05-08
手ぬぐいと水で適当に汗を拭いた後、近くにいた兵士から分捕った毛布にくるまり、刀を抱いたまま目を閉じていた己は、不意に近づいてくる人の気配に意識を取り戻す。
それと同時に愛刀「村柾」の鯉口を静かに切り……いつ敵が襲い掛かって来ても応戦出来るよう起きたことを悟られないように目を開くことはせず、周囲の気配を伺い始める。
流石に牙獣と戦闘中の城塞都市内は強盗が活動できる場所でもない筈だが……現代日本と違って治安に不安が残る外国である以上、気が抜けないのは事実なのだ。
「おお、ジョン。
済まんな、寝ている時に」
「……ガイレウ」
そんな声に眼を開いた己の前に居たのは、身体全体が病的に細い男で……一度は同じ軍に所属し、共に戦ったこともあるガイレウだった。
気付けば周囲は篝火だけが照明となっているほどに暗く……それほど深く眠っていた感覚もない以上、恐らくはまだ日が暮れたばかりという感じなのだろう。
そうして周囲を確かめた己は、切っていた鯉口を締めて警戒態勢を解くと、毛布を払って立ち上がる。
(……問題ない、な)
そうして身体を起こした感触から、己は自分の身体が十二分に回復していることを知る。
記憶を辿る限り、この草原の盾までそれなりのペースでマラソンをした挙句に牙獣を数え切れないほど斬り捨て、身体をそれなりに酷使した感覚はあるが……あの程度では疲れが残るほどじゃなかった、ということだろう。
ついでに軽く刀を振るうことで四肢や五指を軽く動かし、身体の調子を確認し終えてもやはり問題が見当たらなかった己は、そこでようやく戦友の方へと振り返る。
「で、ガイレウ。
……何の用だ?」
「あ、ああ。
この都市の族長……あ~、指揮官って言うんだったか。
ソイツがあんたに用があるんだとよ」
刀を使う人間が珍しかったのか、己の動作に呆けていたガイレウだったが、そう己が問いかけることで我に返ると、どことなく言い辛そうにそう言葉を返す。
(……少し目立ち過ぎたか)
ただの一剣士でありたいと思っている己としては、城塞都市全体の指揮に関わるような真似はしたくないのだが、やはり昼間は前線に出て戦い過ぎたらしい。
と言っても、城壁の上なんて人目に付く場所で、こんな神官だか神殿兵だか区別が付いてないが……やたらと目立つ格好をして、兵士一人では一匹を殺すことすらも覚束ない牙獣を一人で数十匹も斬り捨てて回ったのだから、注目されるのも仕方のない話なのだが。
(いや、それ以前の問題だったな)
この草原の盾にガイレウたちが合流したということは、己がただの神殿兵などではなく、神兵だという情報が伝わってしまったということを意味する。
まぁ、前にガイレウたちを逃がす方便とは言え、全力で天賜を見せつけた挙句、大声で神兵だと叫んでしまった以上、それは避けて通れない道だろうが。
「で、お偉いさんに会えってことか」
「ああ、面倒だとは思うがな。
済まん、流石に断れなかった」
面倒そうだという態度を隠さない己に、ガイレウは苦笑しながらそう頭を下げる。
この細身の青年も軍属なのだから上官命令には従うのが当然で謝る必要はないのだが、どうも謝り方が上官命令だからというよりも、身内の我儘に流された……師匠が甥の世話を頼まれて己の稽古をすっぽかした時に見せた、あの雰囲気に近いのが少しばかり気になった。
(殺気や変な気配はない、な。
……ま、行けば分かるか)
己は面倒だから断ろうとも考えたものの……現在は、自らで天賜を禁じているのだから、大したことが出来る訳でもなく……いやそれ以前に、己は一人で何とかなると粋がった挙句、一度牙獣に食い殺された負け犬でしかない。
そんな未だに達人とすら言えない技量のまま、あれだけの数の牙獣と戦わなければならないのだから、当然のことながら一人きりで勝てる訳もなく……他者との連携は必須とも言える。
である以上、上と仲良くしていても損はないと割り切るしかなく……ガイレウの後について歩き始める。
そうして真っ暗闇の中を歩いていると……夜も更けたというのに、あちらこちらから笑いや悲鳴、嘆きなどの色々な声が聞こえてきて、この城塞都市がまだ眠りに落ちていないことを知らしてくる。
「……騒がしいな」
「当たり前だろう?
怪我してるヤツ、身内が死んだヤツ、酒呑んで忘れようとするヤツ……誰もがギリギリなのさ」
そんな己の呟きに、ガイレウは振り返ることもなくそう告げる。
その声は「こんな状況で平然と眠れるお前のようなヤツには分からない」と言われているようで、返す言葉を持たない己としてはただ肩を竦めることしか出来やしない。
とは言え、己にも言い分はある。
(そうして無駄に嘆く体力や酒を飲むような暇があるなら、寝て体力を回復させて……一振りでも剣を振るう体力を温存した方が生き延びる確率が増えるだろうに)
そうして人生の全てを「剣のため」と割り切ってしまう辺りが、己が周囲の人と違うところであり、自分自身をどうしようもない剣術バカだと再認識してしまうところでもある。
尤も、己自身がそれを一切……死んで治るどころか、この道を進んで五度も死を迎えてなお一切の悔いを持てないところこそ、自分自身が救いようのない剣術バカである証だと認識はしているのだが。
とは言え、そんなことをコイツと議論したところで何の意味もないと理解している己としては、反論する意欲すら湧かず。
それ以上の会話もないまま、己とガイレウの二人は大通りを歩き続け……大広間らしき場所に女子供や老人たちが固まっている様子が己の目に入る。
彼らはボロボロではあるものの、明らかに城塞都市の人たちとは違う……遊牧民だと分かる服装を身に着けていた。
「……しかし、よく入れたな」
家財道具もろくにない、見るからに食料も衣料品も持ち合わせていない遊牧民たちのその姿に、己は思わずそう呟いてしまう。
はっきり言って……最初、城壁を閉ざしていたように、このまま連中を切り捨てた方が、この草原の盾にとってはマシなのだ。
勿論、彼らを内部に招き入れることで多少の人手は増えるかもしれないが……医療品や食料など、必要な物資をどんどん喰われ続ける羽目になり、城塞都市の住民としては一長一短どころか明らかに損の方が大きいのだから。
「ああ、ちょいとコネを使ってな。
ジョン、お前の名前も使って……何とか捻じ込んだ」
己の問いに、ガイレウは何気なくそう呟くが……
(……コネ?)
確か己たち徴兵を受けた連中は、帝都エリムグラウトから引っ張って行かれた筈で、この帝国南西の都市である草原の盾に所縁なんてない筈だが……
そんなことを己が考えている間にも、ガイレウは言葉を続けていた。
「しかし、最悪だったぞ、本当に。
連中、弱いヤツから狙ってくるからな……
子供を奪われた母親が飛び出して食われたあの悲鳴は、まだ耳から離れん」
そう力なく呟くガイレウに対し、かける言葉のない己はただ視線を逸らすことしか出来なかった。
軍同士の戦いなら、人間同士の戦いならソレは非道外道と非難して当然の行為なのだが……相手は牙獣。
女子供老人などの、弱い個体から狙って餌とするなんて、自然では当然の行為である。
事実、ライオンなどの肉食獣も狙うのは基本、怪我をしたヤツか病気の個体、もしくは満足に逃げられない子供ばかりなのだから。
とは言え、それを指摘したところで弱肉強食を目の当たりにしたガイレウには何の慰めにもなりやしない。
己は何とか話題を変えようと周囲を見渡し……篝火の下に見知った顔を見つけ出した。
「おお、ジョン。
ガイレウもそこにいたのか」
「……何やってんだ、爺さん」
だが、話題を変えるのに好都合な筈の、その顔見知りの姿は……己をただ絶句させるだけだった。
それは、己の前を歩くガイレウにしても同じだったのだろう。
何しろフィリエプの爺さんは……牙獣の死体の、腹を切り裂いて臓物を掻き出しているところだったのだから。
2020/06/14 09:14投稿時
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