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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:04「猿の王:後編」
59/130

04-13


(……いや、結婚するしないは兎も角、どう考えても、(オレ)じゃなぁ)


 正直、剣術しか知らず、それ以外のモノを完全に斬り捨てて来た社会不適合者が己という存在であり、つまりは結婚するしないなんざどうでも良いんだが……生憎と剣術しか知らない己がどう頑張ってもこのレティアという少女に幸せな新婚生活なんぞを提供できる訳もない。

 だが……己が剣術しか知らない以上、適当な言い訳を見繕ったところで誰かを説得なんて出来る訳がないのも事実だった。

 ましてやこちらの風習も知らないのに常識を振りかざしたところで、何の解決にもならないのは今味わったとおりである。


(幸いにして……話を聞く限りコイツらが欲しがっているのは男としての己ではなく、猿の王を凌駕する剣士という形の旗印でしかない)


 ……そう。

 自らの危機に気付いた己は、何とかしてこの土壇場……さっき顔を合わせたばかりの幼な妻を貰うという人生の墓場から脱するため、さっき聞き流したボーラス=アダシュンネイの言葉を必死に思い返していたのだ。

 その結果、己はようやく気付く。

 嫁ぐ云々のインパクトが大き過ぎて理解の範疇を飛び越していたが……コレは婚姻によってこの森の入り口(バウダ・シュンネイ)という街が利益を得るための、要するに『政略結婚』なのだということに。


(……つまり、その価値をなくしてやれば……

 要するに、帝国へと反旗を翻すための旗印の価値を……って、おい、ちょっと待て)


 己は今さらながらに気付かされた……先ほどボーラスがさらっと口にした「その事実」に驚愕を隠せない。

 己をが先ほど盃を飲み干した段階……勘違いとは言え娘婿として自らの勢力に組み込める算段が付いたことで意図的に巻き込んだのか、それとも酒宴の席だからこそ口が滑ったのか、単に己が反対したとしても収まらないほどに彼らの憎悪が蓄積しているのか。


(……どちらにしても、ヤバい)


 当たり前だが、国力の差を考えれば彼らの反乱なんて鎮圧されて終わるのは明白だ。

 この森の入り口(バウダ・シュンネイ)が多少大きな街であっても用意できる兵士は三百人が良いところであり……猿の王との戦いで疲弊しているのを考えると、精々百を超える程度が限界だろう。

 それに引き替え聖都の様子を思い返してみると……勿論、聖都も荒廃の一途を辿っており、未だに屍の王、炎の王、牙の王、霧の王、そして名前も知らないもう一人の王によって疲弊しているとは言え、それでも聖都は大都市である。

 街の大きさや神官の数から考えても、千や二千は未だに動員可能と思えるし……更に言えば、現在六王と対峙するために四方に散らばっている兵士たちを呼び戻しさえすれば、万単位の兵士を動かせかねない。

 勿論、そのためには六王の侵略から護りを捨てる、言わば捨て身の戦法なのだが……それでも、反乱軍が勝利を続け聖都が危機に陥ったならば、皇帝が領土を放棄してでも己の身を護ろうとして当然であり、そうなった場合、今ボーラスが口にしている反乱なんて動員兵数の差によって一瞬で踏み潰されて終わるだろう。


「……無理だ。

 地力が違い過ぎる。

 ただ死を迎えるだけになる」


「承知の上だ。

 だが、我らとしてもあんな不浄の(ダウゼ)(ジァ)に喰い散らかされた挙句、座して死ぬつもりなどさらさらない」


 そう告げるボーラスの声は静かな憎悪を秘めていて……その声に呼応するかのように周囲の男たちもその目を殺意にぎらつかせる。

 ソイツらの戦意に己は首を傾げざるを得ない。

 何しろ、彼らは今日……猿の王の脅威から解放されてようやく助かったのだ。

 なのに、何故、死に急ぐ?


「もし勝ったところで、六王によって聖都ごと滅ぼされるがオチだ。

 知っているのだろう、今の聖都の状況を」


「分かってはいる。

 分かってはいるが……我らはもう引けない。

 既に不浄の(ダウゼ)(ジァ)を……連中がこの国を……この街を教導するとかという名目で派遣してきた神官を斬り殺しているからな」


 彼らの翻意を促すため必死に言葉を探す己に、ボーラスは自分たちがもう退けない土壇場にいる理由を淡々と告げる。

 

「連中は最悪に腐っていた。

 賄賂を求める、女を寄越せと喚く、猿の王の脅威からは逃げるばかりか、無理な突撃や攻撃命令を乱発して兵士たちを散々死に至らしめる」


「……それは」


 確か佞臣、と言うのだったか。

 私腹を肥やすばかりで、国民を蔑にし王や皇帝へは嘘の報告ばかりをして国を滅ぼす最悪の連中。

 ……過去の剣士戦士を学ぶ段階で三国志や項羽と劉邦、水滸伝辺りは当然のように読み込んだ己としては、その辺りの知識は普通にある。

 そして、その手の欲の皮が突っ張った連中が辿ることになった末路も、だ。


「そればかりか、寡婦を宛がっていたのだが……未婚の娘を犯す暴挙に出たのだ。

 子供の未来を、命を断たされたのだ。

 ……殺さざるを得ない、だろう。

 そもそも我らは、神殿が勝手に送ってきた、あの腐った不浄の(ダウゼ)(ジァ)の餌ではない。

 その対応の所為で初動が遅れ、猿の王に先手を取られて食料も用意できず、防衛すらも儘ならない始末だった……と言うのは言い訳だな」


 どうやらこの国でもその手の連中が向かう先は同じらしい。

 そして、彼らの動機も分かるし……どちらかと言うと己としては彼らに対して同情的だ。

 戦いもしない連中が戦いに口を出せばどうなるか……素人集団が政権を握った感じの迷走を繰り返し、その度に無駄な死人を出してしまったのも容易に想像できる。


(だが、神殿としての立場も分かる)


 恐らくは、聖都よりも森の入り口(バウダ・シュンネイ)を一段下の存在として統治するため、神官をこの街の最高決定者として派遣したのだ。

 勿論、ソイツは上下関係を知らしめるだけの、要するにハンコを押す係なのに実入りが良いという……要するに無能でも勤まる高給取りの閑職。

 コネや賄賂で成り上がってきた阿呆が選ばれたのだろう。

 その結果が……まぁ、分かりやすい形で出た訳だが、それでも神殿としてはコネを持っているだけの無能だろうと、神殿の……(アー)の声を人々に届ける存在として派遣した神官を殺された以上、黙って見過ごすことなど出来る訳がない。

 ……そして。


「……何故、己にその話を、した?」


 両者の立場を理解した己は、何とかその言葉だけを口にする。

 それ以上の言葉を発せなかった、のが正解だったが。


「勿論、貴公の……貴方の技量を、勇気を、男気を見込んでだ、ジョン=ドゥ。

 我らは、貴方ならば帝国を討てると、勝てぬまでも先陣を切って戦いに赴いてくれると……いや、天賜(アー・レクトネリヒ)さえも拒む高潔な神官である貴方ならば、誘いを断ったとしても我らの立場を理解してくれると信じてのことだ」


 こちらをまっすぐに見つめながら放たれた、ボーラスのその言葉は正しかった。

 己は彼らに同情的だ。

 戦いもしない、欲深く無能なゴミなど斬り殺して当然だとも思っている。

 むしろ、正直に言って、この件では彼らに味方したいとまでも思っている。

 ……だけど。


「分かるさ。

 お前たちの行動がやむを得ないことだった、ということも。

 だから、この話は胸に仕舞い……この国を滅ぼそうとする六王を討つまでは、考えないようにしようと思っていた。

 正直、見逃したいと、思っている。

 だが、ダメなんだ、ボーラス=アダシュンネイ」


 己は……神の(アー)(ハルセルフ)としての立場がある己は、そう言わざるを得ない。


「何故か……聞かせて、貰えるだろうか?」


「神殿には……聖都には、鑑定眼(アー・ファルビリア)という天賜(アー・レクトネリヒ)を持った少女がいる。

 己の記憶は、彼女を通して全て見通される。

 ……お前が己に話した時点で、もう、己は隠し通せない」


 ボーラスが口にした当然の疑問に、己はそう言葉を返すことしか出来ない。

 ……そう。

 記憶を見聞きされる己では、隠し事など出来る筈がない。

 如何に己が愛刀を振るおうとも、まだ幾度か生き返ることの出来る身だったとしても……一度死んだらあの神殿で復活することが決まっている以上、彼らに対して抗う術など持ち合わせていない。

 あと自分が復活出来る回数がどれだけ残っているかは知らないが……生き返った直後の朦朧としている状態を狙われれば、生き返らなくなるまで殺され続けることとなるだけだ。

 まぁ、人に逢うては人を斬るような修羅の生活も、剣の修練という意味では悪くないのだが……それでも顔見知りが何人も出来てしまった今となっては、あの神殿の連中を敵に回すことは出来るだけ避けたい。


「そうすると……我らは貴方をも殺して、口を封じなければならない、訳、だ。

 恩人に対して仇で返すようで、心苦しいのだが」


 そして。

 (オレ)の立場を理解したこの神経質そうな隊長がそう言葉を紡ぎ……周囲の男たちが殺気立つのも、予想の範疇だった。

 己は連中の機先を制すように手を挙げ、口を開く。


「……いや、もっと良い手があるぞ、ボーラス=アダシュンネイ。

 戦える連中全員を集めて、街の外へ出て来てくれ」


 誰が見ても分かりやすく、自分に出来る唯一の解決策を胸に己はそう宣言すると……こちらを不安げに見つめるレティア=アダシュンネイが差し出した盃を一気に飲み干し、酒臭い息を吐き出したのだった。


2018/11/23 21:25投稿時


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