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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:04「猿の王:後編」
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04-03



「……限界、だ、くそったれ」


 聖都から森の入り口(バウダ・シュンネイ)までのマラソンを終えた(オレ)は、正門の辺りでひっくり返ると荒い息のままそう吐息を吐き出す。

 使ってみて初めて理解したことではあるが、【再生】の天賜(アー・レクトネリヒ)は疲労の原因である筋肉に溜まった乳酸を取り除き、断絶した筋繊維を回復、血中の酸素濃度まで回復してくれる凄まじい能力だった。

 ……だけど。


(……腹、減ったぁ)


 生憎と、人体を動かす元となるカロリー……血中の糖分や皮下脂肪などを再生するほどに便利なモノではなかったらしい。

 要するに、己の身体はマラソンと【再生】で必要となったカロリーを使い果たし、それほど多くもなかった皮下脂肪や内臓脂肪までもを使ってしまったのだ。

 一応戦闘用の能力である所為か、筋肉を削ってまでエネルギーを作り出すような仕様でなかったのは不幸中の幸いというべきだろう。

 理由は兎も角、そうして身体中のエネルギーを損耗し果たした己は、街へたどり着くや否やぶっ倒れてしまった、という次第である。


(何事も一長一短って訳か……)


 普通に走っていれば幾らなんでもこんな間抜けな事態にはなっていなかっただろう。

 人体というモノは限界を超えてしまわないようにリミッターが幾つも備えられており、疲労感や痛みなどもそのリミッターの一つである。

 だけど……


(……天賜(アー・レクトネリヒ)は、それを簡単に取り除く)


 まぁ、己自身が怒りで我を忘れていたというのも事実なのだが、限界を超えて身体を酷使してしまえば、何処かに無理が行くのが道理というもので。

 その結果が、己のこの指一本すらも動かせないほどの空腹感、なのだろう。


「お、おい。

 あんた、どうしてっ?

 ……っ、てめぇらっ、早く担架を持ってこいっ!」


 そうして限界を悟りつつも無理を通して門前でぶっ倒れたお蔭で、出がけに門を護っていた怪談好きの男に発見して貰えた己は、そこで全身の力を抜く。

 流石に気絶することはないものの……飯を食う場所まで歩いていく程度の体力すらも、今の己には捻出できそうになかったのだ。


「しっかりしろ、おいっ!

 それでも神殿兵(ハルセルフ)かっ?」


 己の意識が混濁していると思っているのだろう。

 門番の男は己の肩を掴むと前後に揺さぶり、必死に介抱しようと頑張ってくれる。

 尤も、今の己の状況ではその努力は有難迷惑以外の何物でもなかったが。


「……は、はら。

 腹が、減った……」


 だからこそ己は口を開くだけで億劫な身体を無理矢理動かしてその手を何とか振り払うと、そう呟く。

 幸いにしてそれだけで己の現状は分かって貰えたらしく……己の身体は兵士たちの手によって食堂へと担ぎ込まれることとなったのだった。




「貴公が本当に強いのか記憶に自信がなくなってきた。

 折れていた筈の腕もいつの間にか治っているし、な」


「……うるせぇ。

 色々あったんだよ、色々な」


 食堂へと運び込まれた己は、この街の指揮官をしているボーラス=アダシュンネイのその疑問を、ふてくされた物言いによって誤魔化す。

 実際問題、事実をありのまま口にしても……「森の王の毒の所為で一度死んだけれど、(アー)の奇跡によって生き返りました」なんて口にしたところで、誰も信じやしないだろう。

 とある聖人はゴルゴダの丘で磔になった後で復活したと聞くが……己はもう今回で四度目であり、ますます信じられるものではない。

 そうこうしている内に黍粉を練って固めた硬いヌグァを噛み砕き、薄いスープで流し込むことで、ようやく空腹も収まってきた。

 既に三人前くらいは食べているが……まぁ、アレだけ走って回復すれば、このくらいのカロリーでもまだまだ足りやしない。

 だが、指一つ動かせないような飢餓感をしのぐことは出来たようだった。


「はぁ、落ち着いた。

 ……何だよ、その顔は」


「いや、よく喰うなと思ってな。

 強さと食事量とが比例するという私の説が正しいかを考えていたところだ」


 ボーラスという名の神経質そうなこの男は、相変わらず取っつき難い様子ではあるものの、警戒されていた昨日よりはマシになってきた気がする。

 事実、人を見透かすように観察しているのを咎めた己の問いに返ってきたのは、そんな真面目くさった物言いで……だけど、事実かどうか判断しづらいソレは、実のところ場を和ますための、彼にとって精一杯のジョークなのかもしれないのだが。

 

「それは兎も角、貴公はこれからどうする気だ?

 行く当てがないのなら、少しばかりこの街の防衛を手伝ってもらいたいものだが……」


 ボーラス指揮官がさり気なく切り出したつもりのその言葉は、隠し切れない必死の色合いが滲み出ていて……街を護るために猫の手も借りたいという本音が感じられた。

 それでも、教会からのお達しによって己の行動を制限出来ないと理解しているからこそ、こうしてさり気ない「提案」だけに留めているのだろう。

 尤も、幾ら言われても己の行動は決まっている。


「悪いな。

 これから猿の王を斬りに行く」


 そんな俺の問いにボーラスは軽く肩を竦めると……こちらをまっすぐに睨み付けてくる。

 とは言え、この壮年の指揮官は別に睨んでいるつもりはなく、ただ単に目付きが悪いだけのようだったが。

 

「出来るのか?

 ……出来ると思っているのか、たった一人で」


 ボーラスは、己の声を大言壮語と笑い飛ばすことはせず、ただ静かにそう問いかけてきた。

 出来の悪い冗句だと笑い飛ばせないほどには己の剣は圧倒的で……死地に向かおうとする己を押し留めることが出来ないほど、追い詰められた彼らには希望が必要だったのだ。

 その葛藤が、この冷静そうな指揮官にその問いを発せさせたのだろう。


「……ああ。

 一度突っ込んでみてようやく正体が掴めた。

 すぐにでも叩き斬ってやる」


「正体が分かったのかっ?」


 尤も、己が漏らしたその情報を聞いては、ボーラス=アダシュンネイも冷静ではいられなかったようだが。


「私は百八十の兵を率い、猿の王を討つべく、遠征を行ったことがある」


 慌てたのを恥と思ったのか、ボーラスは静かに息を吐くと……冷静さを装ったままそう語り始める。


「しかし、森は深い。

 猿共相手に追い追われを繰り返し……疲弊したところに、あの森の主(エル・シュンネイ)が現れた」


 この壮年が告げた内容は、何となく分かる。

 恐らくは己も同じ道を通り、同じように猿と出くわし、同じようにあのゴリラ擬きと一戦やらかすことになったのだから。


「あの時は、街の兵士が百八十人もいて……逃げられたのがたったの半分。

 逃げ帰った後は、ただ街を護るだけで必死だった。

 ……それを貴公一人が、解決するというのか」


 そう告げた男にあったのは恥だろうか、それとも無力感だろうか、それとも死なせてしまった兵士たちへの罪悪感だろうか。

 生憎と他人でしかない己にはそれを判断するべき材料はなく……そして男の内心へ踏み込むほど無遠慮にもなれやしない。

 ただ空腹が落ち着いた以上、静かに仕事をこなすだけだ。


「じゃあ、行ってくる。

 猿の王を討ちとったという報告を待っていてくれ」


 己はそう告げると、愛刀「村柾」を手に席を立ち……


「いや、幾らなんでも無茶だ」


 ボーラスのその声に呼び止められる。

 だが……今更止まれない。

 未だに己の腹の奥には怒りと殺意が渦巻いていて……非戦闘員を殺し合いに叩き込んだ極悪非道の猿の王を、この手で討たずにはいられないのだから。


「止めるな。

 己は、猿の王を叩き斬ってくる」


 その静かな怒りを内包した己の宣言は……


「いや、そろそろ日が暮れるぞ?

 流石の貴公でも夜の森に突っ込んで無事に済むとは思えん。

 一晩くらい休んで行ったらどうだ?」


 ボーラスのその台詞によってあっさりと鎮火してしまう。

 当たり前ではあるが……己の剣術は視力によって成り立っている。

 達人ならば目が見得ずとも剣を振るえたらしいが、生憎と今の己はそんな超能力のような技量は有していない。

 つまりが、闇の中では戦うことすら叶わないのが現実であり、そのための訓練もいずれ行いたいとは思っているのだが、今は猿の王を確実に討つことこそが最重要課題であり……それ以前に、この壮年の提案に従わなければ晩飯どころか今夜の宿すらもないのが今の己の実情だった。

 前言を撤回して頭を下げれば飯と寝床は確保される。

 しかしながら、一度は吐いた大言壮語を今更呑み込むのは恥以外の何物でもなく、己の矜持が許さない。


(……くっ、だが、しかし)


 とは言え、腹が減っては戦は出来ぬのが当然であり、しっかりとした寝床で眠らなければ実力を全て出し切ることすら叶わないだろう。

 尤も……そうして己が悩んだのは、ほんの二秒ほどに過ぎなかったが。


「……悪いが、頼む」


 そうして己は二度目の夜を、この森の入り口(バウダ・シュンネイ)にて過ごすこととなったのだった。



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