05-01
……うわ、前回投稿から気付けば1年と半年くらい経ってる。。。
ンディアナガル殲記も完結したので、しばらくはこちらを。
「……がはっ。
はっはっはっはっ……はぁっ」
目覚めたばかりの己がまず最初に行ったのは、酸素を吸い込んで吐き出すという、死の縁から生還した時に行ういつもの動作だった。
そうして「呼吸ができる」という当たり前のことを確認したことで……ようやく己は、自分が今「生きている」という実感を抱く。
次に己は、手元に愛刀があることを確かめて安堵の溜息を吐き出したところで、己の脳裏に死ぬ直前の記憶が甦り……あの死の直前に食い千切られた、身体中の至る所に触れることで、喰われた身体に欠損がないかを確かめ始める。
(左足、左肩、右足、右太腿。
右手も、傷一つない。
……脇腹も、残ってる)
記憶にある、牙獣とかいう獣に食い千切られて激痛が走った箇所を一つ一つ確かめ……服は血まみれでボロボロだというのに、身体そのものは五体満足の状態に戻っているのを確認した己は、大きく息を吸い込むと……
「くそったれがぁああああああああああああああっ!」
腹の奥から湧き上がる激情と共に、手元にあった愛刀「村柾」を引き抜くと、己は渾身の力を込めて横一文字に薙ぎ払う。
その今の全力とも言える大振りは確かに切っ先の速度だけは凄まじく、空を切り裂く音を周囲に……この静寂しかない神殿の最奥の間に響き渡る。
だけど……こんなものなど、剣術ですらない。
激情に駆られ、ただ勢い任せに棒切れを振り回す程度の……子供のお遊戯でしかないのだ。
(何が、せめてもの手向け、だっ!
ただ喰われるのから逃げただけ、だろうがっ!)
……そう。
己は……死に、逃げたのだ。
剣一本で「何でもできる」などと自惚れ……逃げることもせずに戦って、あの牙獣たちに敗れたのはまだ構わない。
その敗北は己自身が未熟なだけ、であり……だからこそ己は腕を磨くべく、こうして死地を求めて訳の分からない世界で剣を振るっているのだから。
(……だけどっ!
だけどっ、アレはっ!)
天賜という手品の万能さに呑まれた己は完全に自惚れ、策も用いず逃げることも由とせず、無謀に刃を振るい続け、ボロボロにされて戦えない状況に追い込まれた挙句、目前に迫った敗北から……全身に牙が食い込んでくる激痛から、生きたまま喰われる恐怖から逃げたのだ。
……戦友のためなんて適当な理由をつけて。
剣術以外の何もかもを捨てた救いようのないバカの癖に、剣に敗れたその結果を受け入れることが出来なかったのだ。
「ぁあああああああああっ!」
自らの無様さに耐え切れなくなった己は、肺胞の一つにも酸素を残さないような大声と共に、愛刀「村柾」を大上段から全力で振り下す。
切っ先が空を切る音と聞きながら、己は切り払った激情を更に追いやるべく大きく息を吸い込んで吐き出し……ようやく少し落ち着いたところで愛刀を鞘に納める。
「落ち着かれましたかな、神兵ジョン=ドゥ様」
「……爺さんか」
俺の激情が去るのを待っていたのだろう。
相変わらず顔中の毛を剃っている、質素な白い衣に身を包んだエリフシャルフトの爺さんがそう声をかけてくる。
生き返ったところに常に出て来るので、己ももう流石に驚かなくなってきた。
「今度は、どうされ……」
「悪いが、爺さん。
今は、相手をする余裕はない」
いつものように好々爺という様子で話しかけてきたエリフシャルフトの爺さんの声を、己は素っ気なく断ち切る。
事実……余裕なんてない。
(負けの分を……支払わないと、な)
剣で挑み、力及ばずに死を迎えた……それは自分が未熟である以上、仕方のないことだろう。
だけど、負けたことから……牙獣が相手であるのなら、負けて喰われるというのは自然の摂理であり、そこから逃げ出すのは「敗北のペナルティを支払わずに逃げ出す」ことに等しい。
要するにソレは、剣のみに生きる身としては最悪最低の裏切り行為でしかない。
とは言え……その負け分を支払うと言っても、別に死にに行く訳ではない。
負けた分、この身を喰わせてやるってのも一つの手だと思ったのは事実だが、それは折角神から与えられた限りある命を無駄に使い捨てることでしかなく……そもそも剣士の死に方に相応しくないだろう。
「……そうですか。
それで、どうされるのですか?」
「決まってる。
己は剣士なんだ。
……剣の借りは、剣で返す。それだけさ」
爺さんの問いに、己は愛刀の鍔を鳴らしてそう答えてやる。
……そう。
己には、コレしかないのだから、コレを見せつけるだけだ。
二天一流の宮本武蔵でさえ、吉岡一門と戦う時には逃げ回り一人ずつ屠って回ったし、佐々木小次郎と戦う時には策を弄し相手を屠った。
ならば……己が見せつけるべきは、天賜などという手品ではなく、そういう「何としても勝つ」という無様さだった筈なのだ。
だからこそ、無様に逃げ回り、剣技のみに頼らずに策を弄し人の手を借り他者を犠牲にして、みっともなく情けなく地べたを這いずり回りながら、それでも勝ちを拾う……そんな無様さを見せつけることこそ、死に逃げ出した無様な己の借りを返すことに繋がるに違いない。
「さぁ、待っていてくれ、牙の王。
卑怯な小細工を弄して、逃げも隠れもする無様な……だけど、最強の己を見せてやる」
己はそう呟くと……呆然と見守るばかりのエリフシャルフトの爺さんを振り返ることもせず、まっすぐに神殿を出ようと……。
「あのっ、神兵様。
せめてお召し物のお替えを……」
そんな己に声をかけて来たのは、新たな神官服を手にした鑑定眼という能力を持つ、爺さんの孫娘らしきエーデリナレという名の少女だった。
その声を聴いた己は、ようやく自分の着ている森の入り口でレティアから貰った服があちこち破れている上に血まみれで、しかもところどころが焼け焦げているという、合戦場から逃げ延びて来た落ち武者よりも酷いということに気付き……仕方なく足を止める。
「……ぁ、ああ。
じゃあ、貰うか」
正直、格好つけて死地へと向かおうとしていた己は、少しばかりバツの悪い思いをしつつ、エーデリナレが出し出したその神官服を受けとり、着替えることにしたのだった。
20220/06/07 21:34投稿時
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