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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:01「屍の王:前編」
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01-04


 とっとと姿をくらましたとは言え、それなりに人通りのある街路で六人も惨殺した直後に、返り血にまみれた姿を隠せるかというとそうでもなく。


「ったく、正当防衛は認めるが、な。

 そういう場合は近くの詰所に来てもらわないと、な」


 返り血に染まっていた(オレ)は、あっさりと近隣を通行する商人によって通報されたらしく……戦闘した地点から一時間ほどの距離にあった村にたどり着くや否や、兵士たちによって見事に捕まり、屯所らしき場所へとしょっ引かれたのである。

 尤も、この世界にも正当防衛という概念はあるらしく厳重注意程度で済む代物だったが……そうでなければ流石の己も、その兵士たちを斬殺してでも身を隠そうとしただろう。



「……了解した」


 とは言え、己が厳重注意程度で済んでいるのは、あの爺さんがくれた身分保障の印……丸に四角と男子トイレのマークが入っている、神官(セリカ)を表す印があったお蔭もあるのだろうが。


(意外と権威社会と言うか)


 尤も、この国はインターネットも手配書もろくに存在しない、情報の伝達が遅い未発達の社会である。

 何らかの身分を証明するモノがなければ、己なんざ下手したら拷問部屋送りだったことだろう。

 だからこそその場合は、何の罪もない衛兵だろうと叩き斬って逃げる必要があった訳だが。


「で、盗賊を返り討ちにしたのは良いとするよ、神官さん。

 これから、あんた……どうするつもりだい?」


 駐在さん……この帝都の北にある小さな村をたった三人で守っている老兵士の一人は、己を半眼で睨み付けながらそう尋ねてきた。

 その顔が苦虫を潰したように歪められているのは……恐らく己の持つ神官の証が、彼の持つ権威では手に負えない代物だと分かっているからなのか、それとも日を追うにつれ悪化していく治安を苦々しく思っているからか。


「北の、霊廟とやらへ。

 屍の王を討ちに」


 特に気負うこともなかった己は、老兵に対して静かにそう告げる。

 その声が、若いヤツが粋がった様子で吼えた訳でもなければ、死を迎える寸前の老兵が最期を迎えるために笑みを浮かべながら告げた訳でもない……特に気負う様子もなくただ静かに覚悟を決めた、そんな声色だったからだろう。

 老兵は目を見開くと……


「馬鹿者がっ!

 自殺行為じゃぞ、それはっ!」


 己に向けてそう怒鳴りつけてきたのだった。




 恐らくは暇なのだろう老兵の話は一晩続いた訳だが……要約すると、それほど難しい話ではない。

 一つ、水問題を憂慮した現皇帝が三千の兵を集めて霊廟へと攻め込んだが、水門へとたどり着いたところで屍の王率いる英霊の七騎士が出現した。

 一つ、七騎士はどれだけ斬れども刺そうとも死なず、三千の兵は千人を討たれた辺りで完全に統率をなくし、潰走する羽目になった。

 一つ、それ以来、霊廟で死んだ筈の戦死者たちは起き上がり、二度と死ぬことのない死者の軍勢と成り果てており……この村の北にある砦は、彼らが攻め入ってこないか厳重な監視を行っている。

 一つ、たまに霊廟へと向かう腕に自信のある愚か者は幾人もいたが、誰一人として帰ってこないばかりか、死者の軍勢の仲間入りをしており、粋がるだけでは何の解決にもなりやしない。

 一つ、まだ若いのだから、命を惜しめ。

 ……という内容である。

 何故にこんな一分もかからないだろう内容を、何度も何度も繰り返し、一晩もかけて説教されたのかなんて、この己には分からないが……まぁ、こんな片田舎の治安を守る爺さんだ。

 要するに話し相手が欲しかったのだろう。

 個人的に英霊の七騎士って連中はかなりの手練れだと思い興味があったのだが……貴族連中には伝承も残っていてかなりの有名な連中らしいが、ただの庶民でしかない爺さんはその手の話に詳しくないようで、七騎士たちの情報源としては全く役に立たなかった。


「ほら、コレは道中で食え。

 美味いモノでもないが、腹は膨れるじゃろう?」


 それでも、下らん説教を聞かされた駄賃として昨夜の飯と朝飯と……ついでに弁当までもを頂いた訳だから、あの長々と説教された一夜は全く無駄ではなかったと信じたい。

 美味い不味いは兎も角として、昨夜は何かの肉と萎びた野菜を煮込んだだけの素朴なスープと……朝飯として20センチ四方ほどのブロック状の肉の塩漬けと、ヌグァを湯で溶かしたらしき粥が一つ。

 そして弁当として今貰ったのは、カチカチに固まって歯も立たないような拳大のヌグァである。


「良いかっ?

 絶対に無理をするんじゃないぞっ?

 生きていれば、良いこともあるんじゃからなっ?」


「……へいへい。

 無駄に死ぬつもりはないさ」


 己が話半分に聞いているのが分かっている癖に最後まで口うるさい爺さんで……村から出るその瞬間までこのザマである。

 己は振り返ることもなく背後へと手を振ると……一夜の宿を借りた、名前すら知らない村を後にしたのだった。




 ようやく解放された(オレ)は、村から真っ直ぐに北へと向かう。

 最初のヌグァ屋の主人と、そしてさっきの衛兵の爺さんと……二人とも街道沿いに歩けば問題ないと言っていたので、道を間違うこともないだろう。

 そもそも北の霊廟とやらは切り立った霊峰の七合目にあり、その霊峰とやらは帝都からも望めていたのだから、間違えようもないが正解なのだが。

 という訳で己はそんな適当な気持ちで北へ北へと歩き続け……村から出て僅か二時間ほど経った頃に、その砦はあった。


(これが、北の砦。

 屍の王との戦の最前線、か)


 砦というよりまっすぐに敷かれた城壁、と表現した方が正しいのかもしれない。

 ある程度大きさの揃った石を粗雑に組み合わせただけの……己の知識で最も近いモノは万里の長城だろうか。

 尤も、観光写真などで見たことのある煉瓦造りのしっかりした部位ではなく、端っこの方の……粗雑で修復もされてない部位に似ているのだが。

 その高さは三メートルほどで、ちょいと梯子や雲梯でも持ってこられるとあっさりと超えられる程度の代物だった。


「……っと、検問があるのか」


 何となく観光気分で周囲を見渡しながら、城壁の方へと街道を歩いていくと……街道と城壁が交わった、ちょうど山のふもとの辺りにはちょっとした砦が築かれ、街道の上にある大きな門を槍を手にした兵士が守っているのが見える。

 ただし、ざっと観察した範囲では壁には銃眼らしき穴は存在せず、城壁のこちら側にも矢を放つための胸壁が全く存在していない。

 どうやらコレは本当に「屍の王率いる死者の軍勢を防ぐため」だけに設置された城壁なのだろう。

 ……水がなくなったというここ数ヵ月で築き上げられた所為か、煉瓦も門も新しく、安い映画のセットのような、取ってつけたような印象が感じられる。

 城壁の周囲に堀はなく、木の柵や拒馬槍のようなまだ乾き切っていない木製のバリケードが城壁の上に拵えられているのも、張りぼてらしさを増す要因の一つだろう。


「おい、巡礼……いや、神官(セリカ)の方でしたか。

 生憎とここから先は死者の軍勢が……」


「知っている。

 ……知った上で来ているんだ。

 だから、通してくれ」


 その若い兵士は恐らく善人なのだろう。

 神官の印を持っていると気付くまでは横柄な態度が少し気になったものの、それでも己に対して心の底から心配するような声でそう語りかけてきたのだから。

 尤も……己はそんな説教なぞ昨夜一晩で聞き飽きている。

 そして、何よりも……


(昨日の野盗共の所為で不完全燃焼なんだよ。

 さっさと通してくれっ!)


 そんな衝動の方が強かった。

 実際、あの幾何学模様の誘いに乗ってこっちへと来たのは、実戦を経て剣術を極めるため、なのだ。

 ……雑魚を斬り殺して悦に入るために来た訳じゃない。

 この愛刀「村柾」を使い、生きるか死ぬかギリギリの戦いを続けることで見えてくるだろう新しい境地へと辿り着きたい……その一心は昨日味わった「命がけの戦い」の所為で完全に火がついたものの、野盗共が弱すぎた所為で燃えるものがなくて燻っている状態なのだ。

 心配してくれている若い兵士には悪いと思うものの……今の己は、彼女との初デートを邪魔された時よりも凶悪な形相をしているだろうと自覚している。


「し、失礼しました。

 ですが、お気をつけて下さい」


「……ああ。

 無駄に死ぬつもりはない、さ」


 結局、若い兵士はそう言うと、手にしていた槍の石突を街道の煉瓦に叩き付け……恐らく敬礼の一種なのだろう姿勢を取ると、手を上に上げた。

 それと同時に城門がキリキリという音とともに左右へと開いていく。

 どういう仕組なのかはさっぱり分からないが、恐らく歯車か何かのからくり仕掛けでも入っているのだろう。


「……さて、と」


 軽い悶着はあったものの、無事城壁を抜けた己は首を左右に振って凝りを解すと……周囲へと探るように視線を這わせる。

 砦を通り過ぎてからは、比較的まっすぐに造られていた街道は九十九折の山道へと変わり果てていて……周囲は木々が増え始めて見通しが悪くなっている。

 

(こんな場所じゃ、不意打ちを喰らうかもな。

 ……ま、それも面白そうだが)


 己は愛刀『村柾』の鯉口を切り、いつでも居合を放てる構えを取りつつも霊峰とやらへと登り始める。

 とは言え、霊廟への巡礼者は意外と多かったのだろう。

 二メートル半ほどの幅を持つその砂利道はしっかりと踏み固められ、屍の王が占拠するまでは手入れされていたらしく、周囲の草もさほど道側へは茂ってきていない。

 遠くから矢を放たれたり、石を投げられたりする程度の不意打ちはあるだろうが……大勢が音もなく一斉に突っ込んで来たり、気付けば周囲を包囲されているような、映画のような完全なる奇襲なんて、この状況ではあり得ないと思われる。

 そうして結構な勾配の山道を、周囲を警戒しつつも砂利を踏みしめて足場を確かめながら歩くこと、大よそ一時間ほど。

 何もいなかった筈の近くの茂みがざわざわと揺れ……突如として周囲から衣擦れの音や鎧兜特有の金属を擦るような音が聞こえ始めてくる。

 

「ようやく……お出ましって訳か」


 己はそう呟くとほぼ同時に愛刀を抜き放ち、八相に構える。

 何が出てくるか分からない上に敵の数も分からないこの状況では、体力の損耗を出来る限り減らすのが最善と考えた故の構えだった。

 ……だったの、だが。


「……おいおい」


 百を超える死者の軍団を前に……そんな小細工など、何の意味があるのだろう?

 槍、剣、斧など、装備こそ統一されていないものの、先日叩き殺した脱走兵が身に着けていたのと同じような鎧兜を纏った、虚ろな瞳と血の気のない顔色……呼吸音も聞こえず、明らかに生きていないだろう、死者らしき人影が凡そ百体ほど、街道の左右からにじみ出てきたのった。


2017/09/04 19:49更新時


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