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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:04「牙の王:前編」
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04-24


「……アレが目的地。

 西の城塞都市じゃな」


 そんなぐだぐだした行程を二日ほど続け。

 肩に担いだフィリエプ爺さんの声に(オレ)が顔を上げると、煉瓦張りの道路をただまっすぐに歩き続けた先にある、城塞に囲まれた都市が目に入る。


(……長かった)


 己が内心でそう嘆息するのも仕方ないだろう。

 命令も聞こうとしない連中がのろのろと動き、牛歩戦術でも仕掛けているのかと思うほどとろとろした行軍がただただ続き、その間は鍛練をする自由もろくにない。

 その上、それなりの数が集まっている軍勢に恐れをなしたのか、夜襲もなければ奇襲もないという……本当にどうしようもないほど退屈で、苛立ちの余り周囲の連中を叩き斬ってやろうかという衝動に駆られそうになるほど、ストレスの溜まる毎日で。

 あまりにも暇なために周囲の連中にバレないよう、こっそり【金属操作】や【鉱物生成】の天賜(アー・レクトネリヒ)を使い、愛刀の柄飾りをさり気なく豪華にしたり、小柄を創っては晩飯の足しにしようと茂みの中の鳥を狙ってみたり……そんなことくらいしか楽しみがない、どうしようもない日々だった。


(だが、それももう終わりだ)


 あの城塞都市こそが牙の王の軍勢に対する最前線基地であり、聖都への侵攻を食い止めるための最終防衛線なのだ。

 つまり、これでようやく退屈に殺されそうなぐだぐだの行軍は終わりを告げ……ここからは敵兵が尽きるまで延々と、愛刀が渇く間もないほどに血で血を洗う凄惨な殺し合いを繰り返すことになるのである。


「……随分と軍勢が集まってやがるな」


「幾つもテントが見え……いや、凄まじい数だな、アレ。

 遊牧民も集まってやがるのか」


 城塞を中心として広がっている連中を目にしたのか、ガイレウのヤツがそう呟くと……それに同意するように隻腕のダムダナが言葉を付け加える。

 こうして徐々にとは言え近づいて来れば見えてくるのだが、確かに城塞都市の周囲は牙の王へと侵攻部隊と避難民とが混じり合い、凄まじいことになっていた。

 牙の王討伐のための軍勢は兎も角、避難民たちが何故この場所にいるかというと……恐らくはダムダナの言うとおり、草原に暮らしていた遊牧民が牙の王の軍勢に追われ、保護を求めて集まってきたのだろう。

 目を凝らすと、己たちが使っていたテントとは少しばかり形状が異なる、遊牧民特有の円錐形のテントが幾つも並び、それらのテント周辺には馬や羊などが紛れ込んでいるのが目に入る。


(……なるほど、草原の盾(パル・ダ・スルァ)、か。

 よく言ったものだ)


 その城塞都市……草原の盾(パル・ダ・スルァ)は文字通り草原からの侵攻を堰き止めるための盾らしく、北の山脈がせり出してきたところの街道付近に造られているのが見える。

 城塞の南には幾重にも張り巡らされた土と木柵の城壁が並び……歩兵だろうと騎兵だろうと足止めを余儀なくされる造りになっているようだ。

 尤も、その防壁が今や避難民を堰き止める防壁になってしまっているのは皮肉というべきか。

 家畜やテントなんかの家財一式を捨てればあの防壁を超えられるのだろうが、そこまで踏ん切りがつかず……遊牧民たちは草原の盾(パル・ダ・スルァ)の周辺へと集まっているのだろう。

 そうしてその城塞都市を目指し、腰の丈を超すような草が広がる草原の中、唯一煉瓦で整備された幅員六メートルほどの街道を行軍しているのが今の己たちの現状である。

 一応、行軍当初はある程度整列していた軍もこの数日の内にいつしか縦一列の長蛇となっており、だらだらとした行軍に拍車をかけている。


「お前たちっ、遅れているぞっ!

 立ち止まるな、進めっ!」


 誰からともなく城塞都市を眺めるために足が止まった己たちを、唯一六本脚に鱗が生えた馬擬きに乗っていたお偉い騎士が叱咤するが……一度止まってしまった群衆はそう簡単には進みはしない。

 そんな空白時間のもどかしさに肩を竦めた己が天を仰ぎ、溜息を一つ吐いたその時だった。

 隣で同じように時間を持て余していたガイレウが、突如として詠い始める。


「今日もまた、死の山、雲に覆われて。

 翼の王は雲の中、死よりも深い、眠りに就きてっと」


「なんだ、それは?」


 歌というより俳句や短歌のような、音韻とリズムを合わせるようなその歌自体はどうでも良かったのだが、その最中に耳にした「翼の王」という一言だけは流石に聞き逃せず……と言うよりも、実際のところ動かなくなった行軍に飽き切っていた己は、暇潰しの意味も兼ねてそう訊ね返す。


「この辺りに伝わる民謡さ。

 死の山の頂上に住む翼の王。

 数百年前からの言い伝えでな……砦から北を開拓しようとすると、晴れた日に必ず翼の王が空より舞い降りてきて、何もかもを食い散らかすってな」


 そういうガイレウは草原の盾(パル・ダ・スルァ)の北側……頂上が雲に覆われて見えない、槍の切っ先のように尖った高い山を顎で指し示した。


(屍の王、炎の王、猿の王、霧の王、牙の王……そして翼の王、か)


 ようやくこの国を滅ぼそうとする六体の(ダウズハルト・アー)……その全員の名前を耳にした己は、まだまだ続くだろう激戦の予感に少しだけ身体を震わせる。

 剣の頂は未だに遠いとは言え……一国を滅ぼそうとする六王を全て我が剣にて打ち滅ぼせば、その頂の麓くらいには足を踏み入れられる、ような気がする。


「都市の北には柵も壁もないだろう。

 翼の王の伝承一つであのザマさ。

 流石の牙の王だろうと、翼の王の縄張りには足を踏み入れないらしい。

 俺の親父がこっち出身でね……言い伝えくらいは聞いているのさ」


 ガイレウの言葉に視線を向けてみれば、確かに城塞都市の北側にはそれなりの広さの草原があるにもかかわらず、そちらには土壁も木柵も築かれていない。

 だと言うのに、牙の王から逃げ出そうとする遊牧民たちですらその北側にある平原を通って逃げ出そうとはせず、城塞都市の南側に固まっているのだから、六王の一体である翼の王とやらがどれだけ恐れられているのかが分かるというものだ。

 

(面白い。

 そんな化け物に……己の剣が何処まで通じる?)


 天に向けて放たれた槍のようなその高い山を眺めながら、己は知らず知らずの内に愛刀の柄を握りしめていた。

 とは言え、今の己はしがない歩兵の一人である。

 隊を抜けて今すぐにその化け物退治のために山へと攻め込むことが許される立場ではない。


(……牙の王、ってのにも興味があるから、な)

 

 思えば、この国に来てから己も贅沢になったものだ。

 たった一度……あんな裏社会の賭け試合に身を投じてまで剣の上達を望んでいた若造が、今や殺し合う相手を選べるほどになっているのだから。

 尤も、そうして命を賭してギリギリの戦いを続けているというのに、未だに己は凡人の域をようやく少しだけはみ出した程度でしかないのだが。


「……おい、何かおかしいぞ?」


「……ん?」


 そんなことを考えていて上の空になっていた己は、近くを歩いていた隻腕のダムダナが放ったその声にふと我に返る。


草原の盾(パル・ダ・スルァ)の周囲の連中。

 騎兵が一人もいねぇ」


 続くダムダナのその言葉を聞いて己もそちらへと視線を向けてみれば……都市周辺には飼われているらしき馬擬きはいても、それに乗っているお偉いさんの姿は幾ら目を凝らしても見つけられなかった。


「へっ、騎兵って言や貴族と神殿兵だろ?

 どうせ城塞内でぬくぬくしてやがるのさ」


「阿呆。

 幾らお偉いさんが野宿を嫌うからって、あり得ないだろ」


 茶化すようなガイレウのその言葉を、ダムダナは眉をしかめて強い口調で否定する。

 そんな二人の声をなんとなしに聞いていた己は、不意にこの国の戦術のことを思い出していた。


(騎士の方々に敵を近づけぬようにすれば良いだけ、だったか)


 我々歩兵は槍を構えるだけの役割……つまりがただの肉壁であり、本命は騎士たちが使う天賜(アー・レクトネリヒ)による敵の撃破である。

 そして、そんな肉壁が逃げ出さないように戦場に縛り付ける役割も、やはり騎士たちによる天賜(アー・レクトネリヒ)という恐怖なのだろう。

 である以上、歩兵たちがある一定以上集まったなら、彼らの統制を取るために何人かの騎士が監視役として残っていなければならない。

 ……と、そこまでシビアな現実を理解しているかどうかは分からないが、従軍経験のあるダムダナは歩兵ばかりの中に騎兵がいない違和感に気付いたようだった。


「だから、何だってんだ?」


「……分からん」


 病人と見紛うガイレウの問いに、真剣な顔でデビデフがそう答え……ガイレウの身体がガクッと一歩踏み外す。

 どうやらこの隻腕の男はこういう真面目な顔をして間を外す……間が悪い天然ボケな体質らしい。

 しっかりとした答えを期待して聞いていた己も同じように脱力してしまい、何となく周囲にダラけた空気が流れていた。


「だが、何かヤバい気がする。

 全員、少しばかり注意を……」


 そんな己たちの脱力に全く気付いた様子もなく、デビデフがそう告げたその瞬間のことだった。


「お前たち、早く動けと……うわぁああああっ?」


 街道近くの草原ががさがさと揺れたかと思うと、馬擬きの上に乗っていた騎士が横合いから跳び出してきた『何か』によって、瞬く間に攫われていったのだった。


2019/01/07 21:45投稿時


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