03-08
「腕が、腕がぁあああああっ!」
「足が……足が動かねェ……。
助けてくれよぉぉぉ……」
「血が……誰か、止めて……」
四人の野盗共を制圧するのにかかった時間は凡そ七秒。
一斉に斬りかかってきてくれたから一瞬で済んだが……腰が引けてる相手だともう少しかかったことだろう。
(……不殺でも行ける、な)
己は自分の背後で蹲り、激痛に呻いている連中を見ながら内心でそう呟く。
個人的に武器を持って襲い掛かってくる連中の生死なんざどうでも構わないのだが……相手との力量に大きな隔たりがあったため、ちょいとばかり遊んでみたのだ。
「兄ちゃん、強いな。
しかし、コイツら……殺さないのか?」
「……ああ。
もう武器を持って誰かを襲おうなんて思わないだろう」
護衛対象だった爺さんが恐る恐る発したその問いに、己は頷いて見せる。
実際、一人目は腕を斬り飛ばし、二人目は腰椎を突き刺して切断、三人目は腹腔だけを上手く切り裂き、四人目は両の手首から先を切断している。
当然、「今死なせてない」というだけで、全員結構な重傷であり……そもそも助かるかどうかも分からず、二度と治らない重傷を負う連中もいることだろう。
とは言え、今命を奪っていないのだから、不殺という心得は守っている、筈だ。
「……逃げた兵士が盗賊に身をやつした結果じゃ。
どうなっても構いやしないがのぉ」
「そういうことだ、爺さん。
さっさと街へ進もうぜ」
その嘆く様があまりにも哀れだった所為か、爺さんは盗賊共へ憐みの視線を向けていた。
己としてはそんな無駄な時間があれば、とっとと新たな戦場でまた命のやり取りをしたい衝動に駆られていて、そんな爺さんの感傷に付き合ってやるつもりすらなかったのだが。
「そう、じゃな。
偉大なる創造神も「商売の機を逃すなかれ」と言っておるし、な」
爺さんの言葉は、恐らくこの国で言うところの「商売はタイミングが大事」とかいう慣用句なのだろう。
あの無機質で無感動で事務的だった幾何学的存在が商売について語るとは思えないので、その慣用句は神官が勝手につけたか、商売人が勝手に言い始めたのだと思われるが。
兎も角、そんな紆余曲折はあったものの、己と大量の食糧を乗せた牛車は一目散に先を……森の入り口にあるとかいうバウダ・シュンネイという名の街へと向かい、歩みを進めるのだった。
「ほら、兄ちゃん。
ここがバウダ・シュンネイじゃ」
四人の盗賊共を撃退した後は大した運動もなく、丸一昼夜を経て己と大量の食料を乗せた牛車は森の入り口とかいう名前の街へとたどり着いたようだった。
眠りから現実へと叩き戻す爺さんのその声で目を開いた己は、眼前に広がる街へと視線を向ける。
「……厳重だな」
南部にあるこの街は林業で育ったと聞いただけあって、周囲には木材で造られた拒馬槍が並べられ、その奥には木製の……凄まじく大きなネズミ返しのついた壁が建てられていて、街の中は全く見えない有様だった。
唯一見えるとすれば、街のあちこちに建てられている物見櫓くらいのものだろうか。
屋根の上には通路が作られているのか、数人の屈強な男たちが立ち並んで巡回していて、この街が戒厳下に置かれているのが一目で分かる。
そして、この街はその名の通り森に面しているらしく、街の向こう側……己たちが来たのとは反対側の辺りは完全に森と接しているように見えた。
「よぉ、ダグ爺さん。
……ってことは、食料がついに届いたかっ!」
「待ちわびたぜっ!」
「早くっ、早く入ってくれっ!」
己たちの馬車を見つけたのだろう。
見張り台の連中がそう叫んだかと思うと、城壁の上からそんな歓声が一斉に上がり始める。
彼らの声は歓喜に彩られていたものの、中には安堵の余り座り込む者もいて……酷く疲れが溜まっているようだった。
(……落ちる寸前、ってことか?)
近づいてみれば、拒馬槍は血まみれであちこちが欠けているし、木製の壁もあちこちに巨大な爪痕が残されている。
しかもネズミ返しはところどころ破壊されているし、何よりも拒馬槍周辺は凄まじい血の跡で赤く染まっている始末である。
どうやらこの街は血を洗い、壁の修復をする余裕すらないほど痛めつけられている、らしい。
「すまんな、兄ちゃん。
盗賊退治の報酬はコレが売れてからに……」
己を乗せた牛車が道伝いに進んで行くと、真正面の木壁に設けられた大きな門が開き、牛車がゆっくりと門へと進んでいく。
そこで気が緩んだのか、爺さんが必要もない報酬のことを口にしようとした……まさにその時だった。
「敵襲っ!
敵襲~~~~っ!」
半鐘の音……こちらの国では何と呼ぶのかは知らないが、物見櫓の上から甲高い鐘の音と共にそんな叫びが響き渡る。
それと同時に、森の中から数匹の猿らしき生き物が己たちの方へと向けて……恐らくは荷車の上の食料へと向けて走り込んで来た。
その生き物の大きさは約一メートル弱で……凡そ人間の子供くらいの大きさだろうか。
「……っと、早い、な」
発見の知らせから数秒でもう牛車から数十歩の距離へと駆け寄ってきているその猿らしき生き物に、己はそう小さな呟きを零すと、愛刀「村柾」を抜き放つ。
そんな己を脅威と見做したのか、それとも餌だと考えたのか……その生き物の中でも集団から一匹だけ突出していた個体が、歯を剥き泡を垂れ流しながら血走った眼でこちらへと一直線に走り込んでくる。
その四本ある手の内の二本の手で持つのは、木製の槍のようなもので……
「きゃぁあああああああああぁ、ぎぁああああっ!」
猿擬きが発した奇声を聞き流しつつ、突き出された槍を前へと踏み込み半身になってやり過ごした己は、そのまま愛刀を横一文字に振るう。
抜き胴と呼ばれる一撃を放った己は、その手の感触で猿擬きの腹腔ごと臓器の幾つかを破壊……致命傷を与えたと確信していた。
「……所詮は、猿か」
己はそう呟きつつも血振りをしつつ、前方から飛び込んでくる後続の敵へと視線を向けた……その瞬間だった。
「おいぃいいいっ!
後ろぉおおおおおっ!」
肺腑の奥から全ての酸素を絞り出したような爺さんのその叫びと、己が背後の殺気に気付くのはどっちが早かっただろうか?
少なくとも己は見ることも叶わない背後からの一撃を、ただの勘だけで左へと大きく跳んで躱し……形振り構わない避け方に体勢を崩して大地を転がる。
「……今のは、ヤバかった」
新調したばかりだと言うのに土にまみれ、軽く破れてしまった神官服を叩きつつ、己は内心の動揺をかき消すようにそう吐き捨てる。
はっきり言うと、今のはただの勘……正確には、愛刀を握る左手側が重いので釣られるようにそっちへ避けただけだったのだが……もし右へと跳んでいたら今頃、己は背から腹へとあの木製の槍によって突き立てられ、鵙の早贄の如く命を落としていただろう。
(……しかし、どうなってやがる)
助かったことへの安堵よりも残心を怠った自分への怒りを抱きつつ、己はそう内心で自問自答する。
今の抜き胴の手応えは確実に致命傷であり……実際、その猿擬きを見ても己が斬った腹腔は横一文字に裂かれ内臓がはみ出し、噴き出す血は衰えることなく周囲を汚している有様なのだ。
構造の単純な百足じゃあるまいし、痛みに弱い哺乳類という性質上、あれほどの深手を負って戦える筈がない、のだが……
その猿擬きは痛みを感じる様子も見せず、内臓をまき散らしながらただただ地面へと槍を突き刺していて……
いや、アレは自分の身体からはみ出た内臓が、自分の身体の動きに釣られて動いているのを敵と認識して突き刺そうとしているとしか……
「……狂ってやがる、のか」
明らかに正気ではないその猿擬きの様相を眺め、己は小さくそう呟く。
よくよく眺めてみると、その猿擬きは足が二本、腕が四本も生えていて……全身に生えている毛皮の幾つかは鱗と毛の中間っぽい硬い棘のようでもあり、猿と言えば猿に似ているかも、程度の生き物だった。
尤も、コイツらを操る敵を「猿の王」と呼んでいるのだから、この国ではコレを猿と呼ぶのだろう。
名称は兎も角、この猿は自分の臓物を幾ら突き刺しても意味がないとようやく悟ったのか、己にその血走った視線を向けてくる。
「気を付けろ、兄ちゃんっ!
猿の王の眷属は、頭を潰すか胸を突き刺すかしないと死なんっ!」
「そういうことは、早く言いやがれっ!」
背後から聞こえてきた爺さんの叫びに、己はそう怒鳴り返しながらも、大上段からの唐竹を放つことで、真正面から跳び込んで来た猿の頭蓋へと切っ先を叩き込む。
頭蓋を抉られた猿は流石に狂気を維持することは叶わなかったらしく、その場で七転八倒して動かなくなる。
「ぎぃぁあああああああああああっ!」
それを見届ける間もなく、ようやく追いついたのか二匹の猿が目を血走らせながら、こちらへと襲い掛かってくる。
その二匹の猿が手に握っている棍棒と錆びた剣……恐らくは森の中で斃れたのだろう兵士の武器らしきモノへと視線を向けた己は、気合を入れ直すように小さく息を吐き出す。
背後からはその二匹以外に、十五匹ほどの猿が陣形を組むでもなく、ずらずらと森から吐き出されてくるのが見える。
(敵の強さや仲間の死に怯みもしなければ、痛みも疲労も無視して襲い掛かってくる野生動物。
コレは……人間より遥かに面倒だ、な)
そんな狂気に冒された凄まじい数の猿の群れ……己がこれから討とうとしている猿の王と呼ばれる敵が操る眷属の正体だったのだ。
2017/11/16 07:05投稿時
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