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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:04「牙の王:前編」
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04-18


 ダヌグ少年の指導をそれっぽく……(オレ)は弟子なんて取ったこともないのだから、どう頑張っても師匠に教わったことを「それなりに」しか教えられない訳だが、今の自分に出来る精一杯を教えてやった、その後。

 神殿の質素ではあるものの量だけはある食事を腹いっぱい平らげた己は、神殿に部屋を借り……寝床を共にするべく這い寄ってくるダヌグ少年を口八丁で何とか追い返し、そのまま力尽きるように床についた筈、だった。

 だと言うのに……


(何処だ、此処は?)


 気付けば己は、何もない真っ平らな白い大地の上に大の字で寝転んでいたのだ。

 己の身に起こった理不尽なその出来事に、己は慌てて手元の愛刀「村柾」を手にし……息を一つ吐き出すと冷静さを取り戻す。

 どんな超常現象に見舞われようとも(コレ)さえあれば己は何とかソレを解決することが出来る……と言うか、愛刀がなければ何一つ出来ないのがこの己という人物なのだが。


(この景色、見たことがある。

 確か、己が最初に死んだ時……つまり、創造神(アー)の……)


 そう考えながらも己は、愛刀の鯉口を切って居合の構えを維持しつつ、周囲を油断なく睨み付けていた。

 尤も、ようやく刀を構えることで脳みそに血流が回ってきたお陰か、何故この超常現象が起こったのかは何となく理解していたのだが。


(コレは、恐らく(アー)の……)


 ……そう。

 この無機質で平坦な、飾りっ気すらない幾何学的模様の空間こそ、己を生き返らせてあの国へと送り込んだ元凶にして恩人……創造神(アー)の領域。

 つまり、己をここに呼び出したのはあの幾何学的模様の創造神であり……


「六王の一人を討ったご褒美、って訳か。

 ……意外と優しいんだな、あんた」


 軽く瞬き一つした次の瞬間、眼前に現れていた球体と円錐との複合体……まさに『ソレ』としか呼びようのない幾何学的物体に向けて、己は気安くそう呼びかける。

 実際問題……死人を生き返らせ異世界へ渡らせるという奇跡をなし得たこの(アー)の前に、常識を持ち出したり一々驚いたりすること自体が無駄な努力というものだろう。

 以前と同じように、そんな己の呼びかけを完全に意にも介さず、アーとか呼ばれているこの超常の存在は、抑揚のない声で己に向けて言葉を発する。


『さぁ、分かっているだろうが、これこそが褒美だ。

 今のお前なら、五十回くらいは斬られても問題あるまい。

 存分に楽しむが良い』


 本当に己に向けて発せられたか分からない、その幾何学的模様の声は相変わらずこちらの反応を気にした様子もない……正確には、己の思考や対応までもを「既に知っている」ような抑揚で、己としては抗うことも意を挟むことも出来ず、ただそれを受け入れることしか出来なかった。

 ……いや、正しく言うならば褒美が望外過ぎて『受け入れざるを得ない』のが正解か。


「……マジか。

 今日からあんたを信仰しても良いぜ、(アー)ちゃんよぉ」


 気付けば己の口からは、そんな感謝の言葉が自然と零れ落ちていた。

 ……何故ならば。


「……ああ、本当に神に感謝を、だ」


 気付けば己の眼前には、腰に大小の日本刀を履いた、髭面をした己よりも僅かに小柄な和服を着た一人の中年男性が佇んでいたのだから。

 隙のない立ち居振る舞い、見事な正中線、腰の大小をいつでも抜ける位置にありながら完全に脱力している両の手、こちらの隙を窺うように睨み付けてくる常人ならざるその眼光、ボロボロの和服の下に隠れているだろう極限まで発達した身体中の筋肉……

 顔は知らないし、この男がそうとは限らない。

 だけど……己の剣士としての経験と勘が、その立ち居振る舞いが、この眼前の男こそが現代日本にまで伝わっている中でも、最強の剣豪の一人であると伝えている。


(恐らく、宮本、武蔵っ)


 コレが本物か偽物かなんて分からないし、判断のしようもない。

 それでも、己を生き返らせるなんて超常現象を起こせる(アー)のことだから、歴史上あっただろう存在を複写し、この空間へと持ってくる程度、造作もないことなのだろう。

 それに、眼前のこの男は凄まじく強い剣豪だなんて一目で分かる上に……たとえコレがただの複製品に過ぎないにしても、分子・原子とは言わずとも細胞の配列がオリジナルと相違なく、記憶情報までも全く同じであった場合、それはオリジナルとどう違う?


「答えは、どうでも構わない……だっ!」


 言葉なんて不要。

 それ以前に、あの時代の人間と現代日本人とが言葉を交わして通じるかどうかも疑わしい。

 実際問題、博物館などで戦国から江戸初期にかけて残っている文章を読んだ経験があるのだが、まともに文字が読めない上に、文字を必死に解読したところで何が書かれているかすら分からないほど、当時と今とでは言葉遣いが違うものなのだ。

 それに……伝説の剣豪を前にしているというのに、言葉で問答する馬鹿が何処にいる?


(さぁ、己の剣は、何処まで通じるっ?)


 そもそも剣士が二人向き合っているのだ。

 言葉なんて要らないし、己以上の使い手が眼前にいる……それ以外の理由も必要ない。

 己はその男へ声をかけることもなく、ただ愛刀の柄に手を添え……恐らく日本史上最強と名高い剣豪の一人へと全力で突っ込んで行った。

 保身も護身も捨てた、今出せる渾身の一撃は……


「……ぁっ?」

 

 切っ先がその男へと届くよりも早く、完全に違う速度域の斬撃によって袈裟切りに斬り捨てられることで、虚空を舞うことになってしまったのだった。




 直後に生き返った己は、二度目三度目と挑み続け……そして、ゴミのように切り捨てられ、命を落とし続けた。

 そうして十度ほど惨殺され、ようやく自らと相手との間にある絶望的な実力差を理解した己は……歯を食いしばることで敗北感と無力感を噛み潰す。


(……ここまで、違う、のか)


 技量を競うどころではない。

 ただ身体能力が……動体視力、反射神経、判断速度、斬撃速度、踏込の速度に至るまで、全ての速度域が違い過ぎて、勝負にすらならないのだ。

 ……いや、それらを最大限に活かす術をこそ、技量と呼ぶのだろう。

 何故ならば『彼』の技量はたった一つの目的にのみ……こちらが動こうとする「兆し」を見切り、その瞬間に生まれる意識の空白を叩き斬る。

 つまりが、「相手に何もさせることなく、一方的に必殺の剣を叩き込む」という、ただその一点にのみ昇華した……まさに「戦場の剣」を極限まで切り詰め、無駄な全てを殺ぎ落としたモノ、だったのだから。

 

(……五分の見切り、だっけか?)


 額に米粒を張り付けた状態で斬撃を受け、その米粒のみを斬らせたという神業……食事中に蝿を箸で摘み取ったという話もあるが……

 要するに、コレは、それを極限まで極めた代物だ。

 化け物じみた動体視力と反射神経で相手の「起こり」を完全に見切った上で、その超人めいた身体能力を使い、こちらを遥かに上回る斬撃を放つ。

 分かりやすく言うならば、通常の立ち合いで用いられる「後の先」を、動体視力と判断速度、反射神経と膂力によって「先の先」としてしまう反則的な身体能力……それこそが眼前に立つ最強の剣豪の強さだった。

 

「……ああ。

 確かにコレは、無敵、だ」


 それは、もう、剣技ですらない。

 ……いや、そもそもこの男には剣技すら必要ない。

 ただ相手の動き始めを見て、その動きに合わせて剣を放つだけで相手が死ぬ。

 その天賦の才によって常に後出しのじゃんけんを許された、この男だけが使える究極の刀法。

 道理で彼の流派「二天一流」が没後に存続はすれど、剣術の主流とならなかった筈である。

 こんなの、誰一人として使えない。

 努力とか修練とかでこんな技を使いこなせる人間が生まれる、筈がない。


(さて、どうする?)

 

 そして……十度ほど斬られたところで、ようやく分かったことがある。 

 それは、己がこれ以上剣を合わせたところで、この男から学ぶべきことなど何もないという残酷な事実だった。

 何故ならば、己とこの伝説にまでなった男との差というのは、動体視力と反射神経、そして身体能力という……人としてもっと根源的な部分にこそあるのだから。

 己がようやく到達した「達人の領域」をもってしても、全く届かないほどの速度域の差なのだから、如何に眼前に仁王立ちしたままのこの剣豪が桁外れか、という話である。


(だが、まぁ……確か、まだ、四十回くらい、あるんだっけか?

 なら、出来る限りのことは……)


 とは言え、眼前に佇む生ける伝説……正確には伝説とまでなった過去の達人の人格や記憶を有した訳ではなく、恐らくはただ(アー)によって『強さを抽出されただけの存在』ではあるものの、そんな遥か格上の相手と剣を交えるという、超常現象でしかあり得ない体験をしているのだ。

 例え学ぶべきものなど何一つないにしろ……こんな中途半端に負けて終えるなんて、勿体なさ過ぎる。

 幸いにして、この眼前の達人が放つ斬撃は「鋭過ぎる」らしく、命を断たれても大した痛みもなく……本当に「身体を刃が通過した結果、命を落としてしまうだけ」としか表現できない代物で、激痛にのたうち回って肉体を刃が通過する恐怖に怯えることはない。

 勿論、剣士としての矜持だけは、その痛みのない筈の斬撃を喰らう度に耐えがたいほど痛み続けるのだが……それでも己は、今はまだ、この日本史上で最強の二つ文字を冠する存在と同等だなんて自惚れてはいない。


「だけど、せめてっ!

 せめて、その底くらいは見せてもらうっ!」


 敗北を受け入れる覚悟を決めた己はそう叫ぶと……絶対に勝てないその絶望的な戦いに、今までの経験全てを叩き付けるべく、挑み続けたのだった。


2019/01/02 00:32投稿時


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