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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:04「猿の王:後編」
47/130

04-01


「……はっ、はっ、はっ、はぁっ」


 いつもの場所で大の字になったまま目が覚めた(オレ)が最初に行ったのは、自分の心臓が動いていることを確かめることだった。

 恐怖と激痛の所為か、未だに荒いままの息をゆっくりと鎮めながら、それでも自分の鼓動が動いているという事実に安堵し、大きく息を吸って吐き出す。


(……心臓が止まったのを実感するってのは、流石にキツい、な)


 幾ら自らの意思で、覚悟の上で愛刀を突き立てたとは言え……意識が途絶える前に心臓が止まる感触ってのは最悪を通り越すほど嫌な経験だった。

 何しろ、意識がある癖に身体が……足先から指先に至るまで全く動かないのだ。

 なのに突き刺すような痛み……刃が身体にめり込んだというのにソレを忘れてしまうほどの、心臓を直接ぶん殴られるような酷い激痛が身体の奥底に生まれ、しかも殴られ続けるような苦痛が連続して続く。

 心筋梗塞ってのが酷い激痛を伴うとは、師が病院で知り合った爺さんから聞いた話だったが……それも納得せざるを得ないだろう。

 そんなもの、一度たりとも経験したかった訳ではないが……二度目を味わうことは出来れば避けたいものだ。


(結局、どんな死に方もろくなもんじゃないってことか)


 己が死ぬのもこれで四度目。

 その中で楽だったのが、頭蓋を撃ち抜かれた時と喰い砕かれて即死した時で……その二度以外は凄まじい激痛と何もかもが嫌になるような絶望感によって、この己が二度と剣を(・・・・・)握りたくない(・・・・・・)と思うほど。

 ……文字通り『最悪の経験』だったと断言できる。

 尤も……それでも剣を捨てられないのだから、己という存在が如何に度し難いかという話でもあるのだが。


(だが、まだ己は生きている。

 つまり、まだ剣を振るえるってことだ……)


 そうして大の字に寝そべったままの己が、整然としつつも混沌にも見える幾何学模様が描かれた天井を見上げたまま「自分自身がまだ生きている」ということをようやく実感し始めた時のことだった。


「これは、(アー)(ハルセルフ)

 幾ら神兵であり、自由にとの(アー)の許可があるとはいえ……命には限りというモノが……」


 不意に頭の上の方からそんな声が聞こえてきた。

 そちらに視線を向けるつもりはないが……向けたところで何度も見た、あの剃りあげられた頭部が見えることだろう。

 ……だけど。


「……許せ、ねぇ」


 気付けば己は、そのエリフシャルフトの爺さんの声に返事を返す余裕もなく……腹の奥底から湧き上がってくる怒りに任せ、そう呟いていた。

 ……そう。

 剣術に人生を全て費やして、命までも費やして、それでもまだ足りない……そういう生き方をしている己は、はっきり言ってしまうと社会不適合者だという自覚がある。

 剣術以外の全てを些事と割り切り、人生のための剣術が剣術のための人生へと変貌を遂げて早くも数年。

 そんな己でも、譲れない一線というものはあり……だからこそこうして怒りを覚えることもある。


(……殺し合って死ぬのは構わない)


 如何なる理由であろうとも、武器を持って相手の前に立つ以上、それは殺し合いの場に立ったということだ。

 経済的理由、社会的理由など、どんな理由であろうとも……自らの意思で一度武器を手にして敵の前に出た以上、殺そうが死のうがそれは戦いの結果であって、老若男女の区別なく仕方のないことだと割り切ることが出来る。

 実際、幾度となく人の命を奪った己ではあるが、殺したことを後悔するつもりはないし、これからも命を奪うことだろう。

 そして、人の命を奪っただけではなく、力及ばずに命を落とした経験が四度もあるが……そのいずれも力及ばなかったことを悔しく思いはしても、殺されたことそのものを恨んだり憎んだりするつもりはない。

 ……この辺り、己という人間が剣術に人生を振り切っている所為で、価値観が壊れているのだと実感しているのだが。


(……だけど)


 そんな己でも……いや、そんな己だからこそ、一つだけ許せないものがある。

 それは、「戦えない人間を、本人の意思を捻じ曲げてまで強制的に戦場に送る存在」だ。

 女子供を自爆させたり、洗脳させて戦場に送り込んだりする……そういう連中だけは、許すことが出来ない。

 自分の意思で剣を握り、自らの命を賭けているからこそ……その一線だけは譲ることが出来やしない。


「……(アー)(ハルセルフ)様?」


 己に反応がないことを訝しげに見つめるエリフシャルフトの爺さんには悪いが……今の己はその怒りに焼かれ、余裕がない。

 何もかもを些事と振り切って、自分の生き様である剣術ですら馬鹿にされ続け最早怒りすら感じないほどすり減った己だからこそ、一度怒りを覚えてしまえば……もう止めることなど出来やしない。


(……許せ、ねぇ。

 アイツだけは……猿の王だけは、許せそうに、ない)


 未だにあの狂気が続いているかのように、腹の奥から灼熱の怒りが湧き上がってくる。

 思い返せば、手のひらの棘が刺さった辺りから身体中に憤怒という毒が回っていく感覚が残っていて……恐らくはあの赤茶けた蔦に生えていた棘に毒があり、その毒が己を狂気の殺戮へと駆り立てたのだろう。

 そして、先ほど湧き上がってきた憤怒と狂気が猿の王が持つ権能であるならば……あの猿擬きやゴリラ擬き共も自害する前の己と同じように、激情に突き動かされるように人間を狙っているに違いない。


「神兵様、お顔が優れない様子ですが、大丈夫でしょうか?

 かの有名な九度の死を超えた英雄でさえ、死を迎えた直後は数日から数ヵ月の休暇を取ったと……」


 歯を食いしばることで憤怒を抑え込んだ己は、そんな爺さんの声を無視したまま、ゆっくりと立ち上がると……愛刀を腰に差し、その怒りに背を押されるかのように出口へと足を運ぶ。

 静謐な神殿の奥底では流石に走るのはどうかと思ったのも束の間で……己の歩幅は徐々に大股に、徐々に早足へと変わっていく。

 

「……ちょ、まっ……」


 隣を通り過ぎた時、鑑定眼(アー・ファルビリア)という能力を持つエーデリナレとかいう小娘が何かを叫ぶが、意に介してなどいられない。

 その頃にはジョギングほどの速度になり、中庭へと出た頃にはもう駆け足になっていた。

 ふと脇目に己が作った立木の前で大の字に寝転んでいる弟子一号が目に入ったものの、怒りに突き動かされている今はそれどころじゃない。

 神殿を出る頃には、己はもう全力疾走と言ってもおかしくないほどの速度で大地を蹴り続けていたのだった。



2018/09/26 21:11現在


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