04-22
「情けない。
……もっと材料があればのぉ」
野営地で自らの作った料理を味見したフィリエプの爺さんはため息混じりにそう呟く。
料理を爺さん一人に任せてテント張の作業をしていた己たちには、この老人がどういう工程で料理を作ったのかは分からないが……それでも干からびた塩漬け肉と周辺の雑草、そしてヌグァを煮ただけの料理は、材料からは想像できないほど美味そうな匂いを放っている。
「おいおい、これだけの味が出せりゃ十分だろうがよ、爺さん」
「そうだぜ、昨日のクソみたいな飯と比べると、嘘のようだ」
己と爺さんと同じ班となっている細長く病弱な青年であるガイレウと、隻腕のダムダナという中年の親父が料理を手に口々にそう言うが、爺さんは未だ自分の料理に納得できないらしく一口つける度に首を傾げている。
(……確かに、昨日と比べると断然に美味い。
だが、クソみたいなってのは余計だろうが)
己も出された料理を口に運び、その味付けに目を丸くする。
昨日口にした料理とソレと材料だけは丸っきり同じの癖に、その味は全く別物になっていたから己が驚いたのも当然だろう。
尤も、昨日は訓練と行軍で誰も彼もが疲れ切っていて、この剣術バカの己が料理する羽目になったものだから……まぁ、正直に言って「喰えたものじゃない」と評されるのは仕方ないとは言え。
それでも、良かれと思ってやったことにケチを付けられると、幾ら料理下手を自覚していても少々腹立たしいのは事実である。
一瞬で胃の中へと消えた椀の中身から未練を断ち切りつつ、己は要らんことを呟いた二人に「なら、お前らはどうなんだ?」という視線を向ける。
「生憎と俺は薬草だけには詳しくてね。
俺が作ると薬膳になるぜ?
……健康は兎も角、味は保障しないがな」
「オレはこの腕だからなぁ。
一人分なら出来んことはないが……」
二人の口から出た言い訳はそんな感じで……まぁ、ようするにこの二人も料理技能ではそう大差ない訳だ。
尤も、一人はずっと病弱の身だったガイレウで、もう一人は隻腕のダムダナなのだから、勝ち負けを争ったところで何の意味もない訳だが。
「で、べスバス。
……おっさんは大丈夫なのか?」
「お、おう。
もう、少し、したら、動ける」
五人一班の最後の一人……料理の横でぶっ倒れているべスバスという名の五十過ぎの痩せこけたおっさんに己は話しかけるものの、おっさんは横たわったままそう呟くだけで料理すら食えないほど疲労困憊の有様だった。
とは言え、無理はないだろう。
このおっさん、炎の王の眷属によって毒を喰らい内臓がほぼ腐っているのだとか。
まぁ、動けて歩けるくらいだからすぐさま命に別状はないのだろうが……正直に言って激しい運動が出来る体調ではない。
(こんなのまで戦場に駆り出すのかよ、この国は……)
尤も、基本的にこの班分けは突出した戦力が出ないように班ごとで戦闘力が平準化するべく並べている……つまりが、健康で武術の心得のある己が入っているから、他は戦力ならない連中を詰め込んだようなのだ。
(要するに健康なヤツが面倒を見ろ、って訳だ)
そうして周囲を見回してみても、誰も彼もが死を覚悟……と言うより、何もかもを諦めきった表情を浮かべている。
何しろこの部隊、ろくに戦えるヤツがいない、というか、明らかに肉壁にしかならない連中を詰め込んでいるのが明白であり……
「……これが、この国の戦術、か」
徴兵に来た兵士が叫んでいたのを思い出し、己はそう小さく嘆息する。
実際問題、この国では戦力として数えられるのは騎士と神殿兵が持つ天賜であり、徴兵された町民による個々人の武力なんざ全く期待されていない。
だからこそ槍を持って並ぶだけの……騎士たちが数の暴力で押し潰されないように、敵を足止めするための肉壁としての役割だけを、己たちは命じられているのだ。
そうして全く戦力として期待されていない、奇跡ではない剣技を至上とする己としては、徴兵された肉壁の一人として槍術を見せつけ……武術を舐めたこの国の騎士や神殿兵たちの認識を改めさせようと密かな野望を抱くのだった。
「さて、みんな寝静まったな、っと」
そうして飯を食い終えた己たちは、テント内で休息を取り……そんな中、己一人だけは班員たちがテント内で寝転ぶのを見届けた後、忍び足で野営地から少し離れた場所へと向かっていた。
正直、現代日本で生まれ育った己としては、電気すらないこの国の「日が暮れたらもう寝る」という生活ペースには未だに馴染めてなかったりする。
だからこそ己は誰も彼もが寝静まる頃に集団を離れ、眠るまでの暇つぶしを兼ねて槍術の鍛練を行おうと思いついたのだった。
幸いにして今日は月も出ていて、歩く程度の明かりには事欠かない。
「……槍なんて、師匠からちょっと手解き受けたくらいだからな」
そうして人気のない広場へと辿り着いたところで、己はあまり手に馴染まない槍を構えると、虚空に向けて二度三度と繰り出す。
本当に自分の才能の無さが分かるほどその突きは無様なもので……突き出した切っ先は思った位置から鉛筆一つほどの場所がズレていた。
しかも脇の絞め方が甘いのか軌道が僅かに右へとブレる有様で、こんなの愛刀「村柾」を突き出す時にはあり得ず……己の槍術なんて素人よりわずかにマシな程度だと再確認してしまう。
素直に言って、このザマでは次に出会う六王を相手にしたところで歯牙にもかけられないだろう。
勿論、最後の最後には最も信頼できる愛刀を手にすることになるのだが……これからしばらくは軍人として活動する以上、槍でも弓でもそれなりに使えなければ武芸者として恥をかくことになる。
それに何より……天賜なんぞに頼り切っているこの国の連中に、武術の凄さ・奥深さを見せつけてやりたいという欲求もある。
(……牙の王、か)
槍の軌道を一突きごとに確かめつつ、己は記憶を掘り起こす。
行軍中に周囲から聞こえてきた噂話によると、牙の王というヤツは配下の獣を操ることで草原で放牧していた家畜を喰らい尽くし、家畜ばかりか人々に牙を剥き、幾度にも渡る討伐軍すらも退けたほどの、軍を超える戦闘力を持つ王……「神に依らず権威を簒奪せし者」だという。
だからこそ聖都のお偉いさん方は数には数をと考え、聖都にいる従軍に耐えられる連中を片っ端から送り出そうと画策したのだろうとその噂を口にしたヤツは推測していた。
(……お偉いさんは、数字だけで見ているんだろうな)
百数十人規模とは言え、一緒に行軍していて分かったことではあるが……この軍は成人男子を一定数かき集めた「だけ」の代物である。
そんな連中の中で過ごしていると何となく分かるのだが、士気もなく練度も低いこの部隊は、恐らく夜襲とは言わずともごく少数の敵に奇襲をかけられただけであっさりと瓦解するだろう。
実際、己が訓練で覚えたことと言えば、横並びの隊列、槍を構える、前進と後退……銅鑼の合図でその四つの動作を行うことだけなのだ。
訓練をしていない以上、奇襲によって混乱させられた状態から素早く復帰なんて出来よう筈もなく。
その挙句、半数は行軍すら儘ならない老人と傷病人で数を揃えているだけの、軍とは名ばかりの街の人の群れであり……こんな連中を率いたところで勝つどころか、そもそも戦いにすらならない可能性が高い。
「それでもせめて己くらいは兵士として……武芸者として恥ずかしくないくらいにはならないと」
正直に言うと、己は今まで槍術ってものに興味を持てず、師匠に基本動作は叩き込まれてはいても、本格的に鍛練をした経験なんてなかった。
だが、こうして兵士としての戦場に立つ以上、せめて人並みに槍を使いこなせる体裁くらいは整えないと、畑違いとは言え武芸者としての沽券に係わる。
そう考えた己は、手に取った槍で近くの枝を跳ねあげると、宙に浮かんだソレへと槍を連続で突き出す。
横薙ぎ袈裟斬り逆さ袈裟……剣術の応用で振るってはみるものの、やはり思っている軌道と髪の毛数本分ほどのブレがどうしても出てしまう。
己の身体が剣術に特化している所為とも言えるソレは、だけど実戦では致命的な誤差となり得る。
(……剣で戦えると楽なんだが)
己は内心でそう呟くと、手に構えていた槍を地面に突き刺し……
「……なぁっ!」
直後、腰に差した愛刀「村柾」の柄に手を伸ばすと、鞘走らせた速度のままに切っ先を放ち、近くの茂みから跳び出してきた獣一匹の首を叩き斬る。
それほど得意でもない居合ではあるが、それでも直線軌道で飛びかかってきた動物の、脊椎を叩き斬る程度は容易く……皮一枚を残して首を両断されたその獣は、周囲に鮮血をまき散らしながら数歩歩くと、そのまま横倒しに倒れて動かなくなる。
(……牙獣、だったか)
ソレは、いつぞやの野宿中に襲い掛かってきた六本脚で鱗の生えた、ワニのような顎をした四つ目の獣で……脊椎を断たれ首から下が動かなくなったにもかかわらず、その生き物はまだ息絶えることもなく、ガチガチとその大きな牙を鳴らしている。
声帯ごと叩き斬ったのが良かったのか、特に鳴き声をあげることもせず顎を開閉させるその生き物を己は見下ろしつつも、周囲への警戒を怠ることなく三度ほど呼吸を続け、追撃がないことを確認した後に息を大きく吐くと愛刀の血振りを行う。
直後に懐紙で愛刀を拭うのだが……こうして触ってみると、慣れてない割にさっきの居合は会心の出来だったようで、脊椎の骨と骨の間を上手く抜けるように切っ先が走ったのか、刃毀れ一つしていないのが分かる。
(少しは上達したか。
いつでも達人の領域を発動できるようになってきた、気がするな)
まだ自由自在とはいかないものの、戦いに入る時の集中力が以前と明らかに違う、気がする。
少なくともこうして不意を打たれた時ですらも、敵がスローモーションに見え、その軌道をしっかりと見切ることが出来るようになったのだから。
「さて、そろそろ休むとするか」
牙獣を屠ってから愛刀を数十回ほど振っている内に、現代日本で暮らしていた己も眠気が訪れる時間帯になってきた。
幾ら病弱な連中に合わせた呑気な行軍でそう疲れることのないとは言え、それでもいつ戦闘になるか分からない以上、ゆっくりと眠って体調を万全に保つことも剣士として当然配慮すべき事項である。
己はそう判断すると愛刀を鞘へと納め、近くに突き刺したままの槍を抜くと、自分たちのテントの方へと向かい始めた。
(あのテントの欠陥は、べスバスの体臭がキツイことと……爺さんの鼾がやかましいこと、だな)
先日辟易させられたその二つに己は嘆息するものの……呉越同舟となった身で、そう何もかもに文句を言うのも我儘だろう。
己は一つ大きなため息を吐くと、そんな覚悟を決め、ゆっくりとテントの天幕をめくって中に潜り込むと、所狭しと転がっている戦友たちの身体を踏まないように注意しながら自らの寝床へと向かうのだった。
2019/01/05 21:41投稿時
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