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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:03「猿の王:前編」
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03-14


 尤も、街で一番の権力者に許可を貰ったからと言って、素直に街を出られるかと言うとそんな筈もなく。


「よぉ、兄ちゃんっ!

 がっつり儲けたんだ、まぁ、喰ってけっ!」


 指揮官であるボーラス=アダシュンネイの部屋を出た途端、此処まで護衛をしてきた行商の爺さんに捕まった(オレ)は、こうして酒場らしき場所に連行され、酷い歓待を受けていた。


「そうだそうだっ!

 あんたは英雄だっ!」


(アー)のご加護に乾杯だっ!」


 何が酷いって、一つ目はこの野郎の密度の高さだろう。

 この酒屋兼宿屋……戦況が厳しくなってほぼ廃業寸前という様子だったが、店内には兵士だと思われる筋骨隆々の男たちが所狭しとひしめき合っている。

 己の剣の腕を知っていることから、彼らは今日木塀の上で矢を放った……頼まれもしないのに己の窮地を救いやがった兵士たちなのだろう。

 剣の腕を上げたいという己の目的から言うと「余計な手出し」以外の何でもなかったが、それでも善意で助けようとしてくれた相手を邪険にするほど己はクズになれやしない。

 まぁ、そんな感謝や、共に戦ったという親近感も……こうして小さな酒場に筋骨隆々の野郎が群れているという圧倒的な暑苦しさを前にしてしまえば、あっさりと消し飛んでしまうものなのだが。

 

「まぁ、喰え。

 さぁ、喰え。

 ろくなもんがないがなっ!」


「やかましいっ!

 食料もろくに入って来てないんだっ!

 これでもかなり奮発してるんだっ!」


 二つ目は、眼前に並べられた料理である。

 何が酷いって、あの狂った猿共の群れの所為で籠城していた所為もあるのだろうが……兎に角、ろくな食料がありゃしない。

 干した山菜を湯がいたモノや、乾パンのような黍粉の塊……恐らくはヌグァの亜種だろうソレを炙ったモノ、ほぼ汁のみの塩漬け肉のスープ、数種類の塩漬け野菜と、眼前に並べられている料理は全て「保存食を無理矢理並べた」事実を隠そうともしていない逸品ばかりであった。

 酒に至っては文字通り「酔えれば良い」らしく、消毒用のアルコール……蒸留だけを何度も行った恐らくは怪我人を消毒するためのアルコールを、薬草や香草を煮出した汁で割っているという、もう飲み物の領域から逸脱している代物なのだ。

 学生時代に友人に勧められて飲んだ、なんとかビールって沖縄で売られているらしいジュースに似ている気がするソレは、幾ら酒だからといって二口目を口に入れたいと思えないほど不気味な味で……正直に言うと、己はコレを飲み物だとは認めたくない。


「それもこれも、猿の王が悪いんだっ、畜生がっ!」


「ああ、もう何人死んだと思ってやがる。

 材も出せないし、森で食料の調達も出来ん。

 このままじゃ飢えて死ぬのを待つだけだぞ、くそったれ」


 不味い酒を一気に流し込んだ所為だろう。

 男たちは溜まっていた鬱憤を吐き捨てるかのように、口々にそう叫び始める。

 そんな兵士たちの叫びに注意を引かれ、食べる速度が落ちていたのがいけなかったのか、不意に己はむさくるしい一人の男に肩をがっしりと掴まれる。

 歳の所為か商人という仕事の所為か、それとも体格差か……兎に角、己の隣に座っていた爺さんは、筋骨隆々の大男の意図せぬ圧力によって別のテーブルへと追いやられてしまう。

 まぁ、己としては隣に座るのがお節介な爺さんだろうと鬱陶しい筋骨隆々の大男だろうとそう大差ないのだが。

 

「おいおい、神官(セリカ)さんよ。

 食が進んでないぞ~、おぉ?」


「俺の家なんざ、喰うモノなんてもう木の根しかないんだ。

 これでもご馳走なんだよっ!」


「ああ、こんなんでもご馳走だ、畜生っ」


 その男たちの言い分はそれなりに理に適ったものではあるのだが……いちいち人様の肩をぶっ叩くのは辞めてもらいたいものだ。

 折れている左腕に響き……幾ら固定しているにしても、それなりに痛いのだから。


「畜生がっ!

 敵襲があった時くらい、手当を寄越しやがれ、あのドケチ司令官の野郎っ!」


「そうだぜ、くそったれ。

 これだけ毎日のように敵襲があるんだから、今頃大金持ちだぞ、俺たちぁっ!」


「くそがっ!

 幾ら給金貰っても、この街じゃ何も買えやしねぇっ!

 一夜の妻(プクラ・ミィリア)すら、順番待ちだ、畜生がっ!」


 野郎たちは口々に自分たちの不遇を訴え……だけど彼らはこれだけ酔いが回っても、死にたくないともこの街から逃げようとは口にしようとしなかった。

 それは、この街を護ろうとする彼らなりの、絶対に譲れない矜持、なのだろう。

 己は今目の当たりにした一兵士なりの自尊心に感銘を受け、くそ不味い酒をジョッキ一つ、一気に飲み干す。

 幾らくそ不味い酒でも、こうして一気に飲んだ後、塩辛いスープで後味を消せば……酔いだけが上手く回るという寸法だ。


「つーか、年寄り連中の迷信、聞いたことあるか?」


 酔いがかなり回ってきたのだろう。

 不意に兵士の一人……さっき己に絡んできたむさくるしい大男がそんなことを口にし始める。

 その途端だった。

 あれだけ騒いでいた周囲の連中も、大男の次の言葉を聞き逃すまいと口を噤み……周囲がいきなり静まり返る。


「この街の古い伝説さ。

 元々、ここらは森の民(チェフ・シュンネイ)とかいう連中の住処で……こんな平原じゃなく、ただの森だった。

 だけど、木材を必要とした聖都の民(おれたち)が、彼らを皆殺しにしてこの街を築き上げた」


 大男はそのガタイに似合わず、意外と語り上手らしく……抑揚を上手く使いこなし、周囲の男たち全員の注目を上手く集めることに成功している。

 尤も己は、その手の語り口には映画やラジオなんかで慣れている所為か、さほど引き込まれることもなく……少し酔いの回った頭で、(チェフ)(シュンネイ)という組み合わせで、何故森の民と訳すのかを真剣に考えていたのだが。


「彼ら森の民は戦いに敗れ降伏し、ほとんどが(アー)に恭順した。

 だが、一部の連中は神殿の支配下に置かれることを良しとせず森の奥へと逃げ込み……殆どが聖都の兵士に討たれ、狩られ、殺され、埋められた。

 ……それからのこと、だった」


 大男は静かに、だけどしっかり聞こえる声で話を続ける。

 その声が徐々に徐々に小さくなっている様子から、己はそろそろ大声で話のクライマックスに入るのだと何となく悟り……手にしていたスープの器をテーブルに置くと、硬いヌグァの類似品を口に含むことにする。


「この街で採った野菜には、こうして人の顔が浮かび上がるんだよぉおおおおっ!」


「ぎゃぁああああああああああああっ!」


「うぉおおおおおおおおおおっ!」

 

 大男の小噺のオチは、そういう怪談めいたもので……事実、そのかぼちゃらしき野菜は、苦悶の表情を浮かべた人の顔らしきものが浮かんでいる。


(……自然の不思議ってヤツだな)


 意図した訳でも超自然の原理が働いた訳でもないのに、野菜の表皮に何故か人の顔のような模様が浮かぶ。

 その、ある意味では(アー)の思し召しと言えないこともない現象に、己は感心しつつも口に含んだヌグァを噛み砕く。

 砕けた瞬間に濃厚な黍粉の香りと微かな甘みが感じられて……お世辞にも美味いとは言い難いものの、味わいのある品だとは思える程度には、己もこの国の主食に慣れてきたらしい。


「って、神官さんは平気なのか、こういうの。

 ……せっかくのネタだったんだが」


「はは。

 全ては(アー)の思し召し故に」


 己が無反応だったのが悔しいのだろう。

 大男がそんなぼやきを零したので、己は小さく神官らしきことを呟いてやる。

 尤も、似非神官でしかない己としては、それっぽい以上の意味なんてないのだが……


「ああ、そうか。

 ……まだまだ精進が足りないようだな、俺も」


 意味が通じたのか通じていないのか。

 己の吐いたそれっぽい説法擬きに、大男はそう呟くと手元に転がってあったスープを入れていた空の器に、徳利からアルコールを……不味い煮出し汁で薄めていない、消毒用のアルコールをだばだばと注ぎ。


「行くぜぇええええええええええっ!

 (アー)よ、我を哀れみたまえぇええええええええええっ!」


 凄まじい大声でそう宣誓したかと思うと、その器一杯の消毒用のアルコールを一気に飲み干すなんて暴挙に出やがった。


「……馬鹿、か」


 己が言えることはただその一言だけで……器一つを一気に飲み干した大男は、急速に酒が回ったのか、ふらふらと頭蓋が左右に揺れたかと思うと。

 いきなり膝の力がかくっと抜けて直下に崩れ落ち、凄まじい轟音を立てて床に倒れ……そのまま動かくなった。


「ぐぉおおお。

 ぐごぉぉぉぉ……」


 どうやら急性アルコール中毒でぶっ倒れたというよりは、単純に酔いに耐えられなくなり、意識がシャットダウンを起こしたのだろう。

 幸せそうに鼾をかき始めた、床に大の字で寝転がるその大男を視界から外すと、己は静かに手元の料理を口の中に運び始めた。

 あまり美味くはないにしろ、食は全ての基本である。

 腹が減っては戦は出来ぬのだ。


「……今日は、もう寝るしかない、な」


 随分と酒が入った頭で、己は本日の予定を全てキャンセルすると……近くに転がってあったコップを一気に飲み干す。

 今日はもう愛刀を振るう機会がありそうにない以上……宿で寝るのも酒をかっくらってぶっ倒れて寝るのもそう大差ないだろう。

 そう判断した己は、とことんまで飲んでやることにしたのだ。


「よぉ、兄ちゃん。

 儂が、どれだけ、感謝してるか、分かってるのかぁ?

 なぁ、おい?」


 と思った矢先に、どこかのテーブルに追いやられていた爺さんがいつの間にやら戻って来たかと思うと、己に酒を注ぎ始め……

 その酔っ払い特有の訳の分からない問いに少しばかり苛立った己は、爺さんを潰してやろうと近くの酒瓶を取り……手元の盃に並々と注いでやる。


「兄ちゃん、若いからって調子に乗り過ぎだろうがよ?

 この儂を潰そうなんざ、百年早いってことを思い知らせてやるよ」


「ははっ。

 ……降参するなら今の内だぜ?」


 己の血中に随分な量の酒が入って判断力が低下しているように、爺さんもかなり酒にやられているようだった。

 己たち二人は何となく意味が通ってないような、だけど己と爺さんとの間ではしっかりと通じている売り言葉と買い言葉を一つ応酬すると……

 そのまま、お互いの限界を探り合うかのように、手元の盃を傾け始めたのであった。



2017/11/22 07:35投稿時


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