05-12
己が追憶に耽っている間にも……少し前に己が何気なく呟いた軽い一言が、この円卓に座っている連中全員を凍りつかせていたようだった。
「まさか……猿の王を討った?
いや、幾らなんでもそれは……」
「しかし、そうでないとしても……。
少なくとも猿の群れに襲われていた森の入り口は彼の力で窮地から脱したのでは……」
「ああ、あの街は此処と同じく滅びかかっていた筈。
兵士全員を叩きのめせば、すぐさま街が滅んでしまうだろう。
そんな真似が出来たってことは、やはり猿の王は……」
「馬鹿な。
神官共が好きな……ただのハッタリに違いない」
尤も、その場に座っていた誰もが口にするのは懐疑的な言葉ばかりであり……己の剣がこの国を滅ぼそうとしている六王に通じるなんて誰一人として信じていなかったが。
己としてもあの戦いは負けに等しい、思い出すのも忌々しい最悪の代物でしかなく……幾ら疑われたところで、偉そうに「猿の王を討った」などと誇れる筈もない。
「ジョン、お前はやはり……」
いや、一人だけ……己の正体を知っているガイレウだけは目を見開き、己の言葉を疑おうともしていなかったが。
と、そうして静寂が室内に包まれた所為、だろう。
突如として、部屋の外から人が倒れるような鈍い音に続いて、木の箱が叩き壊されたような凄まじい音が響き渡る。
「~~~っ!」
この円卓に座っていた連中は、流石に戦時中という認識があるのだろう。
その物音一つで全員が立ち上がり……近くに立て掛けていた斧やら槍やらを手に取っている。
勿論、己も反射的に鯉口を切り、愛刀の柄に手を乗せて……いつでも抜き放てるように体制を整えていた。
「え?
えぇっ?」
……訂正。
たった一人、まだ年端もいかないカナリーだけは武器を手に取ることもなく慌てふためくばかりで……流石に彼女は戦闘訓練も受けていないらしく、その素人じみた反応は仕方ないとも言える。
「何事だっ!」
直後、ガイレウが近くのドアを開き、そう叫ぶ。
ドアの前には護衛もいた上に、争うような物事もなければ殺気すら感じられないため、そう危険はないと思うが……それにしても、このガイレウという男は病弱でさほど強くもない癖に相変わらずクソ度胸で腰の軽いヤツである。
「馬鹿野郎っ!
もう黍粉も少ないってのに、何を考えているんだっ!」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさいっ!」
開かれたドアの向こう側では、玉蜀黍の粒が床に散らばっていて、その前で子供が泣きながらそれを拾っていた。
大声で怒鳴り散らしているのはこのドアを護っていた兵士の一人であり、謝っているのはまだ年端もいかぬ子供である。
……恐らくは武器もろくに持てない、気の弱い子供だったからこそ、戦場に立たせず危険のない荷物運びに使われていたのだろうが……生憎とそんな貧弱な餓鬼を強引に労働力にしたところで、荷運びすら真っ当に出来る訳もない。
そして、食糧の余裕がないと分かっているからこそ兵士の方も余裕がなく殺気立っているようで、言葉の節々が刺々しい。
それどころか腰に差していた剣に手が伸びていて、いつ刃傷沙汰が起こっても不思議じゃない有様なのだ。
「おい、そこまでにしておけ」
「しかし、ガイレウ様。
コヤツは残り少ない食料を……」
すぐさまガイレウが仲裁に入るものの、子供はただ泣くばかりで話にならないし、兵士の方も自分たちの現状を知っているらしく全く退こうとしない。
(……しょうがない、な)
その様子を見かねた己は、子供の近くへとしゃがみ込み……足元に転がっていた玉蜀黍の粒を右手で掴み取ると、その手を子供の方へと突き出す。
「……神官様?」
あまりにも己の行動が予想外だったのだろう。
その子供は泣くことも忘れてただ呆然と己の突き出した右手を眺め、首を傾げていた。
「ほら、泣く必要なんてないぞ?
こうすれば、幾らでも増えるんだからな?」
そう優しく呟きながらも己は、ただ自分の中の「ソレが可能だ」という確信に導かれるまま、神力を右手へと集め始める。
「……『複製』」
……そう。
以前の戦いの中で、【剣の結界】という名の天賜を用いて愛刀「村柾」を大量に創り上げたことがある。
己の使う天賜は、何やら色々と大量にあるように見せかけていて、本当の用途は実のところ愛刀を『複製する』ことにあるのだろう。
そうでなければ生き返ったばかりの己は、とっくにこの愛刀を失ってしまい……この国の剣を合わないながらも使い続けることになった筈だ。
(そういう意味では、あの神は約束を守ったって訳だ)
命の残数が尽きるまでの間、常に愛刀を使い続けられる……確かに神はその言葉通り『存分に斬り合い、殺し合い、戦える』環境を整えてくれたらしい。
ならば、その天賜を少しばかり変わったやり方で使ってやれば……
「わ、わぁああああっ?」
直後、己の右の手のひらから溢れ返った玉蜀黍の粒が次から次へと流れ始める。
(……こんな力なんて、使うつもりはなかったんだがな)
正直、前回の失態に恥じ入っていた己としては、戦いの場ではもう天賜なんて手品に頼ることはしないと決めていたが……所詮、こんなのは大道芸の類に過ぎない。
であるならば、子供を泣き止ませるのに使うくらいで丁度良い。
(……あれ?)
そうしている間にも、ざらざらざらざらと玉蜀黍の粒は流れ続ける。
もう十分だとは思うのだが、そう考えたところで玉蜀黍の粒は延々と手のひらから流れ出し続け……正直に言うと、己にも止め方が分からない。
恐らく、注いだ神力の分だけ玉蜀黍の粒を複製し続けるのだろうが……生憎と己には、それがどれくらいかさっぱり見当がつかないのが実情だった。
言い訳をするならば、今まで己は剣のみに人生を捧げた所為で戦闘に関しての勘働きは自信があるのだが、それ以外に関してはかなり疎い傾向にある。
だからこそ、溢れて溢れて溢れて溢れて……そろそろしゃがみ込んで突き出した右腕さえも玉蜀黍の粒で埋まりそうになったので、仕方なく己は立ち上がったのだが、それでも増え続ける玉蜀黍の粒はまだ治まる様子もなく……己が気まぐれで引き起こしてしまった神の奇跡は全く終わりを見せようとしない。
「……奇跡、だ」
「……神の奇跡」
己が困っている一連の騒動をどう勘違いしたのかは知らないが、円卓に座っていた連中やドアを護っていた兵士たち、そしてこの騒ぎを聞きつけて司令部へと駆けつけてきた兵士や荷運びの子供たちまでもが跪き、己を拝み始める始末である。
「流石は、神兵。
百の言葉を重ねるより、一つの奇跡で全員を黙らせる、か」
「……そんな意図はなかったんだが?」
己の近くではガイレウがそんな呟きを零し……
「この方に嫁げば、一生喰うには困りませんね?」
その異母妹のカナリーは周囲の空気を全く意に介することなく……そんな的外れな言葉を呟いていたのだった。
2020/06/20 17:05投稿時
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