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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:04「猿の王:後編」
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04-09


「そう、か。

 なら……余は、間違えていたのだろうな」


 誰にも分からないだろう、(オレ)の生き様を聞いた猿の王は、それでも何か感じるものがあったらしく、何処となく自嘲しながらもそう口を開き始めた。


「両手両足を杭打たれ、動けなくなった余の前で……神聖帝国の兵士共は余の子分たちを、護るべき民たちを嬲り殺したのだ。

 あの者たちの仇を討つために、あの者たちの無念を晴らすために、あの者たちの慟哭の一厘だろうと思い知らせるために……余はあの異界の神の誘いに乗った。

 いや……その選択を間違いだとは、今でも思わぬ」


 その口調には未だに燻る憎悪が込められていて……この周囲の惨状を見る限り、それも当然なのだろうと思う。

 尤も、己の貧弱な想像力ではその惨劇を上手く想像することなど出来やしないが。


「だから、余がすべきは両手両足……いや、指一本を動かすこともなく、この場から動くこともなく、あのクソ共を一人残らず殺し尽くそうと、それだけを考えていた。

 そして、それはなろうとしていた。

 周辺の小さな村々を滅ぼし、我ら王族を売り払った元王都を……裏切り者共のあの都もう少しで落せたところであった」


 その言葉を聞いた己は、森の入り口(バウダ・シュンネイ)に入った時に見た、拒馬槍とぼろぼろの防壁を思い出していた。


(考えてみれば……そもそも、あの木組みの防壁がおかしかった)


 この国は基本、治安がそれほど良い訳でもなく……六王の侵略によって情勢が不安定化しているにしろ、盗賊がゴロゴロしている社会である。

 そんな状況だというのに、火攻めされただけで燃え落ちるような木組みの防壁で街を護ろうとするだろうか?

 アレは所詮、猿の王に対抗するために突貫工事で造られたモノでしかなく、恐らくそれまでは防壁などなかった……帝国の侵略によって支配下に置かれたために、外敵から身を護るための壁すら「造る自由がなかった」と考えるのが自然、ではないだろうか?


(……ただの推測に過ぎないが、な)


 そんな己の推測を知る由もない猿の王は、指一本動かせない磔のまま、その口を動かし続ける。


「だが、男ならば貴様……いや、貴方のように何をするにしても余自らがこの手で、自らの力で行うべきだったのだろう、な。

 余が幼く弱く……誰一人護れなかった。

 あのクソ共を許すことは出来ぬだろうが……余自身のその罪から目を背け、借り物の力で復讐を願ったことこそが……その弱さこそが余の過ちか」


 そう告げる猿の王は、確かにしっかりと次期王としての教育を受けた者、なのだろう。

 王は民を護るモノだと……その身は未だに幼いというのに、弱いことが罪であると……人の上に立つ者としての基本的な考え方をきっちり理解しているのだから。

 そして、そんなしっかりとした若者であればこそ……成人した後でどれだけの統率力を見せるのかが不安となり、その血を絶やそうと考えた神聖帝国の連中の気持ちも分からなくはない。

 ……子供を嬲り殺しにするような、下衆な真似には全く共感出来ないにしろ。


「何にしろ、余は敗れた。

 勝ち方に納得がいかぬとは言え、余の復讐を打ち砕いたことに変わりはない。

 勝利を誇れとは言わぬが……余の敗北を惨めなものとせぬために、せめて俯くのは辞めて胸を張るが良い、真の(バル)戦士(ダヌグ)よ」


 己にそう告げた、その時だった。

 まるで言いたいこと全てを言い終えるのを待っていたかのように、猿の王の左腕が突如としてひび割れ、塩の塊となって砕け始める。


「ああ、もう終わり、か。

 ……異界の神に貰った力が、今、尽き果てたのが分かる」


 己の最期を理解しているのだろう、猿の王と呼ばれた者はその身体を徐々に崩壊させ始めていた。


「もう、復讐は、良いのか?」


「いや、余は未だにあのクズ共を未だに許すことは出来ぬ。

 だが、貴方に託そう……真の(バル)戦士(ダヌグ)よ」


 死にゆく者へのせめてもの慰めにと己が告げたその声に、猿の王はそう語りながら……右腕を砕きながらもこちらへと突き出す。

 まるで、バトンタッチをするかのように。

 こちらの世界にその風習があるかどうかは分からないが……己に出来ることは、ただその手首から先が砕けてなくなった右腕を取ること、だけだった。


「なら、教えてくれ。

 誰が、どんな連中が、この惨状を、しでかしたんだっ!」


「言葉で告げる必要もあるまい。

 貴方はこの惨状を見て眉をひそめた。

 である以上、天賜(アー・レクトネリヒ)を使っての勝利すら拒む高潔な貴方なら……(アー)の力すらも由とせぬ貴方なら、必ずあのクズ共を討とうとしてくれるに違いない」


 とうとう顔の原型すらも留めなくなりながら、猿の王はそう断言する。

 己がコイツの、コイツらの仇を討つ保証など何一つないというのに、絶対に己が仇を討つと確信した口調のままで。


「あのクズ共は、我の仇ではなく、我らが恨みではなく、貴方に……神の《アー》持ちし剣(ハルセルフ)の意思によって滅ぼされるのだ。

 (アー)の名を騙り好き放題しているそのツケを、(アー)が呼び出した貴方が滅ぼす。

 それで、余は十分だ」


 天網恢恢疎にして漏らさず……もしくは因果応報か。

 そういう類の諧謔だったのだろう。

 猿の王は……名前すらも知らないままだった失われた王国の王子は、その言葉を告げると、そのボロボロの身体から最後の力を抜き、崩壊を起こしてただの塩の塊へと化す。

 周囲を見渡す限り、赤茶けた棘の蔦は何処にも見当たらず……恐らく猿の王の死と同時に崩壊して消えたのだろう。

 残されたのは数多の白骨死体……神聖帝国による虐殺跡と、猿の王に操られていた猿擬きの死体たち。

 そして、ぼろぼろに蹂躙された……蔦によって圧殺された、枯れた木々だけという有様だった。


(……負けた。

 生き延びはしたが……己の剣は、完敗、だ。

 己は……もっと強くならないと、な)


 猿の王が幾ら勝ちを譲ろうとも、胸を張れと言われても、己としては……剣術家としては今回の戦いは勝利などではなく、技量がまるで及ばなかった、ただの敗北に過ぎない。

 連携の取れた猿擬きを上手く立ち回り、愛刀で捌き切り、傷は皮一枚だけに抑え、そうして全てを討ち滅ぼすほどの剣技を身に付けなければならないのだ。


(……あの時は、こうすれば良かった、な)


 己はそう戦いを思い返しながらも、木々の中、藪の中で歩くことも愛刀を振るうことも困難な中、上段袈裟切り横薙ぎと素振りを繰り返しながら、来た道を辿るように森の入り口(バウダ・シュンネイ)へと進み始めたのだった。


2018/10/06 21:01 投稿時


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