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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:04「猿の王:後編」
60/130

04-14


(……やはり僅かに酔っている、な)


 (オレ)は大地を踏みしめる足先の感覚が若干ブレていることと、愛刀「村柾」の柄を握る己の指先が僅かに「遠い」その感覚から、自分の身体状況を冷静にそう判断する。

 とは言え、僅か程度……反応速度がコンマゼロ一秒遅れるかどうかという程度であり、達人同士での斬り合いなら兎も角、この連中を相手にするなら問題はない。

 そう強気に判断できることそのものが酔っているということなのかもしれないが……少なくとも今は、自分が「勝てる」と判断したその決断が間違っているなんて、欠片も思えなかった。


「本気、なのか、貴方は。

 ……死ぬぞ?」


「笑わせるな。

 この程度の数の差で、己を殺せるとでも?」


 街を取り囲む木の壁から数十メートルほど離れた遮蔽物のない草原で、鞘に入ったままの愛刀を手にした己の真正面には百七十名……手に剣や槍を手にしたこの森の入り口(バウダ・シュンネイ)の戦える男たち全員が揃っている。

 その連中を指揮する義父になりかけている男……ボーラス=アダシュンネイの最後の忠告に、己は挑発を返す。


「馬鹿な真似はよしなさい、あんたっ!

 死ぬわよっ!」


「幾ら達人だって、そんなの無理に決まってるでしょうっ!」


 周囲からそう野次を飛ばしてくるのは、城壁の上でこの戦いを見守る奥様方……自らの夫に敵対している筈の己に同情的なのは、己がこの街を救ったと知らされているから、だろう。

 だが、退けない。

 今さら退くことなど出来る訳もない。

 他のことなら兎も角、剣を振るうことに関して一度は「出来る」と断言した以上、剣士としては吐いた唾を呑むことなど出来やしないし……そもそも剣を振るうことしか出来ない己には、この街の連中にしてやれることなど『これ』しかないのだから。


「では、おさらいだ。

 己の得物はコイツ一本、当たったら退場だ。

 悪いが、骨の一本や二本は覚悟してくれ」


「ああ。

 我ら全員が倒れるか、戦意喪失したら我らの敗北。

 貴方が倒れたら我らの勝ちを認め、我らを無罪放免とし……全権をもってこの森の入り口(バウダ・シュンネイ)を庇護する。

 ……本当にいいのか、この条件で?」


 己の問いかけに頷きながらも、彼ら群衆を率いるボーラス=アダシュンネイが代表して再度の確認を口にする。

 ちなみに、ボーラスは口にしていないが、流れ弾を懸念した連中は弓や投石などの飛び道具を使わないという制約を自らに課している。

 つまり、条件としては愛刀一本しか持たない己にとって、実戦ではあり得ないほどに有利であり……である以上、その問いに対する己の答えが変わることなどある訳もない。


「当然だ。

 ただし、己が勝ったならば……」


「構わないっ!

 私の命、財産、娘だろうともっ!

 いや、この街全て……住民全員の命をくれてやるっ!」


 ……そう。

 それこそが己が考えた唯一にして無二の解決策だった。

 戦える全住民を相手に、剣を振るうこと。

 己が勝てば、この街は我が物となり……まさか神殿も神の(アー)(ハルセルフ)の個人財産に対して非道な対応は出来まい。

 己が負けても、神殿を……いや、(アー)の代理として己が突き付けた条件を、平然と覆すことなど出来やしない。

 問題は、神の(アー)(ハルセルフ)の権限を神殿が無視した場合だが……


(その時は、己が全てを叩き斬る覚悟を見せる)


 覚悟を見せるだけ……つまり、真正面からぶつかりあう必要はない。

 要するに、コネで偉ぶった豚の仇を取るよりも、神殿の面子を気にするよりも……己を敵に回した方が損害が大きいと知らしめれば良いのだ。

 この手の駆け引きは、強気に出た方が勝率が上がる上に……


(そもそも己は、「剣を振るい命のやり取りが出来ればそれで構わない」という、頭のイカれた剣鬼でしかない)


 神の(アー)(ハルセルフ)と呼ばれていても、所詮はそんなモノでしかない己の本質を知る神殿の連中……少なくともあのエリフシャルフトの爺さんならば、無駄に意地を張り通して己を敵に回す筈がない、だろう。

 正直に言うとこの手の駆け引きについて絶対の確信がある訳ではないが……まぁ、どっちに転んでも己は愛刀を振るえる。

 これでも一応、死から甦らせてもらい、この国へと運んでくれた(アー)への恩義がある以上、剣を向ける相手は悪逆非道を繰り返す六王とやらにしたいところではあるが。

 ……それはあくまでもそういう望み、というだけでしかない。

 結局、こういう場面であっても愛刀を振るえるかどうかを判断基準にしてしまうのは、まさに己がただの剣鬼でしかない証左なのだが。

 そう考えた己が思わず浮かべてしまった自嘲の笑みを隙と見たのか……最前線に立つ一人の男が力むことで僅かに槍の切っ先をブレさせる。


「来やがれぇえええええええっ!」


 緊張感が限界に達したと感じた己は、全員に向かって吼える。

 百七十対一という剣士として最高のシチュエーション……宮本武蔵が一乗寺下がり松で吉岡一門を相手にした、アレをもう一度体験できるのだ。

 そう考えるだけで脳内麻薬の分泌が進み……真っ先に跳び出してきた男が跳ねあげる小石の軌道すらも感じられる達人の領域へと、己の精神はあっさりと到達していた。


「~~~~~っ!」


 酷くゆっくりとなった世界の中で、最前線の男が槍を突き出してくるのが見える。

 素人とは言えないが、何度か叩き斬った盗賊とそう大差ないレベルのその突きを、己は前へ踏み込むことで避けつつ、愛刀の鞘先を男の顎先へと叩き込む。


「……かっ」


 切っ先で抉れば当然に死んでいただろうが、この戦いは鞘で叩き合う手合いのものだ。

 己の一撃で脳震盪を起こした男は直下に倒れ込む。

 それを隙と見たのか数人の男が左右から襲い掛かってくるものの、己は一人の小手を打って手の骨をへし折ると同時に、ソイツの横合いを抜け、直後にもう一人の顎を突く。


「腕ぇっ、折れたぁああああ」


「あこかぁっ、あこかぁ……」


 腕の骨をへし折られた男が蹲って叫びを上げ、顎を砕かれた男は悲鳴にならない声を上げて崩れ落ち……両者とも完全に戦意を喪失しているのが見える。


「衛生班っ!

 ソイツらを外へ出せっ!

 全員、五人を一組として、一斉にかかれっ!

 人と思うなっ、野獣の類と思えっ!」


 瞬き一つの間に量産された三人の離脱者を見た瞬間、ボーラスはいつもの冷静さをかなぐり捨て怒声で指示を出すことによって萎え始めていた戦意を一瞬で取り戻す。

 隊長の指示に従い、何人かの衛生班とやらが群衆に押し入り、怪我人を街の中へと運び込み始めていて……その一連の様子を目の当たりにした己は、彼らが踏みたくられて死ななかったことに少しだけ安堵の溜息を吐いていた。


(酒の影響は、ないな)


 そんな中でも、己は自らの四肢の具合を再確認し……戦闘中は酒の影響を意識から断てていた事実を再確認していた。


(技量は兎も角、連中の士気は高い。

 ボーラスの指揮に即応する辺り、練度も十分)


 つまりは、全力を出し切っても過不足ない、今まで磨いてきた剣技を全て出し切れる……いや、出し切っても勝てないかもしれない、そういう絶望的な戦いが始まるのだ。


「酷い言い分だ。

 そんな野獣を娘婿にしようってのか」


「ははっ、人格と戦闘力は別さ、ジョン。

 二組っ、一斉にかかれっ!」


 自らの状態を確認し終え、戦闘に支障がないのを確認した己は、湧き上がってくる戦意と闘志を誤魔化すべくそんな軽口を放つ。

 軽口にオーバーリアクション気味に肩を竦めることで冗談を返しながらも、連中を率いるボーラス=アダシュンネイは冷静に己への指示を下していた。

 その冷静さ、指示の速さ……そして指示に対する部下たちの行動の速さは、猿擬きの襲撃よりこの森の入り口(バウダ・シュンネイ)を守っていた実力を示すように、まるで一つの生き物と言えるほど淀みのないものだった。


(……定石なら、コイツを真っ先に討つんだが)


 戦場の鉄則ではあるが、真っ先に頭を討つ、指揮系統を破壊する、夜襲や伏兵で混乱させる……つまりは相手の戦力を発揮させずに終わらせることこそが、戦術的戦略的に正しい行動である。

 だが、己はその「正しさ」に背を向ける形で敵に突っ込んでかき乱すことなく、足を止めて連中の攻撃を迎え撃つこととした。

 そもそも己は、ただ勝ちたいのではない。

 相手に全力を出させた上で、それを剣技によって圧倒する……たとえ圧倒出来なくとも、死闘の中で技量を磨き、明日への糧とする。

 ……そういう戦いこそを、望んでいるのだから。


「遅いっ!

 まだまだだっ!」


 とは言え五人一斉にかかってきたとしても、背後から襲い掛かろうとしない時点で、捨て身で己にかかってこない時点で、仲間ごと己を刺し殺そうとしない時点で……要するに自分だけでなく、家族の命まで危険に晒されるような、まさに必死とならざるを得ない実戦用の戦意ではなく、ただの訓練程度の覚悟で挑んで来ている時点で、彼らの攻撃なんて脅威にはなり得ない。


「くっ、コイツっ?」


「槍がすり抜けやがった、化け物かっ!」


「動きが、早すぎっ……ぁぐっ」


 その上、同士討ちを恐れてかコイツらは飛び道具を手にしていない。

 武器も統一しておらず、各々が適当にタイミングを合わせて攻撃しているだけで、どうしても腕の差、体格の差、武器の差からのズレが生じる。

 つまりが、この状況では己にとってはただの一対一の連続とそう大差ないってことだ。

 回避動作に続く動きで顎、肩口、腹、頭と撫で斬りにした己は、ソイツらをすり抜けて次の男たちへと迫る。


「っ、来やがった?」


「馬鹿っ、怯むなっ!」


「くそっ、化け物っ!」


 何となく既に人間扱いされなくなって何となく悲しくなった己は、ソイツら全員に真正面から顎を打ち抜くことで意識を断ち切ることに成功する。

 その様子を見ていたボーラスは、流石に真正面からの力比べでは分が悪いと理解したのだろう。


「取り囲めっ!

 ソイツは森の主(エル・シュンネイ)以上の化け物だっ!」


 その叫びを待っていた己は、大人しく取り囲まれ始めながらも……連中に気付かれることないよう、俯いて笑みを必死に押し殺していたのだった。



2018/11/24 21:31投稿時


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