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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:04「猿の王:後編」
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04-08


「……ぁ?

 (オレ)は、一体、何を……」


 猿の王……磔にされた小柄な死体の胸へとマチェットを叩き込み、『その存在を断ち切った』と直感したその瞬間、己はそう我に返る。

 身体中から湧き上がる痛みにそう驚かないのは、さっきまでの怒りに狂った自分の姿がしっかりと記憶にあるからで……

 

(……ああ、そう、か)


 そして……己の両手にあるマチェットが……猿の王の心臓を貫いている二本の剣鉈を目の当たりにした瞬間、己は自分が何をやらかしたのかを理解し、強烈な自己嫌悪に顔を歪めていた。

 勝ったなどと胸を張るどころではない。

 こんなのは、毒の所為とは言え怒りに我を捨て刀を捨て、己の全てとも言える剣術を捨て……(アー)が勝手に寄越した下らない剣以外の力で敵を圧倒し、心臓に刃物を突き立てだけ、でしかない。


「貴様の勝ちだ。

 神の(アー)使途(ハルセルフ)よ……」


 そんな己の内心を知る由もない六王……磔にされて動けなかった猿の王は、胸を二本の剣鉈に貫かれたのを意に介すことなく、口を動かして己にそう敗北を告げる。

 干からびた磔死体でしかない猿の王に何故声が出せるのか、そして、急所を確実に突き刺してその存在を断ち切ったというのに何故生きているのかは分からないが……恐らく、そのどっちもが異界の神とやらの恩恵の所為、なのだろう。

 その口調に無念の響きはあっても、あの猿擬きを狂乱へと導き、神聖帝国全てを滅ぼそうとしていた狂った殺戮者としての片鱗は窺えない。

 もしかすると……胸に突き立てた二本の剣鉈が、猿の王の妄執や憎悪などを一緒に砕いてしまったのだろうか。


「己は、勝ってない。

 こんな勝ち方など……己は、認めない。

 ただ、死ななかった、だけ、だ」


 そんな穏やかさまでも感じられる、磔になったままの王の言葉を……それでも己は首を振って否定することしか出来ない。

 事実、剣の道を志した己としては……こんな無様極まりない終わり方を勝利だなんて認められる訳もないのだから。

 

「ははっ……そう卑下する必要などないだろう。

 貴様はこうして余を滅ぼし……帝国を護ったのだ」


 そう告げる猿の王の声はまだ男女の区別が出来ない程に幼く……だけど、それでも王としての威厳を取り繕っているのは紛れもない事実で。


(恐らくは、帝国が侵略した国の王族。

 それも、王子かそれに類する存在)


 数十年前にあの死の王……レセムトハンド=レクトハルト=エリムグラウトとやらが版図を広げた際に滅ぼされた国家の一つ。

 つまりこの猿の王は、数十年前の亡霊だろうと己は推測してみる。

 勿論、そんなのはただの推測でしかなく……


「胸を張るが良い。

 貴様は、神聖帝国を護ったのだ。

 ……余の敵ではあるが、まさに真の(バル)戦士(ダヌグ)と呼ぶに相応しき者よ。

 その戦いぶりを、素直に賞賛させてもらう」


 磔の死体……猿の王は胸に鉈剣が突き刺さったまま、その小さな身体の通り、まるで子供のような声でそう己に語りかけてくる。

 その声の響きは、数日前己の弟子一号となった戦士(ダヌグ)という名の少年と同じ……強さへの純粋な憧憬が込められたもので。

 

(己は、そんな大したことはしていないっ!)


 その憧憬にも似た声色に耐えられなくなった己は、未だに突き刺したままだった剣鉈を抜くと数歩後ずさる。

 事実、己は何もしていない。

 何しろ、毒によって引き出された怒りに我を忘れていたとは言え……己にはその間の記憶が全てあるのだ。


「まさに、真のあの大木を打ち払った、凄まじい異能。

 あの至高神(アー)の天賜というのが気に食わないが……その力は称賛に値する」


 猿の王の言葉に、己は首を横に振る。

 アレは……そんなに大したものじゃない。

 猿擬きに集られている最中、周囲の木々が鬱陶しいと……万能の天賜(アー・レクトネリヒ)を使って周囲の木々を薙ぎ払ってしまえば、もっと楽に戦えると考えたから。

 つまり……戦場の不利を剣術で覆すことも出来ず、技量から逃げ出して下らない超能力へと逃げ出した、己自身の弱さの発露に過ぎない。


「そして、すぐさま両の手に武器を持ち替えたその機転。

 傷付きながらも欠片も臆すことなく次々と我が配下を屠ったその手腕」


(……辞めて、くれっ!)


 子供の憧憬に耐えられなくなった己は、だけど子供の憧れを壊すことも出来ず、ただ内心でそう悲鳴を上げる。

 実際、アレはそれほど大したものではない。

 両の手に武器を持ち替えたのは、単に敵の数が多く……しかも連携を取っていたために、単純に手が足りなかったから。

 数の差を技量で覆すことが出来ず、覆そうともせず超能力へと逃避しただけ。

 そして、己の膂力では二天一流の宮本武蔵のように日本刀を両の手で振るうことが叶わず、しかも周囲の茂みでは日本刀よりも剣鉈のような武器の方が便利だなと……

 戦闘中にそう頭の片隅を過った「剣術からの逃げ」が、形になっただけに過ぎない。


(敵の攻撃を避けなかったのも同じだ)


 敵の攻撃が軽いことは……一撃必殺というには程遠いことは、追い詰められている間に分かっていた。

 天賜(アー・レクトネリヒ)によって傷が治るのであれば、小賢しい連携などダメージを喰らいながらでも食い破ってやれば楽だろうと……(アー)の力なんて下らない手品に、心の何処かで逃げようとしていたから、そんな行動に出てしまったのだ。


「そして何よりも我が毒に冒されながらも踏みとどまり、剣を振るい続けたその強靭な意志。

 ……何もかもが真の戦士と言えよう」


(全て、誤解だっ!)


 猿の王はそう言うが、己は毒に勝る強靭な意志など持ち合わせていない。

 毒によって理性を失ったからこそ、自らの手足であり唯一と定めた愛刀「村柾」を捨て、自らの誇りである「剣技」を捨て……神の力なんて下らないモノを使ってただ単純に死から逃れただけに過ぎない。

 例えるならば……剣士が立ち合いの際、愛刀を捨て銃を使って勝ったようなものだ。


(確かに、剣術ってのは生き残るための技術だ)


 だからこそ、死なないために……生き残るためになりふり構わないのが正しいあり方であり、死ななかった事実を喜ぶべき、なのだろう。

 だけど……それで納得できるなら、己は剣技に全てを費やしていない。

 命を落としてまでこんな世界へと足を突っ込んではいない。

 ……己がそんな自責の念に苛まれていることが、口にせずとも分かったらしい。


「何が、気に入らないのだ、真の(バル)戦士(ダヌグ)よ。

 貴様は、余から勝利をもぎ取ったのだぞ?」


 猿の王が己に向けてそう問いかけ……自分がその勝利を誇れない以上、この内心のわだかまりを吐き出すことが敗者への手向けだと感じた己は、僅かに躊躇いながらも口を開く。


「己は……己の両の手だけで、この愛刀一本だけで、勝ちたかっただけだ」


 手にしていた剣鉈を捨て、空いた手で愛刀「村正」を引き抜きながらそう告げる。

 地球で笑われ続け、狂人扱いされ続けた己のこの生き様が、異世界人の……しかも憎悪にそまった猿の王に理解出来るかどうかは分からない。

 だけど、その命を奪った者として……その復讐と怨念を断ち切った者として、せめて己の思いだけは口にしなければならない、だろうと感じたのだ。


「あんな……(アー)の力など必要ない。

 己は、己自身の剣技で、全てを制したい。

 そのために、神の言葉に従って、この世界へと……六王と戦いに来たのだから」


 そして……そんな己の思いが通じたかどうかは分からない。

 分からないが、磔にされたまま神聖帝国を滅ぼそうとしていた六王の一人には、何か響くものがあったのだろう。


「そう、か。

 なら……余は、間違えていたのだろうな」


 何故ならば、己の言葉を聞いた猿の王は……そう呼ばれていた亡国の王族は、自嘲気味にそう呟いたのだから。


2018/10/05 20:38投稿時


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