03-09
「ぎぃいいいいいいいぃぃぃぁあああああああああっ!」
「はっ、はははっ!」
叩き付けられた棍棒を避けながら、横一文字に猿擬きの眼球を抉る。
愛刀から伝わる手応えと、唸りを上げて地面に叩き込まれた棍棒の威力を……当たれば自分が一撃で屠られるという緊張感に、己の口からは思わず笑い声が零れていた。
猿擬きは眼球を失った激痛に悲鳴を上げながらも我武者羅に棍棒を振り回し……近くにいた仲間にその棍棒はぶち辺っていた。
無論、殴られた方も正気でない所為か、手にしていた錆びた剣を眼球を失ったソイツへと無慈悲に叩き付け……
(……ありゃ、放っておいても構わんな)
相互に致命傷を与えあっている猿擬きを一瞥し、そう判断を下した己はその猿共を意識から外す。
幸いにして、その二匹を無視したとしてもまだまだ敵が幾らでも湧いてきているのだから。
「おい、兄ちゃんっ!
こっちはもう良い、早くこっちへっ!」
背後からの声に視線を向けてみると、今まで牛車を護衛していた爺さんが街の中から……締まりかけの門からそんな叫びを上げていた。
爺さんとしては100%善意で声をかけて来てくれているのだろうが……生憎とソレは今の己からすると殺し合いの場を奪う悪逆非道な行為にしか思えない。
「構わんから閉めろっ!
己は此処で連中を潰すっ!」
己はそう叫び返しながら、愛刀を八相に構える。
どうやらこの凄まじい数の狂った猿共を相手にするのに、防御主体で相手の反応に備える正眼や、得物の長さを誤魔化す脇構えもあまり意味はなく、出来るならば体力を僅かでも温存したい……そんな考え方から、だった。
「おい、兄ちゃんっ!
早くっ、早くしろぉおおおっ!」
「爺さん、諦めろっ!
もう、無理だっ!」
「おい、閉めるぞ、畜生っ!
何考えてるんだ、あの馬鹿っ!」
背後でそんな叫びと共に大戸が閉まる音が聞こえ……己は自らの退路が断たれたことに思わず笑みを浮かべていた。
「これで、戦いに専念できる、なっ!」
真正面から策も何もなく、無手で跳び込んで来た馬鹿な猿擬きに向け……八相の構えから愛刀を叩き下ろす。
その猿擬きは小柄だったようで、たったの一撃で脳漿をまき散らしながら痙攣を繰り返すだけの肉の塊へと変貌を遂げる。
「……四匹目っ!」
直後に右から跳び込んで来た猿擬きの振るってきた鉈……恐らくは山師の持ち物だろうその凶器を、上体を逸らすだけで躱した己は、体勢不十分ながらも愛刀を猿擬きの軌道上へと突き出す。
その猿擬きは自身の慣性によって、己の突き出した村柾の刃に抉られることとなり……そのまま臓物を零すことになる。
「ぎ、ぎぃっ、ぎぃぃいいいいいいいっ?」
致命傷ではあるが戦闘不能とは言い難いその猿に追撃を加えようかと悩む己だったが、生憎と次の猿がもう眼前へと迫ってきている。
「っととっ!」
僅かに前傾姿勢を取っていた己は、その猿の横殴りの棍棒に一瞬だけ反応が鈍るものの、所詮は技量も使うことなく、ただ野生の力任せに振るわれただけの一撃である。
愛刀「村柾」の切っ先を円弧の中心部……つまりが猿の指先へと突きだすだけで、その猿擬きは指を失い、握力を失った棍棒は明後日の方向へと飛んでいく。
「ぎぃぁあああああああああっ、ぁぁ?」
「……五匹目っと」
指を失った直後、武器がなくても爪で襲い掛かろうとするその闘志は……いや、その狂気は評価に値するものの、生憎と一度ネタの割れた仕掛けにハマるほど、己は阿呆ではない。
返す刀でその脳天を叩き割り、二度と動かないのを横目で見届ける。
(意外とキツい、な)
敵が全く連携していないお蔭で一瞬だけ空いた間に一息つきながら、己は内心でそう呟きを零す。
事実、猿自体の動きは野生動物に毛が生えた程度であり、下手に人型をしている分、動きを見切ることも容易くそう問題にはならないだろう。
……だけど。
(あの狂気は、ヤバい)
致命傷が致命傷にならず、痛みも疲労も恐怖さえも意識することなく襲い掛かってくるのだ。
お互いの連携が全く取れていない上にすぐに同士討ちを始める辺りに付け込む隙はあるものの、確実に命を奪った筈の攻撃を受けても意にも介さずに襲いかかってくる……そんな頭のおかしい敵を相手にするのは酷く気を使う。
その所為で先ほどから愛刀の損耗に気を回すことも出来ず、頭蓋を叩き割るか眼球を抉るかという二択の戦いを強いられているのだ。
(……心臓は、狙いたくないんだよな)
愛刀を突き刺すこと自体は問題とは思わない。
ただ……もし心臓に刃が突き刺さってもまだ相手が動いて襲い掛かってきたら?
襲い掛かって来なくても、まだ暴れるようなことがあれば……この気の狂った猿の集団のど真ん中に丸腰で放り出されることになる。
幾ら己が不利な戦い・絶望的な戦場を求めていたとしても、そこまで酷い状況下での鍛練を行いたいとは思わない。
と言うか、この気の狂った猿共は小柄一つで戦える連中ではないだろう。
「これで、九匹目っ!」
そんなことを考えつつも、己の身体は自分の思う通りの軌道に刃を乗せ……次から次へと猿共を屠っていく。
足を斬り機動力を奪う、腕を斬り武器を取り落させる、腹腔を切り裂く、目を潰す、頭蓋を砕く、脛骨を断つ。
結局、コイツらは狂気に冒されていて多少はしぶといものの、連携を取ろうとしない所為でそれほどの脅威ともならなかったのだ。
実際問題、狂気に満ちた連中に周囲を囲まれて一斉に攻撃されると、己程度の技量では少し厳しいだろうが……少しばかり立ち位置を考えて動けば、常に一対一の状況を作り出すことなんて容易いことである。
それに……
「あの神官に後れを取るなっ!」
「射れ射れっ!
こちらに注意が向いてない今が好機だっ!」
「当てるなよっ!
あの男には当てるなよっ!」
さっきから木壁の上からは兵士たちが次々と矢を放ち、己へと迫ってくる猿擬きを針山へとさせているのだ。
正直に言うと、気の狂った猿共に矢はさほどの効果を与えてはいないのではあるが……
「……動きが遅くなるんだよなぁ、ったく」
足に矢が突き刺さり、不自由な身体のまま襲い掛かってきた猿擬きの脳漿をぶちまけながら、己はそう小さく呟く。
……そう。
幾ら痛みを感じないとはいえ、矢を受けた箇所の筋肉は僅かに動きを鈍らせ、腱や関節へと突き刺さった矢は確実に猿擬きの動きを阻害する。
そうして動きの鈍った……弱体化した生き物など、己の前ではただの的でしかなかった。
「これで、終いだなっと!」
次から次へと的を切り裂き、愛刀「村柾」で命を断った猿擬きが二十四を数えた辺りで、敵の増援は終わりを告げ……戦いはこれで一段落着くのだろう。
己の斬撃が猿の首を断ち、その頭部を宙に舞わせたのを見届けた壁上の兵士たちも己と同じ結論に至ったのか、一斉に歓声が上がる。
「ぉ、ぉおおおおおおおおおおおおっ!」
「すげぇっ!
何なんだ、あの神官はっ!」
「やりやがったぁあああああっ!
強ぇえなぁ、アイツっ?」
そんな地鳴りにも近い大声が響き渡る中、己は愛刀「村柾」を血ふりした後でその刃の状況を確かめつつ、一つ溜息を零す。
(……少々物足りない、がな)
頭上で歓声を上げている連中には悪いが……ああやって矢の援護があるならば、あの猿共をもう三十か五十くらいなら欲しかったところである。
己は最初に背後から喰らいそうになった一撃以降、肝を冷やすようなことなく、達人の領域に足を突っ込むほどの危機に陥ることもなく……
要するに、必死になるほどの相手じゃなったという訳だ。
「……兄ちゃんっ!
あまり無茶はするなっ!
誰だろうと命は一つしかないんじゃからなっ!」
危機が去り、門が開いた途端に跳び出て来たのだろう。
そんな感傷に浸っている己に向けて、道中を共にした爺さんが血相を変えて怒鳴り込んでくる。
その剣幕が自分への心配から来ていることを理解した己は軽く肩を竦め、甘んじてその説教を受けてやろうと覚悟を決めた……その時だった。
不意に森の奥から凄まじい轟音と共に巨大な岩が飛んできて……
「……ぁ?」
己と爺さんの数メートル先でバウンドし、拒馬槍と木壁を叩き壊してしまう。
投石機でも使ったのかという有様に、己も爺さんも目を見開いたまま硬直していた。
直後、森の入り口からゆっくりと、巨大なゴリラのような生き物が……各部位を鱗で覆われた、三メートルほどのゴリラみたいな化け物が目を血走らせながらこちらへと走り込んでくる。
「……森の主っ!
あんな化け物まで、猿の王の軍門に下ったかっ!」
己の隣で爺さんが唾を飛ばしながら叫ぶ中……己はようやく逢えた強敵の予感に、口の端を吊り上げていたのだった。
2017/11/17 07:01投稿時
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