03-07
「いやぁ、済まんな、神官の兄ちゃん。
護衛を雇う余裕すらなくてなぁ」
「いや、乗せてもらうだけで構わないさ」
帝都から南へと向かう街道の途中、穀物や野菜などの食料品を大量に乗せた牛車を見かけた己は、行商人の爺さんに口先三寸で売り込みをかけ、見事便乗させてもらえるようになった。
正直に言うとスプリングもクッションもない馬車の荷台は、相変わらず乗り心地最悪で、そう早くない代物ではあるものの……歩くよりは早い割に疲れないのが有難い。
(一秒でも早く戦いたい。
だけど、疲労困憊で戦場に着いても意味がないからな)
剣術以外の全てを些事と切り捨てる己ではあるが、前回の……修行しながら街道を通った所為で野宿する羽目になったのには、流石に懲りた。
虫刺されに野生動物の夜襲に空腹に寝不足。
何もかもが己を蝕んでいき……あんな状態では数日ほど旅するだけで、己の戦闘能力が半減してしまうだろう。
そんな不完全な状態で戦いに赴くのは、何と言うか、剣術に対する冒涜である。
勿論、いずれはそんなボロボロの状態でも戦えるような鍛練を積む必要もあるとは思うが……生憎と今の己はまだ自分の底力を上げるだけで精一杯なのだ。
「しかし、こんな大量の食糧をどうするんだ、爺さん」
荷台の上の己は、適当に話を振る程度のつもりでそう尋ねていた。
己が訊ねた通り、荷台の上には食料品……乾燥した黍粉や干し野菜、塩漬けの野菜など日持ちがしそうな品が山のように積まれている。
実際のところ、それらは完全に積載量オーバーとしか思えないほど積まれ、牛擬きも酷くのんびりしたペースでしか歩けていないのだ。
そんなところに己が乗っても大丈夫かと尋ねたのだが、人一人の重量程度では大したことがないというのが爺さんの答えだった。
「そりゃ、南……バウダ・シュンネイへ行って売るのさ。
近くの森は猿共が出てくる所為で猟も収穫も出来ず、畑は収穫する前に荒され続けておる。
しかも、聖なる大河が干からびたお蔭で、帝都から船で食料を輸送出来なくなっとるからな。
ま、帝都も食料品は値が上がっとるが……バウダ・シュンネイに比べると遥かにマシ。
要するに、コレだけで一儲け出来るって寸法じゃ」
商人らしき爺さんは、この国の住人としては当然と切り捨てられてもおかしくない己の問いかけを笑うことなく、正直にそう答えてくれた。
その上、商売の算段まで懇切丁寧に教えてくれたのだから……この爺さん、実はあまり商いに向いてないんじゃないかと考えてしまう。
「海からの輸送も霧の王の所為で全く止まっておるからの。
こうして遠回りでも牛で運ぶしかないんじゃて。
本当に迷惑な連中じゃよ、あの六王って連中は……」
とは言え、こうしてしっかりと返答をくれるのは爺さんが特に善良な人である、という訳ではなく……単純に現状の不満を口にしたかっただけ、なのだろう。
実際問題、爺さんのやっていることは「籠城中という弱みに付け込んで高値で売りつける」商売の基本にして悪徳商法ギリギリの手法なのだから。
尤も、己としてはそれでも構いやしない。
爺さんがどうやって儲けようが、己にとっては他人事であり、ここの国の連中も顔見知りはさほど多くない。
悪徳商法だろうと己を乗せて行ってくれることに変わりはなく、もしそれで恨みを買って爺さんが狙われれば……斬った張ったを望む己としては万々歳なのだから。
(……しかし、難儀な話だ)
六王の侵攻によって、この国が滅びに向かっているのは知っていたが……こうしてこの地に暮らす人たちの話を聞けば聞くほど、滅びが徐々に迫っていると実感できる。
屍の王によって聖なる大河が堰き止められ、水運が壊滅し聖都は水不足、東の農地は水浸しになり収穫が見込めない。
炎の王によって東の人々は殺し尽くされ、今も虎視眈々と聖都が狙われている状態だ。
尤もこれは、屍の王の姦計によって聖都が護られているというべきかもしれないが。
残りは伝聞でしかないが……猿の王により南の街は侵攻を受け、聖都での木材や薪が足りていないまま冬を迎えそうな状況であり。
牙の王によって西の牧草地は被害を受け続け食肉に困っており、霧の王によって東南の海が封鎖されているのだとか。
(残り一体は寡聞にして知らないが……ろくでもない羽目になっているんだろうな)
今のところ、聖都を中心として北・東・東南・南・西とそれぞれの王が攻めてきているのだから、最後の六王がいるとしたら北西辺りだろうか。
まぁ、具体的な情報なんざ聖都を中心に活動していたら……活動というほどのことをしなくとも、あのヌグァ屋の親父の愚痴を聞くだけで、嫌でも手に入ると思われる。
とは言え、今のところはそんな名前も知らない敵のことを考えるよりも、今から向かう先にいるという猿の王とやらを、この愛刀をもってどう屠るかだけを考えるべきだろう。
勝手に進んでいく牛車の荷台の上で暇を持て余した己は胡坐をかいたまま目を瞑り、静かに今まで経験した果し合いを脳内で描き……戦闘の反省を始める。
幸いにして文字通り身体に刻み込んだ激痛だ。
自分が死ぬことになった戦いの様相は、目を閉じるだけで鮮明に思い出すことが出来る。
「そう言えば兄ちゃん。
乗せる代わりに護衛をと言ってくれたが……それなりに腕に自信があるんじゃろうな?
そもそも……神官相手なら無料で乗せるつもりなんじゃがの?」
そうして己が静まった所為で暇になったのだろう。
行商の爺さんは己にそんな真っ当過ぎる問いを投げかけてくる。
戦闘の反省を邪魔された己は、爺さんの声を少々鬱陶しいなと思いつつ、それでも人付き合いを完全に遠ざけるつもりなどはなかった所為か……
「……当たり前だ。
今まで二度盗賊に襲われ、二度撃退をしているからな。
盗賊如きにはそうそう負けはしないさ」
気付けばそう……特に自慢するつもりもなければ邪険にもすることもなく、淡々と言葉を返していた。
実際、これでも己は剣術ばかりに人生を費やしてきたのだ。
その辺りにうろうろしている、努力すらもせず、体格と威勢だけで弱者を脅して生きてきただけのような、剣もろくに振るえない野盗共になんて、どう頑張っても負けようがないのが正直なところである。
ちなみに「神官であれば無料で乗せる」という後ろの方の呟きは全力で聞き流すことにした。
己が望むのは戦いであり……そう強くもない野盗が相手とは言え、愛刀を振るう機会を逃そうとは思わない。
「二度も撃退するったぁ、兄ちゃん……乗せるだけで構わないなんて言った割には、護衛としての経験は多いようじゃな。
ああ、危険手当を狙っているのか。
売り込みの腕の割には意外としたたかなようじゃのぉ」
己の回答に、爺さんは少し感心したような声を上げていた。
商人の爺さんとしては「乗せるだけで護衛してくれる」なんて甘い話、滅びが迫っている……ことは知らなくても、六王の所為で景気も治安も悪くなっている最近の情勢ではあり得ないと思っているのだろう。
だからこそ、己を「基本無料、盗賊が出た時だけ危険手当をふっかける」類の護衛だと勘違いしたようだ。
「だけどなぁ、兄ちゃん……その取引は儂には有利過ぎるぞ?
この辺りは、幾ら治安が悪くなったとは言え聖都の周辺……そうそう盗賊なんぞ出やしないんじゃ」
「……いや、二度旅をして、二度とも襲われたんだがな」
己にそう告げてしてやったりと言わんばかりの顔を見せる爺さんに、己は肩を竦めながらそう答える。
「兄ちゃん。
それ、あんたが呼び寄せてるんじゃないかの?」
己の返事に爺さんはこちらに胡乱げな視線を向けながらそう問いかけてくるものの……実際、一人旅をしている所為か、それとも娼婦を乗せた馬車なんぞに乗り合わせた所為か、己が野党に襲われる確率は今までで10割という凄まじいものである。
これでは己が疫病神扱いされてもおかしくないだろう。
尤も、真剣を使った命賭けの実戦を求めている己としては、これだけ野盗に襲われるというのは不運などではなく、嬉しい誤算というものなのだが。
(……これで、もう少しばかり腕の良いのが来てくれたらなぁ)
何故かは知らないが「着実な利益を上げるのが商売の最大の道だ」とか大声で語り始めた爺さんの言葉を聞き流しながら、己はそう一つ溜息を吐く。
野党に襲われて実戦の経験が積めるのは嬉しいが……今までの経験上、野盗の群れってのは雑魚の群れでしかなく、大して苦戦を強いられたこともない。
正直、稽古よりも軽い実戦なんて、やる価値もないのだから、せめて策を弄するか、不意打ちしてくるくらいの小細工をしてきてくれないと……
「そうそう。
……こんな風に、なっ!」
何となく周囲の雰囲気を覚えた……鳥の声や虫の声が聞こえなくなったことに気付いた己が、愛刀を手に取って立ち上がったのと、手前の茂みから矢が飛びだしてくるのはほぼ同時だったと思う。
矢に気付いた瞬間、鞘に収まったままの愛刀を振るい、矢を弾き飛ばしたものの……気付くのがもうコンマ数秒遅れていたら、矢は爺さんの首へと突き刺さっていただろう。
「おわぁ、ななな、何じゃい兄ちゃんっ?」
殺されかけたのに気付いてないらしく、爺さんは突如として愛刀を向けてきた己に抗議の声を上げようとするが……今はそれに構っている暇はない。
己は爺さんを片手で制止ながらも、穀物ばかりを積んである荷台から飛び降り、爺さんと牛車を庇うように前に出る。
「へっ、威勢がいいな、小僧。
だが、この数相手に勝てると思うか?」
「護衛か何か知らないが、さっさと降伏するのが身のためだぞ?」
それとほぼ時を同じくして、定番の台詞を口にしながらボロボロに汚れたお仕着せの鎧を身にまとった男たちが五人ほど、茂みの中から湧いてくる。
「よしよし、大漁大漁っと」
そんな浮かれた声を出しながらも、今度は活人剣……殺さずの剣術でどこまで自分がいけるのかを試してみようなんて考えていた時のことだった。
「あ、あああああ。
てめぇぁああああああああああっ!
イリェリズ、逃げるぞぉおおおおおおおっ!」
出て来た五人の野盗の中で一番の使い手と思しき男が、己の顔を見るや否やそう叫んだかと思うと、一目散に茂みの中へと走り去ってしまったのだ。
その茂みが揺れる音はすぐさま二つになったことから、遠くから矢を射かけてきた射手も一緒に逃げてしまったのだろう。
(お、おいおい)
実のところ己としては、あの射手こそが……遠くから牛車に乗る爺さんの細首を狙い違わずに射抜くところだったあの凄腕の射手こそが、この戦いでは最も警戒すべき相手だと思っていただけに、当の二人が逃亡したことにはかなり肩透かしを食らった気分になってくる。
「お、おい、何溜息吐いてんだっ!」
「こ、こっちにはまだ四人もいるんだぞっ!
勝てると思ってんのかよっ!」
残された四人の野盗共は、身の程も知らず、己に向けてそう怒鳴りつけてくるものの……正直、チワワが鳴いている程度の威圧感も感じない。
要するに、四人全員が雑魚でしかない、ということだ。
「もう良い。
とっとと消えろ、雑魚共」
落胆の所為で気が短くなっていた己は、吐き捨てるようにそう告げると……愛刀を鞘から抜かないままで、野盗共へと襲い掛かっていくのだった。
2017/11/15 07:39投稿時
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