表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:05「牙の王:後編」
82/130

05-06



「くっ、射れ射れぇええええっ!」


「城壁内部へは入れるなぁあああああああああっ!」


 (オレ)を発見した三十ほどの牙獣が、その運動能力を生かして城壁上部へと登りこちらへと駆け抜けてくるものの……城壁の上に並んでいる兵士たちはそれを許そうとはしなかった。

 迎撃のために放たれた、数十の矢の一斉射によって十匹程度が城壁から落とされたが……それでも牙獣は一切怯んだ様子を見せず、その勢いは殺し切れていない。

 牙獣の進路上にいた城壁上の兵士たちは手にした武器を振るい牙獣を食い止めようと奮闘するものの……兵士たちの技量では五匹程度の足止めが限界だった。

 と言うよりも牙獣の目標は完全に己だったらしく、牙獣たちは武器を振るわれているにも関わらず兵士たちに目もくれることなく、十数匹が無傷のまま一列となって己へと襲い掛かってくる。


「……だけどなっ!」


 己一人に対して牙獣十数匹が群れを成して襲い掛かってくるという、非常に不利な状況に立たされた訳だが……残念ながら城壁上のような一直線の、周囲を囲まれる心配のない場所ならば、この己が獣如きに負ける筈もない。

 大上段からの斬り落しで最初の一匹を叩き斬ると、その死体を蹴り飛ばして別の一匹の動きを止め、もう一匹の眼球へと切っ先を突き込む。


「……三つ目っ!」


 眼球ごと頭蓋を貫かれ、痙攣する牙獣の動きを感じつつも、己は愛刀を引き抜くために一歩だけ下がる。

 相手は血に飢えたように勢い任せに襲い掛かってくるただの獣でしかなく、下がった分だけ突っ込んでくるのが分かっているので……己は、その突進に合わせて横一文字に愛刀を振い、次に先頭となった牙獣の顎から上を斬り飛ばす。

 そうして少しずつ下がりながらも、一匹ずつ確実に致命傷とまではいかずとも、戦闘不能となるよう、愛刀を振るい続けた己だったが……


(……楽だわ、こりゃ)


 先ほどの一群の、最後の一匹である十四匹目の牙獣が涎を垂らしながら咽喉元へと喰らいついてきたところを、横へと軽く避けつつも大上段からの斬り落しでその首を叩き斬った己は、息を軽く吐き出しつつ……内心で失望混じりにそう呟く。

 ……そう。

 狭い城壁の上で、真正面からしか来ない上に、狭いからこそ連携すら取れない牙獣を一匹ずつ屠るなんて、周りを囲まれて一気に襲い掛かられた先日と比べると雲泥の差だった。

 一度に十数匹を相手にしたと言うのに、集中力が達人の領域まで達していない……どうやら天賜(アー・レクトネリヒ)を忌避し戦術を考えた結果、この戦場は己が求める死地には程遠い、生温い戦場へと成り果ててしまったらしい。


「すっげぇええええええ。

 何なんだ、アイツっ!」


「たったの一人で、二十近くをっ!

 化け物かっ!」


「あれが、神殿兵(ハルセルフ)っ!

 神の加護を持ちし存在っ!」


 己の剣技を目の当たりにした周囲の兵士たち……恐らくは徴兵された市民兵たちからそんな賞賛が得られるものの、己はそちらに視線を向けることもなく愛刀を血振りした後、近くに落ちてあった破れた布で愛刀を拭う。

 己が生涯をかけて鍛え上げた剣技を賞賛してくれるならば胸を張れるのだが……どうもこの世界の人間は、人の到達できる技を見ても、天賜(アー・レクトネリヒ)なんて手品だと勘違いする連中が多く賞賛されたところで面白くもなんともない。

 己はそう嘆息すると、視線を愛刀から眼下へと移し……この戦場で後どれくらい戦えそうかをざっと脳内で計算して唇の端を舐める。


「……凄まじいな。

 やっぱ問題は、数か」


 先ほどの一連の流れで特に労苦もなく三十ほどの牙獣を屠れたのだが……まだ眼下には万を超えるほどの牙獣が群れている。

 さっきと同程度の数しか一度に襲い掛かって来ないならば、そんなのはただの作業でしかないだろうが……それがただの作業とは言え、これから眼下の獣共を皆殺しにするまで一万回もの間、愛刀を振り続けなければならないのを考えると……


(延々と命懸けの戦いが出来る。

 ……最高じゃねぇか)


 己は、雑魚共を作業のように屠殺するためにこんな国へと来た訳じゃなく……極限を超えて愛刀を振るわなければならない、こういう死地を求めてこんなところ(・・・・・・)までやってきたのだ。

 心の中で(アー)に感謝を捧げた己は、先ほどの襲撃で最後に斬り落した牙獣の首を掴むと……近くに落ちてあった槍に突き刺して城壁にあった旗を刺すための金具へと立て掛け、眼下の群れからそっ首がよく見えるように掲げてやる。

 少しばかり悪趣味ではあるが……これは、牙獣たちに向ける挑発だった。

 事実、それを目の当たりにした牙獣たちの動きが目に見えて変わる。

 眼下にあった全ての獣たちの内、群れの中の一定数が挑発に憎悪を覚えたかのようにこちらを一斉に睨み付け始め……まるでそれに釣られるように、それ以外の牙獣たちもこちらへと視線を向け始める。

 尤も、それらの雑多な視線からは、憎悪や殺気らしきモノは感じられない。


(……やはり、指揮官がいるな)


 牙の王、だったか。

 今まで己が戦ってきた屍の王や炎の王や猿の王ように、この牙獣たちを統率する……もしくは野生で暮らしていた獣たちの意思を奪ってしまうほどの化け物が、群れの何処かにいるのだろう。

 だったら、話は簡単だ。

 こうして、ただの獣ならば何も感じない筈の「挑発行為」を繰り返し……ソイツを引っ張り出してやれば良いだけ、なのだから。


「来るぞっ!

 構えろっ!」


「畜生っ、何なんだあの人はっ!」


 そんな己の行動と、眼下の牙獣の動きとを見比べた兵士たちからは、そんな悲鳴が上がってきた。

 実際問題彼らからしてみれば、己は敵を屠ってくれる守護神であると同時に敵を招こうとする死神でもあるのだから、そんな呟きが零れるのも無理はない。


(……悪いが、人様に構っている暇はないんでな)


 とは言え、己の意図をその辺りの兵士一人一人に説明して回るつもりもないし……そもそもそんな時間すらも残されてはいない。

 何しろ、眼下では先ほどと同じルートを通るべく、今度は五十近くの牙獣が一斉に群れを成してこちらへと向かってきていたのだから。


(ははっ、同時操れるのはこの程度。

 もしくは、そういう小さな群れのリーダーを自在に操れるってところか。

 そして……残りは所詮、獣でしかない)


 目に見えて動き始めた牙獣の群れをざっと数え、己はそう推測する。

 勿論、ただの推測でしかないものの、己が見る限りでは全ての牙獣が同一の動きをしている訳ではなく、眼下の万の群れの中でこちらをじっと観察している……所謂牙の王に操られている部隊長らしき連中が数十程度。

 そして、それ以外の牙獣は操り人形のような部隊長の様子を伺うようにうろうろとその周囲を歩き回っているようだった。


(要するに、ボスを斃せば終わるって訳だ)


 己が俯瞰的に群れをそう眺めている間にも、先ほど三十匹ほどが通ってきたルートを覚えているらしく、五十匹程度の牙獣が城壁を駆けあがってくるのだが……


「射れっ!

 射れぇえええええええっ!」


「あの神殿兵(ハルセルフ)へと通すなっ!

 足止めだけで構わんっ!」


 あんな簡単な挑発にかかり、己しか見てない牙獣は他の兵士たちからしてみればただの的だったのだろう。

 矢に射られ、槍で突き刺され、斧で砕かれ……次から次へと屠られてくる。


「……まぁ、己の出番がっ!

 なくなることはっ!

 なさそう、だがなっ!」


 それでも迎撃網から零れた牙獣は次から次へと己のところへと駆け寄ってきて……ただし、やはり牙の王とやらが操れるのは小さな群れのリーダー一匹だけなのか、それらの群れは連携も取れない獣に過ぎなかった。

 そうして己がただ一匹一匹を愛刀「村柾」を用いて斬り裂き続けるだけの、ろくに緊張感も伴わない、作業のような戦闘が続く。

 とは言え、あの万を超えるほどの数はやはり脅威でしかないのだが。


(愛刀へのダメージを押さえつつ……

 体力の温存も、考えないと……)


 己は、今回の戦いで重点的に鍛えるべき点をそうして脳内で反芻しつつ……襲い掛かってくる牙獣に愛刀を振るうのだった。



2020/06/12 19:58投稿時


総合評価 2,304 pt

評価者数 105 人

ブックマーク登録 653 件

評価ポイント平均

4.8

評価ポイント合計

998 pt

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ