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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:04「牙の王:前編」
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04-16


 あの大乱闘から二日が経過し、体調が回復した(オレ)は身支度を整えてこの森の入り口(バウダ・シュンネイ)を出立することとなった。


「世話になったな」


「……馬鹿言え。

 それはこちらの台詞だ」


 旅装束……と言っても単に貰い物の厚手の服を着て愛刀「村柾」を刷いただけの姿ではあるが、そんな格好で別れの挨拶を告げる己に対し、ボーラス=アダシュンネイはそうぼやく。

 ボーラスはそう謙遜しているが、己の言葉はただの社交辞令という訳ではなく……世話になったのは紛れもない事実だった。

 この二日間、ボーラスを始めとする森の入り口(バウダ・シュンネイ)の人々に次から次へと食事を提供してもらい……初日を除いて酒は控えめだったものの、穀物や肉類を詰め込めるだけ詰め込んだ己の身体にはうっすらと皮下脂肪がつき、持久力が回復していたのを自覚できるようになっている。

 何かで耳にした話だったか、食事制限を続け皮下脂肪を極限まで削り、体脂肪率を一桁前半まで減らしたボディビルダーは疲れやすいと聞いたことがあるが……【再生】の天賜(アー・レクトネリヒ)にてエネルギーを使い果たしていた己の身体も似たような状態に陥っていたのだ。

 それを元に戻すための二日間の休息であり……その効果はこうして身体に現れている。


「もう少しいて貰っても構わないんだが……」


「怪我も癒えたし、もう十分さ」


 何とか引き留めようとするボーラスに、己はそう言葉を返すものの……実際のところ、あの激闘での怪我なんて直後に飯を食べた直後には、【再生】によってかすり傷すら存在してなかったりする。

 と言うか、その後も【再生】の天賜(アー・レクトネリヒ)によって己がぶん殴って作り出した怪我人を治したり、猿の王との戦いによって傷ついていた重傷者を癒したりと、天賜(アー・レクトネリヒ)を限界まで使い続け……正直に言って、猿の王との戦いよりもそっちの方が大変だったのだが。

 加えて言うならば、まだまだこの街も復興途中であり、しかも猿の王との戦いで若い男手がかなり失われていて、己に手を貸してもらいたいことが山のように残っている、というのが正直なところだろうが……生憎と己にはやるべきことが残っている。


(正確には、実戦に身を置きたいだけ、なんだが)


 要するに……度し難い剣術狂いの己は、休息や治療や復興の手伝いなんて平和な時間には、たったの二日で飽きてしまったのだ。

 これでも一応、平和な現代日本で前科もなく暮らしていたのだが……戦場という最高の修行場を見つけてしまった己は、もう戦場から離れられそうにない。

 正直、何処かで壁にぶち当たるまでは真っ当で平和な暮らしなど望まない方が良さそうだ、と自分でも自覚している始末である。


「しかし、自分の家が何処にあるか分からないと言った時には驚いたぞ。

 無頓着にもほどがある。

 先の戦いで若者も随分と失われ、寡婦と未婚の少女が行き場を失っている。

 貴公ほどの男……出来れば五・六人は娶って欲しいものだが」


 だと言うのに、ボーラス=アダシュンネイという男はそんな無茶苦茶な提案を口にして、人様を家庭という鎖に縛り付けようと画策してくる。

 この数日間で何度も耳にしたこともあって、己としてもこの男が何を望んでいるかは理解していた。

 地球でもイスラム圏では戦死者が多く、夫を失った妻の生活を護るために一夫多妻制が採られていたというが……どうやらこの国も戦争が多い所為か、似たような社会システムが構築されているらしい。

 それでも、五・六人なんて無茶な人数を軽々しく押し付けようとする辺り……己の財力を当てにして、今後発生することが分かっている『女余り』という深刻な問題を出来るだけ軽くするつもりなのだろう。

 ……生憎と、己は自身の財産が幾らあるかも知らないし、そもそもボーラスが言った通り、買った筈の家が何処にあるかすら知らない始末なのだ。

 そんな有様の己が一人どころか何人も妻を娶ったところで、真っ当に暮らせる筈もない。

 尤もそれ以前に……己という剣術狂いが真っ当な結婚生活を送れるなんざ欠片も思っていないのだが。

 

「やめてくれ。

 そんなの……身がもたん」


 だからこそ己は割と本気で何度目かの断りを入れたのだが……どうやら下ネタ混じりのジョークだと思われたらしく、この神経質そうな男が珍しく笑みを浮かべながら肩を竦めやがった。


「仕方ない、無理強いは出来んか。

 だが……レティアだけは、もうお前の嫁に決めたんだ。

 家を手に入れたら手紙を送るようにな、ジョン」


「……ああ、家が手に入ったらな」


 下ネタと思われたにしろ、何とか複数の妻を断った……多分、断れただろう直後、かけられたボーラスのその言葉に、己は何とか適当な言葉を返す。


(……仕方ない、か)


 とは言え、彼らの状況を鑑みると、この一件だけは断ることも出来ないだろう。

 実際のところ、あの縁談は己の剣術が達人の水準に近づいていて、この森の入り口(バウダ・シュンネイ)に危機が迫っていたから、起死回生の一手としての政略結婚。

 つまり……この街の安全が確保さえされれば立ち消えになる筈の、口約束であり。


「お気をつけて、あなた」


「……ああ」


 己としてはさっさと帰ってエリムグラウトの爺さんにとっとと話を付け、まだ結婚には早いこの少女を早急に解放してやるつもりなのだが。

 だが、何故か政略結婚の生贄にされかけている筈のレティアという少女は、あまり悲壮感もなく、新妻っぽい言葉を口にしていて……まぁ、そういう背伸びしたい年頃なのかもしれないが。


「ま、何をやるかは知らないがお前ならやれるさ。

 あの猿の王を倒したくらいだ」


「どうせなら、霧の王もやってもらいたいくらいだぜ。

 アイツらの所為で、東との交易が滅茶苦茶だ。

 東の内湾全てが霧に覆われて船が出せないんだとよ」


「お蔭で食料難で籠城も儘ならなかったんだがな。

 まぁ、猿の王の襲撃で港街が滅んでなきゃの話だが」


 己の見送りに来ていた門番のおっさんや、この二日間で共に飲み食いして顔見知りになった兵士たちが後ろの方からそう声をかけてくる。

 己に話しかけているというよりは、身内の雑談という雰囲気ではあるが……(アー)(ハルセルフ)である己としては、その情報は何よりも有難い。


(……霧の王、か。

 猿の王と同じく……己の標的である六王の一体)


 猿の王では今一つ納得のいかない勝ち方だっただけに、己としては今度こそしっかりと愛刀一本とこの両の手の技量だけで押し切りたいものではあるが。

 実際問題、この神聖帝国を滅ぼさんとする六王の一人ともなれば、己が如何に死力を尽くしても勝てないほど、凄まじい戦闘力を持っていて……そんな相手と剣を交えれば、己は今よりももっと強くなれることだろう。


(次は、そっちへ行ってみる、か?)


 正直な話、己は剣を振るえさえすればいいのだから、次に何処へ向かわなければならないということもない。

 個人的には少しばかり力量が上がった気もするので屍の王にもう一度挑みたい気持ちはあるのだが……果たして残る五騎士を圧倒できる剣力を得たかというとそこまでの自信は未だにない。

 それは炎の王にしても同じで……一度は聖都に戻ろうと思っていたが、多少間が空いたところでさほど変わらないだろう。

 であるならば、次に聖都に向かう予定を変更し、霧の王が棲むという東の内湾にしたところで……


「待て待てお前ら。

 コイツには聖都に行って貰う必要がある」


 話の流れによって、完全にこの森の入り口(バウダ・シュンネイ)から一気に港町まで向かうつもりになっていた己を引き留めたのは、義父になりかけているボーラス=アダシュンネイのその言葉だった。


(やはり、そっちを先にするのが筋か。

 下手すれば、この街が皆殺しにされかねない訳だからな)


 そのためにボーラスは自らの娘を政略結婚の駒として差し出したのだ。

 あんな幼い少女を嫁に貰うなんて……あんな気の利く娘の一生を狂わせてしまうというは、己としても流石に心苦しく、やはりさっさと問題を解決して自由にしてやるべきだろう。

 

「てめぇっ、実の娘がそんなに大事かっ!」


「当たり前だろうがっ!

 喰うのに困らない生活以上に大事なものなんざある訳ないだろうがっ!」


 と、己が内心で反省をしている間にも、ボーラスと門番のおっさんは殴り合いの喧嘩を始める始末である。

 ……この冷静沈着で神経そうな男は、実のところ冷静なのは見た目だけなのだと、今になって己はようやく悟っていた。

 尤も、自分が護るべき街が滅びに瀕していただから……真っ当な神経をしていたら、神経質になって当然なのだろうが。


「うちの嫁はなっ!

 てめぇのその外面に騙されてんだぞ、未だになっ!」


「知るかっ!

 ガキの頃の話だろうがっ!

 てめぇだって人の妻に言い寄っていただろうがっ!」


 何やら二人は言い争いを続け……何やら女絡みでの確執があるらしく、完全に殴り合いにまで発展した二人は、鼻から血を流して殴り合っている。

 今まで滅びの間際に居た所為で出来なかった喧嘩を、平和を取り戻した今になってようやく再開して歯止めが効かなくなっている、のだろう。

 ……いや、違う。

 門番のおっさんは兎も角、ボーラス=アダシュンネイは無理にはしゃいでいる感が見られる。


(やはり、黙っておいた方が良かったか?)


 それもこれもこの二日の療養期間に、己が黙っておくべきことではないだろうと判断して、ボーラスだけに猿の王の正体を口にした所為である。

 尤も、ボーラス自身がある程度の確信を持っていて……己がそれを口にするように誘導した節が見られたのだが。

 そしてその時、彼の名字である森の懐剣(アダシュンネイ)……要するに森の守り人という彼の一族の立場を告げられたのだ。

 彼らはその名の通り、森の民(チェフ・シュンネイ)という名の先住民族でありながら、勝てぬ戦に挑むのを由とせず、帝国に恭順した、らしい。

 その結果が、あの猿の王とその配下だった子供たちの虐殺であり……帝国による弾圧と冷遇が始まったことにより、彼らの決断は全く報われることはなかったのだが。

 それでも、彼らの決断のお蔭で森の民は帝国の一部としてではあるが生き延びることが出来……そして、この森の入り口(バウダ・シュンネイ)の守備隊長として街を護る立場を維持し続けていたのは、彼らが住民から尊敬されるような働きを続けていたから、ではないだろうか。

 ……尤も、今親類と喧嘩をしているボーラスの姿に、命も名誉も家族も捨てて街を必死に守ろうとしてきた漢らしさは欠片も見受けられない。

 勿論それは……滅びの危機にあった街が助かったことで極限まで張りつめていた気が緩んだ所為、と言えないこともないのだが。


「……じゃあな、行ってくる」


「ええ、ご無事をお祈りしております、あなた」


 とは言え、己もおっさん二人の喧嘩を見守るほど暇ではない身の上であり……それに何より、あまり長居して情が移ってもやり辛い。

 だからこそ己は、さっさと別れの言葉を吐くことで二人の喧嘩に背を向けて、次の戦いの場へと向かうこととする。

 結局、おっさん二人の喧嘩が始まった所為で見送り全員の注意がそちらへと向いてしまい……己を見送ってくれたのは未来の妻になるかもしれないレティア=アドシュンネイただ一人という有様だったのだった。


2018/11/26 21:57投稿時


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