04-25
「な、何だぁっ?」
「た、隊長がっ、騎士様がっ?」
行軍中の軍勢のど真ん中から突如として馬擬きに乗った騎兵が……この軍勢を率いる人間が『何か』に連れ去れたというあり得ない事態に、その場にいた全員が固まって動こうとしない。
……誰一人として助けようともしない辺り、あの騎士に人望がなかったのか、それとも無理矢理徴兵されたコイツらの士気が低過ぎるのか。
「うわぁあああああっ!
喰うな、喰うなぁ、ぎゃぁあああああああああっ!
助けてぇぁあががががあああぁっ!」
そしてすぐさま街道を少し離れた茂みから凄まじい悲鳴があがり……恐らく、攫われていった騎士は、『何か』によってトドメを刺されたようだった。
その断末魔が聞こえたところで、元々士気が低かった周囲の連中は動揺を隠せず、もう軍としての機能は失われたのではないだろうか。
(長蛇の陣が仇となったな)
縦一列に並び奇襲への備えすらしなかった己たちは、城塞都市草原の盾に視線を奪われた瞬間を、横合いから突かれた形になる。
偶然ならこちらにとって不幸な遭遇戦、としか言いようがない。
だけど、もし偶然でないならば、それは襲撃者が意図してこの軍の弱点を突いた……統率された『何か』であることを意味していて。
「……っと」
己がそう襲撃者へと想像を巡らせた、次の瞬間だった。
騎士が討たれた方向へと視線を向けていた己は、ふと背後の草むらが微かな音を立てたことに気付くと、ただの勘に任せてその方向へと槍を突き出す。
剣士らしく言うならば「殺気を感じた」で……正直に言うならば「状況的に自分だと視線をそちらへ誘導して背後から狙うと推理した」だろうか。
兎も角、その勘働きは見事に的を射ていたらしく、槍の切っ先は草むらから跳び出してきた大型犬ほどの大きさの化け物の咽喉を、まっすぐに貫き通していた。
「ジョンっ、ソイツ、牙獣かっ!
牙の王の眷属っ!」
「つまり、さっきのは……」
槍の先で未だにもがき続けている、ワニのような顎をして鱗が生えている六本脚の獣を見て、両隣にいたガイレウとダムダナがそう叫ぶ。
ソレは、いつぞやに人様の寝込みを襲ってきたあの獣と同じ生き物で……
(コレが、牙の王の。
……くそ、なんて生命力だ!)
両腕から伝わってくる牙獣の全身の力に、己は思わず内心でそう叫んでいた。
咽喉から脳までもを貫き通している、明らかな致命傷を受けても暴れ続けるその生命力と、野生の動物でしかあり得ない人類を遥かに超越した筋肉。
そして……
「くそっ、もうダメかっ!」
その咬筋力によって槍の柄が食い千切られ……ることは流石にないものの、柄の半ばまで食い込んだ牙を見る限り、この槍はもう寿命だろう。
迂闊に斬撃など放とうものなら、間違いなくへし折れるのが目に見えている。
「畜生っ!
愛刀以外はやっぱ合わんっ!」
天才と呼ばれる武芸百般に長けた人たちならばこんなことはない筈だと、自らの才能の無さを内心で吐き捨てながらも、己は槍をあっさりと捨てると……腰に差したままだった愛刀「村柾」を抜き放ち、直後に飛びかかってきた牙獣へと斬りかかる。
「……ちぃっ」
袈裟斬りで放った一撃は牙獣の首回りの鱗をあっさりと切り裂き、その下の皮膚と筋肉と血管とを断ち切ったものの……凄まじく硬い骨は半ばまでしか届かなかった。
相手は人間ではなく獣であって、野生の凄まじい生命力は切っ先三寸で命を断つとまではいかず……その命を断とうとすれば刃毀れは避けられないようだ。
そして……
「三っ!
四匹っ!」
斬撃によって辺り一面に飛び散った血によってか、それとも仲間を斬り捨てた所為か……どうやら己は牙獣たちの目標にされたらしく、次から次へと大きな顎を持ったその生き物は己へと飛びかかってくる。
足を狙って低い軌道で襲い掛かってきた牙獣を上段からの兜割で叩き潰し、直後に首筋へと跳び込んで来たもう一匹を躱しながら斬り上げによってその腹腔を断ち切る。
硬い鱗や骨は腹腔にはないらしく、臓物をまき散らした牙獣はもがき暴れ苦しみ始め……凄まじい生命力の所為か即死することはないものの、はらわたがはみ出れば流石に戦闘不能に落ちってくれるらしい。
(……畜生。
もう刃がコレか)
牙獣の突進速度はまさに獣のソレであり、茂みの中から不意を突いて襲い掛かってくるこの状況では、達人の領域に達している己でも反応するのが精いっぱいという有様である。
だからこそ、己は刃を温存したり太刀筋を選ぶ余裕がなく、たったの三匹を断ち切っただけで愛刀「村柾」の刃はあり得ないほどに痛んでいた。
「うわぁあああああっ!
こっちにもっ!」
「嘘だろうっ!
アテテアが持っていかれたっ!
畜生っ!」
当然、己が牙獣を四匹ほど狩ったその間に他の連中が狙われない訳もなく……軍のあちこちから悲鳴が上がっている。
とは言え、いつどこから敵が襲ってくるか分からないこの状況で、しかも長蛇の列となっている全員を護り切るなんて、如何な達人であろうとも出来る筈もなく。
次から次へと犠牲者は増え続け、己たちはもう軍という体裁を整えることすらも出来ていない状況だった。
「くそっ、ジョンっ、お前ばかりにやらせるかっ。
俺だってまだ戦えるっ!
これでも【炎刃】の天賜を持っているんだからなっ!」
軍の崩壊を見かねたのか、それとも己がたった一人で牙獣共を追い払っているのを見かねたのか……そう叫びながら己の隣へと出て来たのは隻腕のダムダナだった。
槍の切っ先が燃え上がっていて、本人の申告通り神のご加護があるのだろう。
……だけど。
「馬鹿野郎っ、迂闊に前にっ!」
幾ら天賜を持っていたところで、ダムダナの身のこなしや反応速度は常人とそう大差ない。
いや、隻腕の身でありながら槍という両手で扱う前提の武器を手にしている時点で、常人よりも戦闘能力に欠けると考えるべきだろう。
「っ、早っ、ぁぐぼぼぼぉっ!」
事実、その燃える槍が目印になったらしく、すぐさま襲い掛かってきた牙獣にその槍を躱されたかと思うと、その場に押し倒され……牙獣の持つ鋭利な牙がその咽喉へと突き立てられる。
「おぃっ!」
慌てて己は駆け寄るものの、生憎と二歩を踏み出し愛刀をその獣へと叩き付けるその間に、もうダムダナの命はどうしようもなくなっていたらしい。
牙獣の首を半ばまで断った己が駆け寄った時には、隻腕の戦友は既に首を噛み砕かれ……明らかに即死していたのだから。
2019/01/08 21:51投稿時
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