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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:04「猿の王:後編」
56/130

04-10


 素振りを続けた(オレ)が疲労の極致を迎えたり、正気を取り戻した猿擬きに拝まれたり、巨大な森の主(エル・シュンネイ)が己を見た瞬間に一目散に逃げ出したりと色々あって……ただ森から歩いて帰るだけの行程に、戦い続けた行きがけとほぼ同じ時間を費やした結果。

 己が森の入り口(バウダ・シュンネイ)へと辿り着いたのは日も暮れかけた頃のことだった。


「お、おい、あんた……」


 そうして、相変わらず門番をしていた怪談好きのおっさんが街へと辿り着いた己を視界に捉えた途端、慌てたを通り越し血相を変えたと言っても過言ではない様子で、こちらへと駆け寄ってきた。

 そのおっさんの尋常でない様子を見た己は、背後に敵がいないことを確認し、ふと心当たりを思い出して自分の身体を見下ろし……視界に入ってきた自らのあまりの惨状に、己は自然と納得の溜息を吐いていた。


(そりゃそうだ)


 猿の王との死闘で【再生】の天賜(アー・レクトネリヒ)を乱発したことにより、痛みが消え去っていたから忘れていたが……そもそも己の身体は【再生】なんてインチキがなければ満身創痍と言ってもおかしくないダメージを受けている。

 錆びた剣を身体で受け、斧を食い込ませ、爪で引っかかれ、棘を身体で引き千切りながらも戦い続けた……傷口そのものは天賜で癒えているにしても、出血がなかったことにはならず、破れた服が元に戻ることもない。

 つまり今の己は、天賜を使ったことを知らない他者から見ると血まみれの死闘をようやく生き延びた、半死人どころか九割方死んでいるような有様なのだ。

 ついでに言うと、戦いの疲労に加えて素振りと森を歩くのに残された全ての体力を使い切り、ただまっすぐ歩くことすらも厳しく……今、あの猿擬きどころか、いつも軽々と斬り殺している盗賊(ざこ)が一匹でも襲い掛かってきたら、愛刀すら振るえず無抵抗のまま殺されてしまうことだろう。


「医療班っ、重傷者だっ!

 早く来てくれぇええええっ!」


 門番のおっさんは意外に優秀な兵士なのか、三歩ほど駆けたところで我に返ったかのようにそう叫び……叫びながらも己へと駆け寄ってくる。

 そればかりか人様の服を脱がそうとしてくる始末である。


「ま、待て。

 これはっ、ちょ、待てって言ってるだろうがっ!」


 親切心からの行為だと分かってはいる。

 分かってはいるが……健康体のままおっさんに服を脱がされる趣味はない。

 そして、普段ならばそのまま腕を逆関節に決めて投げる、もしくは掌底を顎先に当てて黙らせるくらいは出来る己ではあるが、今の体力ではそれも厳しいのが実情である。

 取りあえず己は、残された僅かな体力を用いて、おっさんの顎を一発ぶん殴ることで何とか動きを止めることに成功していた。

 ……情けない話ではあるが、疲労困憊の己が放った一撃は、渾身の力を込めたにもかかわらず、おっさんの顎を揺らすどころか痛打を与えることすら出来ないほど貧弱極まりない代物だったが。

 幸いにしてそんな貧弱な一撃でも、慌てふためいていたおっさんを正気に戻すことだけは出来たらしく……取りあえずそこから森の中での戦いを一通り説明し、己はようやく一息つくことが出来たのだった。





「つまり、怪我はない、と?」


「いや、怪我はした、が……治った、のが正解だ。

 これでも一応は、神殿兵(ハルセルフ)なんでな」


 怪我人を介抱しようと善意で集まった兵士たちに向け、神殿で貰った身分証を見せつけるようにして己はそう告げる。

 コイツらを説得するために己は上半身を裸にされた上、あちこちをべたべたと触りまくられるという対価を払うこととなり……少しばかり不機嫌になっていた。

 己も修業時代、師匠に連れられてあちこちの道場に顔を出した経験もあって体育会系の付き合い方ってのもそう嫌いではないが……それでも野郎にべたべたされて喜ぶ趣味なんざ持ち合わせてはいない。

 ちなみに戦闘によって皮下脂肪に蓄えられていたカロリー全てを費やした結果、己の身体はボディビルダーもびっくりするほど筋肉が強調されていて……正直、あまり人目に晒したい代物ではない。

 そもそもこの状態では瞬発力はあっても持久力が心許ないため、僅かに皮下脂肪を残す程度には肉を付け直す必要があり……こんな戦闘に適さない身体でいる時点で自己管理不足……要するに剣術家としては恥なのだ。


「ってすると……本当に?」


「ああ、猿の王は……討った。

 ま、明日にでも誰か、確認のために森を、見て来てくれ」


 己が自らの肉体改造計画を練り直している間にも、兵士たちが未だに半信半疑の様相でそう尋ねてきて……その問いに己は一つ頷き、そんな提案をしてやる。

 実際、「貴方たちを苦しめてきた、化け物を殺しました」なんて言われても、すぐさま信じられる訳もない。

 百聞は一見に如かずとの言葉通り、幾ら手間だろうと危険が伴おうとも、自分たちの目で見て確かめることが絶対に必要だろう。


「じゃ、ま、そういうことだ。

 ……後は任せた」


 一通り説明が終わって、連中の顔に納得の色が浮かんだのを見て取った己はそう告げると、残された体力を振り絞って立ち上がりながら上着を羽織る。

 まださほど寒い訳でもなく、剣術で鍛え上げた身体を他者に見せることに抵抗がある訳でもないのだが……やはり野郎に上半身だけとは言え身体を見せびらかす行為を楽しいとは思えない己である。

 尤も、残された体力すらも立ち上がるのに使った所為で、服を着るというよりは腕を袖に通しただけという有様だったが。


「お、おい。

 何処へ?」


 急に立ち上がった己を見て機嫌を損ねたと思ったのか、門番の兵士……怪談好きのヤツがそう問いかけてくる。


「……寝るんだよ」


 そう返した己の声は、かなり不機嫌だと分かるほどドスが効いていた。

 実際、己は限界寸前だったのだ。

 達人の領域を継続し続け、死線を超え続けた精神的疲労に加え、負傷と再生を繰り返し極限まで身体を酷使した肉体的疲労……。

 そして何よりも、憤怒に駆られ天賜(アー・レクトネリヒ)の根源となる自分の中の『何か』……ゲームで言うところのMPのようなモノが枯渇寸前となっている感覚。

 それら全てが己を睡眠へと誘ってくる。

 いや、正直に言おう。

 今、自分が意識を保てているのが不思議なほど、己は疲労の極限にあった。

 とは言え、敵意がないと分かっているこの連中の前だろうとも、そんな体力の極限などという弱みを……剣術家として常在戦場を体現すべき己としては、たとえ誰であろうとも隙を見せる気などなく、必死に意地を張って平然としたフリをしていたのだが。


「あ、ああ、そう、か。

 ……起きた時は、覚悟していてくれ。

 喰い切れないほどの飯を、用意してやる」


「……そう、か。

 楽しみに、して……」


 だが、如何に維持を張ったところで、安全な場所へと戻ってきた安堵はやはり大きかったらしく……己が自分を保てたのもそこまでだった。

 常在戦場を覚悟しているなんて美辞麗句を口にしつつも実態が伴っていないという情けない話だったが……たったの三歩を歩いただけで、己の意識はすぐさま闇に呑まれて落ち込んでしまったのだった。

 もしかしたら……コイツらの鬱陶しい世話焼きの所為で修行していた昔を思い出し、つい気が緩んでしまったのかもしれない。



1018/11/08 22:10投稿時


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