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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:03「猿の王:前編」
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03-04


 弟子が凄まじい躍進を見せる未来を想像して微かに笑みを浮かべる(オレ)を、怪訝そうに見るエリフシャルフトの爺さんだったが……すぐさま何故この場所に己を呼んだのか思い出したらしい。

 爺さんは何枚もの羊皮紙らしき物体……正体も知らない動物の皮らしきモノを繋ぎ合わせた、丸まった図面のようなソレを己に見えるように広げる。


「……地図、か」


「ええ、(アー)(ハルセルフ)様には、次にこの場所に向かってもらいたいのです」


 そう言いながら爺さんが枯れ木のような指で、ど真ん中に描かれている聖都らしき場所から真下よりわずかに左側を……恐らく南南西だろう場所へと指し示す。

 そこは聖都から流れる河を下った場所にある、妙に尖った三角が大量に描かれた場所で、そのど真ん中には四角に囲まれた文字が書かれていた。


「このバウダシュンネイは林業で栄えた街でして、今も数千人が暮らす街で御座います。

 ですが、猿の王が放ったと思われる眷属が次々と襲い掛かって来て……」


「……薪がない、だったな、確か」


 爺さんの言葉を聞いていた己は、聖都のヌグァ屋のおっさんから聞かされた愚痴を思い出しながらそう呟く。

 周囲の地形とその名前を見合わせる限り……入口(バウダ)(シュンネイ)という名前の通り、その街は林業が盛んなのだろう。

 家々を立てる林材から薪まで、恐らく聖都を流れる聖なる大河(アー・エリムグラウト)を遡上して運ぶ流通を確保したが故に、この場所に街なんかが出来たのだと想像できる。


「え、ええ。

 冬はまだ遠いにしろ、人民の生活に支障が出ている以上、早く解決しなければと皇帝陛下も兵を……我らも神殿兵(ハルセルフ)を送り込んではいるのですが、解決には程遠く……」


 会話を遮られた形になった所為か、エリフシャルフトの爺さんは僅かに狼狽えながらも己を派兵する理由をそう説いてみせる。

 ……だけど。


(嘘、だな。

 ……いや、本当のことを言ってない、という感じか)


 そんな爺さんの様子を窺った己は、あっさりと爺さんの様子をそう見破る。

 尤もそれは、別段己が鋭いという訳ではなく……教皇と呼ばれているらしきこの爺さんは、老獪な政治屋というよりは単にその座に就いているだけの年寄りという印象が強く、あまり嘘が得意ではないようだったが。


(ま、そんなことはどうでも良いか)


 己としては、ただ自分の技量を磨く場所さえ……愛刀を振るう戦場さえ与えてくれるなら、たとえ悪魔にでも魂を売る覚悟はできている。

 まぁ、幸いにしてこの国が滅びかけているお蔭で、戦場には事欠かず……今やこの場所は己にとって天国に一番近い場所となっているのだが。


「では、御頼み申します、(アー)(ハルセルフ)様」


「ああ、勝てるかどうかは知らないが……やれるところまでやってみるさ」


 頭を下げてその禿げ上がった天頂部を見せつける爺さんに、己は愛刀「村柾」の鍔を鳴らしながらそう請け負う。

 そのまま神殿を出て、すぐさま戦場へと向かおうと踵を返した己の前に……己の胸ほどの高さもない、一人の少女が進み出てくる。


「お待ちください、(アー)(ハルセルフ)様。

 貴方様の戦果の清算が終わっておりません」


「……清算?」


 鑑定眼(アー・ファルビリア)という異能を持つ少女は、自らの言葉に己が首を傾げるのを意に介す様子もなく、机の裏に隠してあったのだろう布袋を必死に形相で机の上に積み上げる。

 かなり重いのだろうソレを一つ一つ必死に運ぶ少女の姿は微笑ましいものがあったのだが……その必死の形相があまりにも鬼気迫っていたため、己は「手伝おう」という一言がどうしても口に出せず、ただ少女の姿を見守ることしか出来なかった。


「は、はい。

 ここまで、が、前回、渡し忘れて、いました……賞金首の盗賊、五人。

 屍の王が配下四十六体と、そして屍の王が側近である英霊の七騎士の二体を撃破した分です」


 鑑定眼(アー・ファルビリア)を持つ少女の声に、己は「そんな話もあったなぁ」と他人事のように頷いていた。

 実際問題、この国で生きていくにも金が必要というのは昨日野宿した際に思い知らされたばかりで……こうして報酬が目に見える形で提示されるというのは悪いものじゃない。

 ……とは言え。


「これが、今回の、分、です。

 野盗をまた五人……今回も賞金首でしたので。

 そして、炎の王の配下である大百足が七十二、鎧百足が二、巨大百足が三、となりますので……合計すると一八九〇万ズーヌとなりますね」


 どんどんと少女の手によってテーブルの上の皮袋が積み上げられていくその様子を、己は何となく他人事のように眺めていた。

 正直な話、この皮袋一つがどれだけの価値になるのかすら未だに理解していない己にとっては、その一八九〇万ってのがどれくらいのものなのかすら想像も出来なかったのだ。


「これは、幾らくらい……じゃないな。

 あ~、何が買えるくらいのもの、なんだ?」


「えっとですね……」


 己が眼前の少女にそう問いかけたのは、単なる好奇心からだったのだが……その問いを受けたエーデリナレは視線を彷徨わせると、少し躊躇う様子を見せた後で隣に立つ祖父の方へと視線を向ける。

 どうやらこの鑑定眼(アー・ファルビリア)を持つ少女も世俗の金銭的価値には疎いらしい。


「そうですな、庶民が一生で稼ぐ(ズーヌ)の、ほぼ倍の額というところでしょうか」


 幸いにして爺さんの方はそこまで世俗に疎いなんてことはなく、その金額の価値を……この国では通貨が銀なので金額という言い方はおかしいのかもしれないが、兎に角、眼前に並べられた皮袋にはそれくらいの価値があるらしい。


「凡そ、帝都の中心少し外れた辺りで家が買えるくらいの額ですな」


 付け加えられたその情報で、己はようやくこれらの額について理解が出来た。

 何となく爺さんの背後に立っている神官……己をここまで案内してくれた神官にして恐らくは教皇の護衛役の男が首を左右に振っているのが気になったが。

 それは兎も角、どうやら己はあの二戦で平均的な労働者……日本で言うところのサラリーマンの平均生涯賃金の倍ほどを稼ぐことが出来たらしい。


(……そんなもの、か。

 まだまだ、だな)


 二度も命を失って、平民の倍額程度しか稼げないのだ。

 己の剣力など所詮はその程度……命を賭けても一般人が汗水たらして働くのと同額程度しか成果を上げられない、一般人に毛が生えた程度の能力しかないということだ。


(もっと、精進しないと、な)


 己は自分の両手を……変色し変形したかのように見える剣だこを眺め、そう内心で決意する。

 要するに、まだ未熟な己にはこんな銭金なんて些事に囚われている暇などなく……もっと愛刀を振るい、もっと命賭けの戦場に足を運び、技量を磨かなければならないということだ。

 そうと決まれば話は早かった。


「なら、それを買おう」


「……は?」


 何気なく己が呟いた一言に、爺さんは目を丸くしてそう問い返してくる。

 礼儀も地位も忘れたようなその呟きに、己は軽く肩を竦めると……その購入宣言がただの衝動や嘘なんかじゃないと証明するための言葉を続ける。


「神殿で抑えている物件とかがあるだろう?

 それの一つをこの金で買おうと言っているんだ。

 やはり拠点は必要だからな」


 当然のことながら、己が告げているその理由はただの出まかせに過ぎず……正直に言うと己は家なんて欲しいとすら思っていない。

 どうせ死地を求めて……生と死の狭間を彷徨うような土壇場を求めて旅するだけの日々を送っているのだ。

 安らぎを求めて家なんざを持ってしまえば……その分、腕が鈍ることになりかねない。


「ああ、庭が大きいと良いな。

 稽古する場所が欲しいからな」


 これは本音だった。

 尤も、気が狂う寸前まで稽古を繰り返し、荒行を続け……それでも壁にぶち当たったからこそ、己は命を賭けて死地を求めて地下の賭け試合なんざに身をやつしたのだが。

 だが、日々の訓練が無用とは欠片も思わないし……やはり強くなるには基礎訓練の継続は必要だと考えている。

 今のところ、訓練を行わなくても良いくらい、毎日のように歩き回り走り回り限界を突破し続けるような命賭けの戦いに身を投じているというだけで。

 それに……これだけの高額を死蔵するってのは、盗まれたり嫉妬の対象になったりとろくなことにならない気がする。

 強盗が襲い掛かってくるのは大歓迎なのだが、己がいない間に盗まれるのは腹立たしいし、幾ら剣術バカの己が色々なことに無頓着とは言え、嫌味や陰口なんかの対象になるのは良い気分ではないのだから。


「……ま、旅にこれくらいは欲しいからな」


 とは言え、旅にも金子は必要だろう。

 そう考えた己は、大量にある皮袋の中に手を突っ込み、中の銀貨を無造作に一掴み取り出す。

 それらは先日ヌグァを買うのに使った銀貨とは一回り大きかったが……まぁ、銀貨は銀貨であってそう大差ないだろう。


「……じゃ、南だったな。

 猿の王……楽しませてもらうさ」


「ええ、どうぞ(アー)ご加護を(プジャフ)

 (アー)(ハルセルフ)……ジョン=ドゥ様」


「……次は、もう少し慎重にお願いします」


 用事が終わったとばかりに部屋を出ようとした己の背に、エリフシャルフトの爺さんの祈りの声と、少女エーデリナレの小言のような声がかけられる。

 己はそれらの声に愛刀を軽く掲げて答えると……そのまま部屋を出て、新たな戦場へと向かうため、旅立ったのだった。



2017/11/12 09:21投稿時


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