04-06
「ぅぉおおおおおおおおおおおおっ?」
四方八方からの蔦が、まるで鞭のように襲い掛かってくるその非常事態に、己の口からは思わずそんな叫び声が零れ出ていた。
……よく見ると、蔦が動いた訳じゃない。
狂気に冒され狂っている筈の猿擬きが蔦の背後に隠れていて、負荷をかけてしならせていた蔦を一斉に解放した……要するにでこぴんの原理を利用した、凶悪なトラップを手動で発動させやがったのだ。
しかもそれらの蔦一つ一つには、刺された者を狂気に陥らせる凶悪な毒を持っていて、触れただけで致命傷となるだろう。
……だけど。
(見え、るっ!)
その絶望的な攻撃を目の当たりにした瞬間、己は一気に達人モード……異常な動体視力と判断力を持ち得た集中状態へと陥り、それらの蔦の軌道全てを見切ることに成功していた。
そうして全ての蔦の軌道を見切った己は、頭上への一撃と袈裟切りの一撃は右へ一歩ズレるだけで空中衝突すると判断……同時にそう身体を動かし、横薙ぎの一撃と逆さ袈裟の一撃は愛刀をその軌道上へと叩き付けることで切り飛ばす。
「っととっ」
直後にもう半歩横へと跳ぶことで、地面を叩いた所為で一瞬だけ到達が送れた逆風の軌道を描く蔦を躱す。
次の瞬間に追撃するかのように空中衝突していた二つの蔦に猿擬きが掴まり、その体重そのものを兵器として襲い掛かってきたが、視界の縁で猿擬きたちの動きを見ていた己は、特に焦ることなく袈裟斬りの一刀で蔦ごと猿擬き二匹を同時に切り払うことに成功する。
(今のは……ヤバかった……)
もう一歩だけ飛びずさり、自らが切り拓いて蔦を消し去った安全地帯へと退いた己は、大きく溜息を吐くと同時に身体中から噴き出してきた脂汗を自覚する。
動けない筈の猿の王……その思い込みを逆手に取った凄まじいトラップ。
狂気に陥っている筈の猿擬き共が何故こんな真似が出来たのか……興味深くはあるが、今はその答えを探している暇はない、だろう。
「……なるほど。
本体の危機に配下を呼び戻した、って訳だ」
気付けば周囲には百を超えるほどの猿擬きが前後左右上下とあらゆる場所に群がっていて……それら全ての瞳が狂気に血走っている。
だと言うのに、連中はまるで号令を待つかのようにその場に留まり襲い掛かってくる気配がない。
だが、それは己を見逃してくれるなんてお優しい理由なんかじゃなく……猿の王の号令によって一斉に襲い掛かってくるタイミングを計っているだけ、なのだろうが。
(ま、望むところだ)
抵抗一つ出来ない、磔にされて嬲り殺された死体を斬って全てが解決するような……そんな後味の悪い結末は望んでいなかった己である。
むしろこうして殺して殺されそうになって殺し合う中で勝負が決まる方が遥かにマシだ。
正確には、己は剣の腕を磨くためにこの国に来たのであって、この国を救いに来た訳じゃないのだから、殺し合いになってくれなければ己としては意味がない訳だが。
「まぁ、御託はどうでも良いか。
……来ないなら、こっちから行くぞ?」
見守るばかりの猿擬きの群れに対し、己はそう笑いながら告げると……連中が戦わざるを得ない環境を作り出すため、一気に猿の王本体へと襲い掛かったのだった。
頭上からの落下攻撃を見切った己は、上体を仰け反らせて躱すと同時に愛刀を逆風に斬り上げ、猿擬きの胴を両断する。
「十四……つぁっ?」
直後に死角から飛んできた小石を何とか額で受け止め、血が顔を流れるのを袖でふき取りながらも、己は愛刀を横薙ぎに払って周囲の猿擬きを牽制する。
「……く、はは、はっ」
頭蓋骨の内側まで響くようなその痛みに、知らず知らずの内に己は笑みを浮かべていた。
既に身体には肩とわき腹に矢が二本、錆びた剣や斧が身体を掠めること七度……中でも右足の太ももに喰らった石斧の所為で、さっきからどうしても踏み込みが甘くなる。
(流石に、手強い。
と言うか、勝てる気がしない)
前後左右どころか上下まで含めた立体的な波状攻撃、狂気の所為で致命傷程度では止まらず、猿の王による支配が完全な所為か、連続攻撃や同時攻撃のタイミングがシビアで……更に矢や投槍、投石などを用いた遠距離攻撃までもが飛んでくる始末。
そうした攻撃の中で最も恐ろしいのが、蔦を用いた特攻だろう。
自らの手足を血まみれにしながら、そして己の刃に斬り殺されることを覚悟した上での狂気に満ちたその特攻は、狂気の毒の所為で「掠っただけで即死」という最悪最低の攻撃と化している。
しかもそれらの特攻は常に意識の外側……一斉攻撃の合間合間や、死角などから不意に放たれてきて、未だに全てを躱し切っているのが不思議なくらいである。
(達人の領域にありながら、コレか)
素人の盗賊集団ならば百人相手にしても傷一つ負わないだろう……そういうレベルの集中をしている今の己が、このザマである。
見えていても避けられない攻撃、完全に虚を突いた死角からの攻撃、上下や左右からの同時攻撃……手を変え品を変え次々に襲い掛かってくるのだ。
その絶望的な戦いを続けて、ようやく十四匹の猿擬きを叩き斬ったのがついさっきで、完全に己は追い込まれ、絶望的状況に立たされていると言っても過言ではない。
「く、そっ。
己は、この程度、なの、か……」
たかが百体の猿擬きに良いようにかき回されている現実に、己は愛刀を握りしめて歯噛みする。
千の兵士、万の兵を相手に愛刀一本で押し切る。
そんな理想を抱き、少しでも理想に近づこうとこうして死線を超えて……それでもなお、このザマなのだ。
足元から襲い掛かってきた猿擬きの首へと刃を叩き込みつつも、己は早くも見えてきた自分の限界に怒りを覚えていた。
集中力が研ぎ澄まされている所為か、敵の動きを流れとして捉えている所為か……背後から槍で襲ってきた猿擬きの一撃を皮一枚で避けると同時に大きく踏み込み、その咽喉へと刃を突き立てる。
「ちぃっ!」
直後、身体を反転させる勢いを使って猿擬きの死体から愛刀を引き抜くと同時に、頭上から飛びかかってきたヤツの顔面へと刃を叩き付ける。
細かく狙う余裕のない状況だったこともあり、力任せに叩き込んだその刃は軽々と猿擬きの頭蓋へとめり込み……骨に刃が当たる感触を残しながらも、命を確実に奪った手応えがあった。
(今のは、最悪だ!)
恐らく切っ先が丸まっただろう、長期戦において「得物の切れ味を落す」という致命的な判断ミスに己は歯噛みしつつも……現状ではそれを後悔する余裕なんてない。
「……うぉっ」
何しろ、死角からまたしても投槍が飛んできて……さっきの一撃で体勢が崩れていて、ついでに言うと今度は額で受け止める真似は出来そうになかったのだ。
慌てて己はその軌道を見切り、鎬を使って槍の切っ先を身体から逸らす。
直後に木の上から襲ってきた猿擬きの石斧を必死に躱し、横合いから斬りつけて来た一匹に苛立った己は、そのまま愛刀を横薙ぎに叩き込みソイツを斬って捨てる。
その次の瞬間、だった。
「……しまっ」
愛刀を叩き付けた猿擬きだったモノが血しぶきを上げ……その隙を縫うかのように、身体中に赤茶けた蔦を巻きつけた猿擬きが木の上から、全身から血を流しながらも襲い掛かってきたのだ。
体勢不十分で横薙ぎの斬撃を放った直後の己は、避けることも防ぐことも叶わず、凄まじい集中力の所為で時間がスローモーションで動く中、徐々に迫って来るその猿擬きの身体を見つめることしか出来ない。
「……ぐ、ぅっ」
己に出来たことはただ左肩を突き出し……その猿の体当たりのダメージを防ぐことだけで。
猿擬きの身体が衝突したダメージ自体は、連中の体重がそう重くない所為かさほど大きくなかったのだが……
(……やられた)
肩に感じる棘の突き刺さった痛みに、己は眉を顰め歯を食いしばり……自らの不甲斐なさこそに怒りを覚えるのだった。
2018/10/03 20:41投稿時
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