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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:04「牙の王:前編」
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04-21


(軍ってのは……意外と呑気な組織なんだな)


 ヌグァ屋のおっさんの代わりに徴兵された(オレ)は、支給された槍を担いでだらだらと歩きながら、そんな感想を抱いていた。

 同じく支給された革製の鎧と兜は、さほど重くはないものの……衛生面と言い性能と言い、あまり好き好んで身に付けたいモノではなかった。

 背負っている背嚢には替えの衣類と毛布、包帯なんかが入っており、腰には皮で出来た水筒をぶら下げてある。

 そして、そんな己の周囲には同じ鎧兜を身に着けた野郎共が百数十人ほど、己と同じようにだらだらと長蛇のように連なって歩いていた。

 ちなみに背後の方には食料を積んだ牛擬きが十匹程度並んでいて、その世話役が更に十人ほど並び、それぞれが特に規律もなく連なって歩いているというのが、己が所属しているこの軍の構成である。

 尤も、己がこの軍に参加してからもう三日目。

 周囲の連中にやる気がない理由も、軍の歩みが遅い理由すらも分かって来てはいるのだが。


「ええい、お前たちっ!

 もっと早く歩かんかっ!」


 己の前方数十メートル先にいる、一人だけ馬に……六本脚で鱗と双角が生えているアレを馬と呼ぶのであればだが……その馬っぽい生き物に乗っている貴族様は、声を枯らしてまでそう怒鳴っているもものの、その効果は全く上がっていなかった。

 ……それもそのはず。

 この部隊は、あの片足が義足になっているヌグァ屋の親父を引っ張り出そうとしたのと同じように、街中から数合わせのために無理やりかき集めて来た連中で構成されていたのだ。

 そもそも五体満足の人間が少ない上に、無理矢理戦場に駆り出された挙句、重い装備や背嚢を背負わされて嫌々歩き続けさせられる……そんな有様だから戦場に早く出向いて手柄を立てようなんてやる気のあるヤツなんざいる訳もなく。

 当然のことながら……そんな部隊が真っ当に動ける訳がない。


「よぉ、ジョン。

 まだ余裕があるか?」


「どうした、ガイレウ。

 己なら、この程度問題ないぞ?」


 そんな行軍の中で隣から声をかけて来たのはガイレウとかいう変な名前の男だった。

 傷病兵と老人ばかりのこの軍の中で珍しく五体満足な男であり……まぁ、勇ましそうな名前と顔の割に、身体は貧層極まりないヤツなのだが。

 同じ班……この軍では五人一組で一班という体制になっているのだが、コイツとは同じ班になったのが縁で、こうして話す程度の顔見知りにはなっている。

 ちなみに、ここまで歩いてきた最中に勝手に語りかけてきたガイレウの話を、聞き流し切れずに覚えている範囲で短くまとめると、数日前までコイツは不治の病に侵されていて、余命いくばくという有様だったのだとか。

 だと言うのに、先日、枯れかけていた井戸が復活した奇跡があり、その水を飲んだら奇跡的に病が治ったらしいのだが……奇跡に次ぐ奇跡という奇跡の大安売りの所為か、(アー)のご加護を連呼されて辟易したのはまだ記憶に新しい。

 まぁ、病が治ってもすぐさま戦場に送られたのでは、その奇跡は本当に良い奇跡だったのかと疑ってしまう己だったが……それ以上にガイレウの身に起こった奇跡が、何処となく聞き覚えのある単語が乱立していることが気になったこともあり、その話題を追及する愚を犯そうとは思わなかった。


「なら、フィリエプ爺さんの荷物、持ってやれないか?

 あの爺さん、そろそろ倒れそうだ」


「ああ、分かった。

 ついでにヤバそうだったらお前のも持ってやるぞ?」


 そんな軍の中だから、五体満足どころか剣を振るうために鍛え上げている己だけが体力的に突出してしまうのは仕方のないことであり……歩くだけでもギリギリの連中数人の荷物は必然的に己が持つことになる。


(まぁ、鍛練としては良いんだが)


 一人分の荷物が十キロと考えても、五・六人分くらいのを担いで歩き続けるとなると身体にかなりの負荷がかかる。

 延々とこんなことを繰り返していると体幹が狂ってしまうので、そう長く続ける気はないのだが。


(……それにしても動きが遅いよな、軍ってのは)


 数人分の荷物を担ぎ直して歩きながら、己は内心でそう嘆息していた。

 実際、あの徴兵の日から三日も経っているというのに、己たちは未だに聖都から十数キロの場所をうろうろしているのだ。

 確かに最初の一日は武器の支給と配置で、二日目は街から出てすぐに行軍と命令の練習に使ったということもある。

 それでも、これからまだしばらくの間、この遅々とした歩みの行軍に付き合わされ続けている思うと流石にストレスが溜まってくるというものだ。


(盗賊も出そうにないし)


 どんな馬鹿な盗賊だろうと、軍を狙うほど愚かではないだろう。

 だからこそ己はこうして仲間の荷物を担いで筋トレするくらいしか出来ない訳だが。

 そうこうしている内に日は傾き始め……地球時間で言うところの四時、くらいになっただろうか。


「くそっ、限界かっ!

 この先の川辺にて野営の準備を行うっ!」


 馬擬きの上で喚き続けていた騎士のおっさんが、口惜しげな声でそう叫びを上げ……その号令でようやく行軍という重労働から解放されたというのに、誰も歓声を上げようともしない。

 いや、その体力気力すら残っていないのだろう。

 先にあるという川辺の野営地へと急ぐどころか、その場でへたりこんでいるのが十数人もいる始末なのだから。


(本気で大丈夫なのか、この連中)


 己にとってはこの軍が勝つか負けるかは正直どうでも構わない。

 だが、牙の王によって軍が壊滅した後、ただ一人愛刀「村柾」を手に牙の王を屠ることが出来るならば、自分の力が一騎当千に値する証明となるだろう。

 尤も……だからと言ってこうして関わり合いになった連中を見捨てるのは、少しばかり寝覚めが悪いのも事実なのだが。


「……ガイレウ。

 荷物を持って川辺まで行ってくれ。

 己はフィリエプの爺さんを担ぐ」


「悪いな、ジョン、頼むわ。

 ……この連中、放っておいたら此処で死にそうだ」


 数日前まで病弱だったという割には、ガイレウというこの男は見た目は兎も角それなりに頑健で、五人分くらいの荷物を平然と担いで持っていく。

 ……手と膝がぷるぷると震えているのは武士の情けで見ないことにしておくが。


「おい、爺さん、掴まれ。

 野営地までもうすぐだ」


「すまんのぉ、若いの。

 孫の代わりと張り切ってはおったんじゃが、歳には勝てんでのぉ」


 そんなことを言うフィリエプの爺さんを肩に担ぎ、ついでに倒れ込んでいた他の班所属の足のない若者の襟首を掴み、更にへばっている縁も所縁もない爺さんたちの荷物を三つほど持つと、己はそのまま野営地へと歩いていく。

 他人なんてどうなろうと知ったことじゃないのが己の信念……と言うか、他人に関わる余裕なんてないのが実情ではあるが、それでも一度は同じ釜の飯を食った仲だ。

 放っておくのは忍びない。


「流石に若いと違うのぉ。

 とは言え、借りを作りっぱなしはしょうに合わんのじゃ。

 せめて……飯炊きくらいはやらせてくれんか?」


「ああ、頼むぜ爺さん。

 己はそっちはからっきしだからな」


 とは言え、爺さんも全くの無能かというとそんな訳もなく……大昔に料理屋をやっていたらしいフィリエプの爺さんはよほど料理に自信があるのか、そんな提案をしてくる。

 まぁ、昨日の夜に己が作った料理と比べると、子供が作った料理の方が遥かに美味く仕上がるとは思うのだが。


「なぁ、爺さん。

 この戦いが終わったら、しっかりとした材料で最高の料理を食わせてくれ」


 だから、だろう。

 気付けば己の口からは、背中に担いだままの老人に対して、そんな言葉が零れ出ていた。


「……ああ。

 運よく、生き延びることが出来たら、のぉ」


 対する爺さんの答えはそんな……自分の死を覚悟し、もう生き延びることなんて叶わないのを理解した上で優しい嘘に漬け込んだ言葉で出来ていて。

 己はそれ以上何も言うことが出来ず、ただ右肩に圧し掛かるその重みを意識しないよう剣術のことだけを考えつつ、野営地へと足を運ぶのだった。


2019/01/04 22:22投稿時


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