ自信はあるが……無抵抗の者を斬り殺すことを楽しいと思うタイプでもないのだ。
これ以上、この場にいても何も得られるモノがないと判断した己が、せめて空いた時間で素振りでもしようかと考えたのは、ある意味では当然のことだろう。
……だけど。
「おお、こんなところにいたのか、若いのっ!
少し用があるんじゃっ!」
そうしてその場を離れた己だったが……すぐさま顔見知りに捕まってしまう。
容赦なく己を捕まえたのは、フィリエプの爺さんで……さっきまで宣言通りに牙獣を解体していたのか、全身が血まみれの挙句にその目は興奮で血走っており、もう殺人鬼か通り魔としか思えない風貌になっていた。
「どうしたんだ、一体?
急ぎではないなら明日に……」
「まぁ、来てくれ。
……凄まじいのを見つけたんじゃ」
無駄な時間を費やすくらいなら剣術修行に時間を使いたい。
遠回りにそう告げた筈の己の問いを一切意に介さず、フィリエプの爺さんは己の神官服の袖を血まみれの手で握って離そうとしない。
(……仕方ない、か)
その爺さんの有無を言わせない態度に溜息を一つ吐いた己は、無駄な時間になるだろうと確信した上で、彼の言う「凄まじいの」を一目見てみようと抗うのを諦め……フィリエプ爺さんに手を引かれるがまま、大通りを歩いて行くのだった。
2020/06/21 05:10投稿時
総合評価 2,406 pt
評価者数 114 人
ブックマーク登録 660 件
評価ポイント平均
4.8
評価ポイント合計
1,086 pt




