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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:03「猿の王:前編」
43/130

03-13


「兄ちゃん、あんた一体何者なんじゃ?

 ただの神官(セリカ)じゃないじゃろう?」


 戦いを終えた後。

 (オレ)を待っていたのは旅を共にした爺さんのそんな詰問だった。

 だが、己はその問いに答える術を持たない。

 軽く肩を竦め、ただの神殿兵(ハルセルフ)だと思わせておくことにする。

 ……実際問題、(アー)(ハルセルフ)だとバレた時にどんな待遇を受けるか分からないため、下手な受け答えを控えたのだ。

 迂闊に地位や名誉なんてものを手にすると、今までのように最前線へと身軽に身を投じることが叶わなくなる可能性がある以上、己の判断はそう間違ってはいないだろう。

 とは言え正直なところ、己にはまだ神殿兵(ハルセルフ)(アー)(ハルセルフ)との違いがよく分かっておらず、ただの想像でしかないのだが。

 ……名前も似ているし。

 

「すげぇな、あんたっ!

 森の主(エル・シュンネイ)を一騎打ちで倒す化け物なんて、初めて見たぜっ!」


「しかも天賜(アー・レクトネリヒ)も使わずにっ!

 神殿兵(ハルセリカ)なら、過去に何人か倒した逸話が残ってるんだがな」


「ああ、あの動き……人間業とは思えんっ!」


 己と爺さんとの会話が終わるのを待っていたのだろうか。

 塀の上にいたらしき兵士たちが集まってきたかと思うと、己の身体をバシバシと叩き始める。

 己に対する配慮なんて欠片もないその殴打は、当然の如く吹っ飛ばされて打撲のある肩や上腕だけでなく、折れた左腕にも及び……


「ってぇっ!

 叩くなっ!」


「っと、名誉の負傷ってヤツかっ!」


「すまんすまんっ!」


「吹っ飛ばされてたからなっ!

 よく生きてたよ、お前っ!」


 激痛に思わず抗議の叫びを上げた己に対しても悪びれることなく、兵士たちはそう笑うばかりだった。


(……アホ共め)


 出稽古で何度か足を運んだことのある道場で何度か遭遇したような、酷く体育会系なそのノリに己は思わず肩を竦めていた。

 そういうのも別に嫌いではないのだが……あまり大仰にされるとあちこちが痒くなってきて耐えられないのだ。

 ちなみに己が弟子入りした師の道場は、あばら屋以外の表現が浮かばないほどのボロっちぃ代物で……


「少し寄っていってくれないか?

 傷の治療と……これからのことを相談させてほしい」


 何となく追憶に入った己にそう声をかけて来たのは、この街の兵士を束ねている男なのだろう。

 四十代の、一目で人の上に立っていると分かるほど、なかなか風格のある人物だった。

 生憎と指揮官タイプの人間なのか、剣の腕は微妙のようで……己が立ち合いたいと思えるほどの技量はなさそうだったが。


「ああ、分かった。

 爺さん、また後では」


「お、おいっ!

 ああ、くそっ、こっちも商売が優先かっ!」


 細かい詰問を嫌う己は、その指揮官の言葉に頷き……小言が五月蠅そうな爺さんを放っておく。

 爺さんは爺さんで商人らしく、個人的な興味よりも商売を優先したらしい。


「……そうそう。

 商売の機を逃すなかれ、だ」


 己はそんな爺さんの背中に向けてそう肩を竦めると、小さく神の(アー)恵みを(プジャフ)と呟いてやる。

 多少ボロボロで返り血と土埃に汚れてはいるものの、神官(セリカ)の服を着て祈りの言葉を告げる。

 これならば、己は何処からどう見ても神殿兵(ハルセルフ)だろう。




「はい、これで添え木は固定しましたが……

 本当に、【治療】しなくて構わないんですか?」


「……ああ、良い」


 部屋に入った途端、治療に当たってくれた二十代半ばだと思われる、医師というか神官というか……恐らくその両者を兼ねているのだろう青年が、己の左腕を固定してくれたのを見て、己は大仰に頷いて見せる。

 ……そう。

 己はこの左腕を【再生】で治さずにいた。

 理由は簡単で……自身の油断で招いたこの傷を抱えたまま、戦場を経験したいと思ったからだ。


(……愚行以外の何物でもないんだけどな)


 自分でもそう分かっている。

 分かってはいるが……あの森の主(エル・シュンネイ)との戦いで不意に閃いたように、どうやれ己という人間は不利を抱え限界ギリギリまで追い込まれないと成長できないタイプらしいのだ。

 動機はどうあれ、己は自戒のためにこの左腕を治そうとしなかったし、この医師件神官の青年が使おうとしていた天賜(アー・レクトネリヒ)ももっと重症の者を治してくれと遠ざけた。

 ……全ては今よりももっと強くなるために。


「はい、これで終わりました。

 と言っても、打ち身だけでしたけれど」


 肩や肘などの打撲傷に妙な薬草を塗りつけ包帯を巻いて行ったその青年は、そう告げると指揮官らしき壮年の方へと一つ頷き、部屋を出ていく。

 これで己とここの指揮官と二人きり……話の本題が始まる訳だ。

 己が居住まいを正したことに気付いたのだろう。

 この部屋の主にして、バウダ・シュンネイという街を守護する壮年は咳払いを一つすると、窓際から外へと視線を移し、静かに呟く。


「正直、貴公の正体は問わない。

 天賜(アー・レクトネリヒ)を使おうとしない神殿兵(ハルセルフ)なんて、この国にはいないからな」


「……おぅ」


 どうやら部屋に入る前に頑張った正体を隠そうとする小細工は、この男には何の意味も持たなかったらしい。

 その男の声に己は、小さく溜息を吐き出し肩を軽く竦めてみせる。


(ま、だからどうということもないんだけどな)


 ただ意味もなく隠そうとしていた正体がバレバレだったというだけの話だ。


「そして、貴公の意思を妨げる権限を私は持っていない。

 中央神殿から直々に、貴公に対する一切の干渉を行うな、貴公からの頼みは最優先で叶えるように、との指示が出ているのだ。

 国から直接下された命令ではなく、強制ではないものの……一信徒として神殿からの指示には逆らい難いのは分かって貰えると思う」


「……ああ」


 こちらを見ようともしない男の、誰ともなしに告げられた言葉を聞いて、己はようやくこの壮年の意図を理解していた。


(要するに、好き勝手するなと釘を刺している訳だ)


 考えてみれば当然で……彼はこの街を護る義務がある。

 そのために最大の効率を考え、最も犠牲のないように命令を出している……それが本当に最善かどうかは兎も角、そう信じて彼はこの街の兵士たちを統括しているのだ。

 そこに己という異物がやってきて、横槍を受け入れろとの指示が来た。


(……そりゃ、嫌がるわな)

 

 船頭多くして船山に上るという言葉ではないが、指揮権を持った余所者なんざ……いや、そもそも命令権者が複数人いるような異常事態、現場で歓迎される訳がない。

 ただでさえ戦闘は過酷の一途を辿り、この街は限界ギリギリまで追いやられているのが現状である。

 だからこそ、こうして己の顔を見ず、己の方を向かず……要するに神殿からの指示に反しないギリギリのラインで釘を刺しているのだろう。

 尤も……


(杞憂以外の何でもないんだが、な)


 生憎と己は指揮権どころか部下すらも欲しいなんて思わないし、物資についても食料が一人前あれば上等……ついでに言うなら武器一つ、矢の一本すらも必要としていない。

 指揮官が警戒する要素なんて欠片もない、ただの剣士でしかないのだが。

 とは言え、こうして思いっきり疑われた以上、何か意趣返しをしてやりたくなるのも人情というもので……


「そうだな。

 では、二つほど要求をさせて頂こう」


「……っ、何だ?

 無論っ……出来ることならば、協力させて頂くが」


 意地悪く呟いた己の声に、ようやくこちらを向いた指揮官の男が、さり気に軽く舌打ちしていたのを己の耳は聞き洩らさなかった。

 そして同時に、壁の向こう側で殺気が僅かに漂ってきて……もしかすると、この手の戦場を混乱させるような神殿のお偉いさんを、コイツらは今まで屠ってきたのかもしれない。

 不意打ちも闇討ちも姦計も上等という己ではあるが……


(……いまいち、期待出来そうにないんだよなぁ)


 あの猿共に手こずっていたこの街の兵士たちを見る限り、全力全開で戦ったところでさほど楽しめるとは思えない。

 それよりはもっと楽しそうな戦場……猿の王の本拠地である森へと入っていった方が遥かに楽しめるだろう。

 瞬時にそう判断した己は、軽く肩を竦めると……今のが冗談だと分かるように出来るだけ明るい声を意識しながら、自分の欲するところを口にする。


「一つは、この街を好きに出入りできる権利が欲しい」


「……あ? ああ。

 それくらいなら、容易いことだ。

 敵が迫っている最中に、門を開けろなどと言い出さなければ、だが」


 己の吹っかけてくる要求があまりにも軽かったことで、逆に警戒を強めたのだろう。

 指揮官は声を硬くしながらも、頷いて見せた。

 まるで敵を見るかのような男のその表情に、己は笑みを噛み殺しながらも第二の要求を口にする。


「二つ、己が猿の王を討った後、飯を奢って欲しい。

 幾ら食っても食いつくせないような、最高のご馳走を、な」


「……あ?

 あ、ああ、そうだ、な」

 

 そこでようやく己の意図に気付いたのだろう。

 その壮年は目を丸くしながら己の顔をマジマジと見つめると……舌打ちを一つして、ようやく己の方へとまっすぐ視線を向けてきた。

 その動作の合間にさり気なく……注意しないと気付かないような、神経質な仕草でコンコンと机を指で叩いたソレは、もしかすると伏兵を撤収させる合図だったのかもしれない。


「済まないが、援軍は出せん。

 正直、我々としては此処を護るだけで精一杯なのだ。

 無益で無謀な突撃に人手を割く訳にはいかない」


「……ああ。

 理解している」


 彼の言葉は、ギリギリのところでこの街を護っている人間としては当然のもので……その言葉に己はただ頷くことしか出来ない。


「死地に向かう若者を止められなくて済まない。

 私は、神殿には逆らえない。

 だが……神殿からあんな言付けのあったほどだ。

 万が一というのを期待しても、悪くはないだろう?」


「……ああ。

 それも当然だ」


 次に彼が告げたのは、己を止めようとしない自らの懺悔だった。

 そして、限界寸前の防衛戦が続いた今、一縷の希望に縋ろうとしている自分の弱さを嘆いているようにも見えた。

 その懺悔を目の当たりにした己は、本物の神官のように彼へ赦しを与えるべく大仰に頷いて見せる。

 尤も、似非神官でしかない己のそんな動作に何らかの効果があったかは不明なのだが。


「私はボーラス=アダシュンネイという。

 もし、猿の王を討てたなら……この街一番の料理屋の主人を呼び出して、森から至高の食材を仕入れ、最高の料理を食わせてやる。

 期待していてくれ」


 指揮官の男……ボーラスはそう告げるとゆっくりと立ち上がり、己をまっすぐに見つめながら右手を差し出してくる。

 それが握手のサインだと気付いた己は同じように立ち上がり、差し出されたその右手をがっしりと掴む。


「己はジョン=ドゥだ。

 美味い酒を期待している」


「ああ。

 だから……死ぬなよ?」


 その一言で、己とボーラスの会話は終わりを告げる。

 己はそうして会話が終わると悟るや否や、不自由な左手のまま猿の王が巣食うという深き森へと向かうべく、足を前へと運ぶのだった。



2017/11/21 07:15投稿時


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