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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:04「牙の王:前編」
66/130

04-20


(……やっぱ、そういうこと、なんだろうな)


 そうして煉瓦敷きの道を歩きながら、(オレ)はようやく自分が何故この世界に放り込まれたのかについての結論を導き出していた。

 何しろ創造神(アー)は過去の剣豪である宮本武蔵らしき人物……真偽は兎も角、己が手も足も出ないほどの格上の剣豪を具現化できるほど、絶対的な存在なのだ。

 だけど……選ばれたのは達人未満でしかない己である。

 夢の中でとは言え、散々斬り殺された記憶も新しい己は、石畳を歩きながらもその理由を考えていたのだが……


(恐らく、死を超えるほどの妄執を持つ馬鹿なんてそういない、ってことだろうな)


 幾ら宮本武蔵だろうと、佐々木小次郎だろうと柳生十兵衛だろうと、項羽だろうと関羽だろうと呂布だろうと……まぁ、歴史に名を連ねる最強の連中であったとしても死の恐怖からは逃れられないし、六王なんて特性も能力もバラバラの強敵を相手に戦い続けるならば、それらの最強の誰かであっても、一度や二度の死は免れないのだろう。

 だからこそ、死んでも落ち込まない、死の苦痛に怯まない……いや、「恐怖を超えるほどの妄執を抱えている」己が……。

 はっきりと言葉にしてしまえば、エーデリナレが言うところの「狂っている」「頭のおかしい剣術馬鹿」こそが、(アー)の尖兵として選ばれてしまったのだ。

 

「ま、理由なんてどうでも良いか」


 あの創造神(アー)にどんな意図があったなんてどうでも構わない。

 己がこうして命懸けの戦場に出て、生と死の狭間で存分に愛刀を振るう機会に恵まれる。

 それこそ、己が延々と求め続けていたモノ、なのだから。


「……ん?」


 そんなことを考えながら歩いていた己は、不意に陶器が割れるような音によって意識を現実へと叩き戻される。

 慌てて視線を上げてみれば……そこはいつものヌグァ屋で。


「ええいっ!

 抵抗するなっ!

 とっとと歩けっ!」


「ま、待ってくださいっ!

 私はもうこの通り、足をっ!」


 そんな騒ぎに視線を向けてみれば、どうやら話の長いヌグァ屋のおっさんを、帝国の兵士らしき二人の男が店から引っ張り出そうとしているようだった。

 ことの是非は良く分からないが、少なくとも膝から先がないおっさんでは抵抗も難しく……いや、兵士たちの権限を前に逆らうことすら出来ない、らしい。


「知るかっ!

 この区画で五人の兵を集めろよ命令されているっ!

 他には歩くことも出来ん怪我人しかいないっ!

 ならば貴様を連れていくしかないだろうっ!」


「そんなご無体なっ!」


 話を聞く限り、兵士たちの言葉は無茶苦茶以外の何物でもなく、ヌグァ屋のおっさんが悲鳴を上げるのも無理はない。

 何しろ、兵士たちの対応はお役所仕事そのもの……役に立つ立たないとか、戦いに勝つためにどうのこうのではなく、「そう命令されたから、言われた通りに頭数だけ揃える」というものなのだから。

 そして、兵士たちが行っているのがお役所仕事だからこそ、泣き落としも説得も通用しない。

 傷病を理由に役に立たないと訴えたところで、彼らはただ杓子定規に頭数を揃えることしか考えてないのだから何の意味もない。


「貴様はただ槍を手に持って、戦列に加われば良いっ!

 騎士の方々に敵を近づけぬようにすれば良いだけだっ!」


「既に神殿兵(ハルセルフ)の手によって南の地で猿の王が討たれたとの情報もあるっ!

 神官のみに手柄を全て奪われては、帝国軍の面子が立たんっ!

 我らだけの力で、何としても牙の王を討たねばならんのだっ!」


 微妙に説明臭い……と言うより、帝都のど真ん中でこれだけ騒ぎを起こせば注目が集まるのは至極当然であり、お役所仕事しか出来ない兵士たちであっても、心証を良くするため必死に野次馬たちに言い訳をしている、のかもしれない。

 実際、傍観している己の周囲にもおばちゃんたちや老人、それに手足をなくしたおっさん連中が並び、この徴兵の一部始終を眺めている。

 何というか、この場所は己にとって非常に居心地が悪い。

 何しろ……


(あ~、この騒ぎは、己が猿の王を討ったから、か)


 考えてみれば、屍の王は水を堰き止めているものの北の霊廟から出て来る意図はなかった。

 東の炎の王は増水した河に堰き止められ聖都へは攻め込めない。

 南西の猿の王は己が討ち果たし、南東にいるという霧の王は海から出て来る気配はない。

 もう一体いる筈の六王は己の耳に入ってないくらいだから、それほど活発には動いていないのだろう。

 つまり今現在、聖都の脅威となっているのは西の牧草地で暴れ狂っているという牙の王だけであり……動員できる全兵力をもって牙の王を討とうとするのは、当然の戦略。


(……牙の王、か)


 生憎と寡聞にしてどんな存在かを耳にしたことのない己だったが……最強の死せる騎士たちを配下としていた屍の王、肉体の一部を巨大な毒百足と変化させていた炎の王、臓腑を蔦と化し猿擬きたちを狂気に駆り立てていた猿の王。

 それら圧倒的強者だった六王たちと肩を並べるほど強い、とんでもない存在なのだということだけは分かる。


(エリフシャルフトの爺さんが言うとおり、霧の王に挑むつもりだったが……)

 

 正直に言って六王全員をこの手で屠ろうというのだから、順番が多少狂ったところで構わないだろう。

 そう決断した以上、己の行動は早かった。


「まぁ、そこを勘弁してくれませんかね、兵士の方々」


 時代劇で出てくる身分を隠した若殿のような……とは生憎と演技力の問題で難しかったようだが、兵士に対してそれなりの敬意を表している若者、らしい態度はとれたと思う。

 尤も、その下手な謙り方が慇懃無礼になった感は否めないが。


「何だ、貴様はっ!」


「用のない者は下がっていろっ!

 妨害するならば牢にぶち込むぞっ!」


 そして、当然のように横入してきた阿呆に対するこの手の役人の対応は教科書通りだった。

 即ち……権威を振りかざす、だ。

 その権威ごと叩き斬ってやっても……帝国の兵士たち相手に斬った張ったをやるのもそれなりに楽しそうではあるが、それなりに世話になっている以上、エリフシャルフトの爺さんの面子を潰すことは流石に少々気が咎める。

 それにそもそも己の目的は、お喋り好きなヌグァ屋の親父を助けること、だ。

 勿論、牙の王に挑むついでにではあるが……その辺りの細かい動機はどうでも良いだろう。

 だからこそ己は、この場に乱入する前に考えていたとっておきの嘘を口にする。


「その者の娘婿ですよ。

 義父の代わりとして、自分を兵士にしてもらえませんかね?」


 その嘘の効果は抜群だった。

 ……少なくとも書面通りに徴兵に来ただけの木端役人共にとっては。


「ほぉ、家族思いの孝行息子、という訳か。

 良い婿を持ったな、おっさん」


「ああ、美談とも言える。

 そういうことなら我々も不服はない。

 五体満足で勇気のある、健康な若者は大歓迎だからな」


 恐らく、この連中は一家……いや、聖都のこの地区内で何人というノルマを与えられていただけ、なのだろう。

 だからこそ、己という餌にすぐさま食いついてきた訳だ。

 己が言い放った血縁の真偽すら確かめることもなく……もしかしたら、この神聖帝国では戸籍や人別帳みたいなものは存在せず、真偽を確認することすら叶わないのかもしれないが。


「ま、待てっ!

 その男はっ、その人は別にっ?」


 突然降って湧いた「徴兵から免れる」という幸運を……己という一介の客を犠牲にしたその幸運を享受できなかったのだろう。

 ヌグァ屋の親父は慌ててそんな叫びを上げようとして、己が口の前に指を置く「黙っていろ」という仕草を目の当たりにして口を噤む。

 当たり前ではあるが、自らの良心のためだけに命を投げ出せる人間なんてそうはいない。

 だからこそ、己の行動が美談なんて言われる訳であり……尤も、己の目的自体が殺し殺される戦場に身を置くことなのだから、実際のところは美談ですらないのだが。


「か、帰ってきたらっ!

 帰ってきたら、最高のヌグァを用意するっ!

 約束通りのっ、娘との婚儀もだっ!

 だから、帰って来いよ、あんたっ!」

 

 背後からかけられたそんな声に対し、己は振り返ることもなく片手を上げて応え。

 この土壇場で己が口にした「適当な設定」を周囲に言い聞かせる辺り、ヌグァ屋の親父にしてはなかなかの役者だなんて感想を抱きつつ。

 そのまま(アー)(ハルセルフ)としてこの国へと呼ばれた己は、一介の兵士として軍に参加することになったのだった。


2019/01/03 23:00投稿時


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