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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:05「牙の王:後編」
80/130

05-04


「ああ、神殿兵(ハルセルフ)様。

 このような場所に、よく……」


「助かりましたっ!

 我々はまだ、(アー)に見捨てられていないっ!」


 城塞都市草原の盾(パル・ダ・スルァ)の東側外壁へと到着した(オレ)を待っていたのは、そんな歓迎の声だった。

 それもその筈で……この城塞都市は、周囲を牙獣に包囲され逃げ出すことも叶わない上に、援軍の期待もなくただ閉じ籠って死を待つだけの、所謂ジリ貧の状態だったのだ。

 そもそも城壁自体が己の身長を少し超える程度の、ボロボロの城壁しかない上に、兵はほぼ義勇兵……いや、このままじゃただ牙獣の餌になるだけと分かっているからこそ、本来ならば非戦闘員である筈の老人や女子供までが槍や弓を手にしている始末である。

 幸いにして食料はまだ多少は残されているようだったが……それも余裕がある訳でもなく、牙獣によって人口が減ったお蔭で残っているだけに過ぎない。

 もう少し経てば「人肉を喰らう」か「牙獣の屍を喰らう」かという、最悪の二択を迫られることとなったとは、東の城壁を護っていた守備兵の台詞である。


(普通の戦争の場合、ここまで追い詰められたら裏切り者が出て内部崩壊するんだが……)


 食糧以外の問題……籠城戦において最も気を配る必要がある心理面においても、どうやら「攻めてきているのが野獣の類」だったからこそ、裏切ろうとする者すらおらず、この草原の盾(パル・ダ・スルァ)は今もこうして持ちこたえているのだろう。

 事実、降伏しようにも言葉が通じずに喰い散らかされ……都市を放棄して逃げようとした連中は、都市の眼前で全員が餌と化した。

 だからこそ、市民たちは武器を手に立ち上がるという選択肢以外を持たず……こうして追い詰められても裏切る者もサボる者もおらず、老若男女問わず全員が死兵となって戦い続けていると言う。


「ですが、これで救いが持てます。

 神殿兵(ハルセルフ)の持つ、神の(アー)奇跡(レクトネリヒ)は戦況を一変させたと言い伝えられておりますので……」


「そこまで期待するな。

 己が使えるのは、ただの人の技だ」


 戦況を教えてくれた東門を護る守備兵の隊長は、俺に向けてそう締めくくるものの……己は肩を竦めながらそう呟くことしか出来ない。

 何故ならば、今回の己(・・・・)は彼らの期待する神の(アー)奇跡(レクトネリヒ)とやらを使うつもりがないから、だ。

 いや、そもそもアレだけの無様を見せつけてしまった挙句……今回も天賜(アー・レクトネリヒ)に頼るなんて反吐が出るような真似は、剣士として出来る筈もない。


「……しかし、まさかあの牙獣の中を突っ切って来られる方がいらっしゃるとは……」


「流石は、(アー)のご加護を持たれし方よ」


 そんな中、牙獣十数匹を……あの後、都市に入るまでに十匹前後に襲われたのを薙ぎ払いながら真正面から突っ切ってきた己の存在は、崖っぷちに立たされていた彼らにとってはまさに神の使徒か英雄にも見えたようで……妙に崇められて鬱陶しいことこの上ない。


「こっちはまだ大丈夫、みたいだな」


 周囲を見渡し……怪我人は多数いるものの、まだ剣槍や矢も残されているのを確認した己の問いに、周囲の市民兵たちは後ろめたそうに目を伏せ……おずおずと口を開く。


「は、はい。

 連中は、南西の難民に群がっているようで……」


 その言葉こそが、この城塞都市草原の盾(パル・ダ・スルァ)が今まで持ちこたえていた理由の全て物語っていた。

 ……そう。

 この都市は、周囲の草原から逃げてきた遊牧民を城壁外へと放置し……餌とすることで、何とか持ちこたえていたのだ。

 他人を犠牲にして生き残りたい……家族を救いたい。

 そう願う気持ちが分からなくはない己は、舌打ちを一つすると……この東側城壁に自分の居場所はないと悟る。


「……ちっ。

 己は、南に向かう」


 事実、城壁は強固……とは言えないものの、攻城鎚や投石機でも持ち出さない限り、今日明日に破られるようなものでもなく。

 そうしてたまに城壁を飛び越えてくる牙獣だけなら、城壁内の数の暴力で十分押し切れているのが明白だったのだ。


「はっ、どうか、(アー)の奇跡を、よろしくお願いしますっ!」


 己の声は、避難民を餌としている彼らにとっても、罪悪感を払拭できる……安全と良心とを秤にかけた上で、彼らの心の安寧にとって都合がよいモノだったのだろう。

 自分たちが最激戦の地に配備されてないと知っている東側の守備兵たちは深々と頭を下げ……自分たちが向かうことの出来ない最前線に己を送るべく、心の底からそんな叫びを己に向けて放つ。

 そんな彼らの周囲にいる市民兵たちは、手元に神の(アー)奇跡(レクトネリヒ)というお守りが無くなることに対し、かなり不安そうな表情を隠さなかったものの……とは言え、ここで己の妨害をするほどの間抜けはいないようだった。


(流石に分かってるってことか)


 実際問題……己がこの東側城壁に留まれば、この東門を護る彼ら市民兵の致死率は著しく下がるだろう。

 ただし、それは「南側・西側の城壁が持ち堪えている間」という前提条件がつく。

 ここに己を留めて安全を確保したとしても、もし、南・西どちらかの城壁が食い破られれば……その瞬間からこの草原の盾(パル・ダ・スルァ)は城壁に護られた最前線ではなく、『ただの餌箱』と化してしまうのだ。

 それを理解しているからこそ、己を引き留めるアホはこの場にはいない。

 ……いや、市民兵の何人かが殴られているのを見ると、それを言い出そうとして黙らされた輩がいるようだったが。


「ちっ、かなり酷い有様だな」


 そうして東側城壁を離れ、城塞都市草原の盾(パル・ダ・スルァ)の内部を突っ切りながら、己はそうぼやく。

 中央街路の周囲には、怪我人が溢れかえり、腕のない人間や脚のない人間があちらこちらへ転がされている。

 噎せ返るような血の匂いがそこら中に充満し、家々や彫刻は砕かれてその石材を大八車で運ぶ女たちの姿も目に入る。

 

(……変、だな?)


 そんな人々の注目を浴びながら街中を走る己は、何処とない違和感を覚え……すぐさまその原因に思い当たる。


(死体が、ない?)


 ……そう。

 これだけの大激戦を繰り広げ、怪我人を建物内に収容出来ないほど追いつめられているにも関わらず、死体を見かけない。

 尤も、その答えは南側城壁へと辿り着いた瞬間に氷解することとなったのだが。


「お~いっ、こっちへ持ってこいっ!

 次弾、準備できたっ!」


「ああ、とっととやってくれっ!

 さん、にぃ、いちっ!」


 何故ならば、城壁のすぐ真下……梃子の原理を利用した投石機で城壁外へと放り投げられていた『弾』は……

 全身が血で染められた、牙獣によって殺されたと思しき、死体そのものだったのだから。



2020/06/10 20:51投稿時


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