04-26
「く、そがっ!」
愛刀を振るい命のやり取りを日常とし、自らが何度も命を失ったこともある己だったが……目の前で同じ釜の飯を食った戦友が死ぬのを見たのは初めてで。
怒りに任せてすぐさま襲い掛かってきた牙獣を横薙ぎの一撃で首筋の気道と血管とを断ち切るものの、だからと言って死んだ人間が生き返る筈もない。
(畜生っ)
先ほどまで同じ道を歩み、下らない内容とは言え言葉を交わした相手が光のない瞳で虚空を見つめたままもう二度と動かないその姿に、己は自分の無力さと技量の足らなさに歯噛みしつつ内心でそう吐き捨てるが……戦いはまだ続いている。
実際問題、己たちの軍では襲撃が始まってから既に十数人が斃されているし……今もまた誰か一人が茂みの中へと引きずり込まれ、断末魔の叫びを上げている。
(……待て?
ダムダナは……いや、己は何故狙われた?)
己たちは長蛇の列の真ん中より少し後ろ側に位置し、馬擬きに乗っていた隊長は戦闘集団の真ん中少し前寄りである。
他に狙われた人たちも、最前列や中央部、前方の少し後ろ側や己たちよりも背後とそれぞれ規則性はないように思われる。
……いや、もしかしたら動物の性質として一番弱い場所や群れから逸れた一匹を狙い撃ちにしているのかもしれないが……
(それはない、か)
己は背後で槍を構えている……いや、手に持っているだけの、歩くのも限界ギリギリというフィリエプの爺さんを視界の端に捉え、自分の考えを否定する。
弱そうな部位からを狙い撃ちにするのであれば、長蛇の列の左右から奇襲を受けている時点で爺さんが狙われない訳がない……まぁ、この爺さんは牙獣から見ても喰う場所もろくになくて美味しそうにはないだろうが。
群れから跳び出したヤツを狙い撃ちにしている……のであれば、最初の奇襲で長蛇の真ん中あたりにいた隊長が狙われる筈もなく、そして列から離れて戦っている己にもっと攻撃が集中しているだろう。
「……ちぃっ」
そんな己の思考を遮るかのように、左右から牙獣が同時に跳び出してくる。
己は二匹の軌道を見切ると同時に一匹の進路上に愛刀「村柾」の切っ先を置いて、六本の足の内、左側の三本を切っ先三寸ほど抉り取る。
直後、己の体勢が僅かに崩れたことを好機と見たのか、もう一匹の牙獣が即座に追撃に飛びかかってくるものの、ソイツには振り返りざまに大上段からの兜割を叩き込み……その頭蓋ごと命までもを断ち切る。
「畜生、オレだってっ!」
片側の足を失い、着地に失敗し起き上がることもない牙獣の姿を、好機と見たのだろう
直後にガイレウがへっぴり腰ながらも槍を突き出し……その槍は見事に肋骨の間へと深々と突き立ち、致命傷を与えることに成功する。
その様子を視界の縁に捉えた己は、返り血にまみれ列から跳び出したガイレウのフォローをするべく、慌ててこの痩せぎすの戦友に歩み寄るものの……次に狙われたのは何故か己だった。
(……何故、だ?)
狙われるのは構わない。
というよりも、数十匹を超える大群に狙われることでさえ剣術のためならば歓迎に値するのだが……それでもこの状況で己が狙われることに納得がいかない。
(己が牙の王ならば、最初に頭を潰した後、後方から一斉になって襲い掛かる)
軍なんて命令系統さえ押さえてしまえば、後は一斉に襲い掛かるだけで十分だ。
恐怖に囚われた群衆なんて我先にと逃げ出すだけの集団と化し、放っておいても瓦解し……後は散り散りになって逃げだした連中を各個に狩っていけば良い。
少なくとも己ならそういう戦術を取るだろうし、牙獣の群れが牙の王によって指揮された一個の軍団であるならば、そういう戦術を取ってくるに違いない。
だが、さっきから牙獣共は散発的な奇襲を繰り返すだけで、この軍勢を一撃で粉砕しようとは考えないようだった。
「くそっ、この獣共っ!
こうなったら俺がっ!」
そんな中、隣の班の連中から一人の貧弱な男が前へと進み出て来た。
ソイツは、その身体ではとても持てる訳がないほど巨大な大斧を軽々と持ち上げていて、一見するだけで明らかに天賜を使っているのだと分かる。
実際、天賜を使わない普段の行軍では持ち上げることも出来ないのか、大斧の刃の反対側……鎚頭の部分には車輪が取り付けられていた。
こんな面白いヤツが同じ班にいたなら一発で話しかけていたのにな……なんて己が考えている内にも、その男は跳び出してきた牙獣を大上段からの一撃で粉砕してみせる。
「はっ、所詮は獣。
俺の【剛力】の前では……ぐわぁあああああああああっ!」
尤も、ただ力があるだけで牙獣の集団に勝てる訳もなく……もう一匹の牙獣を叩き潰したその隙に、巨大な斧を持ったソイツはあっさりと足へと食いつかれて引き倒され、反撃に斧を振り払おうとした腕を食い千切られ、最後には咽喉へと一匹が食いつく形であっさりとその命を断たれていた。
そうして大斧を持った男へとトドメを刺した直後、それら三匹の牙獣は周囲で腰を抜かしている同じ班の男四人を一瞥するだけで狙おうとすらせず、己の方へと跳び込んできやがったのだ。
「……そうかっ!」
その三匹の攻撃……足元へと喰らいつく一匹を左へと跳んで躱し、そこへと飛びかかってきた大きな顎を柄頭で殴り飛ばして逸らし、最後の一匹の顎へと叩き付けるかたちで愛刀の刃を沿わせ、その顎から顔面の半ばまでを撫で斬る。
「こいつらはっ!」
直後、振り返り様に跳びかかって来ていた一匹を袈裟斬りで首を半ばまで断ち切ると同時に、返す刀で逆さ袈裟に最後の一匹の腹腔を断ち切る。
「天賜を……神力とやらを狙ってやがるのかっ!」
だからこそ、最も強力な天賜を使え、なおかつ最も目立つ位置にいた隊長が真っ先に狙われ、次に狙われたのが己……こんな軍勢の中に紛れていた常識外れの力を持つ神兵だった、という訳だ。
(己ばかり狙い、他の弱い連中を狙わない理由にもなるっ!)
そうして愛刀を握りしめ周囲を窺う己だったが、どうやら先ほどの獣たちは牙の王が放った先発隊だったらしく、さっきの三匹で打ち止めらしい。
周囲からの断末魔はいつしか消え去っていて、周囲から聞こえてくるのは荒い息と槍と鎧とが擦れる音だけになっていた。
……そして、周囲の連中からの縋るような視線が嫌というほどに感じられる。
(……ちっ。
無茶し過ぎたか。
刃毀れしまくってやがる)
そんな連中を意図的に無視しつつ、己は愛刀を血振りした後で懐紙を取り出して刃を濡らす血を拭い去り、内心でそう歯噛みする。
如何に獣の速度、獣の筋力で奇襲を受けたとは言え、相手は所詮……知能もなければ技術も用いない獣に過ぎない。
そんな連中にここまで愛刀を痛めつけられるとは……
「……まだ、修業が足りんな」
己はそう呟くと、静かに愛刀を鞘へと仕舞い込んだのだった。
2019/01/09 21:51投稿時
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