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剣の道、屍山血河【旧題JD→SM】  作者: 馬頭鬼
JD:03「猿の王:前編」
33/130

03-03



 半ば衝動的に戦士(ダヌグ)という名の少年を弟子にしてしまった(オレ)は、少し考え込む。

 弟子にするならば、付きっきりで教えてやりたいところではあるが……生憎と己は修行中の身。

 出来れば自分自身を鍛える方を優先したい。


(そもそも……いつまで生きられるか分からないし、な)


 今は(アー)の何やらで死んでも生き返らせて貰っているが、それもいつまで続くか分からない。

 だったら命を大事にしろと言われそうだが……生憎と剣才のない凡人の己では、自身を死地に送り込まない限りこれ以上の成長など見込めない。

 そして己という人間は、才能の壁にぶち当たって挫けて剣を捨てるくらいなら……厳しい訓練を積み続けても何の成果も得られない、あの日々に舞い戻るくらいなら、こうして死地に自分を置いて絶望的な戦いに身を投じ続けた方が……

 むしろ、これ以上の上達が見込めないならいっそ死んだ方がマシと断言出来る……そんな救いようのない馬鹿なのだ。

 である以上、近日中に己が死んだままとなる可能性は非常に高く、師がいなくても続けられ、そして向上をすぐさま実感できる……そういう鍛練法が良いだろう。

 

「よし、まずは……」


 弟子育成計画を脳内で固めた己は周囲を見渡し……訓練場には何一つないのを確認し終え、次に脳内を検索する。

 幸いにして、(アー)(ハルセルフ)である己には、(アー)から授けてもらったありがたい奇跡の数々があるのだった。


「よっ……【鉱物作成】に【剛力】。

 そして、【金属操作】っと」

 

 己はそう呟き、【鉱物作成】の天賜(アー・レクトネリヒ)によって自分の想像通りに鉱物……銀を中心にして周囲を鉄で巻いた「人の胴回りとほぼ同じ太さの杭」を創り上げると、【剛力】を使って訓練場の端っこの方に地面と垂直に突き立てる。

 直後に、【金属操作】を使って中心部の銀を直下へと真っ直ぐに伸ばすと同時に、周囲の鉄分を幾重もの繊維と化し、それを編み込んでワイヤー状にすることで弾力を持ちながらそれなりの強度を持つような形状へと変化させる。

 これで多少ぶっ叩いても曲がらない強固な『立木』が出来た。


「え?

 ええ?

 こんな、凄まじい……なのに、何故?

 いえ、本当に天賜(アー・レクトネリヒ)ですか、これ?」


「後は……この辺り、か。

 ほら、手本を見せてやるから、見てろ」


 立木と言うには少しばかりメタリックなソレを見て硬直している少年を無視し、己は次に金属製の立木の周り……一足一刀の距離の半分辺りに、周囲に落ちていた木剣で線を引くと、その木剣を握り蜻蛉の構えを取る。

 ……そう。

 己が戦士(ダヌグ)という名の少年に教えようと決めた鍛練法は、示現流で知られる立木打ちを勝手にアレンジした代物だった。

 初撃を最速でぶち込むことだけを鍛え上げることで有名なその流派の鍛え方は、ある程度までは最も上達を実感でき、反復練習にも身が入ると思ったからだ。

 そもそも、相手が天賜(アー・レクトネリヒ)なんてものを使ってくるこの世界で、剣術を教えようとするならば「相手が何かをする前に跳び込んで一撃で息の根を止める」のが最も手っ取り早く、最も効率的だと考えたこともある。

 元々己の師も「強いのは人であって流派ではない」という考え方の人で、色々な流派の技を教え、色々な稽古法を取り入れる人だったので、己自身が弟子を鍛えるに際して自身の流派を超えることに何らかの抵抗がある筈もない。


「ちぇぇえええええええええええええっ!」


 そんな独特の叫びと同時に、己は立木擬きへと一気に踏み込み、袈裟斬り、逆さ袈裟、袈裟斬りと渾身の斬撃を叩き込み、直後に背後へと大きく跳んで後退する。


「……問題ない、な。

 よし……これを剣が握れなくなるまで毎日やれ」


 ぶっ叩いた感触と立木までの距離を確認した己は軽く頷くと、さっき取ったばかりの弟子を立木近くへと招きそう告げる。

 指示した打ちこみ位置は少し近すぎるように思えたが、それはあくまでも己の体格で踏込みと斬撃を繰り出したからであって、まぁ、初心者の少年にしてみればこれくらで丁度だろう。


「全力で三度ぶっ叩いて、背後へと跳ぶを繰り返すんだ。

 背筋をもっと伸ばして、左手には力を入れず添えるだけで……ああ、そうだ」


 己は少年に木剣を手渡しながら、軽く構えを矯正してやる。

 実際のところ、その姿勢は不格好極まりないものの……続けている内に徐々に直していけばいいだろう。

 教えるべきことは幾らでもあるのだが、まずは剣速と筋力を身に付けなければ……剣術の基礎となるその二つが脆弱過ぎる以上、技術や立ち回りなんぞを幾ら教えたところで何の役にも立ちやしない。


「これを……毎日。

 ……握れなくなるまで、ですか?」


 弟子一号は一連の動作を終えただけで腕が痺れたらしく……そんな泣き言を零していた。

 尤も、この鍛練は衝撃が骨に残り筋肉は激痛で動かなくなり手のひらは血豆が潰れるまで繰り返し続けないと意味がない。

 そういう人間性を破棄するような地獄の特訓を乗り越えてこそ、『二の太刀要らず』とまで言われる最強の一撃が完成するのだから。


「ああ。

 誰に笑われようとも、だ。

 あとは兎に角走って走って走りまくれ」


「……走る、ですか?」


 己が課した二つ目の鍛練を聞いて、少年はただ首を傾げるだけだった。

 どうやらこの世界では身体を鍛えるために走り回るという理念がないらしい。

 あれほど鍛練に必要な全ての要素……技を繰り出すための下半身の筋力とバランス感覚、そして肺機能と精神力までもを一度に鍛えられる、最も簡単で重要な鍛練法であるというのに。


「そうだ。

 この稽古場の周囲を、ただ延々と。

 走れなくなるまで」


 己の告げた内容に、ダヌグ少年は真っ青になる。

 正直に言うと、己としてはそこまできついメニューを課したつもりはないのだが。

 何しろ、完了が全て自己申告なのだ。

 身体を壊すまで身体を苛め抜いて強くなるか、手を抜いて弱いまま生きるか……全て自分にかかっているという、ある意味では優しくある意味では厳しい鍛練法と言えるだろう。


(最悪、ぶっ壊れても爺さんが治してくれるだろ)


 尤も、かなり無責任に鍛練を押し付けたのはそんな算段があるから、だったりするが。

 あの折れた骨を一瞬で治してみせた奇跡(アー・レクトネリヒ)があるならば、身体を損壊を気にすることなく鍛え続けられる。

 まぁ、だからと言って超越的な剣士を幾らでも量産できるかと言えば、それも無理な話で……そもそも擬きとは言え薩摩示現流の鍛練をこなす精神力を持った人間なんて、そうそう存在しない。


「お取込み中すみません、(アー)(ハルセルフ)

 教皇陛下がお呼びです」


 そうこうしている内に、一人の神官らしき青年が己の下へと駆け寄って来たかと思うと、そう告げる。

 どうやら木剣で遊ぶ楽しい時間は終わり……仕事をする時間が来たようだ。

 贅沢を言えばせめて朝飯くらいは欲しかったものだが、その食事の時間をお遊びに費やしたのは他ならぬ己自身だ。

 幾ら神兵とか呼ばれて特別扱いされているとは言え、そうそう好き勝手ばかりする訳にもいかないだろう。


「……そうか。

 じゃあ、頑張れよ、弟子一号。

 期待しているぞ?」


「は、はいっ!

 頑張りますっ!」


 己は戦士(ダヌグ)の名を持つ少年の肩に軽く手を置くとそう告げ、訓練所に背を向ける。

 背後では早速稽古を始めたのだろう、カンカンという軽い音が……まだまだ手合せどころか稽古相手としても期待出来そうにない弱々しい音が響くのだった。




「御足労願いまして、申し訳ない。

 しかし、あれは……強くなれるのですか?」


 エリフシャルフトの爺さんがいたのは、いつもの最奥の間……死んだ己が生き返る場所ではなく、稽古場全体を見渡せる近くの執務室のような場所で。

 己が弟子一号を教えている姿を見ていたらしく、爺さんが開口一番に訊ねてきたのはその鍛練法についてだった。


「さぁな。

 本人のやる気次第、だろう。

 上手くいけば、己をも討てる戦士になれるかもしれないが……」


 爺さんの問いに己は肩を竦めるだけで答える。

 眼下では少年が我武者羅に木剣を叩きつけているものの……疲労の所為か集中力が切れたのか、そろそろ握りが怪しくなってきているのが分かる。

 

「あのような色小姓をそこまで気に入ったのでしょうか?

 激しい行為を行っても大丈夫と、此処に訪れる貴族の方々には評判が良いのですが」


「……観たのか」


 同じ部屋にいたエーデリナレ……鑑定眼(アー・ファルビリア)という能力を持つ頭髪も眉もない少女の問いに、己はそう呟く。

 彼女のその能力を神殿がどう使っているのかは分からないが……少なくともこの神殿で羽目を外したお偉いさんたちは見事に弱みを握られ、良い様に使われているのではないだろうか?


「ええ。

 しかし、あの者の天賜(アー・レクトネリヒ)は【再生】のみ。

 幾ら鍛えようとも戦いの役に立つようなものではありませんよ?」


「……それは、最悪だ」


 エーデリナレの告げた事実に、己は呻き声を零す。

 そんな己の反応を見た鑑定眼を持つ少女は満足したように一つ頷いたものの……恐らく己と彼女では『最悪』の意味を取り違えている気がする。


(……下手したら、最強の化け物を生み出したかもしれない)


 人体とは、壊れた部位を治そうとする時に以前よりも強度を増して治す性質があり……それを利用するのが鍛練という行為の本質である。

 もし、仮に……一晩で全ての故障を治せる生き物が、その人生の全てを鍛練に費やしたとしたら?


(面白くなりそう、だな)


 成り行きで弟子にし、師の真似事をすることになった相手が予期せぬほどの成長を……将来己を脅かすほどの剣力を手にする未来を想像し、己は小さな笑みを浮かべてしまうのだった。



2017/11/11 09:03投稿時


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