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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:05「牙の王:後編」
79/130

05-03


「……これで終わりっと。

 ようやく勢力圏に到達した、ってところか」


 出合い頭に襲い掛かってきた、三匹目の牙獣とかいう生き物の首を断ち切った(オレ)は血振りしながら、小さくそう呟き……息を整える。

 マラソンよりは少しマシなペースで走ってきたとは言え、流石に数時間も走りっぱなしだと疲労の所為で身体が僅かに重い。


(……しかし、やはり行軍って遅いよな)


 地平線の向こうに微かに見える、己たちが向かうはずだった城塞都市……草原の盾(パル・ダ・スルァ)を眺めながら、己はそう嘆息する。

 事実、六日をかけてようやく到達したこの場所まで、己はたったの一日……八時間余りで駆け抜けてきたのだから、行軍の遅さを実感するのは当然とも言える。


(大昔のローマ軍で一日に25キロ……あれだけダラダラしてる軍だから、15キロってところか)


 移動したのが実質5日だと考えると、半日ほどで追いついた己の走った距離は100キロ程度。

 ざっと時速に換算すると時速12キロちょっと……マラソン選手と比べると6割程度の速度で走ってきた計算になる。


「さて、と。

 これからどう動くかね」


 尤も、己は別にマラソン選手という訳でもないので、走る速度を競おうという気は欠片もなく……むしろこの辺りまで来ると早く目的地に到着するよりも戦うための体力を温存するための努力をしないと、また無惨に牙獣の餌になってしまうだけだろう。


「取りあえずは、戦場に向かう、か」


 幸いにして、未だに眼前の城塞都市では戦闘が続いているようだった。

 旗が動いていたり、都市の城壁で煙が上がったり、時々投石機から石のようなものが飛んでいるのが微かに見える。

 ならば己がやるべきことは……


(敵が軍隊なら、横合いから突っ込んで大将首を取るのがセオリーなんだが……)


 生憎と戦っているのがあの牙獣の群れである以上、大将なんてモノが存在するかどうかも疑わしいし……城塞に集中している最中に横合いから殴りつけたところで、動揺して指揮系統が乱れるような知性すら有していない気がする。

 そして……牙獣という知性のない獣が相手だからこそ、攻城兵器や火計を使われることなく、城壁で何とか侵攻を食い止めていられるのだろう。

 

(……そのくらい、少し考えれば分かるじゃねぇか)


 戦の基本……天の時、地の利、人の和。

 時間や天候はどうしようもなくとも、城壁や拒馬槍という地の利を使って戦いを有利に進める……周囲にいる兵士たちという人の和を使い、どうしても足りない手数を埋めるなど。

 こうして冷静に周りを見渡すだけで、牙獣という知性のない獣を相手にする場合、有効だろう手札は幾らでも思い当たる。

 どうやら、天賜(アー・レクトネリヒ)という名の便利な手品は、己からそんな当たり前の考えすらも奪い去ってしまっていたらしい。


「……西側と南側で戦闘が激しい。

 なら、東側から都市に入るか」


 幸いにして、攻めてきているのは牙獣で……己が都市内に入り込もうとしてもスパイなんて疑われる可能性はない。

 本来の戦争ならば、籠城戦をしている最中の都市内に入り込むことなんてこんなに簡単には出来ないのだが……その点だけは、戦っている相手が人外で救われた、ということなのだろう。


「……っと。

 早くも見つかったか」


 そうして真っ直ぐに城塞都市へと向かっている己は、血肉に餓えている牙獣からすると、絶好の餌なのだろう。

 牙獣を操るという「牙の王」の命令によって周囲を索敵していたのか、それとも倍率の高い城塞攻めを諦めて他の餌を探していたのか、もしくは牙の王の命令から逃れて自我を取り戻した『はぐれ』か。

 理由は分からないが、三匹ほどの牙獣がこちらに向けて襲い掛かってきた。

 ……尤も。


「またしても、三匹っ、程度じゃっ、なぁっ!」

 

 突進してきた一匹を躱しながらの逆さ袈裟で頸動脈を断ち切りつつ、直後に脚へと喰らいついてきた一匹の顎を蹴り上げ、返す刀で横一文字にその腹を切り裂く。

 そうして仲間を殺されたことで、不利になったのを理解したのだろう。

 己の逃げ道を塞ぐべく背後に回ろうとしていた一匹が、そのまま左側……愛刀を持ってない側から襲い掛かってくるが……


「……所詮は、獣か」


 その時には既に、己の体勢は整っている。

 と言うより、蹴りや斬撃を放ったとしても次の動作に移れるよう、正中線を保ち続けるのが古流の基本なのだ。

 そして、この程度の連携しか出来ないたったの三匹程度の獣では、己の正中線は崩せない。

 要するに、その残された一匹の牙獣は隙だらけの顔面を晒しながら己に向けて飛びかかってきたことになり……振り返った時には既に頭上へと掲げ終えていた己は、愛刀「村柾」を勢いよく振りおろすことで、その頭蓋を真正面から叩き斬る。


「……前は、このまま囲まれたんだったか」


 三匹を斬殺しただけでも、周囲には血が飛び散っているし、横一文字に腹を切り裂いた一匹からは凄まじい臓物臭がまき散らされている。

 獣からしてみれば、これはもう狼煙をあげているようなもの、だったのだろう。


(ま、今なら問題ないか)


 何しろ、牙獣の本隊は今まさに攻城戦の最中であり……血と臓物と、そして肉と油の焼ける匂いが本隊周囲に充満していて、己に注意を向ける余裕なんてないに違いない。

 風もそう強くないことも、己に有利となっている。

 ついでに言うと、連中が襲い掛かってくる目印となるらしき、天賜(アー・レクトネリヒ)を使った際に出る(アー)(ソルタ)とやらは、剣術のみしか使う気のない今の己からはろくに発せられていないと思われる。

 そもそも前回は、天賜(アー・レクトネリヒ)を使える人間があれだけ群がっていたからこそ目立ったのであって……己一人きりではすぐに見つかる恐れもない、筈だ。

 勿論、いつまでも見つからない訳もないが……敵本隊の目が城塞都市へと向けられ、戦闘中の今、城塞から外れた場所にいる己を注視する余裕など、今の牙獣共にはない……だろう。

 正直、何もかもがあやふやな……ただの推測に過ぎない訳だが、それでもあの全軍がこちらに向かって来れば為す術もなく押し切られるのは目に見えている。

 そんな最悪の事態を想定していてもどうしようもなく……此処まで戦場に近づいた己は、とっとと城塞都市に入り込む以外、活路がないのが実情だった。


「なら、このまま押し通るかっ!」


 色々と考えた挙句、そんな単純な結論に達した己は、徐々に近づいてきた戦場を眺めながら、血振りして愛刀「村柾」の刀身を汚す血液を振り払うと……城塞都市草原の盾(パル・ダ・スルァ)へと少し早足で向かうことにしたのだった。


2020/06/09 20:57投稿時


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