03-06
「神の恵みを。
貴方に幸多からんことを」
井戸の水を満たしたヌグァ屋から歩くこと十分程度。
騒ぎが追い付いてこないのを確認した己は、道端に寝そべっていた物乞いの前に立ち、そんな挨拶を兼ねた聖句を唱えながら懐の中の銀貨……ヌグァを買ったおつりの貨幣を投げ渡す。
「あ、ありがとうご、ざいますっ、神官さまっ!
ありがとうございますっ!」
その銀貨が思ったよりも遥かに高額だったのか、それともこの物乞い……動かなくなった所為で腐り始めた両足を持つこの傷病兵は、生活がよほど行き詰っていたのか。
慌てて立てぬ身体を起こそうとして失敗し……直後、涙を流しながら額を地面へと押し付けはじめた。
(そう、感謝されてもなぁ)
己としては、ただ懐に入っている銀貨がじゃらじゃらと鬱陶しく、正直に言って持ったままだと戦いづらいと思ったから適当に施しを与えた……つまりが自己満足と言うよりも「邪魔なモノを捨てた」だけであり、感謝される謂れなどない。
そうして土下座を続ける傷病兵から視線を背けると、男の足元には「私は炎の王と戦い、二度と足が動かなくなりました」と書かれた木の板が置かれていて……
(……ある意味、戦友、か)
己もこの青年も、同じ相手とボロボロになるまで戦い合った相手なのだから、大雑把な括りで言うと戦友と呼んでも間違いではないだろう。
ただの気まぐれでそんなことを思いついた己は、青年の腐りかけた足へと視線を向ける。
その怪我の様子から推測するに、百足の牙を突き立てられて毒を打ちこまれた所為で神経系が断絶し、感覚が無いまま脚が傷口から腐り始めたらしく、包帯の隙間からあふれ出る血と膿と、そして腐った肉を求め、脚の傷周辺を蠅が飛び交っている。
恐らくはもう二度と動かないだろうその脚を見て哀れに思った己は、不意に自分にもこの青年を救う術があるのを思いつく。
そして……思いついた以上、それを躊躇う理由などない。
己は静かに息を吸い、一つ吐くと……その青年の足へと視線を移し、静かに口を開く。
「……今の足は要らない、な」
己の呟きの意味が分からなかったのだろう、青年が首を傾げた直後……己は鞘から愛刀「村柾」を抜くと同時に、太腿から下をばっさりと切り捨てる。
居合、というほどのものではないものの、不意打ちに対する対処法として師より教えられた技巧の一つであり、意外と役に立つ。
尤も、こういう使い方は師も想像していなかっただろうが。
「……ぁ?
あ、ああ、ああああああああああっ!」
両足を断たれた激痛の所為か、それとももう痛みすら感じず四肢が失われるという恐怖の所為か、青年は悲鳴を上げて暴れ始めるものの……己はそんなことなど意に介すことなく、勢いよく血が噴き出しているさっき出来たばかりの傷口へと手を当てる。
「……【再生】っと」
己がそう呟いた、その瞬間だった。
傷病兵の足から噴き出していた血があっさりと止まったかと思うと、凄まじい勢いで骨が伸びていき、その周囲を血管が木の根のように伸びてゆき、次に肉が盛り上がってきて皮膚を形成し……
「ぎゃぁあああああああああああっ!
止め止め、たす、たす、助けてくれぇえええええええええっ!」
天賜という奇跡によって【再生】を続けている当の本人はそんな悲鳴を上げ続けていた。
どうやら怪我が再生している間中、激痛が走っているらしく、既に目からは涙、鼻水と涎、更には股間から尿までもを垂れ流しながら、必死に泣き叫んでいる。
だが、その甲斐あってか……その失われた両足は僅か数秒で、青年が大怪我をする以前の健全な姿を取り戻していた。
「なるほど、な」
その元傷病兵の、怪我が治る一部始終を見届けた己は小さな声で一つ呟くと、そう軽く頷くと立ち上がり、その血と膿と腐った肉と、糞尿の臭いが漂い始めた青年から離れる。
どうやら己が持つこの【再生】の天賜は、怪我した四肢をほんの数秒で元に戻す代わりに、凄まじい激痛を伴うモノ、らしい。
……そう。
要するに己は、この傷病兵を使って、自分の能力を「実験」してみせたのだ。
前回、炎の王との戦いで使えるかどうかが頭を過ったこの能力……勿論、己は実戦で使う気など欠片もないが、「使わない」のと「使えない」のでは雲泥の差があるのも事実である。
せめて自分の能力の把握だけはしておきたい、だけど実戦の最中にそんな余裕もないし、自分の身体を傷つけてまで【再生】の性能実験をするのも馬鹿馬鹿しい。
そう考えた結果、己はその辺りに転がっている実験に成功しても失敗しても大した影響のなさそうな、もう先がないだろう傷病兵で天賜の実験をしてみたのだ。
だけど。
(結局、これじゃ使えない、だろうな)
顔の穴全てから体液を垂れ流し、白目を剥いている青年の姿を見下ろしながら、己は溜息を一つ吐き出す。
幾ら凄まじい再生能力があろうとも、苦痛で動きが取れなくなる……いや、僅かに鈍くなるようでも話にならない。
手足を再生させている内に頭蓋を叩き割られて死ぬだけだ。
この能力は戦闘中にはとても使い物にならなず……端っから「ないもの」として考えた方が良いだろう。
(おかしいな?
エリフシャルフトの爺さんは上手く使っていたみたいなんだが)
己はこの天賜と呼ばれている超能力の存在を教えてもらったあの日、爺さんが怪我をした連中を治しているのを目の当たりにしている。
彼らは治癒の際に痛みなど感じている様子もなく……
(……【再生】の技量とか、あるのかもな)
己の記憶にある限りでは、注射や歯医者など……同じ治療行為をしている筈なのに、医者によって上手い下手があった。
それと同じで、この天賜とやらも理解不能な超能力の癖に……いや、だからこそ、治療の上手い下手というのが顕著に出てくるのかもしれない。
まぁ、それを具体的に試し続けて治癒を上手くするよりも、剣技を磨く方が己にとっては優先事項であり……結局、この【再生】という超能力が「戦闘中に使えない」とした結論に違いはないのだが。
「じゃあな。
協力、感謝する。
……せめて、残りの人生は楽しく生きてくれ」
無許可で行ったその人体実験の結果に一つ頷いた己は、未だに痙攣を繰り返している物乞いの青年にそう呟くと……詫び賃とばかりに銀貨をもう数枚その身体の上へと放り投げ、静かにその場を立ち去ることとした。
己が立ち去っていくその背後では何やら「奇跡」だの「神の慈悲」だの「神兵の降臨」だの、訳の分からない叫びが聞こえていたようだったが……己は背後を振り返ることもなく、その場を立ち去る。
何しろ……そんな名声や評判や誰かの感謝なんてモノ、所詮、剣技を極めるという己の目的の前では意に介す必要もない『些事』でしかないのだから。
2017/11/14 07:16投稿時
総合評価 985pt
評価者数:50人
ブックマーク登録:248件
文章評価
平均:4.9pt 合計:245pt
ストーリー評価
平均:4.9pt 合計:244pt




