04-12
その酒宴に出された料理は豪華極まりないモノ、だったのだろう。
……少なくとも彼ら森の入り口に暮らす人たちにとっては。
だが、それらの料理は、曲がりなりにも食の飽和している現代日本で暮らしてきた己としては、どれだけ言い繕ったところで豪華と言えるほどのモノではないのが実情だった。
主食である黍粉で練られたヌグァは当然として、ゼンマイっぽい干した山菜の山鳥の卵とじ、塩漬けされた筍っぽい煮物、塩漬けされたイノシシらしき肉と野菜のスープ、山鳥の塩窯焼き、ハチノコっぽい虫の炒めもの、カブトムシ風の何かの煮つけ、ヘビらしき細長い生き物の姿焼き、猿擬きの姿焼き……等々。
前半も田舎料理としてはそう珍しいモノではないし、後半に至ってはもう己としては食い物と認めたくはない系統の食い物ではあるが……まぁ、一斉に並んでいるそれらは確かに豪華と言えないことはない。
ただ、己の感覚としては少しばかり豪勢な田舎料理の域を超えない、というだけの話である。
一言付け加えるならば、それらの料理を床に敷いた絨緞に並べている所為で豪華な料理ではなくて親戚一同が集まって食べている田舎料理としか思えないのだが……まぁ、それを含めてこの国らしいと言えばらしいのかもしれない。
と言っても、その行儀作法に何らかの忌避がある訳でもなく……そもそも、日本人をやっていた己に「胡坐で飯を食う」ことに抵抗がある筈もないのだが。
「……さぁ、喰ってくれ。
我が街で用意できる全てを費やした」
料理を前にして空腹を抑え切れなくなっている己にそう声をかけてくれたのは、この街の守備隊長……ボーラス=アダシュンネイだった。
何となくシャレにならない言葉がくっついていた気がしたが、空腹が極まっていた己はその言葉の意味を深く考えることなく、許可が出るや否や、即座にこの中では最も慣れ親しんでいるだろう、イノシシっぽい肉のスープに手をつける。
恐らく最も食べやすいのはヌグァなのだろうが……今はあの硬い黍粉のパン擬きを噛み砕く間が惜しい。
一気に器一杯のスープを飲み干して人心地ついた己は、次にようやく主食であるヌグァを口に含む。
相変わらず硬いと思われたソレは、焼き立ての所為か柔らかく……もしかしたら黍粉だけではなく小麦も混ぜられているかもしれない。
正直に言って剣術しか知らない己としては、食事なんてカロリー供給と各種栄養素の補給という程度の行為でしかなく……そんな味の細かな違いを認識できるほど舌に自信がある訳でもないが。
「あ、あのっ、どうぞ」
そうして主食に喰らいついていた己に、いつの間にかレティアがそう盃を差し出してくる。
中に入っていたのは、黍粉を発酵させた酒で……いつぞやの酒宴で口にしたあの酒と同じものだった。
「ああ、済まない」
己はレティアにそう告げると、その盃を一気に飲み干す。
相変わらず濁酒のような癖が気になったが……まぁ、たまにしか飲まないのだから、これも悪くないだろう。
そんな己が盃を飲み干した瞬間、まるでそれが何かの合図だったかのように周囲から歓声が上がる。
その声に顔を上げた己は、今さらながらにこの宴席に結構な人数が訪れている事実に気付かされた。
(知らぬ内にこんなに集まって……
って、何故赤くなってる?)
飯に気を取られて酒宴に人が集まっていることに気付かなかった自分を恥じつつ……己はそれよりも隣の席に座っているレティアが顔を真っ赤にして俯いているその姿に、さっき寝起きで醜態を見せてしまったのを思い出し、少しばかり動揺している自分を自覚する。
差し出された杯を一気に飲み干すことに何かセクハラ的な意味でもあったのかと己が内心で疑問に思う中……勿論、身体は普通に山菜の卵とじを喰らっていたが、そんな中、この砦の隊長であるボーラスが口を開く。
「さぁ、みんな飲んでくれっ!
先ほど入った報によると、この街は猿の王の脅威から解放されたことが確認されたっ!」
冷静な外見の男が放ったその声は……もう叫び声と言っても過言ではなかった。
そして、その声に呼応するように歓声を上げる宴席に座った連中も同じかそれ以上の喜びを身体中で表し……その様子はまさに狂喜としか表現できないほどの代物だった。
己はそんな中でも我関せずのまま、ヌグァを手に取って食べ続けていた。
たとえそれが礼儀知らずと思われる行為だろうと、周囲の空気を読めない男と思われたとしても……この飢えの前では許されるに違いない。
実際のところ、叫びを上げていた男たちは喜びの叫びを口にしつつも、手にした盃を次から次へと飲み干していて、見回してみれば、ボーラスの言葉を聞くでもなくただただ料理を手にしている者たちも多い。
「その奇跡を為したのが、この男……ジョン=ドゥだっ!
たった一人であの死の森へと挑みっ、猿の王を討った……まさに伝説にある神の剣のような偉業を為したと言えるっ!」
「……ぐっ」
何気なくボーラスが告げたその言葉に、己は思わず息を呑んでヌグァを詰まらせ……すぐさまレティアが差し出してくれた酒を飲み干すことで事なきを得る。
尤も、知らず知らずの内に正体がバレたかと疑って周囲を見渡してみれば、別段そういうこともなく、周囲の連中はボーラスの語り口に夢中で……己が咽喉を詰まらせたことにすら一人として気付いていないようにも見えていた。
そしてその騒ぎの中、演説を続けていたボーラス自身は周囲の連中と同じように己の様子などに意に介す気配もなく徐々に声を荒げ……どうやら叫んでいる内に感極まったらしく、涙さえも浮かべている始末である。
「この帝国は腐っているっ!
一度は敗北し恭順した我らだが……もう我慢の限界だっ!
神殿もまた、人の治める以上、その腐敗からは避けられないっ!
この砦に来た神官の不浄の獣が何をしたか、お前たちも覚えているだろうっ!」
その叫びに呼応するかのように周囲の男たちは殺意と怒号を口々に叫び……彼らの様子を見る限り、やはり帝国の武力によって支配下に置かれた後、この街の人々は不遇の日々を送ってきたのだろう。
そんな酒宴の空気を前に、何かきな臭くなってきたなぁと己は肩を竦めると……その動作一つで周囲へと向かって注意を断ち切り、山鳥の塩窯焼きへと意識を集中させる。
戦闘中に血と汗を流し過ぎたのか、ただの塩が舌の先をしびれさせるほど美味く……その塩味一つで己の中ではもうボーラスの演説など、ただの言葉の羅列でしかなくなっていた。
「あの不浄の獣を殺した我々には、もう後がないっ!
我が娘をこのジョンに嫁がせ……彼もこれに同意してくれたっ!
ならばこそっ、猿の王を討った彼を旗印に帝国を討つっ!」
「待て待て待て待てっ!」
だけど、ボーラスが告げたその台詞は塩っ気の効いた鳥肉よりも遥かに衝撃が強く……幾ら己が剣術にしか興味がない社会不適合者だとしても、流石に聞き流すことが出来ない代物だった。
直後に慌てて己が口にした抗議の声を耳にしても、ボーラスのおっさんはただ首を傾げるだけで……自らの発言に一切の疑問を抱いた気配がない有様である。
「い、色々突っ込みどころがあるが……
まず、嫁がせって何だ、嫁がせって!」
「貴公は娘の注いだ盃を一気に飲み干した、だろう?
あれは娘を受け入れる覚悟がある、意思表示なんだが……
まさか知らないとは言わないよな?」
己の突っ込みを前に、ボーラスは真面目くさった顔でそう告げる。
どうやら現代日本の酒宴と違い、こちらの席ではあまり適齢期の女性が男性に酒を注ぐ行動自体がないらしく……さっきの一幕自体がどうやら少女の人生を大きく捻じ曲げるほどの、重大な行動だったのだろう。
とは言え……そう言われたところで、己はこの国の人間ではない。
(こちらの風習なんざ……っ!)
正直な話……己としては、そう言葉を返したかった。
だが、これだけの人前で……全員がこちらを不思議そうに見つめている、特に当のレティア自身が疑い一つ持たない純真無垢の瞳で己を見つめている最中に、流石にこれを否定する言葉は吐けない。
「お、己は、まだ修行中で、稼ぎ……家……」
言い訳を探そうとする己だったが、実際のところあの神殿でエーデリナレに提示された報酬がかなりの額に達していることを今になって思い出す。
そして、その金で家を買っている……場所も知らないが、家の名目でそれなりの額を払っていることを。
幾ら己が剣術しか知らない馬鹿で、嫁を貰えるような実力もないとは言え……他人の人生がかかっているこんな場所で嘘を吐くことなど許される訳がない。
ついでに言えば、底の浅い嘘なんざすぐにバレてしまうだろう。
だから、己は息を一つ吐き出すと……脳の片隅をじわじわと浸食し始めていた酔いを追い払い、真顔を造って言い訳を紡ぎ出す。
「流石に、彼女は若過ぎるだろう?
世継ぎを産むにしてもまだ若い」
「そうは言ってもな、ジョン=ドゥ。
先代も当代も、皇帝であれば八歳の嫁を迎えている。
コイツはもう十三……十分だろう」
尤も、口先だけの危機回避は、所詮口先だけでしかなく……こちらの世界に合わせたと思っていた己の正論は、あっさりと義父になりかけている男による「こちらの世界の正論」によって迎撃されてしまう。
現代日本ではあり得ないが、昔のイスラム圏内では八歳で結婚することもあり……日本でも戦国時代などでは一桁台で既に敵国に嫁がされるなんてこともあったという。
……つまり、断るのに年齢を出したのがそもそもの間違いだった訳だ。
「それに、嫁に貰ったからすぐに子作りする訳でもない。
お互いを知ってからでも十分だ。
その辺りは夫婦同士の問題だがな」
「……っ、くっ」
そして更なる正論に、己は返す言葉すらも失う。
実際のところ、結婚がすぐさま性交渉に直結するのは晩婚化が進んでいるこっちの風習で、政略結婚や結婚が家同士の繋がりと昔ではそういう顔見せから始まった結婚も多かったことだろう。
生憎と己は結婚をした経験などなく、そういう知識を集めたこともない身の上であり……全てはただの推測に過ぎないのだが。
それよりも、中途半端な知識で反論をした所為で、己に嫁ぐことになりそうな少女に対する反論が一切浮かばなくなったのが一番ヤバい。
そうしている内に時間は過ぎ去ってしまい……反対しない己の様子に、周囲の場がほぼ決まった空気を醸し出していて。
己はついに、反対すべき流れそのものが既に失われてしまったことを悟ってしまう。
つまり……
(……詰んだ、な)
どうやら己は、全く意図もしていないというのに、知らぬ間に訳の分からない理由で幼な妻を貰うことが決まってしまった、ようだった。
2018/11/20 22:10投稿時
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