01-06
「……よんじゅう、ろくっ!」
声を出すのも億劫な疲労感と、息を吐くだけで焼けつきそうになる咽喉の灼熱を感じながらも、己は愛刀「村柾」を突き出し、その髭面の死者の眼窩に切っ先を叩き込むことに成功した。
「……ぜぇっ、ぜぇっ」
斬った。
突き刺した抉った刺した断ち切った貫いた。
殺した数だけは覚えているものの、誰をどのように殺したかなんてもう忘却の彼方になっている。
(くそっ、痛みすら、なくなってきたか……)
当然のことながら、四十六人もの戦士を討った己が無傷の訳もない。
左肩の切傷は突き出された槍を鎬で逸らし切れずに受けた名誉の負傷。
左足親指が砕けているのは左胸を突き刺されながらも根性を見せた小柄な戦士の意地そのもので。
左わき腹の痛みは腕を斬るのと同時に叩き込まれた曲刀の柄頭によるもの。
左額の痛みは膝を蹴り砕くのと同時に槍の柄で打たれたもの。
頬の切傷は鎬で受けた直剣をそのまま押し込まれた時のもので……
砕けた左手の人差し指と中指は双刃の剣なんて奇妙な武器を使いこなす戦士に懐に入られた際に、絶体絶命の刹那に相手の頭蓋へと拳を叩き込んで難を逃れた時のもの、だ。
流れる血で左の視界は赤く染まって距離感が掴めず、足の親指が砕けた所為で無理な踏込みには激痛が伴い、左手の二指が折れている所為で力強い斬撃も放てない。
(もう、限界……か?)
それでも……
それでも己は、逃げようという選択肢すら抱けずに、ここで戦い続けていた。
(いや、もう、少し……)
何故ならば、これこそが己の望む極限状態なのだから。
何故ならば、さっきから限界ギリギリの状態で……見切りも素早い踏込みも出来ず、力強い斬撃さえも放てない、ただ二本の足で立っているどころか息を吐くだけでも苦痛を伴う有様だというのに……既に五人の戦士を黄泉路へと送り返しているのだから。
(やっと、何かが掴めて、来た、んだ……)
敢えて言葉にするならば、「流れ」とでも言おうか。
次に相手がどう動く、どう動くから何処に隙が出来る、そこへどのタイミングでどの軌道で刃を沿わせると相手が屠れるか。
そういう一連の流れが、考えるでもなければ見切るでもなく……何となく直感的に分かるようになってきたのだ。
(コレが、達人の、領域……。
己が、望んでもたどり着けなかった……極地)
その流れを掴んでからは、最小限の動きで足を運び、最小限の力で愛刀を振るい、最小限の傷で相手に致命傷を負わせる……そういう洗練された動きに少しずつ近づいている、気がする。
尤も、こんなのは剣の道という峰の、まだ三合目程度。
過去、己が知っていた達人は……俺に剣術を教えてくれた師匠は、まだまだ遥かに凄まじい領域に達していた覚えがある。
「……つぎは、どいつ、だ」
己はその領域へと少しでも近づこうと、疲労と激痛が限界を超え、死がすぐ側まで来ているのを知りつつ……まだそう言葉を紡ぐ。
息は切れ、咽喉は枯れ、言葉になっているのか疑わしいほどのその音に……周囲の死者たちは己に気圧されたかのように一歩後ずさる。
……その時だった。
『なかなかやるではないか、剣の神官よ。
雑兵では相手にならぬ、という訳だな。
余の忠実なる七騎士に、貴様の相手をさせてやろう』
気付いた時にはいつの間にか、己の前方五十メートルほどのところに、凄まじく華美な鎧をまとい宝石の輝く王冠を被ったひと際目立つ死者と……その死者を護るように展開する七体の騎士が姿を現していた。
「……貴様ら、は?」
『図が高い、下郎っ!』
突如として出現したその異様な集団に問いかけた己に返ってきたのは、そんな怒鳴り声だった。
服装から察するに……過去、結構な地位にいた人間なのだろう。
尤も、この国の歴史を知らず、この国に対して忠誠すら持たず、そもそもこの国の宗教すらもろくに知らない己には全く関係ない……ただの斬るべき「敵」でしかないが。
『このお方をどなたと心得るっ!』
『第七代皇帝であり、神聖エリムグラウト帝国の版図を倍へと広げたレセムトハンド=レクトハルト=エリムグラウト陛下にあらせられるぞっ!』
『止せ、もはや余は皇帝ではない。
数多の屍を率いるだけの、王となり下がった……ただの災厄に過ぎぬ』
何やら時代がかった様子で周囲の七騎士がそう叫び、それを王冠を被った死者が窘めてみるのだが……そもそも、その権威とやらが己にはさっぱり分からない。
だが、まぁ……この王冠が、何やら昔の偉い人だってことだけは理解出来た。
そして、その先帝とやらを護っているのが、あの老兵から聞いた英霊の七騎士という存在で……つまりこの王冠付きの死者こそが、死者の軍団を率いているという「屍の王」そのものなのだろう。
(しかし、これは、翻訳の所為、か?)
己の持つ翻訳能力が妙な誤作動を起こしている感覚に、己は少しだけ眉を顰める。
意味合いでは皇帝……「帝国の最高意思決定者」だと認識しているにも関わらず、言葉の流れとしてはアー・レクトハルト……「神より権威を授かりし者」という意味になる。
この辺りは神によって神権を授かる……己の知っている知識だと、過去にあったオスマン帝国のスルタンが意味合いとしては近いのだろうか。
ついでに言うと、王……「帝国の版図外の最高権力者」だという認識の言葉は、何故かダウズハルト・アー……「神に依らず権威を簒奪せし者」となる。
(まぁ、そんなことなどどうでも構わない)
幸いにして、眼前の連中が要らぬ会話をしてくれたお蔭で息も整ってきた。
その所為で痛みがまたぶり返してきたのだが……まぁ、痛みなんざ意識から外しさえすればそれほど足を引っ張られることもないだろう。
「……じゃあ、始めるか。
まず……誰が来る?
それとも、一斉にかかってくるか?」
安い挑発だと分かってはいたが、己は握りしめた剣先を元皇帝……現在の「屍の王」だろう存在へと突きつけてやる。
一応、先帝……曲りなりとも一度は国を率いていた元・最高指導者ともなれば、それなりの礼を尽くすべきだとは知っていても……己の戦意が、これ以上「会話という茶番」が続くのに耐えられなかったのだ。
(早くしないと、消えていくっ!)
……そう。
さっきまで限界を超えて動き続ける中で目覚めた、己の中にある「流れ」とでも名をつけるべき境地……あの万能感が、こうして戦いから遠ざかっていると徐々に薄まっていくのを感じるのだ。
言葉にすら出来ない、この「何か」を身体に刻み込むために……己は礼に始まり礼に終わるという武道の心得からも背を向け、必死に戦いを欲していたのである。
『こ、コヤツ。
まさに、狂犬かっ?』
『先帝の言葉すらも、意味を持たぬとは……真の戦士であると思ったのだが』
『……困ったものだ。
せっかくの神兵。
伝言を頼みたかったのだが、な』
己に向けて彼ら八人……屍の王と英霊の七騎士がそう言葉を交わしているのを見た己は、愛刀「村柾」を軽く振るうことでその下らない会話を断ち切る。
(いい加減、早く戦いたいと言っているのに、無駄な時間を費やすなっ!)
己のそんな叫びが聞こえたのかどうかは分からないが……七騎士の一人が背負っていた短槍を軽く振り回しながら、前へと歩み出てくる。
『陛下。
私がコヤツの四肢を切り裂き、御言葉が耳に届くように致しましょう』
よほど自信があるのだろう。
その英霊の七騎士が一人は、己から目を逸らした挙句、そんな大言壮語をぶちかましてくれやがった。
尤も、何気なく振るった先ほどの短槍さばきは今まで戦ったどの戦士よりも凄まじい代物で……怒りに任せてこの隙を潰してやろうとは思わなかったが。
『……そうか。
仕方あるまいな。
シェイエ=ハルツハルナス、余の前にコヤツを引っ立てて参れ』
『……御意』
その騎士……屍の王が呼ぶところのシェイエ=ハルツハルナスという名の死者はそう一つ頷くと、己の方へとまっすぐに向き直る。
(……強い)
鉄製の全身鎧を身にまとっているにも関わらず、全く重さを感じさせないような足運び。
鋭い両刃の穂は一連の動きの中でも微動だにせず、己の咽喉元を狙うかのように真っ直ぐ構えられている。
その何気ない所作と全く狂いのない重心を見るだけで、この騎士の技量が桁違いだと知ることが出来た。
……だけど。
(まぁ、何とかなりそうだ)
短槍を軽く動かしたあの一振り……その一挙一投足が、僅かに鈍いのを己の目はしっかりと捉えていた。
恐らくこのシェイエとかいう男、なかなかの使い手であり己と同等かそれ以上……それほどの技量の持ち主である。
だけど、惜しむらくは騎士であり、多対多という戦場に身を置くのが日常だったが故に、全身鎧をその身にまとっていて……関節の可動域が若干狭められているのだ。
そこを突けば、己が負けることはない、だろう。
ただでさえ先ほどから見え始めた「流れ」とも言うべき感覚によって、己は相手の一手先が見通せる状態が続いているのだ。
このまま射程内へと踏み込み、放たれた一撃を受け流すのと同時に斬撃を叩き込めば、それだけで勝てる。
「じゃ、行くかっ!」
そんな計算を瞬時に終えた己は、愛刀を正眼の位置へと構えたままで何気なく相手の射程圏内へと足を踏み入れる。
勝利をほぼ確信していた己の何気ないその動作に、眼前の騎士は口元に僅かな笑みを浮かべたかと思うと……
『応ぉおおっ!』
「……っ、うがぁああああっ?」
それは、ただの「突き」だった。
ただし……速度が尋常でなかったことを除けば。
己が至った境地である「流れ」もクソも関係ないと言わんばかりの、真正面からのただの突きが……己の反応速度や防御能力を全て無視し、左の肩口へとまっすぐに狙い突き進んできたのだ。
(あり得ねぇ、だろっ、何だ、あの速度っ!)
その突きを弾くことも防ぐことも出来ず……ただ鎬で「逸らす」のが精いっぱいだった己は、左肩が半寸近く抉られた痛みに歯噛みしながらそう内心で怒鳴り散らす。
事実……今の突きは明らかに「人間の限界を超えていた」と思う。
そもそも、突きを放つ寸前の筋肉の「起こり」を己は捉えており、「肩口を狙おう」という意すらも感じ取れていた。
つまり己は、敵が突きを放つ瞬間と軌道が分かっていながら……それでも、その「ただの突き」を防ぎきれなかったのだ。
「何なんだ、てめぇっ!」
『それはこちらの台詞だ、狂犬よ。
生前、『貫く者』との二つ名を得た我が突きを、生身で凌ぐなど……人の身ではあり得ぬだろう』
その槍を使う騎士は、短槍の穂先を己の方へと向けながら……顔色一つ変えることなく、そう言い放ちやがったのだった。
2017/09/05 21:43投稿時
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