05-11
「では、その神殿兵さんが、この事態を打開する術を持っている、と?
私にはそうは思えませんが?」
好戦的な男衆を黙らせたガイレウに対し、そんな問いを放ってきたのは今まで黙っていた女衆……と言ってもこの円卓の中で二人だけの女性であり、そう口を開いたのは風貌からかなりやり手のように思える、恰幅の良いおばさんだった。
正直、口もそう上手くなく、損得を語ることも不得意な己としては、苦手な相手という感覚が付きまとう……ぶっちゃけた話、己という人間は剣術を使う以外の分野ってのは殆どが不得意なのだが。
「ああ、牡牛の輪の長よ。
このジョン=ドゥは神殿の中でもかなり上の方の地位にある」
「……そうは見えませんけどね?」
痩身のガイレウが言い放った言葉すらもたったの一言で一刀両断しながら、その牡牛の輪の長と呼ばれたおばさんは己に向けて値踏みするような視線を放ってくる。
実際問題、己は自分自身の神殿内の地位というヤツに詳しくない……と言うより、そんな些事など興味すらなかったので、その視線を受けたところで、己としてはただ肩を竦めることしか出来なかったのだが。
「剣の腕も達人を超えている。
城壁の上で変わった剣を振るう神殿兵というのは、報告にあっただろう?」
次にガイレウが口にしたのは己の剣技の話だった。
先ほどの戦いでは別に「達人の領域」に入り込むほど追い込まれてもいなかったので、そう持ち上げられるような強さを見せつけた覚えはないし……そもそも己はまだ達人と呼ばれるほどの技量は持ち合わせていない。
それ以前に、先の戦闘の借りをまだ返せていない、良く言っても臆病でクズ同然の身の上ではあるが……それでもそうして褒められると多少嬉しくなってしまうのは、未だに己の修行が足りないからだろう。
「そんなもの、神殿内の地位に何も関係ないでしょう?
そもそも神殿兵なんて神殿内じゃただの走狗扱いと聞いていますが?」
「……へぇ、そうなのか」
そんなガイレウの言葉に返したおばさん……恰幅の良い牡牛の輪の長とやらが放った言葉が初耳だった己は、思わずそう呟いてしまう。
それは本当に小さな呟きだったが、どうやらこの室内にいる全員の耳に入る程度には大きかったらしく……この場にいる全員が不信の目を向けて来た。
いや、一人だけ……カナリーという名の少女だけは、話の流れに付いていけてないらしく、周囲をきょろきょろと窺っていたが。
どうやら彼女は完全なお飾りであり……だからこそ部外者である己と結婚なんて話が出てきたのだろう。
そして、その呟きを咎めるように、ガイレウが隣から肘を放ってくる。
「何故、神官のお前が知らないんだよ」
「神殿内の権力争いなんて、くそ面倒な話に付き合ってられるか」
ガイレウの声に返した己の言葉は、実のところそうおかしいものではなかったのだろう。
少なくともこの場にいた男衆……特に万羊とか呼ばれていた筋骨隆々のおっさんと、身体を鍛え上げている戦士らしき男は、大きく頷いて己に向ける視線から敵意が消えていた。
尤も、その所為で牡牛の輪の長からは軽蔑に近い視線が飛んできていたが。
「っつーか、何なんだよこれは。
そもそも己には妻がいるぞ?」
あまり関心がなかったので意に介したこともなかったが、よくよく考えてみれば己には妻として押し付けられた少女がいて……不意にそれを思い出した己は、この話の流れを断ち切るためにそう告げる。
正直、お飾りの族長とは言え、異母妹をそんな形ばかりの結婚に『使う』のは、コイツとしても不本意だろうと気を利かしたのだが……
「……マジか?
ジョン、行軍中にそんな話なんて……いや、もう他に手はないんだ。
何が何でもこの話は呑んでもらうぞ」
当のガイレウは首を振って己の配慮を振り払うと、強い意志を込めた視線を己に向けてくる。
己自身としては、政略結婚なんてクソ面倒くさいお芝居に付き合う義理はないのだが……それでも戦友が困っている以上、婚姻の真似事の一つくらい付き合ってやるのが人の道というヤツか。
事実、己は剣術バカでその他のことが疎かになる悪癖があり……人間味を失わないためにも、片手間で戦友を助けられるのなら、手を差し伸べるべきなのだろう。
「……そういうものか?」
「そういうものだ。
と言うか、そもそも妻が一人しか持てないなんて神も命じてないだろう?
養える範囲内なら問題ないんだ、養えるなら、な。
大体、養えないほど女を囲おうとする好色な馬鹿に、娘を嫁がせる親なんて滅多にいない」
少しくらいは協力してやるかと態度を改めた己の問いに、ガイレウはそう大きく頷く。
その声を聴いて、この辺りの結婚はやはり日本と違って親が決めるのだろうと確信するが……正直な話、結婚なんて面倒くさい事態に巻き込まれることは滅多にないだろうから、恐らくこの知識もすぐさま忘れ去ってしまうものだと思われる。
そして、カナリーの結婚をガイレウが進めているのは、恐らくこの戦いで両親どころか血縁者が軒並みが亡くなってしまったから、この痩せた異母兄が代行者として動いているのだと思われる。
「ま、稼ぎが良ければ普通にある話だ」
「むしろ、妻の多さは富貴の象徴とも言えるな。
我々草原の民では、だが」
そして、ガイレウが語る一夫多妻がおかしくない証拠に……その場にいた全員がそう言葉を重ねてくる。
尤も、当事者であるカナリーという名の少女はあまり良い顔をしていなかったが。
「と言うか、何処のどいつだ?
カナリーとの相性もあるからな、知っておきたい」
「ああ……っと、れ、レティアって名前だったな。
正確にはまだ結婚はしてない。
森の入り口で戦ってたら押し付けられた」
剣術以外のことに関心の薄い己としては、押し付けられた嫁……しかも政略結婚というのが明白な年端もいかぬ少女の名前がなかなか出て来ず、何とか記憶を辿って必死にその名前を思い出す。
ついでに事の経緯も口にしたのだが……どうも円卓に座っている連中からは不信の目が向けられている。
「押し付けられたって……ジョン、一体何を仕出かしたんだ?」
「いや、猿共を斬り殺した上で、兵士全員を叩きのめして従えただけなんだがな?」
己は森の入り口での戦いを思い出しながら、そう呟く。
あの戦いは、本当に面白かった。
猿の王には激昂した挙句、愛刀を放棄し天賜で創り上げた鉈によって辛うじて生き延びただけの酷い代物だったが。
それよりもその後の……兵士たち全員との切った張ったは本当に面白かった。
百七十対一というバカみたいな戦力差を、己の剣力のみで覆す……剣士としてこれ以上ない挑戦の場で、持てる全ての技術を使い、勝利をもぎ取ったあの感覚。
(やはり己は、人と斬り合う方が好きだな。
他の生き物を相手にするのも、鍛練としては悪くないが……)
己は記憶の中にある戦いを思い出すと、その余韻を味わうように溜息を大きく吐き出したのだった。
2020/06/18 20:20投稿時
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