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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:05「牙の王:後編」
86/130

05-10


「兄さんっ!」


 円卓の一番奥に座っていた十歳前後の少女の叫びを耳にした(オレ)は、その声が向けられた存在……即ちガイレウの方へと視線を向ける。


「……妹?」


「ええ、カナリーという名で、異母妹に当たります。

 ま、オレのお袋は大した血筋でもなかったんですが」


 そんな己の問いに、ガイレウは苦笑しつつもそう答える。

 カナリーという名の、痩身の男の血縁者は笑顔で立ち上がり……隣に座っていた恰幅の良いおばさんにたしなめられて椅子へと戻されていた。

 それは血縁者に甘えたいけど甘えられないので頬を膨らませて駄々をこねる、明らかに子供の仕草で……そんな態度を見る限り、どうやらあの少女がガイレウの異母妹というのは紛れもない事実らしい。

 顔立ちの方は似ているような、似ていないような……正直、人の顔で血縁とか判別できたことがない己からしてみると、何とも言えないのが正直なところだったが。


「異母妹がこの席に座っているってことは……

 お偉いさんだったのか、お前?」


「親父は、山羊角の族長でしたよ。

 ま、オレは妾腹の身だったし、その上、この通り病で死を待つ身だったんで……(アー)の奇跡を頼って帝都に留学中だったんですがね」


 己の問いにそう笑うガイレウだったが……確かに行軍する姿は元気そうだったのであまり意識してはいなかったものの、コイツの身体は病的なまでに痩せ細っている。

 そう言えば、不治の病によって余命幾ばくという話を聞いたのを不意に思い出したものの……そうして神の奇跡によって病が治ったと思った途端に徴兵を喰らっているのだから、コイツの信仰する(アー)ってヤツの顔を拝みたくなってくる。

 と、そんな会話を二人で交わしていたのが気に入らなかったのだろう。


「おい、山羊角の?

 この場に、そんなクソを入れるってのはどういう了見や?」


「おう、そうだ。

 幾ら剣の腕が立つからって、その腰抜けのクソ共が何をしたか、忘れたとは言わせんぞ?」


 右側に座っていた筋骨隆々のおっさんと、もう一人の腹の突き出たおっさんが揃って己に敵意と殺意を向けながらそう怒鳴りつけてくる。

 尤も、腕力だけが強いだけで体幹バランスがめちゃくちゃのおっさんと、身体をろくに鍛えてもいないおっさんの恫喝なんぞ意に介すほどのこともなかったが。


「……何をされたんだ?」


(アー)の名の下、文明を持たぬ蛮族だと追いやられた。

 オレが生まれる前の話だがな」


 とは言え、ここまで敵意を向けられている以上、その原因くらいは知りたいと思うのは人情であり……連中のあまりの剣幕を目の当たりにした己は、隣に立つ情報通へとそう問いかけていた。

 その問いに返ってきた答えは、そんな素っ気ない代物で……恐らく説明好きのこの痩身の男であっても、既に終わってしまった過去のことだと理解しつつ、やはり何処か思うところがあるのだろう。


「追いやられただと?

 連中がやったのは虐殺だっ!

 我ら墳土の民は三割近くが殺されたっ!」


「葬儀の風習が違うだけで、蛮族だと蔑まれたのじゃっ!

 唯一である(アー)の下に死者を眠らせようとしない……ただそれだけの理由でなっ!」


 何も知らない己の問いが彼らの過去を思い出させたのだろう。

 その場にいた男衆の全員が額に血管を浮かべるほど激昂しながら……特に年寄りの一人が脳の血管が切れそうな勢いでそう怒鳴り散らす。

 とは言え、己はただ(アー)に召喚されただけの異邦人でしかなく……幾ら怒鳴られたところで多少哀れとは思うものの、全く無関係の他人事でしかないのだが。


「中でも酷かったのが牙飾の民だ。

 もう一人も生き残っていやしない」


「アイツらは、恭順を由とせず延々と戦ったからの。

 尤も、最後には戦いに敗れて散り散りとなり、草原の彼方へと逃げ去ったようじゃが……」


 おっさんと爺さんの話を聞く限り……どうやらこの円卓には本来、もう一部族が存在していたようだった。

 個人的にはそれほど戦意旺盛な連中なら是非刃を交えたかったが……生憎ともうこの国には存在していないらしい。

 正直に言えば、過去にあった虐殺なんかよりも、そんな腕の立つ連中と手合せできないことを己は非常に惜しいと感じていて……折角なら己と斬り合うまで生き延びって欲しかった。


「この戦いも同じだ。

 (アー)の奇跡を唱えながら、我らの前で城門を閉ざしおって」


「儂らがこの都市へ入れたのも、山羊角の……貴様らの手引きで連中が黙り込んだ(・・・・・・)から、じゃろうが。

 今さら神殿兵(ハルセルフ)なんぞを引きこんで……何も叶えぬ(アー)の奇跡に縋って何になる?」


 己が滅んだ一族に対して思いを馳せている間に、唯一戦士だと思われる身体をした男が静かにそう呟き……その言葉に追従して爺さんが怒鳴り散らす。

 この国への批判を己に向けるという、完全に的外れな非難を向けてくれたお陰で……連中が何故そんなに殺意を飛ばしてくるのかを、己はようやく理解出来た。

 ついでに言うならば、爺さんが迂闊に零したその言葉が事実だと証明するかのように、この部屋から隠し切れない微かな血の臭いが漂ってきている。

 それだけ状況証拠があれば……この草原の盾(パル・ダ・スルァ)で一体何が起こったのか類推するくらいのことは己にも出来る。


「……なるほど、コネを使って捻じ込んだ、な」


 己は先ほどガイレウが呟いた……彼らがこの城塞都市へと入れた理由を思い出し、そう笑う。

 コイツは、文字通りコネを使ったのだろう。

 この砦の責任者だった、森の入り口(バウダ・シュンネイ)と同じように帝都から送られてきていた無能な神官……恐らくは遊牧民の難民たちを壁の外へと追い出して餌にして保身を図っていた司令官を、内部の連中を使って黙らせた(・・・・)ことで、彼らは草原の盾(パル・ダ・スルァ)内部へのチケットを手に入れたのだ。

 それは確かに法に照らせば罪だろうが、現状は非常時……無能な指揮官が間違えた指示を出し続ければ、人は無駄に死に続ける。

 である以上、己にはコイツらを咎める術などない。

 そして、ソレを知っているのだろう。

 己の向けた視線を受けても、ガイレウは軽く肩を竦めるだけで動じた様子すら見せなかったのだから。


「部外者じゃないさ。

 オレはコイツを、カナリーの夫にと考えている」


 それどころか悪びれた様子もなく、続けてとんでもない爆弾まで放り投げる始末である。


「何を考えているんじゃ、貴様っ!

 ソイツは、儂らを追いやった(アー)の走狗じゃぞっ!」


「そうだっ、山羊角のっ。

 またしても狗に尻尾を振って生き残ろうってのかっ!」


 尤も、その発言に己が驚くよりも早く、眼前の円卓に座っていた野郎共が大声で叫んでくれたお蔭で、己は平静を保てたのだが。

 そして、激昂している男衆とは裏腹に、同じく円卓に座っていたおばさん連中は己を品定めするような視線を向けてきていて……己としては、下手に怒気や殺気を向けられるよりも、そちらの方が落ち着かない。


「兄さんっ!

 兄さんの見る目を信じない訳じゃないんですけどっ。

 幾らなんでもこんな時にっ!」


 そんな中に一人、当事者である少女だけは異母兄に向けてそんな抗議を……一族の長としてではなく、過去の因縁からでもなく、ただ戦時中にいきなり結婚相手を決めようしたことだけを責めていたが。


(しかし、異母兄が結婚相手を決めることには異論がないのか)


 現代の日本だと、親族が勝手に結婚相手を決めるというだけで家出して刃傷沙汰になるくらいの大事だったのだが……やはり文化が違えば価値観も異なるのだろう。

 己自身ももう一人の当事者の筈なのだが……己という人間は剣術以外には関心がない所為か、どうにも他人事にしか思えない。


「っつーか、てめぇら。

 この戦いに勝てたとして……それからどうするつもりなんだ?」


 己がそう眺めている間にも、ガイレウは円卓の全員に向けてそう問いかけていた。


「仕方なかったとは言え、オレたちは統治者さまを戦死(・・)させて(・・・)しまった(・・・・)んだぞ?

 もし連中がソレを口実に攻め込んで来たら、どうなると思っている」


 そう全員に問いかける様子は、明らかに堂に入っていて……それは、この痩身の男がこういう場に立つことに慣れている、もしくはそういう教育を受けてきた証拠でもあった。

 どうやら妾腹とは言え、族長の息子というのはハッタリでも何でもないらしい。


「んなもの、返り討ちにしてやるさ。

 幾ら来ようが、この城塞都市さえあれば……」


「頭の中まで筋肉か、万羊の。

 食料もない、武器もない、もう戦う兵すら残っていない。

 この城壁は連中が築いたんだから、アイツらに構造までバレているんだぞ?

 その状況で、どうやって戦うってんだ。

 そもそも……援軍もないまま籠城しても飢え死にするだけだ」


 そして、筋骨隆々のおっさんにそう言い返す様子は、明らかに軍事に長けている……剣術や馬術、弓術などではなく、人を指揮して戦術を語る知識を持っている。

 要するにその手の教育をしっかりと受けた人間であることを示していた。


(……思い返してみれば、博学だったよな、コイツ)


 尤も、そんな素晴らしい教育を受け優れた戦術眼を持つ人間であっても、病には勝てなかったし……そして市井に紛れての療養生活中ではあっさりと徴兵に駆り出され、最前線で一兵士として使い潰されそうになっていたようだったが。


「そもそも、幾ら兵士が勇猛果敢だろうと、帝都と我らじゃ人口が違い過ぎる。

 数に押されて滅ぼされるがオチだ。

 前の戦争の時に、オレたちが勝てなかったように」


 ガイレウがそう言い切った、その一言がトドメになったらしい。

 円卓に座っていた好戦派の男衆は黙り込んでしまったのだった。


2020/06/16 21:33投稿時


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