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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:01「屍の王:前編」
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01-05


「……やれる、か?」


 百を超える死者の集団を前に、(オレ)がまず考えたのは「如何にして逃げるか?」でもなければ「勝てない諦めよう」でもなければ「せめて一体でも道連れにしてみせよう」でもなく……

 どうやって|この集団全員を斬り殺せるか《・・・・・・・・・・・・・》という、愚か極まりないモノだった。

 ……一対百。

 それは、言葉で表すならば簡単そうに思えるが、現実問題としては絶望的な差である。

 相手が死者の集団であるのは頭の片隅に置いておくにしても、こちらは生身の人間でしかない。

 僅かでも斬られれば痛みで動きが鈍る、攻撃が出来なくなる、動けなくなって死ぬ。

 人間とは……そういう脆弱極まりない生き物なのだ。

 だとしても、この己は……今の己は身元不明の死体(ジョン=ドゥ)でしかない。

 もはや命すらもなく、後先も打算も生死も恐怖さえも振り切って……未来さえ見失い、ただ剣を振るうことだけを考えれば良い存在に成り下がっている。

 

(……ああ。

 これこそが、己が生き長らえた意味、だ)


 そんな自分を自嘲しつつも……己は愛刀「村柾」の柄を握り直す。

 幾度となく読みなおした宮本武蔵の逸話にある、一乗寺下がり松の件で吉岡一門の数十人から百人ほどを斬り殺したというアレが体験出来るのだ。

 たとえこの場で命を失ったとしても、それはそれで仕方ないと考えた己は……周囲の様子を油断なく眺めながら前へと一歩を踏み出し、周囲を誘ってみる。


(おかしい、な?)


 だが、周囲の死者たちは己の動きに呼応する様子すらなく、遠巻きにこちらを眺めるだけ、だった。

 死闘の予感に浮足立っていた己が、反応のない死者共に苛立ち……連中を挑発するかのように前へ前へと五歩ほど足を踏み出した、その時。


『……勇者、だ』


『恐れを知らぬ、使い手』


『千を超す我らを一人で屠ろうとする、真の(バル)戦士(ダヌグ)だ』


 呼吸もしていない死者がどのように声を出しているのかは分からないものの……何やら彼らは彼らで己のことを評価してくれているらしい。

 そうしてざわめきが広がったかと思うと……道へと一人の死者が歩み出て来た。


『我が名は、アグレフト=アーディアラニ。

 戦士として、手合せ願いたい』


「ジョン=ドゥだ。

 ……口上など無用」


 その髭面の死者は、小手と胴と股間、兜に脛と要所のみを護っている鉄製の鎧と、細見の身体つきから察するに四十代後半ほどの……腕力よりも速度と技巧を誇るタイプの剣士、だったのだろう。

 手にしている武器は、己の持つ村柾とは逆側に曲がった曲刀……確かショーテルとか呼ばれる、南アフリカの何処かで使われていた武器に似ている、気がする。

 まぁ、その辺りを含めて……「初見相手の死合いの楽しさ」というものだろう。

 こちらをまっすぐに見つめてくる戦士の挑戦に、己は軽くそう笑って挑発を返す。

 礼儀も何もあったものじゃないが、どの道己はこの国の礼儀なんぞ中途半端に齧った程度でしかないし……だからこそ「そういうルールでの戦い」だと言外に意を込めたつもりだが。


感謝(アー・ミジャフ)っ!』


 幸いにして意味は通じたらしく……眼前の戦士は「神のたくさんの恵みに」、という感じの言葉を叫ぶと、己に向かって大きく踏み出してきた。


(早い、な)


 鉄製の鎧を着込んでいる割には早いその踏込みに、己は僅かに背後へ跳んで距離を取ると同時に上体を逸らす。

 直後、己の首があった辺りを、死者が振るった刃が風切り音と共に通り過ぎていく。


(間合いは、その程度か)


 武器の特性が読めなかったため少し大き目に回避をしたが……その斬撃一つを見ただけで、凡そ相手の力量は読めた。

 次は……己の番、だろう。


『よくぞ、躱したっ!

 だがっ!』


 返す刀で背後へと仰け反ったままの己を討とうというのだろう、髭面の戦士は刃を返すと身体を捻り、その場で先ほど通った斬線を真逆になぞる形で、そのショーテルらしき武器を振るってきた。

 ……尤も。


「……遅いっ!」


 剣術を志して十数年……己は今や身体の捻り、重心の動き、肩の位置、手首の返しを一目見るだけで、その軌道は読み取れる。

 また、武器の重さと体幹の使い方を見た直後であり……その切り返しのタイミングを計るなんて造作もない。

 だからこそ己は、軽く笑うと相手へと大きく踏み込み、その振るわれた刃の根本……持ち手を上腕部で押し留めてみせる。

 そして……


『……馬鹿、な、うぐぉおおおっ?』


 至近距離まで踏み込んでいる以上、相手の持つ刃は意味を為さず……己としては、そこから更に踏み込んで肩でかち上げるなど造作もないことだった。


「はははっ!」


 体重差が多少はあれど、勢いのついた己の体重を驚き戸惑った男に抗い切れる訳もなく……あっさりと力負けして己のかち上げを咽喉に受けた男は、崩れた体勢と揺れる脳とに慌て、もはや防御どころではない。

 その状況では攻撃も防御も出来る筈もなく……次の瞬間にもう一度踏み込み、身体を捩じるようにして放った(オレ)の横一文字は、戦士の両腕と首の半ばまでをあっさりと断ち切っていた。


(……少し、踏込み過ぎたか)


 村柾を正眼の位置へと戻し、息を整えて残心をとった直後……己は、自分のやらかしたミスを悔やむ。

 咽喉なんて一寸ほど切り裂けば確実に相手の命を奪えるというのに、二寸ほども切り裂いてしまったのだ。

 命の取り合いという土壇場での緊張のせいで、踏み込みにも斬撃にも思っていた以上の力が入ってしまったのだろう。

 一対一では僅かな差でしかないが、数人もしくは数十人を相手にする場合、その僅かな差が刃毀れや疲労を招き、行く行くは致命傷に繋がりかねない。


(今後の課題、だな)


 結局、己がそう結論を付けた頃……首を横一文字に断たれ崩れ落ちた戦士は、崩れ始め……その男とほぼ同じだけの塩となって消え去っていく。

 どうやら首を断つなどの致命傷を与えることで、あの世に返すことは可能らしい。

 

(おかしい、な?)


 確か、一晩付き合わされたあの老兵士の話では、死者の軍勢は殺しても死なない無敵の軍勢だと聞かされたのだが……

 もしかすると、最初に出て来た英霊の七騎士とやらが不死身であり、雑兵はただ死体として甦らされただけで、あっさりと殺せるのかもしれない。

 まぁ、どっちにしろ、己に出来ることと言えばただ一つ……この手の愛刀「村柾」で相手を切り裂くだけである。


『見事也、真の(バル)戦士(ダヌグ)よ。

 次は我……ダヌグ=ダグアラグが相手をしよう』


 仲間の滅びを見届けた直後に、一人の巨漢が前へと進み出てくる。

 戦士の名を持つその男は、名に違わぬ巨躯と鍛え上げられた筋肉……そして、その膂力で振るうのだろう両手剣を手にしていた。

 その構えは大上段。

 体格差を生かし、膂力を生かし、小賢しい技術や知恵比べなんざただの一撃で叩き潰してやろうという、実に戦士(・・)らしい構えである。

 

(本当なら、初弾を誘い、次の一撃が来る直後に踏み込み……)


 瞬時に己の頭脳は、この巨漢を相手にする際の勝筋を見出すものの……己はすぐさま首を振ってその考えを脳から追い出し……

 愚かと知りつつも、あり得ないと理解しつつも……眼前の戦士を真似るように、大上段の構えを取っていた。


(どうせ、一度は死んだ身。

 なればこそ、これほど見事な大上段を見せつけられて小細工に走るなど……まさに下種の極みっ!)


 ……そう。

 相手が絶大な信頼を置いているだろう大上段よりも早く、得物の差も体格の差も一切をねじ伏せる速度で真正面からこの刃を叩き付け、相手を切り裂き屠る。

 それが出来てこそ、死地に生を見い出してこそ……剣の極意が見えてくる、気がする。


「……いざ」


 馬鹿極まりない構えを取ったまま、相手の射程圏内ギリギリのところで放った己のその一言に、眼前の戦士も同志を見つけたような笑みを浮かべると……


『尋常にっ!』


 お互いが吼えたその一言が、戦いの始まりを告げる鐘となった。

 踏込みはほぼ同時。

 リーチの差は、踏込みの速さと得物を振り下ろす速さで補う。

 体格差は……二人とも必殺の刃を持っている以上、当たれば同じっ!

 決死の覚悟で解き放った己の大上段は、巨漢の戦士の放った両手剣が俺の頭蓋を叩き割るよりも遥かに早く、甲冑ごとその腕と左肩とを袈裟斬りに斬り裂いていた。


『……見事』


「……は、はは、ははっ。

 届い、たっ」


 勝因を強いて挙げるなら、相手が己の踏込みの速度を読み違ったことと、己の村柾が鉄製の甲冑を切り裂くことを計算に入れてなかったこと、だろうか。

 恐らく、この戦士(ダヌグ)という男は、甲冑を着込んで鋼鉄の剣で叩き合う……言わば西洋剣術に慣れ親しんでいたと思われる。

 だからこそ、鉄製の鎧を身に着けていない己の速度と、薄い鉄の甲冑すらも切り裂く日本刀の切れ味が、ダヌグという巨漢の予想をあっさりと飛び越えることとなったのだ。

 尤も、斬鉄なんて馬鹿な真似、今まで練習したことなどある訳もなく、出来るかどうかなんてただの賭け……つまりが、圧勝に見えても実は紙一重の勝利だったりするのだが。


「ちっ」


 そうして傷一つなく勝ったとは言え、こちらに損害がない訳ではない。

 斬鉄なんて無茶をしでかした以上、村柾の刃は歪んでしまい、今までと同じような切れ味は期待出来ないだろう。

 そんな致命的な損害を抱えたにも関わらず、己はまだ千を超えると言われる死者の軍団の、僅か二人目を屠ったに過ぎないのだ。

 このままじゃ、たとえ一対一が続いたとしても……その内、村柾がなまくらへと変貌し、武器の差で押し切られて屍を晒すことになりかねない。


「くそっ、どこまで、やれるっ?」


 とは言え、限界を知りたい己としては、この程度で退く気にはなれない。

 たとえ自分が愚かだと理解していても……己は、限界を超えるためにあの幾何学模様の誘惑に乗ったのだ。


(この試練に背を向けて逃げ出すなど……出来る訳がないっ!)

 

 己はそう内心で決意を固め、愛刀「村柾」を握りしめ直す。


『……まさに、勇者、だ』


『恐れを知らぬ、使い手』


『千を超す我らを一人で屠ろうとする、真の(バル)戦士(ダヌグ)っ!』


 死者の群れは何処かで聞いたような呟きをもう一度繰り返したかと思うと……先を争うように己の方へと近づいてくる。

 それでも一斉にかかって来る気配は見せず、誰がまず最初に襲い掛かってくるかをお互いに競い合っている感じではあるが。


(さぁ、楽しくなってきた、な)


 己は先ほど手にした勝利の余韻に……渾身の一撃で運命を切り拓いた実感に酔いしれながらも、次の相手が襲いかかってくるのを愛刀「村柾」で迎え撃つべく、前へと一歩を踏み出したのだった。


2017/09/05 20:09投稿時


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