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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:01「屍の王:前編」
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01-03


 帝都の北にそびえ立つ聖なる霊峰……その七合目にあるという北の霊廟とやらを目指し、(オレ)はまっすぐに街道を歩いていた。

 帝都の城壁を超え、通行人も家々も完全になくなった頃、しばらく歩きづめだった所為か空腹を感じたので、己は懐からパン擬き……ヌグァとやらを取り出して齧ってみる。

 不味いとは言わないが、非常にぱさぱさしている印象が強く、コレを食べるなら水は必須というところだろう。


(だが、街に水はない、か)


 己の歩き続けている煉瓦敷きの道と寄り添う形に築かれている水路は若干ながらも水が流れているものの……街全体をカバー出来るほどの水量とはとても思えない。

 幸いにして、己は先ほど街中で買った水が革製の水筒に入っているからこうして咽喉を潤すことが出来るものの、その値段は日本人の感覚で言うとかなり高い代物で……街に住んでいる人たちはかなり生活を苦しめられていることだろう。

 このヌグァを買った店の主人は「井戸が幾つかあるが全く足りない上に、東から組んで来ている水屋共から買うと馬鹿みたいに高く……水代が街の人たち全員の生活を圧迫している」と長い長い愚痴の中で言っていたものだが。


「……じわじわと滅んでいる感がある、な」


 何というか、真綿で首を絞められる感覚が近いだろうか?

 主食の黍粉は値が上がり、水は徐々に減っていき、男子は兵役で傷つき数が減っている。

 街は寂れ、孤児や娼婦が街に溢れていて、治安も悪くなってきている。

 さっきまで己がいた聖都とやらは一国の首都であるにも関わらず、通行人や荷物を運ぶ牛車……アレを牛と呼んでよいのか微妙だが、鱗の生えた六本脚の牛に似た生物が牽く荷車なども、己の歩いてきた大路沿いではぽつぽつとしか見かけず、全体的に閑散とした雰囲気が漂っていたように思う。

 完全に絶望するには少し早いものの、絶望への道をまっすぐに歩んでいっている……というのがあの街の状況を言い表すのに一番近い表現だろう。


「この国を救う、ねぇ」


 そんなことを呟きながら、のんびりと一人で道を歩いていたのがいけなかったのだろうか?

 ふと気配を感じて顔を上げると、人通りも家々も完全に途絶えた寂れた道の……水路がない側の横合いにあった岩の影から薄汚れた身なりをした男たちが七人ほど、何の前触れもなく姿を現す。


「へへっ、兄ちゃん、随分と良い身なりしてるじゃねぇか」


「その割には、護衛もつけず不用心なこって」


「おっと、神官(セリカ)だったか。

 ま、神様に祈りでも捧げて……素直に懐の銭を寄越すんだな」


 七人の男たちは、手に武器……手入れが不十分な剣に短刀、槍に加えて斧と色々な武器を手にしたまま、己に野卑な言葉を投げかけてくる。

 身体には似たような規格の鉄製の鎧をところどころに身に着けており……己は一目見ただけでコイツらは脱走兵だろうと当たりをつける。


(六王とやらの戦い、厳しくなってるらしいからなぁ)


 そりゃ死ぬくらいなら地位も名誉も逃げ出す連中もいるだろうし、そんな連中がこうして盗賊稼業に身をやつすのも無理のない話かもしれない。

 ちなみに己の正体を神官だなどと言われたのは、爺さんから手渡された丸の内側に四角、その更に内側に描かれた縦に連なった丸と三角……要するに男子便所のマークが入っている、この幾何学模様のネックレスの所為だろう。

 己はそんな連中を見つめ……小さな笑みを浮かべていた。


(真剣を使った実戦っ!

 しかも多対一なんて機会が、こんなに早く訪れるとはっ!)


 その事実を前にした己は、さり気なく周囲を見渡してみるが……幸いなことに、人影一つ見当たらない。

 しかも、この手の連中が真昼間からこうして神官相手に追い剥ぎなんかをしでかそうと言うのだ。

 この辺りの治安は最悪で……コイツらも脅し慣れている所為で周囲への警戒が甘くなっているその様子を見る限り、明らかに初犯ではあるまい。

 つまりが、この強盗共が殺した相手はその辺りに捨てられていて、しかも未だにバレていない……かどうかは分からないが、少なくともこうして炎天下の公道で追い剥ぎを行っても、公権力によるお咎めが未だに下されないのだ。


(要するに、ここで殺し合っても、誰も咎めることはないっ!)


 日本で生まれ育ち、アメリカに渡ってようやく真剣を振るう機会に巡り合えた己からすれば……ここは、まさに楽園と言うべき場所、だった。

 生まれて二度目の真剣勝負を前に、己は大きく息を吐き出すことで、浮かれて吊り上がりかける唇をへの字に戻すと……静かに口を開く。


「……治安が悪いと、この手の馬鹿も増える、か」


「何だぁ、てめぇっ……あっ?」


 それは、集団の連携を乱すための安い挑発だったのだが……効果は覿面だった。

 己の吐いた溜息を聞きつけ、激昂した野盗の一人が怒りに前へと踏み込んでくる……その刹那に生まれた明らかな隙を狙い、己は愛刀『村柾』を鞘から抜くと同時に横一文字に斬りつける。

 男は己が放った斬撃に全く反応出来なかったようで……その額を五寸ほどの深さで抉られるまで、手にした斧をピクリとも動かすことすらもしなかった。

 そして……人間、急所に切っ先三寸がめり込めばそれだけで命を落とすのだ。

 横一文字を放った己が返り血から逃れるために背後へと軽く跳び、残心……正眼の構えへと戻る頃には、息絶えた男は膝から崩れ落ち地に伏していた。

 

「あ、兄じゃぁあああああっ?」


 どうやら己が斃したのは盗賊団のリーダーだったらしく、その崩れ落ち動かなくなった亡骸を目の当たりにした六人の盗賊たちに一斉に動揺が走る。

 そしてそれは……己にとっては命を奪ってくださいと言わんばかりの恰好の隙だった。


「……しっ」


 その隙に己が狙ったのは槍を持つ男で……大きく踏み込んで突き出した愛刀「村柾」の切っ先は、男の咽喉へとまっすぐに五寸ほど突き刺さる。

 槍というリーチの長い武器は脅威ではあるが……持ち手の反応が悪すぎた。

 咽喉を貫かれた男は刀傷から噴き出た血が気管を塞いだのか、その場で咽喉を掻き毟りながらじたばたと暴れ続けていて、まだ生きているようだが……この状態では反撃も出来ず、数分も経たない内に命を落とすことだろう。

 既に戦闘不能と見做し……己はこの男を敵という認識から除外する。


「て、てめぇっ!」


 直後に剣……少し曲がったシャムシールとか呼ぶ剣に良く似た形の刃物を振りかぶってきた男の叫びに、己は背後へと飛びずさりながらも村柾の刃を、その手の軌道上(・・・・・・・)へと置く。

 鍔とした部位はあるものの、鍔迫り合いから手を護ることしか想定していないその武器の形状では、指先を狙った己の斬撃は防げなかったらしい。


「ぎゃぁああああああああああっ?

 指、指、指がぁあああああああああああっ?」


 本で見た柳生新陰流の何とかって技を自己流に昇華した物だが……効果は絶大だったらしい。

 両手合わせて六指を失った男は武器を取り落し、蹲って悲鳴を上げ続ける。

 己は周囲を軽く一瞥すると、すぐさま戦闘不能になったその男の首筋へと容赦なく刃を突き立ててトドメを刺す。

 

(……多対一では、数を減らすのが鉄則、だったな)


 冷酷と思うなかれ。

 もし戦闘不能になったと思い込んだ相手が、不意にタックルを仕掛けてくれば……それだけで多対一の戦闘では致死となり得るのだ。

 人間とは、たったの三寸斬り込まれるだけで死ぬほど貧弱な生き物なのだから、僅かな隙を見せただけで命を落とすことに繋がりかねない。

 多対一の戦闘……即ち戦場においては「僅かな油断も見せるな」という師の教えは魂に刻み込まれるほど覚えているし……何よりも、不意を突かれ腹を撃ち抜かれて死んだ(オレ)は人間の脆弱さというものを嫌と言うほど思い知っている。

 だからこそ、だろうか。

 もはや戦闘不能になっていただろう人間の命を絶つことに対して、己は躊躇うことなく作業的にその命を奪うことが出来た。


(しかし……こんなもの、なんだな)

 

 自分の手で造り出した三つ目の死体を見下ろしながら、己は内心でそんな感想を抱いていた。

 実のところ、己は殺し合いをするのはコレが二度目……前回のあの黒人は生き残ったそうなので、人の命を絶つのはこれが初めてだったりするのだが。

 日々の練習で身に着けた動きのまま、何も考えることなく三人ほど殺した己は……何故か動揺どころか高揚の一つも感じやしない。

 

(ま、殺し合い自体は二度目だし、な)


 結局のところ、既に命を奪う覚悟も、命を奪われる覚悟も終えている人間にとっては、人を殺すことなんて「作業」とさほど変わらないモノ、なのだろう。

 己自身が異常者という可能性は除外するにしても……己自身がこの命のやり取りの場を「いつもの訓練の一環」程度だと捉えている所為で、殺人への忌避を欠片も感じないのかもしれない。


「てめぇぁああああああ、あっ?」


「……馬鹿が」


 仲間が殺されたのを見て激昂したのか、それとも死体を見下ろして動きを止めた己に隙を見出したのかは分からないが、両手に一本ずつ短刀を握った男が飛び込んでくる。

 だが、そんなのは、はっきり言って自殺行為以外の何物でもない。

 両腕を左右に広げて威嚇しているつもりなのだろうが……咽喉ががら空きなのだ。

 その隙だらけの部位へと真っ直ぐに村柾を差し込むだけで……あまりにも隙だらけで腹が立った所為か、ちょいとばかり深く咽喉を貫かれた男はびくっと一度痙攣をし、そのまま大地へとひれ伏して動かなくなってしまう。


(……ちっ。

 力を入れ過ぎた)


 咽喉元ならば三寸どころか一寸突き込めば命を断てるというのに、五寸ほど……つまりが感情に任せて脊椎の奥まで刃を突き込んだことに、己は思わず内心で舌打ちを放つ。

 感情を制御できない無駄な力みは体力と刃の切れ味を奪い、多数を相手しなければならない戦場ではその僅かな差が命取りになるという師の教えを、今さらながらに実感できたのだ。


(だが、何はともあれコイツは屠った。

 あとは……)


 そうして四人目を屠った直後、刃にべったりとついた血のりを振り払うため、己が軽く刀を振るった……その瞬間だった。


「~~~っ?」


 突如、道の外側に転がってあった岩の向こう側から矢が飛んできたのだ。

 ソレに気付けたのはヒュンという甲高い、矢羽が空を切り裂く音がしたのと……前の人生を終えることとなった不意の銃弾の痛みを嫌というほどに思い知っていたお蔭だろう。

 己は振り向くと同時に、身を護るように村柾を持ち上げる。

 幸いにして矢の軌道を見切るのは容易く、鍔で受け止めることが出来たのだが……気付くのが瞬き一つ遅れていれば腹腔を貫かれ、あの激痛を再び味わって死んでいたかもしれないという恐怖によって、背筋から肛門へと一直線に寒気が走る。


(……間一髪、か)


 生憎と(オレ)は平和な日本で暮らしてきた所為か、漫画や時代小説にある「殺気に反応する」ような技能は持ち合わせていない。

 とは言え、こうして不意に矢を放たれることもあるこの国では、今後その手の技能も必要になってくるかもしれないが。


「隙ありゃぁあああああっ!」


 矢を防いだ直後、安堵の溜息を吐き出した己を狙い、野盗の中でも最大の巨漢が斧を振り上げて走り込んで来たかと思うと、叩き付けるようにその重量物を振り下ろしてきた。

 が、まぁ……その手の武器は重量が重い上に、軌道もタイミングも丸分かりという素人剣法以下の一撃である。


「ねぇよ、このクソがっ!」


 不意を打たれたことでアドレナリンが湧き出る感覚の最中にあった己は、小さくそう吐き捨てると……ソイツと交差する形で斜め前へと踏み込み、その勢いで胴を薙ぐ。

 剣道で言うところのありふれた抜胴ではあるが、ろくに防具も着込んでいなかったこの巨漢に対してその威力は絶大だった。


「ぬ、ぬぐぉ……」


 己の村柾によって腹筋を抉り腹腔を横一文字に断たれた男は、零れ出る臓物をかき集めるように蹲り……そのまま動かなくなる。


(ありゃ、完全に戦闘不能だな)


 一度、腹を撃たれた記憶があるから分かるが……腹腔を貫かれるあの痛みは「睾丸を全力で突き刺される」ようなもので、漫画なんぞにあるように痛みを堪えて動けるようなモノではない。

 アドレナリンが出まくって痛みを全く感じないか、もしくは痛覚が麻痺している麻薬中毒患者のようになっていれば話は別だろうが……己にはそんな頭の壊れたような戦い方は向いてないし、眼前の巨漢もその手のタイプではないようだった。

 尤も、腹腔の傷というのは痛みだけで致命傷にはほど遠く……すぐには死ねないだろうから、トドメを刺してやるのが情けだろう。

 己はすぐさま蹲ったままの巨漢の延髄に刃を突き立て、引導を渡してやることにする。

 巨漢は全身を一度痙攣させ……そのまま動かなくなった。


「ま、待てぁっ?

 い、いや、待ってくれぇ!」


「……何だ?」

 

 僅か数分で五人を殺されたことで、流石に形勢が不利だと悟ったのだろう。

 野盗の一人が手にしていた剣を投げ捨てると、命乞いをするように両手を上げてみせる。

 残る一人は、岩陰に隠れていた射手と共に逃げ出していて……まぁ、己には逃げる相手を背中から斬り捨てて喜ぶような趣味はないので、そっちは放っておいても良いだろう。


(……面白い)


 ソイツの命乞いを見た己の感想は、愉快な大道芸を見るのと同じ、そんなものだった。

 そもそも己は、野盗共を相手にするのに「最初の不意打ちは要らなかったな」などと今になって反省しているところである。

 こうして多対一の戦いとやらに身を投じてみたものの……あの不意打ちは胆が冷えた良い一撃だったとは言え、それ以外は野盗共の練度が低すぎて剣術や駆け引きを楽しむことすら出来やしない。

 だからこそ、この戦いに退屈し始めた己は、眼前の男がどういう『芸』を見せてくれるのかを楽しみに、薄く笑みを浮かべると……懐紙を取り出して愛刀「村柾」の血のりを拭って隙を見せながらその男へと近づいていく。

 その男は、己が隙を見せたことに歓喜の笑みを浮かべ。


「馬鹿がっ!」


 男はそう下卑た叫びを放ったかと思うと袖口から瞬き一つの間で出した懐剣を握り、己へ突き立てようと襲い掛かってきた。

 尤も……不意打ちを予期してわざと隙を晒していた己にとっては、その程度の手品など驚くにも値しない訳だが。


「……はぁ、その程度、か。

 やっぱ最初の男と真っ向からやり合うべきだった、な」


 そう呟き終えた時には、既に己の腕の村柾は横一文字に振るわれ……不意を打とうとした男の腕が虚空に舞っている最中である。

 そして、利き腕を失ったことを理解した男が絶望をその面に浮かべた頃には、己は既に次の一撃を放つべく振りかぶっていたところだった。


「……まっ、げぐげっ?」


「……これでお仕舞、っと」


 結局、返す刀でその男の首筋を二寸ほど切り裂き、動脈から凄まじい血を吹き出す男が血で埋まったのだろう咽喉で変な音を鳴らしながら絶命した頃には、己はもうその男に背を向けており……

 肺腑に溜まった血によって男が命を落とした頃には、己はその惨劇の現場からとっとと姿をくらましていたのだった。


2017/09/03 20:00投稿時


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