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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:04「牙の王:前編」
76/130

04-30



「……六っ!」


 (オレ)は跳びかかってきた牙獣の額に渾身の突きを見舞うと、頭蓋に突き刺さったまま抜くのに苦労しそうな愛刀「村柾」の複製品から手を離し、近くに突き刺さっていたもう一本の複製品を手に取る。


「っ、八つっ!」


 一瞬だけ武器を手放したのを好機と見たのか、背中から二匹の牙獣が上下の時間差で襲い掛かってくるものの……己は手にした新たな刀を、振り返り様に大上段から渾身の兜割を叩き付けることによって、二匹の牙獣の頭蓋を同時に叩き斬っていた。


「……くそっ、早くも」


 とは言え、そんな無茶な振り下ろしを放って繊細な日本刀が無事で済む訳もなく……たったの一撃で刃は毀れ切っ先は歪む。

 尤も、刀身そのものが思い通りに振るえたことは、寸分の狂いもなく刃を立てた斬撃が出来た証であり……あんな勢い任せの斬撃であっても思い通りの太刀筋で剣が振るえた事実に己の唇は無意識に笑みを浮かべていた。


(くっ、九つ目っ!)


 そうしている間にも右側から襲い掛かってきた牙獣へとそのボロボロのままの愛刀を横薙ぎに叩き付け、切れ味の落ちた分膂力を込めたことで、その切っ先は腹腔を易々と抉り……飛びかかってきた牙獣は逆に血と臓物とをまき散らしながら地に落ち、激痛に吼えもがき始める。

 まだ生きてはいるものの、致命傷には間違いなく……そして明らかに戦闘不能だろう。


(くそ、トドメを刺す暇もないっ!)


 とは言え、野生の生命力を侮るつもりのない己はその牙獣へトドメを刺すべく視線を向けるものの、その無駄な一足一刀を周囲の獣たちが許してくれる筈もない。


「十っ!」


 右側から喰らいついてきた牙獣の眼球を頭蓋ごと横一文字で切り裂きながら、己は追撃を諦めて正中線の維持に集中する。


(次から次へとっ!)


 背後から飛びかかってきた一匹の顎を身体を逸らすことで回避しつつも、すれ違いざまに足を二本奪うことしか出来なかった己は舌打ちを隠せない。

 少しばかり動体視力や戦闘思考速度が増したとは言え、追い詰められるとすぐさま身体の切り替えしや斬撃のタイミングが遅れる辺りが、未だに己が達人と名乗り切れない部分だろう。


「って当然かっ!

 これこそが、戦場だっ!

 っと、十三っ!」


 頭上から飛びかかってきた一匹の臓腑を抉り、左下から足を狙ってきた一匹には引き戻した刃を押し当てた直後に蹴ることで叩き斬り、次の一匹は退きながらの大上段を叩き込んで屠る。

 幸いにして牙獣たちは人間のように連携を取るという発想がなく……いや、コイツら的には連携しているつもりなのだろうが、達人の領域に入った己からは十分に対処可能な拙い連携で、今のところは何とか対処出来ている。

 だけど、一瞬の気の緩みで全身を食い千切られるだろう緊張感と、鱗と硬い骨と強靭な筋肉の所為で対人戦ではあり得ないほど大きな斬撃を要されることと。

 更には自分の天賜(アー・レクトネリヒ)によって複製した愛刀があちこちに突き刺さっている所為で足運びにも意識を向けなければならないこともあり、己は自分が凄まじい速度で消耗しているのを自覚していた。

 

(次ぃっ!)


 瞬間で歪み刃毀れし、血と脂によって使い物にならなくなった愛刀の複製品を飛びかかってきた牙獣の脇腹に突き刺して放棄すると、すぐさま己は近くに突き立ててあってもう一本の複製品を手に取る。

 直後に飛びかかってきた一匹を叩き潰し、もう一匹を横薙ぎで切り裂き、もう一匹を貫き、もう一匹を大上段で断ち切り、もう一匹を逆袈裟に斬り、もう一匹を逆風によって抉り、もう一匹を……




「六十、七っ」


 そう叫んだ己だったが、その斬撃は確かに牙獣の頸動脈らしき部位を断ち切りはしたが、果たして致命傷に達したかどうかは分からない。

 正直、四十辺りからは声も枯れ果て、言葉となっているかどうかも疑わしいものだ。


(畜生、痛ぇ……)


 そんな弱々しい斬撃しか放てないのも、左手首が食い千切られ握力が保てない所為か、それとも左太腿を爪で抉られた所為で踏み込みに力が入らない所為か。

 限界まで酷使した体力によって斬撃に体重を込められない所為かも知れないし、働き過ぎた肺胞が悲鳴を上げ、全身に酸素が足りていない所為かも知れない。

 要するに……己は千を打ち払うどころか、たったの六十数匹を屠った程度で、もう満身創痍にまで追い込まれていた。


(しかし……勉強には、なる、な)


 左手を齧られたのは返り血を浴びて視界を奪われた所為だったし、左太腿を爪で抉られたのは路面の煉瓦が血に濡れていたことに気付かず三寸ほど足を滑らせた所為である。

 どちらも己の不覚であり、どちらも今後の課題とすべき内容だった。


「六十、八ぃっ!」


 幸いにして牙獣も次から次へと斬殺された所為か、こちらへと飛びかかる頻度が減って来ていて……牙の王に操られているとは言え、コイツらにも多少の恐怖は残っているらしい。

 気が向いたかのように背後から襲い掛かってきた一匹の軌道上に、己は右手一本で切っ先を置き、比較的柔い腹腔を相手の勢いを用いて断ち切る。

 生憎と即座に命を奪う一撃にはならなかったようだが、それでも内臓をまき散らしてのたうち回るあの一匹はもう戦うことは出来ないだろう。


(鼻も、麻痺してきたな)


 周囲には噎せ返るような血と臓物と獣臭が立ち込めていて……今、己の鼻が麻痺していなければ、すぐさま胃の中身を全て吐き出しているに違いない。

 

「……これこそが、死地、だ」


 己はそう呟いて僅かに緩みかけた集中力を取り戻すと、ボロボロになった愛刀の複製品を放り投げ、近くで睨み付けていた牙獣の一匹へと突き立てる。

 すぐさま近くに刺さっていた複製品を手に取り、その隙に飛びかかってきた三匹を袈裟斬り、逆さ袈裟と往なし、もう一匹は躱すのが精いっぱいで刃を突き立てることは叶わなかった。

 直後に体勢を立て直そうと身体に力を込め……何故か正中線を保てず逆側に傾きかける。

 

「ちぃいいいいっ?」


 そうしてバランスを崩したところを好機と見たのか、今度は五匹ほどの牙獣が襲い掛かって来て……


「ぐっ、ぁっ」


 正中線が乱れた所為か、一匹目を兜割で叩き落とうして頭蓋を叩くだけに終わり、二匹目を逆風の太刀で抉ったは良いものの刃筋の乱れから右手首に凄まじい負荷がかかり。

 その所為で三匹目を返す刀で受け流し……四匹目はただ必死に牙から身を逸らすだけに終わり、五匹目の牙に左肘を叩き付けることで何とか防ぐ。

 尤も、代償は大きく……深々と肘周囲の肉を食い千切られたついでに腱もやられたのか、左手は肘から先がもう動きやしない。

 その上、動脈を完全にやられたのか出血は更に多くなり、止まる気配がない。


(ヤバい、意識が……血を流し過ぎた、か)


 ……そう。

 致命傷から逃れようと必死で戦っていた結果、出血量については優先度が低い問題として後回しにしていた……己は今、そのツケを払わされそうになっていた。

 もしかしたらガイレウたちを逃がしたあの一芝居……アレで無意味に血を流したことも祟っているのかもしれないが……

 理由はどうあれ、再び正中線を取り戻して愛刀を構えたというのに、今自分がまっすぐ大地に立っているかどうかの感覚も疑わしくなって来ている。

 愛刀を構える右手の指先の感覚も遠くなってきていて、息を幾ら吸っても酸素が足りない感覚が抜けず、幾ら歯を食いしばっても身体中に力が入らない。


「……くそっ!」


 そして、牙獣たちも己の不調を本能的に悟っているのか、遠まわしにこちらを見るだけで……積極的に襲い掛かろうとはしなくなって来ている。

 もしかしたら、先ほどから消極的になっているのは、己の出血量を見て無駄な犠牲を出さずに安全に狩ろうと計算した結果、なのかもしれない。


(……獣風情に、完全に、して、やられ、たっ)


 いや、この場合は出血多量に思い至らないほど「極限状態を続けさせられた」ことこそが己の失策だったのだろうが。

 とは言え、千を超えるかもしれない牙獣を相手にして、そんな余裕なんてある訳もなく……

 己一人で全てを屠るには、圧倒的に手数が足りなかった。


(せめて、宮本武蔵のように、両手で二刀を扱えれば。

 いや、もっと切り返しと振り向きの速度を上げていれば……)


 そう悔やんでいる内に、己の身体からは力が抜け……愛刀を地面に突き立てて杖代わりとすることで何とか膝を突くことだけは避けたのだが、こんな状態でもう戦える筈もない。

 そして……当たり前の話だが、獲物が力尽きたこの好機を牙獣たちが見逃す筈もなかった。


「……くそったれ」


 周囲から襲い掛かってきた十匹を超える牙獣の内、一匹だけは最期の力を振り絞ることで愛刀を突き立たものの……今の身体でそれ以上の抵抗が出来る筈もなく。

 左足左肩右足首右太腿脇腹咽喉右手と身体中に牙が食い込む激痛に己は歯を食いしばり……だけど、そうして己の剣が完全に破れた土壇場の瞬間で、さっきまで行軍を共にしていた戦友たちの顔が不意に浮かぶ。

 消えゆく意識の中、視線を城塞都市の方へと向ければ粘った甲斐があったのか、戦友たちはもう城塞都市の近くまで逃げ延びたらしく、今から牙獣たちが向かったところでもうどうしようもない、だろう。


(だったら、最期に……せめてもの手向けだ。

 剣士としてではなく、一人の男として……戦友たちへの、餞別を)


 剣術家としての自分が致命傷を受け破れたのを理解したその瞬間、己は愛刀に拘る自分を捨て……最期の抵抗として残り全ての力を注ぎ込み、【鉱物作成】【金属操作】【加熱】の天賜(アー・レクトネリヒ)を身体の奥底で炸裂させる。

 朦朧とした中で思い描いた自分の思惑通りに行けば、己の体内で大型の手榴弾が炸裂したのと同じ現象が起こる筈、だった。

 尤も、そのイタチの最後っ屁がもたらした結果を見届けることはなく……その天賜(アー・レクトネリヒ)が発動した瞬間に、己の意識は闇の中へと閉ざされてしまうのだった。



2019/01/12 22:31投稿時


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[良い点] 主人公は自分のことを剣に狂っていると言ってますが、仲間を守るためにおとりになる等、それを差し引いても十分主人公していてカッコいいです。 [一言] 申し訳ありませんが、作者様の別作品の印象が…
[一言] ンさんが終わったのでこっち再開ですね。楽しみです
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