05-05
「放てっ!」
投石機に死体をセットする……そんな信じられない光景に己が固まっている間にも、指揮官と思しき男の号令が響き渡り……投石機の留め具が外され、死体が血をまき散らしながら空を舞っていく。
飛んで行った先は、城壁の向こう側で……もしかしたら、牙獣にぶつかって一匹くらいは殺せたかもしれないが。
「……何をっ!
何を、しているんだっ?」
「これは、神殿兵様。
何故、こんな場所へ?」
死者を冒涜するよりもまだ酷い……死体を武器として使っているような、いや、敵陣に捨てているようなその暴挙に、俺はつい声を荒げるものの、その場にいた指揮官と思しき中年の男に動揺は見られない。
この誰が見ても無惨なだけの、利敵行為としか思えない暴挙を正しいと信じ切っている……そんな表情だった。
それを「気が狂っている」と糾弾するのは簡単だったが……「こんなジリ貧の戦場で正気など保てる訳がない」と狂気を肯定するような返答をされてしまった場合、もう己には言い返す言葉が存在しない。
そもそも……まだこの男の目には理性の光が残っている。
「さっき東から入ってきた。
それよりも、コレは、何だ?」
「はっ、御助勢ありがとうございます、神殿兵様。
コレは、投石機と呼ぶモノで、てこの原理と反発力を利用して……」
己の問いに対し、指揮官の男は礼儀正しくそう答えるが……己が欲しかったのはそんな投石機の原理についての回答なんかじゃない。
首を振ってもう少し話を聞こうとした己を遮るように、城壁上部から叫び声が放たれる。
「超えられたっ!
そっちに向かったぞ~っ!」
「……ったくっ!」
その声に見上げると……近くにあった城壁の壊れた部分から、牙獣が一匹だけ飛び込んできて、己か、もしくはこの指揮官の男へと襲い掛かってきたのが目に入る。
とは言え、牙獣が大地を走る獣である以上、空中で何かが出来る訳もなく……己が放つ居合の直撃を受けたソイツは胴を真っ二つに切り裂かれ、血と臓物を撒き散らしながら大地へと転がり落ち、そのまま動かなくなった。
「……すげぇ。
一刀かよ」
「流石は、神殿兵様」
中空から降り注いだ返り血まみれになった周囲の市民兵たちが何やら声を上げていたが……生憎と己は今、そんな賞賛を受けることよりも、優先すべきことがあった。
一つ息を吐き出した己は、その先ほどの指揮官らしき男へと向き直り、先ほどの説明を続けるよう顎で投石機を指し示す。
「あ、はい、神殿兵様。
アレは……城壁前の難民への援護、です」
「……援護?」
攻撃ですらない、予期せぬ単語に己は首を傾げるが……指揮官の中年男はそんな己の様子に構うことなく言葉を続ける。
「知っていらっしゃるとは思いますが、現状の草原の盾には……避難民を受け入れる余裕はありません。
いえ、受け入れるなという指示が出ております」
「……ああ」
それは、先日……この城塞都市への援軍として来て自爆する前に目の当たりにした光景のこと、だろう。
「ですので、城壁周辺には周囲の草原から逃げのびて来た避難民が集まり……何とか土嚢や拒馬槍などで身を護っているのが現状です」
確かに己は、この司令官の男が言う通りの……避難民が城壁の前に集まっていて、そこに牙獣が群がっている光景を見た記憶がある。
あれが今もそのまま……避難民たちが城壁から締め出されたままなのだとしたら、彼らは死体を投石機で城壁の向こう側へ放り投げることで、牙獣がそれらの死体に群がっている間、敵の攻勢を一瞬でも止めようと……
……いや、違う。
指揮官の男も自分が語る言葉を今一つ信じていない様子が窺える。
つまりは、ただのお為ごかし。
……避難民を城壁内に入れることが出来ないからこそ、こうして敵の足を引っ張っているぞという姿勢を見せることで、罪悪感を紛らわせているのだろう。
そのために犠牲になる死体の家族たちには気の毒な話だが……最初はもしかしたら、帝都から来た連中の死体だけを「避難民たちを受け入れるな」という命令を出した誰かへの当てつけに放り投げていたが……戦況が絶望的になるにつれ、いつの間にかどの死体も捨てるようになってしまった、なんてのが真相なのかもしれない。
「……なる、ほど」
そう言いつつも己は、愛刀「村柾」を2メートル余りの城壁に立てかけ、その鍔を踏み台にすることで一気に城壁の上へと駆け上がる。
……忍者刀の技法ではあるが、知ってさえいればこの程度のこと、出来ないことはない。
そうして城壁の上に立つと、戦場の様子がよく分かる。
(……酷い、な)
眼下は、死体の山、だった。
城壁の外側には、木で造られた拒馬槍や横倒しになった馬車や荷車が所狭しと並べられ、そのバリケードと城壁との間に万近い避難民や軍人らが武器を手に何とか守り抜いている……いや、これ以上の犠牲者を防いでいるというのが実情なのだろう。
その外側には、万を超える牙獣が群がり……だけど流石に攻めあぐねているらしく、数十匹が波状攻撃を行っては、矢や槍によって撃退され続けている。
(まて、これは……)
そんな敵軍勢の動きを眺めていると、敵の動きがどうも鈍いように感じられる。
事実、あれだけの数が一斉に襲い掛かれば、それだけであんな即席のバリケードなんて一瞬で蹴散らされるだろう。
なのに、牙獣たちは襲い掛かることもなく、ただその辺りに散らばっているバリケードから放棄された人間の死体や、投石機で投げられた人間の死体や、後は槍や矢が当たって死んだ仲間の死体を喰い散らかすばかりで……
(……コレは、餌場、だ)
要するに連中は、必死に城攻めをする必要もなければ、仲間の屍を超えてまでバリケードを破り人間と戦う必要もないのだ。
何しろ……こうして追い詰めるだけで餌をくれることが分かっていて、命懸けで食い散らかそうとしていないのだから。
恐らくは、戦いの最中に「無理に攻め込むと被害が大きい」と学習したのだろう。
そして人間側も……城壁内部への侵入を許し、都市内部が死体の山になるほど追いつめられていながら、何とか牙獣を城壁の外へと押し返せた所為で気が緩んだのか、それとも変に学んだのか……仲間の死体という餌を投げ与えてやれば、連中は餌に夢中になって攻め込んでは来ず、何とか「現状を維持できる」と考えているらしい。
尤もそれは……徐々に損耗していくジリ貧を続けているだけに過ぎないのだが。
「だが、此処からどうやって……ちっ!」
そうして城壁の上に立ったことで、目立ってしまったのだろう。
万を超える群れの中の、数百匹ほどの牙獣がこちらを振り向いたかと思うと、その群れの中の一部……三十匹余りが一斉に群れから離れて走り始める。
それら三十匹を先導するより大きな一匹は、真っ直ぐに走ってもこの場所へと来られないと理解する知能はあるのか、左の方にあったバリケードの一部となっている横倒しの荷馬車を踏み台にすることで、騎兵ですら超えられない筈の、二メートル余りの城壁上部へと軽々と登ってきやがったのだ。
2020/06/11 21:03投稿時
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