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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:05「牙の王:後編」
78/130

05-02



「……この珍妙な服にも慣れてきたな」


 神殿を出た(オレ)は、(アー)の姿を模したという神官服を着心地を確かめるように腕を動かしつつ、小さくそう呟く。

 実際問題、この神官服というヤツは神殿兵(ハルセルフ)の身分証明を兼ねているため妙に悪目立ちすることと、(アー)の姿を模しているなんてアホな理由の所為で変に肩パッドが入ってて肩幅が異様に広いこと、という二点は少々気に入らないものの……生地そのものは軽い癖に頑丈で破け難く、日本の化学繊維には敵わないものの、この国の服にしては通気性まで良いという極上の品だった。

 正直、多少の欠点があろうとも気にならないほど良い服なのは間違いない。


(……多少鬱陶しいが、刀を振るう分に支障はない、な)


 尤も、服飾に関して非常に疎い己としてはデザインだの何だのは気にすらならず、服装の基準となるのはその一点でしかない。

 事実、少し前に殺された時に着ていたボロボロの服で外へと飛び出そうとして鑑定眼(アー・ファルビリア)という能力を持つエーデリナレに止められた……いや、止められるまで自分の格好を意にも介さなかったのだから、己の服飾への無頓着はいっそ筋金入りとも言える。


「……え、あ?」


 そんなことを考えていた所為だろう。

 何も考えずにいつもの大通りを通っていて、とあるヌグァ屋に近づき過ぎたらしく……まだ遠かったものの、何度も捕まった覚えのある、あのお喋りの親父さんとばっちりと視線が合ってしまう。


(……っと。

 今の己は、徴兵されたことになっていたっけか)


 己の姿が信じられなかったのだろう。

 目を見開いて己を凝視し……更に目を擦り始めたヌグァ屋の親父に、己は慌てて踵を返すと裏路地へと姿を隠す。

 正直、隠れるほど後ろ暗い訳でもないのだが……徴兵から逃げ出したと思われると兵士たちへの説明がややこしい上に、一度死んで復活したとも言い辛い。

 と言うよりも、あの話の長いヌグァ屋の親父に捕まった場合、一晩どころか三日三晩が潰れるほど延々と話し続けられてしまうことこそが……今の己にとって何よりも恐ろしい、すぐ近くに差し迫った脅威だった。

 ここはとっとと姿をくらませるのが最善手だろう。


「お、おいっ?

 誰かっ、神官がこの辺りにいなかったかっ?」


 幸いにして、あの店主の脚は義足であり……己が全力で逃げ出せば捕まることなどあり得ない。

 己は背後で上がったそんな声を聴きながらも、捕まったら面倒なことになりそうな予感から、とっととこの辺りから姿を晦ますこととする。

 あのヌグァ屋の親父、気前はいいんだが……尋常ではないほど話が長いのだ。


(……悪いが、今の己は無駄話に付き合ってられる心境じゃない)


 ただでさえ先の失態が……牙獣に食い殺されるのに怯え、天賜(アー・レクトネリヒ)なんて手品に頼って自爆するなんて情けない姿を晒したばかりなのだ。

 せめて今の己が出せる全てを牙獣たちに見せつけてやらなければ……胸を張って剣士とさえ名乗れやしない。

 そんなことを考えながら、慌てて裏路地を歩いていた所為だろうか。


「……っとと」


「きゃっ」


 不意に裏路地へと入ってきた一人の女性とぶつかりそうになった己は、慌てて半歩下がることで、正中線を崩すこともなく女性を回避することに成功する。

 尤も、己は回避に成功したものの、驚き慌てた女性の方がそんな身体能力を持っていた筈もなく……バランスを崩して転びかかっていた。

 いや、その女性もそう鈍くはなかったらしく、周囲の壁に手を突いて転倒は免れたのだが……その挙動によって手にしていた衣類が宙を舞う。


「よっと」


 だが、まぁ、まだ重力加速度に引かれてもない布の束なんぞ、日ごろから剣を振るっている己からしてみればと止まっているにも等しく……左手を軽く突き出すことでその衣類が地に落ちる前に掴み取ることに成功する。


「大丈夫か、悪いな急いでいて」


「い、いえ、私も少しばかり慌てていまして……神官様」


 そう謝る己の前で、かなり慌てた様子で己が掴んだ衣類から視線を外そうとしないその女性……恐らく十代後半だろう、女性と呼ぶべきか少女と呼ぶべきか難しい年頃の女は、何処となく落ち着かない様子で頭を下げる素振りを見せる。


(様子が変……でもないか)


 追手に追われている様子でもない癖に、衣類に妙な執着を見せる……そんな眼前の女性の様子に己は内心で首を傾げるものの、今の自分が神官服を身に纏っていることに気付き、すぐさまその疑問を打ち消す。

 この国で(アー)の神官とやらがどんな地位に就いているのかまだ詳しくは知らない……いや、興味もない己は知ろうともしてないが、恐らく一般庶民が無駄に関わるべき存在じゃないのだろう。

 そもそも女性の衣類に関して下手に触れると面倒になるのは元の世界でも同じだったのだから……変にこの女性の態度に突っ込みを入れると墓穴を掘ることになりかねない。


「大事なものだったのだろう。

 悪かったな」


「いいえ、神官様。

 これは夫の……いえ、夫になる筈だった者の形見でして……」


 衣類を差し出した己の手から慌てて衣類を取り戻し、すぐさまそう謝って視線を逸らす女の姿に、己はやはり僅かな違和感を覚えるものの……まぁ、あまり気にするほどのこともない。

 別に眼前の女性が未婚だろうと既婚だろうとどうでも構わない。

 ……たとえ、女性が手にしていた衣類が何となく女性ものだと感じていたにしても、剣術以外のことにいちいち首を突っ込むような余裕なんて、己は持ち合わせていないのだから。


「そうか、悪いことを聞いたな」


「いえ、済みません」


 特に深く関わるつもりもなかった己は、その辺りを追及することなくその場を離れることとした。

 背後から女性の向けてくる警戒と不信の視線を浴びているのを感じつつも……この愛刀を振るえる場面が訪れない限り、己自身としては面倒事に首を突っ込むつもりなどない。


(ああ、地元のヤクザ連中と斬った張った出来るんだったら、首を突っ込んでも面白いかもな)


 先生とか呼ばれる用心棒なんていると理想ではあるが……そんな時代劇のような展開がこの国で待っているのかどうかは分からない。

 と言うより、現在の己としては、そんなに頑張ってまで敵を探す必要もないのが実情である。

 何しろこの国には、軍事力をもって国一つを滅ぼそうと攻めてくる六王という名の素晴らしい好敵手が待っているのだ。

 猿の王を討ってしまった以上、あと五名になってしまったが……それでも血肉湧き踊る戦場はまだ己を待っている。


「さて……じゃあ草原の盾(パル・ダ・スルァ)まで軽く走るとするか」


 ようやくヌグァ屋を迂回した所為で紛れ込んだ路地裏から脱出し、帝都の西の城門の近くへと辿り着いた己は、首を軽く左右に鳴らすと……そう小さく呟いて両足に力を込めたのだった。



2020/06/08 21:17投稿時


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